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いのちの教育セミナー2024 開催 今もとめられる「いのちの教育」 臓器移植を題材とした授業の可能性

13面記事

企画特集

前向きな意見が多く出たトークセッション

 今、生命尊重の心を育む道徳が教科化されるなど、いのちの教育が重要視されている。3月8日(土)岐阜聖徳学園大学で開催された「いのちの教育セミナー2024(主催:日本教育新聞社、公益社団法人日本臓器移植ネットワーク(以下、JOT)、後援:文部科学省)」では、臓器移植を題材にいのちの授業を行う教員や臓器移植経験者を招き、いのちの教育の具体的な実践について学んだ。

<登壇者>
飯塚 秀彦 長野大学 社会福祉学部 社会福祉学科 准教授
山田 貞二 岐阜聖徳学園大学 教職教育センター 教育学部 教授
佐藤 毅 東京学芸大学附属 国際中等教育学校 教諭
高木 一範 大垣市立江並中学校 教諭
加藤 みゆき 膵腎同時移植者

基調講演<事前収録>「いのちの教育」を行う際に押さえたいこと
飯塚 秀彦氏
感情や経験を大切に、多面的・多角的に考える


 飯塚准教授は「いのちの教育」のポイントを2つ挙げた。1つは「感情や経験を大切にすること」。生死に関わる理解は他者との関わりなど主観的な経験があってこそ可能であるとし、人工知能は「いのちの大切さを説明できても実感を伴った理解ではない」と、AIと人間の違いを例に解説した。
 もう1つは「多面的・多角的に考えること」。このワードは道徳科以外にも、中学校社会科、高等学校公民科など人間の生き方や価値観と関わる教科にも出てくる。特に高等学校公民科では科学技術の発展と生命倫理との関係を現代的な課題とし、教科書には臓器移植などの生命倫理に関わる記載もある。例えば「臓器移植」の場合、倫理的・法律的な観点からの検討や、臓器を提供する側と移植を受ける側、それぞれの家族など異なる立場から意味を捉え、対応を検討することが必要だと強調した。
 中教審答申では道徳教育で養うべき基本的資質を、「多様な価値観に誠実に向き合い、道徳としての問題を考え続ける姿勢」であるとしている。また、学習指導要領の前文には、「自分のよさや可能性を認識し、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながらさまざまな社会的変化を乗り越え、豊かな人生を」切り拓くことの重要性が示されている。
 飯塚准教授は、先の見通しがつかず答えが1つではない、さまざまな課題に向き合っていくことが求められるこの時代だからこそ、感情や経験を大切に、多面的、多角的に考えることを押さえた「いのちの教育」を受講者らともに展開していきたいと締めくくった。

模擬授業 道徳科における臓器移植を扱った「いのちの授業」 ~ゲスト道徳~
山田 貞二氏
加藤 みゆき氏

山田貞二教授。専門は道徳科の指導研究

加藤みゆきさん。30歳代で膵臓と腎臓の同時移植を経験。小・中学校での講演でいのちの大切さを伝える

 模擬授業の生徒役はゼミの3年生。中学校道徳科の臓器移植の教材を事前に読んで参加した。山田教授は冒頭で、今日の授業のテーマを「しあわせといのち」と明示。まずは教材を読んだ感想を隣の人と対話。「苦しみに共感する意見が多かったね」と集約、加藤さんの人工透析について振り返った。1日おきに5時間透析を受け、水分や運動も制限される当たり前ではない移植前の生活を知り、「私なら辛くて生きている意味を考えてしまう」という生徒たちに、「私も考えました」と加藤さん。「息子が大人になる姿を見たい一心でした」と語った。
 次に今日の授業の「問い」を、意見を募りながら再考し、「移植をしようと気持ちが変化したのは?」に絞った。「インフルエンザを機に1型糖尿病を発症したのに大変な思いをしているあなたのような患者さんこそ移植で元気になってほしい」と医師に言われた瞬間に、移植の登録を決意したという加藤さん。移植で教材の主人公も加藤さんも元気になったが、加藤さんは「幸せ、という気持ちではなかった」と打ち明けた。「どうしてだろう?」。山田教授の問いかけに、「(臓器を)もらってよかったのかという罪悪感?」「精一杯生きなければというプレッシャー?」など意見が出て、臓器の提供を決断したご家族の思いへとまなざしを広げる。
 「元気になるほど、私だけが生きているという罪悪感があったんです」という加藤さんの言葉を受け、そこをどう乗り越えたのか意見を交わした。加藤さんは「ドナーのご家族から”もらってくれてありがとう“と言われたことと、友人の僧侶からの”人にはそれぞれこの世とのご縁がある。ドナーの方は誰かの役に立ちたいと提供したのだよ“の言葉に心を動かされた。健康で幸せに暮らすことがドナーさんへの恩返しになると気持ちが変わった」と語ってくれた。
 「人からかけていただいた言葉が幸せにつながったんですね。言葉を大事にしたいね」と山田教授。加藤さんが「難しい課題を一生懸命考えてくれてありがとうございました。大切な人とたくさんコミュニケーションをとってください。そして自分の目の前にある小さな幸せに気付ける人になってほしいと思います」とメッセージを送り、模擬授業を終えた。

