防災庁設置で加速する避難所機能の強化
12面記事
被災者を受け入れる避難所に必要な備えとは
スフィア基準による生活環境の改善で、災害関連死を防ぐ
近い将来、高い確率で発生するとされる南海トラフ巨大地震や首都直下型地震に備え、地域住民の避難所となる学校施設の防災機能を強化することが急務になっている。こうした中、石破政権が2026年度中の発足を目指す防災庁設置では、学校施設に「スフィア基準(避難所の満たすべき国際基準)」を踏まえた防災機能を迅速に整備することを掲げている。ここでは、その中身を探るとともに、進めるべき対策について整理する。
人命を守る「本気の事前防災」へ
昨年の元日に起きた能登半島地震。今年も1月早々に宮崎県で震度5弱の地震が発生したほか、政府の地震調査委員会は南海トラフ巨大地震が今後30年以内に起きる確率を「80%程度」に引き上げた。
地震国である日本は、いつどこで巨大地震が起きても不思議ではない。しかも、近年では気候変動に伴う線状降水帯などを起因とした集中豪雨により、全国各地で大規模な水害が頻発している。今年の冬の青森など東北地方を襲った大雪も、各地で交通インフラ障害や生活、産業への支障を引き起こしており、まさに災害級と呼べるものになっている。
その中で、最も大切なのは、これまでの大規模災害で得た教訓を生かし、次の災害に対する備えを強化して、人命に対する被害を少なくすることである。そのためには、一刻も早く国として迅速な救援体制を構築し、避難所の機能を高めていかなければならない。
石破政権が「本気の事前防災」として目指す、スフィア基準に基づいた避難所機能の強化は、その一つのステップとして大きな意義を持つものといえる。ただし、その運用や設備のあり方は一律に縛るのではなく、文化的背景や地域特有の事情を考慮して進めていく必要があり、今後の進捗が気になるところだ。
なお、防災庁の設置に向けては、今年の経済財政運営方針「骨太の方針」を取りまとめる夏までに組織の骨格や役割を示す意向だ。今のところ、2025年度予算で146億円を計上。次官級ポスト「防災監」を新設し、47都道府県に1人ずつ「地域防災力教強化担当」を配置して、備蓄や訓練など自治体の事前防災を支援することを挙げている。
避難所の機能強化のカギは「人の手」
一方、これらの体制や設備がいくら整ったとしても、災害時に有益・効率的に動かすのは「人の手」になることには変わりはない。例えば避難所の非常用発電機やマンホールトイレはいざというときに本当に使えるのか。防災倉庫や非常用階段の鍵は誰がどこに管理しているのか。救援物資の協定契約は誰がどのようなルートで手配するようになっているか。このような実際の運用を役所や自主防災組織にまかせていたことにより、肝心の場面で機能しなかったり、初動が遅れたりしたケースは枚挙にいとまがない。
そうならないためには、おざなりではない防災訓練を定期的に行って実践力を身に付けるとともに、課題を洗い出して地域における連携を深めていく必要がある。すなわち、共助の考え方の下に地域社会が主体的に運営することが求められている。
同時に、日頃から私たち一人一人が防災意識を高め、自宅近くの避難場所や避難ルートを確認して家族で共有しておくこと。発災後に応援が来るまでの間、最低でも3日間は自力で生きていける食料・エネルギー等の備蓄を準備しておくことが大切になる。
日本の防災体制を迅速に強化する
指定避難所となる学校施設は、防災の備えが脆弱なままだ
こうした中で、学校施設は災害時における地域住民の避難場所として機能することが求められている。だが、被災者を受け入れる場所として想定している体育館は、インフラやライフラインを維持する設備も含めて、未だ脆弱であることが課題になっている。その理由の一つは、これまで学校施設の防災対策は老朽化改修を含めた耐震化で精一杯であり、設備機能や生活環境面まで手が回らなかったことが挙げられる。
したがって、能登半島地震をはじめとした近年の大規模地震・水害災害では、暑寒時期やトイレ確保などの対策を筆頭に、被災者の健康を確保するための生活環境が整っていないことがあらわになってきた。
しかも、避難所生活が長期化する傾向が高まる中で、疾病の悪化やストレスによる肉体・精神的疲労などを起因とした災害関連死が誘発されるという新たな課題も生まれている。実際、熊本地震では建物の崩壊などによる直接死よりも災害関連死が4倍以上になっており、避難所の環境改善は重要な課題といえる。
