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交通安全への強い眼差しー交通遺児育英会の使命ー【第4回】

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論説・コラム

学生寮“心塾”の経営について

 「最初は不安だった心塾での生活でしたが、いざ入ってみると、すぐに杞憂であったとわかるほど周りの人は優しく、とても楽しい日々を過ごせました。これからは、社会に出て自分が受けた恩を返していけるようにがんばっていきたいと思います」(広報紙「君とつばさ」令和6年3月10日号:東京寮の卒塾生メッセージからの言葉)

 交通遺児育英会は昭和44年設立で、現在設立から55年になりますが、設立直後から、保護者の皆さんから「東京は大学が一番多くて、学生が一番多いのだから、何とか東京に学生寮をつくって、奨学金だけで学生生活が送れるようにしてほしい」という声が強くありました。
 当時の大学進学率は、全国平均が38%であるのに対して、交通遺児家庭では20%前後でした。そのような折、追い打ちをかけるように石油ショックによるインフレと不況が、私立大学初年度納入金45万円、下宿生の生活費月6万円超など教育費高騰をもたらし、さらに進学環境を悪化させました。
 このような交通遺児の皆さんの修学危機にこたえる形で昭和51年、学生寮の具体的な建設計画が動き出しました。
 6月の理事会で昭和52年度学生寮着工を前提に、51年度内に建設用地獲得の方針を決定しました。すぐに行動に移され、まず用地として他の競争地より安く、広く、閑静な高台で富士山も眺望できる日野市豊田が選ばれました。
 52年9月の地鎮祭から、建設工事は順調に進み53年4月5日に竣工式を迎え、“心塾”と命名されました。この塾名は、多くのあしながおじさんの善意の“心”によってこの塾が建てられたことと、江戸時代末期に、福沢諭吉など多くの偉人を輩出した適塾を開き、若者の教育に尽力した蘭学者緒方洪庵のひ孫にあたる緒方富雄先生のお言葉「いくら学問をしてもその人に人間の“心”がなければ学問は役に立たない」に由来します。
 竣工式を終え、4月9日には第1回入塾生41人を迎えて入塾式が行われました。この開塾からはや46年になりますが、これまでに巣立っていった塾生総数は今年の3月卒業生13名まで含めますと689名になります。
 私たちはこの関東では他に、武蔵境、所沢でご支援者から提供していただいた建物を寮として使わせていただいています。関西では共立メンテナンスさんの寮(京都から神戸まで約25か所)を借り上げて関西寮として利用しています。これら全寮合わせますとこれまでに巣立っていった塾生の総数は828名になります。
 塾の建物ですが、開設40年過ぎたころから老朽化によるメンテナンス費用の増加が問題となりまして、開設44年目となる令和4年の4月から建て替えにかかり、今年、令和6年初に新寮が竣工しています。東京寮生はこの4月から新寮での生活となりました。
 私たちは、心塾を単に塾生に食住を提供するだけでなくしっかりした社会人として世に送り出す役目を担うものと考えています。学を積んで社会に出るとき要請されるのは、その人の専門分野における学識は当然のことですが、それに加えてというかあるいはさらなる基本要件としてコミュニケートする力が要請されるものと思います。コミュニケートする力が弱ければ、組織における自らのタスクにおいて解決を要請されている究極の問題点を正確に把握することが難しいでしょうし、仮にそれを把握できたとしても、その問題に関わりを持つ多くの人とのコミュニケートなしにその問題の解決は難しいでしょう。
 そのような観点から、心塾では塾生のコミュニケートする力を養成するために、読書感想文講座、文章講座、スピーチ講座と3つの講座を設けその受講を義務付けました。講師は大手新聞社の記者、大手企業で役員のスピーチライターをしていらっしゃった方、もとアナウンサーだった方々にお願いしてきました。
 読書感想文については、毎年東京寮、関西寮それぞれに講師が年間最優秀作を選び、それを機関紙“君とつばさ”8月号に掲載しています。我々はその感想文を読み、塾生が作品から受けた感動を共有するとともに、その塾生の視点、感性、成長の過程、背景を読み取ることができます。
 このような講座で育成されたコミュニケートする力は、塾生の皆さんが社会に出て、それぞれ新しい組織に所属することになったとき、よりスムーズにそこに溶け込める助けになっていることと思います。

石橋健一(いしばし けんいち)
公益財団法人 交通遺児育英会 会長
1942年生まれ。北海道大工学部卒業後、日新製鋼入社。呉製鉄所エネルギー技術課、本社人事部などを経て、1996年交通遺児育英会出向。事務局長、専務理事、理事長を歴任し2023年6月より現職。

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