授業デザインワークショップ「いのちの授業」って難しい?~学級づくりから授業実践まで~
山田 貞二氏

 セミナー参加者からの事前アンケートに答えながら、臓器移植を題材にした「いのちの授業」のつくり方について山田貞二教授がレクチャーした。
 最初は「人の死にふれるとき配慮すべき点や教育的なポイントは?」の質問。これには「自分の意見が言える温かい学級であることが大前提」と明言した。「死んだ後だからいいとか、いいことならするなど軽い気持ちで臓器提供するほうに流れてしまいがちな中学生。しっかり考えさせるには?」との問いに対しては「先生は正解を持たず、生徒が実感し、納得して意見を持てるよう多面的、多角的に考えを示してあげて」と述べた。また、「いのちの教育をいじめ防止につなげられますか?」との問いには、「一発勝負をせず、総合的な学習の時間、道徳科、保健体育科、社会科などで単元をつくり、その中にゲストティーチャー(以下、GT)のトークを入れ、継続的、横断的な展開にすると効果的な授業ができますよ」とアドバイスした。
 義務教育で臓器移植を扱うことについての意識調査アンケートにもふれた。「臓器移植を取り上げたことがありますか?」には「いいえ」が7割と多数。そして「いのちの授業に難しさを感じている」は9割に上り、いのちは大切だというような当たり前の意見が多く、実感のある授業ができないという悩みが多かった。これに対して山田教授は、「いのちの授業は唯一性、偶然性、連続性、有限性といった生物的な存在としてのいのちにスポットがあたりがち。今日の模擬授業で加藤さんが生きる喜びを感じるようになったという歓喜性や、人との関わりで幸せを感じられるようになったという共生性や関係性を大事にしてほしい。今生きている実感を持つことができ、当たり前の幸せやいのちのつながりに目が向くはず」と答えた。「今日の模擬授業で、問いも振り返りも自分事として考えられたのはGTを媒介に考えたからこそ。地域人材を大いに活用してください」と山田教授。実感を伴ったいのちの授業ができると「臓器移植についての深い学びと理解」「これからどうしたいかという未来への視点」がぐんと増えるという調査結果も示した。
 今回の模擬授業でも多用した、子ども同士対話する学習の機会を増やすこと、周囲の先生方の意識を変えていくこと、学校全体としてカリキュラム・マネジメントを持つことも大事だと指摘。「歓喜性、共生性を意識しながら、実感のあるいのちの授業をしていただきたい」と締めくくった。

