座談会 生きる力を育む会計リテラシー~公認会計士と高校教員が語る会計教育の可能性~
21面記事左から石川教諭、梅木常務理事、淺川教諭
2024年度で完全実施となった高等学校学習指導要領。その解説[公民編]では、「企業会計」の役割、「会計情報の提供や活用」について言及されている。貸借対照表や損益計算書などの財務諸表を掲載する教科書も増える一方、高校教員の中には「会計」を授業で扱うことへの不安や指導法に悩む声も聞かれる。会計教育の普及に取り組む日本公認会計士協会の梅木典子常務理事と、2人の現役高校教員が高等学校における会計リテラシー教育の重要性について語り合った。
座談会メンバー
淺川 貴広 東京都立蒲田高等学校主幹教諭
東京都立蒲田高等学校主幹教諭。東京都公民科・社会科教育研究会事務局長も務める。法務省高校生向けデジタル教材企画検討部会委員、公益財団法人消費者教育支援センター客員研究員。主な著作は「公共の授業と評価のデザイン」(共著・清水書院)など。
石川 周子 東京都立文京高等学校主任教諭
東京都立文京高等学校主任教諭。教員歴14年目。金融広報中央委員会2020年度「先生のための金融教育セミナー」の講師や、(公財)生命保険文化センター等の2023年度夏季セミナーの授業実践報告にて講師を務める。また、(独)国民生活センターの「国民生活」消費者教育実践集(2021年5月号)にて執筆。
梅木 典子 公認会計士日本公認会計士協会常務理事
一橋大学商学部卒。1995年公認会計士登録。2009年にあらた監査法人(当時)のパートナーに就任。2012年よりPwCJapanグループダイバーシティ推進責任者を務める。日本公認会計士協会の業種別委員会証券部会委員、広報委員会委員長を歴任し、2019年に理事、2022年に常務理事に就任。
新科目「公共」と会計教育
梅木 私たち日本公認会計士協会は、公認会計士法に基づく公認会計士の自主規制団体として、公認会計士の職業規範を整備したり、公認会計士に対する専門的な研修を実施したりするなど、その質的水準の維持・向上を担っています。
また、社会において会計リテラシーの定着と、会計の有用性を広める活動として会計教育の推進にも取り組んでいます。高等学校学習指導要領解説の公民編では「会計情報の活用」が取り上げられています。現場の先生方の授業実践を支えるため、教育の専門家や現職の教員の皆さまと協働して「会計教育ツール」を制作し、サイト上で無償公開しています。
本日は、指導案・ワークシートからなる「『会計情報の活用』授業支援パッケージ」の高等学校編の開発に携わったお二人の先生にお越しいただきました。
前回の学習指導要領の改訂では教科と科目構成の見直しが行われ、公民科においては従来の「現代社会」に代わり「公共」が必履修科目として新設されたと聞いています。生徒や教員の方々にとって、どのような変化があったのでしょうか。
淺川 学ぶ内容が変わったというよりも、学び方、教え方が変わったというところが大きな特徴だと捉えています。
共通必履修科目である「公共」では、最初の大項目A「公共の扉」の中で、現代の諸課題について考察し、選択・判断するための見方や考え方を身に付けることを掲げています。そのうえで大項目Bでは、現実社会で起こるさまざまな課題の解決に向けて考えていく、その際、探究的に主体的に考えていこうという大項目Cまでが、旧学習指導要領の「現代社会」よりも明確に位置づけられました。
また公共のテーマの一つに社会参画があります。身に付けた知識やさまざまな技能を使い、社会参画を視野に入れて考えることを重視しているのです。例えば、消費者教育の分野で「エシカル消費」を扱うなら、これまではエシカル消費とは何かを学んで終わりだったのが、今はエシカル消費を生かして自分がどう行動に移すのかを考える。「何ができるようになるのか」まで求めるのが公共なのです。
石川 今までは「教わる・考える」という学び方だったのが、考えた後に「行動する」「表現する」ところを大事にしているのが公共ではないかと思います。そのため、ただ試験で暗記した単語を書かせるといったことは減ってきていると思います。
会計の役割を学ぶ教材開発にかけた思い
梅木 石川先生は、授業支援パッケージ高校編パターンB「職業選択」の教材編集をご担当されました。「職業選択」で「会計」を取り扱うというのは珍しい切り口ではないかと思いますが、教材編集の意図や、編集過程で悩まれた点などがあれば教えてください。