また、これまでの大規模災害が発生した際には、被災した自治体の行政機能が低下して災害の全体像を把握できず、支援要請を行うことさえ困難になったケースがあったほか、行政機能の回復が遅れるほど、各機関からさまざまな支援を受けても応急・復旧業務の立て直しができない事象が見られた。
さらに、救援物資を送る側においても、県の広域物資輸送拠点から市町村の避難所までなかなかたどり着かない、多様な主体が物資輸送を担うことによる不効率性や、いつどれだけの量がどの避難所に到着しているかを情報共有する仕組みがなかったことで混乱が生じた。それだけに、災害時の支援を円滑に進めるためには、応援側の各機関(行政、民間企業、NPO団体等)の連携・調整の仕組みづくりと災害対応業務の標準化、応援職員の業務のマッチングを一体的に進める必要がある。加えて、こうした官民連携に向けた人材育成にも取り組んでいかなければならない。
防災庁が担う機能とは
そのような状況下の中で、日本の防災体制を迅速に強化するにはどうするべきか。そこで石破政権が打ち出したのが、政府の災害対応をリードする司令塔としての役割を担う防災庁の設置になる。すなわち、災害発生時の指揮系統を統括して被災者の救援活動を迅速化させるとともに、平時からの防災計画の策定と実施を強化することで、災害に対する備えを一層充実させようとしているのだ。
今のところ防災庁には、次のような機能を持つことが予定されている。
(1)災害対応の指揮統括=災害発生時における救援活動や復旧作業の指揮を執り、関係機関との連携を図る。
(2)防災計画の策定と実施=平時からの防災計画の策定とその実施を担当し、災害に備えた準備を行う。
(3)情報収集と提供=被災者や関係機関に迅速かつ正確な情報を提供する。
(4)避難所運営の支援=被災者が安心して過ごせる環境を整備する。
このように防災庁設置は、わが国の防災体制を根本から見直し、強化していくための重要な取り組みといえるが、いくつかの課題も指摘されている。その一つが、自衛隊、警察、消防などとの役割分担が必要になることだ。特に、災害発生時の捜索救助活動において、既存の省庁がすでに機能しているため、新たに組織を立ち上げる必要性の是非が問われている。また、防災庁の設置には人員や予算の確保が伴うため、これが他省庁との競合を引き起こす可能性があり、調整が難しいといわれていることも課題の一つといえる。
避難所機能をスフィア基準に
こうした中、石破首相は所信表明演説で、災害関連死ゼロを実現するために、避難所の満たすべき基準を定めた「スフィア基準」も踏まえつつ防災機能の強化を進めていく意向を示している。スフィア基準とは、国際赤十字などが策定した「人道憲章と人道支援における最低基準」で、避難所の面積やトイレ、入浴施設などの最低限の基準やプライバシー保護の理念を定めたもの。具体的には
(1)水供給、衛生、衛生促進=安全な飲料水の提供、適切な衛生施設の設置、衛生教育の推進。
(2)食料安全保障と栄養=被災者の食料ニーズを満たすための緊急食糧支援や栄養プログラムの実施。
(3)避難所および避難先の居住地=安全で適切な避難所の提供、恒久的な住居への移行支援。
(4)健康=基本的な医療サービスの提供、公衆衛生の向上、予防接種などの健康促進運動の4つの技術分野に分かれている。
日本では熊本地震の発生時に、NPO団体や著名登山家の意見に基づいて仮設テント村や仮設トイレの整備が急ピッチで進められたほか、プッシュ型の物資支援の取り組みが一定の成果を上げた実績がある。
被災者の生活空間を改善する~1人あたりのスペースやトレイ数の基準を拡張~
避難所の長期化に備え、段ボールベットやプライバシーの確保、マンホールトイレなどの仮設トイレの数を増やしていく必要がある
大半の避難所は一時的な安全を確保できる場所として開設することが前提になっており、長期の生活を想定した設備・備品等は整っていないのが実態だ。 それゆえ、大規模な災害で長期間にわたり生活することになった場合、被災者は大きな不安とストレスを抱えながら、生活空間やトイレの問題などさまざまなことを我慢する生活を強いられることになる。
例えば地震と水害に立て続けに見舞われた石川県能登地方の避難所では、段ボールベッドなどの簡易寝床の備えが十分ではなかった。加えて、長期間の生活に不可欠なプライバシーが確保できる仮設テントやパーティションなどの手配も思うように進まず、被災者の不満や健康リスクが高まったことが報告されており、これまでの災害の教訓は生かされていなかった。
