「本物に触れる教育」が未来の創り手を育む STEAM教育における産学連携~インテル×教育機関~
14面記事鼎談 出席者
学校教育が最先端な場であってほしい
村松 浩幸 信州大学 学術研究院教育学系教授
好奇心を刺激するオーセンティックな学びを
森山 潤 兵庫教育大学大学院 学校教育研究科教授(オンライン)
次世代のテクノロジー活用人材の育成を支援
島田 晋作 インテル株式会社 パブリックセクター事業本部 公共・文教事業推進部 事業統括部長
Society5・0の実現に向けて成長分野となるデジタル人材を育成するため、大学進学の前段階でハイスペックなICT機器に触れる重要性が指摘されており、文科省のDXハイスクール事業でも、そうした学習環境の整備が進められている。そこで、技術教育に精通する大学研究者お二人と、次世代育成・デジタル人材教育を推進するインテル社を迎え、「本物に触れる教育が未来の創り手を育む」をテーマに、展望を語り合ってもらった。
―本日に先駆けて実施した「ファンミーティング」では、探究やSTEAM教育に取り組む高校の先生方と「ハイスペックなPCが可能にするこれからの授業づくり」をテーマに議論が交わされました。
村松 はい。参加された先生から、探究で大事なのは「本物との出会い」だと。その学校にはインテル社のハイスペックなCPUを搭載したPCなどが配備されていましたが、それは生徒に本物を体験して欲しいからという話がありました。かつてメディア教育が立ち上がった頃はテレビなど、学校が文化・教育の最先端な場でしたが、今はむしろ子どもたちの方が高性能なスマートフォンやゲーム機を使っているという現実があります。高性能なPCの導入は社会に通用する本物の道具を体験できるということであり、学校にはそんなリアル×デジタルを学べる場になって欲しいというのがファンミーティングにおける着地点でした。
村松 浩幸氏
森山 本物にふれる教育とは、子どもが本物の機材に触れるだけでなく、本物の社会課題、モノやコトについて当事者として体験する学びが展開していくことであり、そのためには現代社会との相似形を教育の中にどう加えるかだけでなく、未来の社会を先取りして教育の中に取り入れていく視点が重要になります。そうした観点で今の学校教育を見た場合、次の学習指導要領では文理融合型のSTEAM教育がキーワードになってくると思います。ただし、理数系と文科・芸術系の教科が結びつくためにはテクノロジーやエンジニアリングの要素が入らないとできません。現行でこれを担う教科は中学校「技術・家庭科」の技術分野になりますが、1週間に1時間の授業しかないのが実態です。したがって、私が所属する(一社)日本産業技術教育学会では、中学校の技術科をテクノロジー科という名前に改め、情報の学びをコアにしながらも、デジタルを活用したモノづくりの技術を学ぶ教科に構成し直すことを提案しています。
島田 弊社が一貫して目指しているのは、テクノロジーを活用して社会課題を解決できる人材の育成です。その中で、我々としては半導体とそれに関連する技術、ソリューションを通じてデジタル人材の育成に貢献したいと、約2年前から「デジタルラボ構想」を立ち上げました。ここでは各パートナーとともに、子どもから大人まで教育・研修プログラムを通じて好奇心を刺激し、テクノロジーでイノベーションを創出する人材を育成することに挑戦しています。
―兵庫教育大学附属小・中学校では、インテル社の助成を受けて「STEAM Lab」を整備していますが、そこではどんな実践が行われているのですか?
森山 小学校はハイスペックなPCのほか、3Dプリンターとレーザー彫刻機があり、中学校はこれらにレーザー加工機を加えた最先端な学びが実現できる次世代のメディアルームになっています。例えば生活科では、自分たちで作ったおもちゃをプログラミングで動いたり光ったりするように改良。次に「誰かのためにあったらいいな」というものを作ることをテーマに、近隣のこども園で小学校に上がることに不安を抱える幼児の声に応えようと、小学校の勉強をゲーム感覚で楽しめるおもちゃを作りました。このような工作とプログラミングの要素を合体させた学びを進めています。
中学校の技術科では、バスを降りるときの車椅子のサポートができる装置や、目の不自由な人を案内するロボットなどバリアフリーに役立つ製品を開発。このロボットを福祉用具メーカーにプレゼンして評価してもらうなど、自分たちの作っているモノが社会や未来につながっていることを実感できる取り組みになっています。
森山 潤氏
村松 信州大学ではSTEAM教育を軸にして、小中高校から大学まで学校間を超えた学びにつなげることを目指しています。「ジュニアドクター育成塾」では、高齢者などに薬の飲み忘れを画像認識でチェックして教えてくれる装置を開発するなど、身近な問題について一人一人がテクノロジー使って新しい価値創造をしていく。また、企業との連携では自動車会社のレクチャーのもと、車と何かを情報でつなげて快適にするといった難しい課題にチームで取り組みました。中には自転車の危険予測アプリで特許権まで取得してしまった高校1年生もいるなど、未来の創り手としての子どもたちの可能性を感じました。
