新たなパンデミックに備える 学校の環境衛生を向上する設備の充実を
10面記事基本的な感染対策を継続することが大切だ
教育活動に未曽有の危機をもたらした新型コロナウイルス。しかし、今後も短いスパンで新たなパンデミックが起きる可能性も示唆される中で、学校現場では今こそ環境衛生を向上する対策を充実させていく必要がある。そこで、これから冬季にかけての感染症の動向を探るとともに、集団感染を防ぐために備えたい各種衛生設備・機器について紹介する。
種々の感染症が季節を問わず流行
活動制限が緩和され、感染症対策は新たな局面を迎えている
集団活動の制限や教室における換気の徹底などが日常化し、これまでなかった衛生関連機器・用品が次々に導入されるようになるなど、新型コロナウイルスの出現は学校の感染症予防における常識を大きく覆す事象になった。だが、現実には第5類移行から1年が経過した今年の夏も「第11波」が起きているとともに、子どもの間ではヘルパンギーナ(夏かぜの一種)や手足口病、りんご病、劇症型溶血性レンサ球菌感染症といった感染症が流行した。
つまり、活動制限の解除を契機に人々の行動が活発化するに連れて、これまで抑制されてきた種々の感染症が季節を問わず流行するという、新たな局面を迎えているのだ。しかも、体内における抗体の保有割合が低下している分、流行すれば感染者が大幅に増えてしまう傾向にある。だからこそ学校現場も、手洗い、うがい、換気、消毒といった基本的な感染対策を継続していかなければならない。
ただし、これ以上子どもや教職員に負担を強いることは、不安やストレスといったメンタルヘルス的にも、教職員の働き方改革を進める上でも不利益になる。したがってコロナ禍で培った感染対策の知見を活かした、安心を担保するための新たな衛生関連機器・用品・サービスの導入が期待されているところだ。
エアロゾル感染を防ぐ設備の導入を
集団感染リスクの高い学校現場の感染対策として最も重要になるのは、学年・学級閉鎖を引き起こすようなクラスターを防ぐことにある。それゆえ、感染者が出た場合には速やかに他の児童生徒との接触を避けるための措置を講じることが第一になるが、集団生活を行う学校ではエアロゾル感染を防ぐ対策を実行していくことも大切になる。
このため、文科省では教室の空気の流れをつくる換気対策設備の促進を全国の教育委員会に要請している。全熱交換器などの換気設備が整備されていない教室では、換気を補助するサーキュレーターやHEPAフィルタ付空気清浄機などの導入がいまだ十分とはいえないからだ。加えて、室内の二酸化炭素含有率の目安(1000ppm相当)を知るCO2モニター装置の導入も半数の学校しか進んでいないことから、学校においては自治体・教育委員会に積極的な働きかけを行うなどして、必要な設備を整備していく必要がある。
この秋はマイコプラズマ肺炎が流行
では、この秋はどんな感染症が流行しているかというと、9月に入ってからは子どもに多い細菌性の感染症の一つ、「マイコプラズマ肺炎」の患者が急増している。10月20日までの1週間に、全国約500の医療機関から報告があった患者数は、1医療機関あたり2・01人を超える過去最多を更新。専門家によれば今後もさらに流行する可能性もあり、飛沫や接触で広がることから、手洗いの徹底や人混みでのマスク着用などの感染対策が求められる。
感染すると発熱や全身のだるさなどの症状が表れ、熱が下がった後も3~4週間せきが続くのが特徴で、治療には抗菌薬が使われる。患者の8割を14歳以下が占めるが、"歩く肺炎”ともいわれる疾病のため、学校の教職員も注意が必要になる。
また、りんご病や劇症型溶血性レンサ球菌感染症も依然として上昇中であるとともに、すでにインフルエンザや感染性胃腸炎も流行の兆しを見せている。その中で、これから冬にかけては乾燥した空気によって免疫力が低下し、ウイルス自体の感染力も持続しやすいことから、例年通りなら新型コロナウイルスやインフルエンザ、RSウイルスなどの感染症が本格的な流行期を迎えることになる。
警戒したいノロウイルスによる集団感染
12月から2月にかけて流行のピークを迎えるのが、ノロウイルスなどによる感染性胃腸炎だ。ノロウイルスは手指や食品などを介して口に入ることで感染し、おう吐、下痢、腹痛といった症状を起こす。感染力が非常に強く、小量でも感染するのが特徴で、アルコール消毒だけではあまり効果がない。そのため、手指に付いたウイルスをはぎ取るような丁寧な手洗いの徹底が求められるほか、ウイルスを不活化するには次亜塩素酸ナトリウムによる解毒や加熱が有効となる。
特に、多人数が生活する学校では二次感染による集団感染に注意を払う必要がある。学校では給食の調理者から感染するケースが多いため、調理者や調理器具などからの二次汚染を防止することが大切になる。
さらに重要となるのが、感染した子どもがおう吐したときの処理だ。おう吐物の中には大量のウイルスが存在し、乾燥すると空中に漂うことで口に入って感染するため、迅速かつ安全に処理を行わないと一気に拡散する可能性があるからだ。