その中で、石破政権が現時点で明確に示しているのが、避難所1人あたりの最低専用面積を3・5平方mと定めることだ。また、トイレの数を発災直後は「50人に1基」、災害発生中期には「20人に1基」とし、女性用は男性用の3倍にする。また、入浴施設は「50人に1カ所」とすることを挙げている。
もともと国は、避難所の管理・運営を市町村に一任していたため、1人あたりに必要とされるスペースについても触れることはなかった。しかし、多くの自治体では、これまでの災害発生時に想定以上の人数が押しかけ、雑魚寝状態で身を寄せ合って生活することになるなど、避難所のスペース確保が課題になっている。
事実、石川県輪島市が能登半島地震前に想定していた1人あたりの面積は1・65平方mとスフィア基準とは程遠い。また、愛知県の南海トラフ地震が発生した際の最大想定避難者数は1万5千人であり、現在の指定一般避難所41施設では避難者1人あたりの最低専用面積を確保することは困難な状況にあるなど、国際基準に満たないケースがほとんどだ。
したがって、自治体においては被災者の生活環境の改善に鑑み、指定避難所の増設やスペース確保の工夫を図っていくことが求められている。その中で、学校施設では体育館に加え、教室棟の空き教室などを使うことも含めて考えていく必要がある。
地方創生交付金の一部を充てる
また、仮設トイレの設置を進めている自治体でも、トイレは「100~300人に1基」を基準としているケースが多く、実際の現場では女性用や要配慮者用が不足していることが再三にわたり報告されてきた。そのため、政府は自治体がこれらの基準を満たせるよう、2024年度補正予算で成立した約1000億円の地方創生交付金の一部を充て、トイレカーやキッチンカー、トレーラーハウス、入浴設備、簡易ベッドなどの備蓄品を導入する費用を補助する方針だ。
なお、こうした石破政権のもう一つの肝いり政策である「新しい地方経済・生活環境創生交付金」では、地域での自然エネルギーの整備を進めることも求めており、教育機関での脱炭素化や防災力の推進につながることが期待されている。具体的には、太陽光発電などの再生可能エネルギー設備や熱利用設備、コージェネレーションシステムおよび付帯施設(EVを含む蓄電池、充放電設備、熱導管等)、省CO2設備(LED照明、高機能換気設備、省エネ型浄化槽等)などの導入になる。
さらに、救援物資の迅速化を図るため、国の救援物資の備蓄拠点を現在の都内1カ所に加え、新たに北海道など全国7カ所に整備してプッシュ型支援を進めたり、復旧に向けて欠かせないボランティアへの交通費を支給したりすることも明らかにしている。
飲料水や食料、燃料など救援物資を速やかに供給する体制づくりも課題
体育館の空調整備に新たな交付金~779億円を計上~
防災については、15兆円規模による「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」が進められる中で、重要インフラとなる学校施設に対しても、2024年度の補正予算で2076億円が盛り込まれた。中でも今回、石破政権が力を入れているのが、災害時の避難所となる学校体育館の空調(エアコン)整備に779億円を計上し、空調整備のペースを2倍に加速することである。なぜなら、被災者の生活空間での熱中症や低体温症対策として重要になる空調設置率は、いまだ2割にも達しておらず、年間平均進捗率も約3・4%にとどまっているからだ。
しかも、ほとんどの体育館は断熱性能が確保されていないため、エネルギー効率も極めて悪い。それゆえ、文科省も屋根面・外壁面の断熱化や複層ガラスを設置する断熱改修と合わせた空調設置工事を推奨してきた経緯がある。
政府はこの状況を受け、体育館に空調を整備する自治体への臨時特例交付金を新設。断熱性能の確保を要件に、2033年度まで関連工事を含めた費用の2分の1を補助することで、設置率を今後10年で95%まで押し上げる意向だ。
なお、断熱性の確保については過度な対策を求めるものではない。屋根に遮熱塗装を施したり、天井や窓に断熱遮熱効果のあるフィルムを貼ったりすることで、短期間かつ安価に断熱性を確保した事例もある。また、整備した体育館空調の光熱費についても、2025年度から地方交付税措置がなされる予定である。
空調整備には電気やガスが停止した場合に備え、自立して稼働できる自家発電機や蓄電池、LPガスの備蓄といった対策にも配慮する必要がある。併せて、これらの設置場所も津波や水害を避ける工夫が求められる。