島田 我々ができるのは、教育現場の幅広い用途に応じたCPUのラインアップを取り揃えることだと思っています。なぜなら、情報を収集・活用するだけならGIGA端末に搭載されているスペックで事足りますが、デジタル人材を育成する用途で活用するにはそれなりの性能が必要だからです。例えば生成AIを活用する授業では、AI処理速度に優れた「インテル(R) Core™ Ultra プロセッサー」を。より高度な3Dモデルをつくるソフトを動かすなど本物志向の授業に向けては、「インテル(R)Core™ i7 プロセッサー」やワークステーションなど授業を止めない高性能のCPUを搭載した端末を提案しています。
―こうした最先端な学びが実現できる環境を使って授業をデザインするためには、教員のスキルアップも大事になりますね。
村松 それは学会でも大きな課題になっています。現職教員に向けた研修では、文科省主催で全国の技術科教諭を対象にしたオンライン講座が実施され、学会や専門家もコラボし、3日間で4千人近くが受講しました。さらに、学会では、デジタルを使ったモノづくりをテーマにオンデマンドによる教員研修を実施しており、信州大学でも「STEAM教育認定プログラム」を全コース学生が受講できる仕組みをつくり、底上げを図っています。
森山 兵庫教育大学は「教員養成フラッグシップ事業」に指定されており、インテル社にも連携企業として参画してもらいながら、「学び続ける教師」をテーマに教員養成の改革に取り組んでいます。具体的には大学の教員養成スタンダードを改訂し、その中にICTや情報・教育データを利活用する力を新たに学ぶべき事項として取り上げました。カリキュラムには、国が定めたコアカリを履修した上で情報系の科目を6つ追加。1年ではAI・データサイエンス教育の強化および情報教育系科目を拡充したほか、新設したSTEAM教育概論・演習では、実経験がない学生が子どもの立場で探究を行ってから指導者の立場として考察を深めています。「子どもたちの創造性をテクノロジーで解き放ち、新しい価値を生み出す」と口でいうのは簡単ですが、その素晴らしさは自分で体験してみないと分かりません。教員養成においても「本物に触れる教育」に取り組んでいきたいと思っています。
島田 我々も先生方の好奇心を刺激するハイスペックな環境とともに、わくわくするような教員研修が必要だと考えており、兵庫教育大学様などにもご協力をいただき、課題解決型授業とSTEAM教育を実践するための教材・指導ガイド・教員研修の3つをセットにした「インテル (R) Skills for Innovationフレームワーク」を来年4月から提供開始する予定です。大事にしているのは先生方のマインドセットを変えることで、なぜ課題解決型人材を育成しなければならないかを自分ごとにしてもらうことに重きを置いています。
島田 晋作氏
―最後に学校現場に期待することやメッセージを。
森山 今の学校は社会に開かれた教育が十分には進んでいないのが現状。その中で、最先端な学習環境を体験することは、「学び続ける教師」へとマインドセットを変えるきっかけになると考えています。ぜひ、学校の先生方には、自分の専門性を高める上でも、新しいテクノロジーを取り入れた教育にチャレンジして欲しいと思います。
島田 まずはSTEAM教育を体験できる場を増やしていくことですが、今後は森山先生のお話にも出たテクノロジー科のようにデジタル人材の育成に向けた学びを体系化し、国が財政的にバックアップする施策も必要になると考えます。その上で、ぜひ教育関係者に見ていただきたいと思っているのが、アメリカのコロラド州で4年前に設立した究極の「STEAM Lab」です。ここではコンピュータサイエンス、建築、医療など産業別に本物の機材を揃え、地元の2千人近い高校生が単位を取得できる形で履修しています。この場所で体験できる好奇心の刺激は、次世代を担う人材育成にとって非常に重要だと思っています。
村松 今日の鼎談を振り返って「本物に触れる教育」とは何かについて定義すると、“本物のツールを使って、現実にある社会課題に取り組み、新しい価値を創り出す”オーセンティックな学びを展開することだと考えます。その実現には最先端な環境に加え、先生方がテクノロジーを使うことにわくわくできるような学びを立ち上げていかなければなりません。だからこそ、学校現場や大学、企業が連携しつつ、共に未来の担い手を育成していく必要がある。その意味でも、インテル社には他を圧倒するCPU製品などを開発してもらうと同時に、先生方がテクノロジーをキャッチアップできる支援についても、これまで以上に後押ししてくれることを期待しています。
テクノロジーが切り開く教育の可能性
大野 誠 インテル株式会社 代表取締役社長
現代社会は少子高齢化などの社会課題と共にデジタル化が急速に進み、AIやデータサイエンスなどのテクノロジーを活用して課題解決を図るスキルが求められています。小中高の生徒がプロも使用する本物志向のPCやICTソリューションに触れることは、単なるコンピュータリテラシーの習得にとどまらず、アイディアを仕様に制限されることなくその場で具現化でき、実際の社会問題に対処できる思考力や創造力が養われるとインテルでは考えています。インテルは、エコシステムパートナーと連携し、子どもたちと先生の好奇心を刺激しながら、教育の質と教育DXの推進に貢献してまいります。