石川 教材編集は公認会計士の方々にもご意見をいただきながら進めました。その中で印象に残ったのは、会計情報を経済活動に関わる関係者が共有することで、健全な投資や企業経営ができる。つまり、安全安心な社会や経済が作られるということでした。そのことがきっかけで私の中から、生徒に損益計算書や貸借対照表を正確に読み取らせなくてはならない、という気負いが消え、「職業選択」にも活用できるかもしれないと思ったのです。
高校生にとって職業選択は身近な問題です。そこを入口にして、会計情報の提供や活用の意義を理解できれば、企業や経済についてより理解が深まる。そのことが伝わればよいなと思いました。そこで、二つの架空の企業を想定して比較しながら「どちらの企業に就職したいかを考える」という展開を中心に構成しました。比較のためには会計情報を読み取る技術が必要であると生徒が気付く流れです。
梅木 財務諸表は数字が並んでいるだけのように見えますが、紐解いていくと、企業活動や財政状態、重視している分野や理念まで、実態あるものとして企業をイメージすることができます。生徒の皆さんがそこに気付いてくれたら素晴らしいですね。授業実践の前後で生徒の反応は変わりましたか。
石川 次の授業のときに嬉しそうに「先生、あの会社の会計情報を見ました」と言ってきた生徒がいました。そういった行動に移してくれたのは嬉しかったですね。
梅木 淺川先生は、授業支援パッケージ高校編パターンA「金融の働き」の教材編集をご担当されました。教材編集の意図や、編集過程で特に悩まれた点などがあれば教えてください。
淺川 「会計情報は、社会人になったとき一部の人だけが関わるもの」と生徒に受け止められることのないよう、どうすれば全員が関わりを持てる教材にできるのか悩みました。「金融」「会計」という難しい言葉に加え、数字が出てくると敬遠したくなる生徒も出てくるのではと予想したのです。
ですから、会計情報を開示することは企業がきちんとした経営を行っている証であり、経済活動に貢献することにつながっていく。逆に言うと、それをしない企業に対して私たちはしっかりと目を向けていかなくてはならない。そのときの「私たち」を、消費者として、あるいは投資する立場といったさまざまな観点からとらえ、会計情報に少しでも近づきやすくするよう心がけました。
梅木 実際に授業を受けた後の生徒の反応はいかがでしたか。
淺川 授業後のアンケートを見ると「非常に理解が進んだ」「自分たちに何ができるかがわかった」という答えが多数ありました。一定の効果があったと思います。
先ほど石川先生も指摘していましたが、大事なポイントは、財務諸表を読めるようになることではないということです。企業がしっかりと情報開示しているかを判断する材料の一つとして会計情報が重要であると理解することなのです。
教員も大学入学共通テストに出るからといって財務諸表の読み取りや計算だけに着目してしまうと、本末転倒になり、思考力や判断力が身に付かないと思っています。そこは留意していかねばならないと思っているところです。
「会計」学習の新展開と課題
梅木 2022年度から年次進行で実施されている新課程も3年目となりますが、公民科における「会計」の学習について、新たに見えてきた活用方法や課題などがあれば教えてください。
石川 授業支援パッケージを編集する過程でたくさん勉強させていただき、「会計」を学ぶ際のポイントにたどり着きました。ただ、他の先生方が同じようにするのはなかなか難しいと思います。やはり、今後どう広めていくかに課題を感じます。
あくまで私の感覚ですが、社会全体で投資意識が高まっている中でも、普段から投資をしていたり、企業の財務諸表を見ていたりする先生はそれほど多くないと思います。そのため、金融や投資と密接に関わっている会計を教えることに抵抗感を持つ先生方もいるのかもしれません。しかし、実社会では重要な経済システム、考え方だと思うので、そのギャップをどう埋めるかが課題だと思っています。
淺川 「会計」は公民科という教科の枠を超えて、教科間で連携ができる教材だと思います。会計情報は、公民科だけでなく、数学や家庭科などさまざまな教科の知識を動員して分析ができるからです。総合的な探究の時間でも良い教材になると思います。
ただ、財務諸表になじみが薄い教員も多い中、私たち公民科の教員でもうまく説明できるか自信がないんです。そこは公認会計士をはじめとする専門家の方々に、分かりやすい説明や具体的な事例などを紹介いただき、会計教育への「心の障壁」を取り除いていただけたら助かります。専門家との連携も会計教育の普及につながるのではないでしょうか。
石川 キャリア教育とも連携が可能だと思います。インターンシップなどで高校生が企業と直接関わる機会もあります。訪問先の企業を知る事前学習として会計情報を分析することは有意義ではないでしょうか。
高校生が身に付けたい会計リテラシーとは
