教職員の職場環境を改善する~働きやすい環境が意識を変える、チーム学校をつくる~
15面記事
昨年9月にリニューアルした東京都立三鷹中等教育学校の職員室。フリーアドレスを採用し、開放的な空間に生まれ変わった
職員室のリノベーションから「働き方改革」を
学校現場では、新しい時代に対応した学びを実現するため、教育方法や学習活動を改善していくことが求められている。しかし、そうした学びを行う側の職員室を始めとした教職員スペースは、旧態依然にとどまっている学校が大半になる。そこで、本特集では学習活動や働き方の変化に対応し、教職員のウェルビーイングにも寄与する「職員室のリノベーション」を取り上げた。
快適で柔軟な働き方ができる職員室へ
書類が山積みのデスクで働くのはもう嫌だ
これからの学校教育は、教員が知識伝達を行う一斉授業スタイルから、子どもが主体となって教え合い学び合うスタイルへとシフトすることが求められており、その”器”となる学校施設も新しい時代の学びに対応した学習空間への改変が進められている。
一方で、職員室は改修後も古いレイアウトのまま。いつのまにか机の上に書類が山積みされ、物が散乱して多忙感がまん延し、仕事の能率性がそがれていると思わせる学校が多い。つまり、働き方改革が課題になる中でも、教職員が働きやすいと感じられる職場環境づくりについては、なぜか放置されているのが実態といえる。
こうした中で注目が高まっているのが、先進オフィスなどのノウハウを取り入れた「職員室のリノベーション」だ。例えばフリーアドレス(固定席を持たず、業務や目的に応じて席を移動して働くスタイル)にして教員同士のコミュニケーションを活性化したり、ちょっとした休憩&集中できるスペース・ファニチャーを設けて居心地を高めたりすることで、働きやすい職場づくりや業務効率・能率アップにつなげることが目的になる。
現在、多くの民間企業が明るい雰囲気の職場空間づくりや、部門を超えて自律的に協働・共創するABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)の導入が進められている理由は、そこで働く社員がやる気の出るオフィスにして生産性を上げるためだ。
「環境が変われば意識も変わる」という言葉があるように、教職員のモチベーションを引き上げる職場へと改善することは、チーム学校としての連帯感を高め、子どもに対する教育の質向上にも直結する。その点からも、快適で柔軟な働き方が可能になる職員室へとリノベーションすることは、大きな意義を持つ。
校務DXを推進するためにも不可欠
もう一つ、このような職場環境の改善が求められている背景には、教員の働き方改革の実現に向けた校務DXの推進にも欠かせないからだ。GIGAスクール構想によって教職員用端末が整備された中でも、多くの学校においては校務分掌に基づくさまざまな文書や通知表所見などを校務用端末で作成した後、印刷して決裁を受け、手書きでの修正指示を再度反映する。また、職員会議等でもペーパーレス化が十分に進んでいないなど効率が悪い業務形態が続いている。
こうした状況にとどまっている理由の一つとして考えられるのが、職場環境自体が旧態依然のままでとどまっていることである。今までと同じ環境で、仕事だけ先進的になれといわれてもなかなか難しいもの。したがって校務DXを推進するには、教職員の執務内容・方法(ソフト)と合わせて、教職員スペース(ハード)を見直して改善していくことが必要になっている。すなわち、見た目の変化といった環境から学校全体の意識を変えていくことが重要といえる。
また、教員のなり手不足が深刻化する中で、働きやすい職場に造り替えることは、教職を目指す学生や社会人に対し、教育現場が変わってきていることを伝える強いメッセージともなり、教員の魅力向上にもつながるものである。
教職員の居場所は後回し
では、職員室の現状はどうなっているのかというと、国立教育政策研究所文教施設センターの「教職員スペースの在り方に関する調査研究」によれば、民間オフィスの基準と比べて一人当たりの執務面積が狭いことが挙げられている。しかも、近年では教員の仕事をフォローするICT支援員や補助教員などが増員されていることもあって、効率的な業務遂行に支障が生じている状況が垣間見られる。
また、そうした物理的な問題に加え、管理職席から全体が把握しづらい、固定席は同じ人とばかり会話しがちになるなど、タテ・ヨコのコミュニケーションが取りにくいという配置に関する課題も抱えている。
さらに、労働安全衛生や福利厚生の観点から必要とされている休憩スペースなどが確保されていない学校が多いといった指摘もある。その理由としては、これまで学校施設を計画・設計する際は、子どもたちの居場所や学習活動を円滑に行えることに焦点が当てられ、教職員の働く場としての配慮が不十分であったことがある。