今年2月初旬に判明した和歌山県内の保育所とこども園でのノロウイルスによる集団感染でも、園児がおう吐したことをきっかけに、115人もが下痢やおう吐の症状を訴える事態に広がったと見られている。
対処法としては、半径2mの範囲に飛沫が拡散することを踏まえ、ゴム手袋、マスク、ゴーグルを着用し、ペーパータオルや使い捨ての雑巾で拭きとり、ビニール袋に二重に入れて密封して破棄することだ。今は、使い捨てタイプの「汚物処理キット」も販売されており、こうした汚物処理をスムーズかつ安全に行うためには備えておきたいツールとなっている。また、飛沫感染の防止としては、おう吐があった場所に立ち入らないように措置を講じ、窓を開けて換気をすることも重要となる。
その上で、事前対策としては下痢やおう吐によって脱水症を引き起こす可能性が高くなることを踏まえ、学校としては「飲む点滴」といわれる軽度から中等度の脱水症における水と電解質の補給方法として適した経口補水液を常備しておきたいところだ。
感染症にかかりにくい身体をつくる
このように、冬季はさまざまな感染症に対する備えが重要になる。では、感染症にかからないようにするにはどうすればいいかというと、まずは自分の身体に病原体を侵入させないことで、マスクの着用や手洗いの徹底などを心がけ、喉や鼻の粘膜の防御を図ることが大事になる。学校では他者に伝染させないためにも、こうした一人一人の環境衛生への自覚が必要といえる。
もう一つは、感染症にかかりにくい身体をつくることだ。人の身体には簡単には感染症を起こさせないように、自然免疫と獲得免疫という2つの防御システムが備わっている。体内に病原体が侵入すると、自然免疫が異物として認識して排除にかかる。それでも防げない場合は、過去に獲得した免疫を使ってブロックすることになる。
ただし、免疫機能が低下している場合や、病原体の量が多い場合には感染してしまう可能性が高まるため、体内に抗体を作るワクチン接種が有効になる。特に子どもは重症化や感染に伴う合併症を防ぐためにも、年齢に応じて必要なワクチン接種を受けておきたい。加えて、そうした免疫力を高め、感染症にかかりにくい身体をつくるために、適度な運動をすること、きちんと睡眠をとること、そしてバランスのとれた食事をとることが大切になる。
近い将来パンデミックが起きる可能性も
新型コロナウイルスのような感染爆発を避けるために
学校現場に衛生関連機器の導入を強化していく理由には、今後いつまた未知のウイルスが出現するかもしれないこともある。世界的な流行を起こすパンデミックは、かつてのペストのように何百年という長いスパンで巡ってくるものだった。しかし2000年以降、新種のウイルスの流行は短い周期で起きるようになっている。特にコロナウイルスは、この20年の間にSARS、MERS、そしてCOVID―19と3度にわたって世界的な流行を引き起こしている。
こうした背景には、グローバル化によって人や物の移動が活発になり、遠隔地のウイルスが短期間で世界中に広がりやすくなったこと。食肉消費量の増加による家畜の密集飼育により、動物からヒトへの感染リスクが高まっていること。気候変動や森林伐採など環境の変化が新たなウイルスの出現を促したり、未知のウイルスを運んできたりする機会を増やしていること。これらの要因が複合的に作用し、新種のウイルスが短期間で発生する状況をつくり出していると考えられている。
したがって、今後も数十年単位で、新型コロナウイルスのようなパンデミックが起きる可能性が指摘されている。例えば、今年の8月に世界保健機関(WHO)が緊急事態宣言を発令した「エムポックス(サル痘)」も、そうした危機感を受けてのものだ。アフリカに生息するリスなどのげっ歯類をはじめ、サルやウサギなどウイルスを保有する動物との接触によりヒトに感染するエムポックスは、中央アフリカから西アフリカにかけて流行し、わが国においても患者が出るなど、2022年以降に10万人以上の感染例が報告されている。
こうした中で厚生労働省も、次の世界的なパンデミックは呼吸器の感染症で起きる可能性が高いとされていることから、未知の感染症をいち早く把握するため、診断名のつかない呼吸器系の症状があった場合、医療機関から報告を受けて調査を行う仕組みを来年4月から始めるとしている。具体的には全国にある約3千の医療機関から報告を受け、一部病院では遺伝子解析を行い、早期の分析や感染の拡大防止につなげていく意向だ。
今からできる準備として
新型コロナウイルス感染症のたび重なる流行は、学校での学びの継続に支障が生じたとともに、日常的な学校生活を維持する上でも、子どもの健康管理や消毒作業にあたる教職員の多忙化も課題になった。また、コロナ禍の新しい生活様式を続ける中での運動会や修学旅行などの学校行事の中止・延期、部活動の縮小や大会・コンクールの中止は、子どもの不満意識やストレスなどを増長し、心の健康にも大きな影響を与えたといわれている。
さらには、罹患後もさまざまな後遺症に苛まれる子どもが今も数多く存在している。こうしたことからも、今からできる準備として、学校の環境衛生を向上する投資に努めていく必要がある。