梅木 学習指導要領解説では、「金融の働き」の記述に「企業会計に関わる情報の開示」や、「会計情報の提供や活用」により、公正な環境の下で法令等に則った財やサービスの創造が確保されていることが言及されています。「会計」とは、どういう原因でお金が入り、お金が出たのかというお金の動きの結果を記録し、関係者に報告することです。「会計」を学ぶことで、経済の持続・発展に必要な視点を育むとともに、「公正さ」や「信頼性」を確保することや、それをもとに判断することの重要性を理解してほしいと思います。
高校生にとってはあまりなじみのない分野ですが、「会計」は社会に設けられたルールの一つであり、その仕組みと意義を理解することで、より主体的に生きる力を育むことにつながると考えます。まもなく社会へ出る高校生には、自己実現や課題解決に際して「会計リテラシー」を活用し、持続可能な社会を担っていってほしいと思います。
お二人からも高校生に身に付けてほしいと思われる会計リテラシーについて、お考えをお聞かせください。
淺川 会計リテラシーを身に付けることにより、物事を建設的に、批判的に見る目を養ってほしいと考えています。会計情報に触れたときに「はい、そうですか」とそのまま受け止めるのではなく、なぜこのような財務状況になっているのか、この部分はどうなっているのかと批判的に捉える視点は、会計教育で育てることができると思います。
そして、これは何も経済にまつわることだけではないと思うのです。例えば政治・経済の学びの中でも、周囲が「そうだそうだ」と言っている意見に対して、「それはちょっとおかしい点もあるんじゃない?」と、建設的に批判することができれば、社会の有為な形成者としての力を身に付けることができると思います。
石川 会計リテラシーと判断力はリンクしていると私も思います。財務状況を数字で見るときに、売上だけ、人件費だけと一つの数字に注目してしまうと判断が違ってきます。会計リテラシーは財務状況の全体を把握できる力なので、惑わされず冷静に判断できる力につながると思います。高校生が会計リテラシーを得ることで、社会に対する判断力が身に付くと思っています。
梅木 会計リテラシーを育むことで批判的な思考力が養えるのは、会計が「事実に向き合うための情報」を社会に提供しているからだと思います。
公認会計士は「この数字は本当に事実を表しているのかどうか」「つじつまが合わないが本当はどうなのか」と、考えながら会計情報を見ていきます。あるいは「この会社は業績が伸びているが同じ業界の他社も同じだろうか。全体として見た場合に本当だろうか」と、多面的に事実を確認していくのです。そうした支えになるのが会計リテラシーと言えるでしょう。
淺川 情報入手にコストパフォーマンスやタイムパフォーマンスが重視される風潮の中、高校生も出てきた情報にすぐ飛びつく傾向にあります。じっくり腰を据えて分析し、批判的に見る姿勢を時間がかかっても育成していかなければならないと感じています。
梅木 会計情報の使い方で批判的に物事を捉える力が付けば、数字ではない情報についても同じように応用ができますしね。情報の真偽を見極める目が育つのではないかと思います。
会計を教える際の教員の心得
梅木 ここまでのお話を踏まえて、「会計」についての授業実践に取り組まれる教員の方々に向けて、心得ておくべきことについてお考えをお聞かせください。
淺川 繰り返しになりますが、会計や財務諸表そのものを学ぶことが目的ではないということだと思います。あくまでも一つの手段として、論理的な思考力や批判的に物事を見る目、実際に社会で役立つ力を身に付けていくことが会計教育の大きなテーマなのです。どんな仕事に就いても、どんな時代になっても役立つための力を育てているという「何のために学ぶか」という視点はきちんと持たなければならないと思います。
石川 生徒と一緒に会計を学ぶ気持ちで臨むのがよいのではないかと思います。今回の学習指導要領の解説に初めて載った内容ですし、先生方もこれまで教えてこなかった内容ですから。教員は「自分がわからないことは生徒に教えられない」と思いがちです。しかし、もうそのような時代ではなくなってきています。生徒と共に学ぶ姿勢でいいと思います。
梅木 先生自身が、生徒に答えを教えるのではなく、どのように考えるかを問いかけ、また共に学ぶ姿を見せるのが、今求められている一番の教育ではないかと感じました。本日はありがとうございました。
*教材「『会計情報の活用』授業支援パッケージ」などの各種ツールは、以下のリンクからダウンロードいただけます。
https://jicpa.or.jp/about/activity/basic-education/tools.html