こうしたことからも、教職員スペースはウェルビーイングをかなえつつ、個人の力量を高め、コミュニケーションを生み出すなど協働作業を支える環境にしていくことが望まれている。
必要なスペースを4つに整理
その上で、同調査では教職員スペースに必要な「場」をつくるにあたっては、
(1)個人作業のための場=教材作成、成績処理、リモート会議等
(2)協働作業のための場=打ち合わせ、多様な専門職との連携等
(3)リフレッシュの場=休憩、気分転換、談話等
(4)子どもたちとのコミュニケーションをとるための場=学習内容や進路等の相談
といった4つをどこに用意するのか整理し、計画することを挙げている。
具体的には、(1)個人作業のための場では、効率的に校務するために、個人で集中して作業できる場(机面やスペース)が必要。職員室以外に小学校の場合は教室内の教員コーナー等が、教科教室型の中学校の場合は準備室等が個人作業の場となり得る。また、そうした個人作業の場を確保するためには、作業スペースと収納スペースを分離することが必要とし、個人用のロッカーやフリーアドレスを用いてスペースを有効活用するアイデアを示している。
(2)協働作業のための場は、教職員同士で協働的に教材を作成する、多様な専門職との連携できるスペースとして必要であり、「チーム学校」の推進の観点からも重要になる。打ち合わせなどができる共有スペースは、時間帯によって用途を変えることにより、非常勤講師などさまざまな専門職の居場所にもなる。そのため、個人スペースをスリム化して共有スペースを生み出す工夫などが考えられる。また、防音効果のある間仕切りを使って、会話などに配慮したプライベートな空間にする、気軽に立ったまま打ち合わせができるスタンティングテーブルを設置するアイデアも提案されている。
教職員専用のロッカー室により、ペーパーレス化を促進
リフレッシュできる場所も
(3)リフレッシュの場となる休憩・談話できる空間は、教職員同士をつなぐコミュニケーションが自然発生するスペースになる。ポイントは教職員が一息つけるよう、子どもたちの視線が届かない位置や視線を遮る家具を配置するなど工夫を取り入れること。それゆえ、給湯設備近くにテーブルとソファを置く、教職員専用のラウンジを設けるなどが考えられる。
加えて、リフレッシュや気分転換のかたちは人によって異なることから、一人になれる空間や体調不良時に横になれるスペースにも配慮する必要がある。既存の校舎で部屋を設けることが難しい場合は、更衣室内にソファとカーテン間仕切りを設け、休める空間を作った例もある。
(4)子どもたちとのコミュニケーションをとるための場は、授業以外での学習相談や進路相談などを行う場所として大切な空間になる。それゆえ、職員室に隣接して相談コーナーを設け、気軽に相談できる環境を整えるとともに、コミュニケーションの機会が増えることを踏まえ、家具やグリーンインテリアの導入などの工夫も取り入れていきたい。
さらに、教職員が使用する机・椅子などの家具の改善も進めたい。例えば、高さや角度を調整できるデスクは、個々の体格や好みに合わせて快適な作業環境を提供する。エルゴノミクスチェアは、長時間の座り作業でも疲れにくい、体をサポートする機能がある。
また、ソファやリクライニングチェアはリラックスした雰囲気を作り出せる。効率的な作業環境では、カスタムキャビネットを設置して文具や書類を整理する。短い休憩や会話に適している。会議テーブルも、円卓や長テーブルなど用途に分けて使えるものにするなどだ。
生産性の向上や優秀な人材の獲得につながるため、民間企業では働きやすい職場環境づくりが進められている
教職員が主体的に参画する
多くの時間を過ごす職場をより良い環境にしたいと思うのは、教職員に限ったことではない。すでに民間企業は、働き方改革を進めることが生産性の向上や優秀な人材の獲得につながることを自覚し、誰もが働きやすい職場への投資に力を入れている。以前と違うのは、会社の押し付けでなく、社員が主体的に参画し、自分たちの働くスタイルに合わせたスペースの見直しや改善に取り組んでいることだ。
こうしたことからも、「職員室のリノベーション」を始めとした執務環境の改善には、当事者である教職員が主体的に参画することが賢明といえる。もちろん、複雑化する教育課題やICTの授業や校務での効果的な活用などに日々追われている教職員にとっては、そこまで手が回らない気持ちがあるのも理解できる。しかし、それが長期にわたって執務環境の改善を後回しにしてきた理由の一つでもある。
まずは「どんな職場環境にしたいのか?」といったアンケートを採るところから始めてもいい。教員と事務職員による担当者を設けたり、各自が持ち揃えていた文房具類の集約・共有化から始めたりした例もある。そんなきっかけづくりから、教職員全体が共通認識を持って次のステップに広げていくことが肝心だ。そして、ここから持ち上がった課題を学校設置者に上げ、学校建築に詳しい設計者や家具メーカー等との検討につなげていくことが望ましい。