いのちの授業トークセッション 「実感」のあるいのちの授業、どうつくる?
山田 貞二氏
加藤 みゆき氏
佐藤 毅氏
高木 一範氏

佐藤毅教諭は2000年から生老病死をテーマに臓器移植を取り入れたいのちの教育に取り組む

高木一範教諭はGTを招いたいのちの授業にも取り組んでいる

 トークセッションは山田教授のもと進行。本セミナーのキーワードにもなっている「実感」のある授業がテーマとなった。佐藤教諭は、「体験者、医師や移植コーディネーターなどの医療従事者と一緒に授業をするようになって実感のある濃い授業ができるようになった」と振り返った。「いのちの授業で私ができるのは、元気で楽しそうな移植者の姿を見せること。見て、感じ取っていただければという思いで皆様の前に立っています」という加藤さんに高木教諭は、「加藤さんの言葉の重さが伝わったからこそ生徒たちは自分事に感じ、いのちはなぜ大切なのか、誰にとって大切なのかという深い問いが生まれた。生の声を聞き新しい価値観に触れさせてあげたい」と述べた。
 「実感をもついのちの授業は小学生でもできそうですか?」の山田教授の問いかけに、「できます。まず身体についての話題や医療従事者の仕事内容などで展開し、徐々に臓器移植の話にもっていくと、GTの話を身近に聴くことができる」と佐藤教諭。「自分の事・我が事から、みんなのために何ができるかという社会事へと思考を広げてほしい」とも。高木教諭は、教科書に載っていた骨髄移植ドナーに直接アプローチし、GTとして招待した経験をもつ。「周囲には教育的効果と信念を少しずつ語ることも大事」と述べた。ちなみにGTの派遣はJOTでも相談可能。「学校医に力を借りるのも一案」と佐藤教諭からアドバイスがあった。
 模擬授業では「移植後の気持ちは単に幸せというものではなかった」という加藤さんの意見も踏まえて展開することで活発に意見が出た、と振り返った山田教授。佐藤教諭の「対話により(子どもからの)信頼貯金が増える」という意見に、他の登壇者もうなずき合った。

生と死を両輪で柔軟に考える
 「いのちの授業」は「死」を扱うデリケートな内容となる。「死を考えることは、生き様を考えること。死生両輪で柔軟に考えを広めてあげることが大事」と高木教諭。佐藤教諭は「授業の振り返りでは子どもたちは必ず、どう生きるかに視点を広げる。生徒とともに考えるスタンスでやっていきたい」と述べた。
 臓器移植をテーマにするときは、該当し得る病気を持っている生徒や家族がいるかどうかを事前に確認する配慮が必要となる。「保護者に確認したうえでそのまま授業をしたケースと、導入部分で苦手だと思ったら授業中でも保健室に行っていいよ、と話したケースも」と佐藤教諭。
 今後いのちの授業の輪をどう広げていったらいいだろう。「同じ学校の仲間からできる人を増やしていくこと。実践経験者としてプログラムを発信するなどサポート役をしていきたい」と高木教諭。山田教授からは「今日のセミナーの内容からもノウハウを汲んでいただいて、ぜひ一歩を踏み出してほしい。力を合わせていのちの授業の可能性を広げてまいりましょう」とエールが送られた。

臓器移植の現状<事前配信・当日教材等紹介>
日本臓器移植ネットワーク

 2010年の改正臓器移植法の施行により、本人の拒否の意思がない場合は本人の意思が不明であっても家族の承諾で臓器提供ができるようになり、15歳未満の小児も含めた脳死後の臓器提供も少しずつ増えている。とはいえ、人口100万人あたりの臓器提供者数は、日本は0・88人とアメリカの51分の1、韓国の9分の1と少ない。一方で臓器移植希望者は年々増え約1万6000人(JOT登録)。そのうち1年間に移植を受けた方は約600人で、わずか4%となっている。
 マイナンバーカード等で臓器提供の意思表示をしている人は約1割で、約9割の家族は本人の意思を尊重したいとしている。一方、意思が不明な場合では約85%の家族が臓器提供を決断することに負担を感じると回答(内閣府世論調査)。このことから、意思表示があったほうが家族の負担を減らせると考えられる。
 臓器移植は善意による臓器の提供によって成り立つ社会性の高い医療で、中学校の公民で自己決定権の1つとして紹介。大学共通テストでは最近2年、臓器移植について提供に関する条件が出題されるなど注目度は高い。厚生労働省は毎年中学3年生に小冊子を無償で配布している。また。JOTのHPには臓器移植に関するデータ、授業で使える教材やスライド、臓器提供を決断したご家族や移植者のインタビュー、出前授業の講師派遣情報などを掲載。授業に使える素材が多くそろっているのでぜひ確認してほしい。

セミナーで紹介した資材や出前授業をご希望の方は、日本臓器移植ネットワークまでお問い合わせください。
Tel.0120-78-1069
平日 9:00-17:30
日本臓器移植ネットワーク
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