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不足する科学技術人材の育成に向けた施策

11面記事

企画特集

日本の将来を左右するデジタル推進人材の育成

理科は、新しい価値の創造・イノベーションを起こす人づくりの出発点

 科学技術人材の育成において世界の後塵を拝す日本は、初等中等教育段階から理科や数学への興味関心を高め、理工系大学への進学や、その先の技術者・研究者の道を拓いていくことが必要になっている。ここでは、そのために国策として進められている施策とともに、予測困難な時代に求められる資質能力を取り上げる。

成長分野となるデジタル人材が不足

 AIやIoTなど先端テクノロジーが急速に進化する中で、わが国は諸外国と比べて、成長分野となるデジタル人材の不足が課題になっている。このため、政府は「デジタル田園都市国家構想基本方針」のもと、DXを主導する「デジタル推進人材」を国内において5年間で230万人育成するという目標に向け、大学教育段階でのデジタル・理数分野への学部転換や「理工系女子の活躍推進事業」などの施策を実施している。
 また、このような社会構造が大きく変化する予測困難な時代を生き抜くには、従来の知識詰め込み型の教育から脱却し、自ら課題解決に取り組み、新しい価値の創造および技術革新(イノベーション)を起こせる人材を生み出していく必要がある。したがって、2021年に閣議決定したソサエティ5・0の実現に向けた科学技術・イノベーション政策では、初等中等教育段階からSTEAM教育など問題発見・課題解決的な学びの充実を図ることを掲げている。

科学技術人材の育成を推進するSSH指定校

 こうした中、文科省も20年以上前から将来の科学技術人材の育成を図るため、科学技術や理数系教育に関する研究開発を行う高等学校等を「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」に指定し、先進的な理数系教育の推進を図ってきた経緯があり、今や200校を超えている。
 SSH指定校は、大学や民間企業、研究機関と連携した課題研究の実施、フィールドワーク、海外の高校・大学との連携など先進的な理数教育の研究開発に必要な費用として、年間600万円~1200万円の財政支援を受けることができる。加えて、高大接続や海外連携、革新共創等に係る取り組みの必要性が認められた場合には、「科学技術人材育成重点枠」の指定校として、年間500万~3000万円が追加される。令和5年度は立命館高等学校や大阪府立天王寺高等学校など4校が指定されている。
 このような財源支援のもと、高校段階において先端的な学びや研究開発に取り組むことで、科学技術人材の育成に寄与することが期待されている。実際にSSH指定校の卒業生は理系分野の大学進学、修士・博士課程への進学が増えているほか、国内外の企業や研究所において活躍する姿が見られるようになっている。

高校改革の推進に114億円を要求

 さらに、文科省は令和7年度の概算要求においても、学びの質を向上するため、小学校における理科を含めた教科担任制を中学年(3・4年)まで拡充するとともに、高等学校改革の推進に114億円を計上。ICTを活用した文理横断的・探究的な学びを強化する学校などに対して、そのために必要な環境整備の経費を支援する「高等学校DX加速化推進事業(DXハイスクール)」事業を昨年度に続いて継続するほか、専門高校と産業界等が一体となり、地域産業の持続的な成⾧を牽引する最先端の職業人材育成を推進する「マイスター・ハイスクール事業」などの施策を盛り込んでいる。
 加えて、新たな知を創造し、社会にイノベーションをもたらすことができる重要な存在となる博士人材の産業界への活躍促進や、徹底した国際化と産学連携により博士人材の育成機能を強化する「博士人材活躍プラン」の拡充として、前年度247億円を超える336億円を計上した。同プランでは、卓越した才能を持つ児童生徒の大学における育成活動への支援等を通じ、博士課程進学へのモチベーションを早期から向上させる取り組みにも力を入れる。

理工系大学も中・高校連携を強化

女性の理工系分野の選択促進も重要な課題の一つ

 大学機関においても、将来につながる理工系への関心を中学・高校段階から高めるため、連携を図る動きが活発になっている。例えば東京理科大学は、この9月に國學院大學久我山中学高等学校および田園調布学園中等部・高等部と高大連携協定を締結。この協定に基づく相互の教育に係る交流・連携により、中学生・高校生の科学的な興味や学びを深めるとともに、自身の進路や将来についての意識を高め、これらを通じて同大学が求める学生像や教育内容に対する理解の深化を促すことが目的になる。具体的な連携内容としては、同大学の教員による出張授業や講演、各種公開講座への生徒の受け入れ、留学生との国際交流などを進めていく意向だ。
 また、このような時代の変化に対応した学びを授業の中で実践していくには教員の学び続ける姿勢や資質能力を高める必要がある。このため東京学芸大学は、教育関係者の主体的な学びや個別最適な学びを支援するためのプラットフォーム「I Dig Edu」を立ち上げている。ここでは学びのコンテンツの提供のみならず、生成AIによるリフレクションサポート機能や学びの履歴管理機能、デジタルバッジによる学びの認証の機能を備え、継続的な学びをサポートするのが特徴。受講内容は、データサイエンス・情報、個別最適化と協働的な学び、STEAM教育、ICT活用など多岐にわたるが、すでに同大学や社会人研修の企業などが提供する専門的・先導的な講座が100以上ラインアップされている。

どのようなスキルを育てるべきか

 では、これからの時代に求められる、新しい価値の創造・イノベーションを起こす人材とは、どのようなスキルを持つことを指すのか。今、企業が求める人材像から整理すると、おおむね次のようなスキルを持った人材になる。
 一つはデジタルスキルで、AI、データ分析、プログラミングなど、デジタル技術を駆使できる能力。次に、不確実な未来に対応するため、変化を恐れず新しい状況に適応できる能力、そして複雑な問題を分析し、創造的な解決策を導き出す能力も重要だ。
 例えば農業は、今やデジタル化が最も急速に進んでいる分野になる。従来、経験と勘に頼っていた農業に先端テクノロジーを取り入れることで、生産性の向上、品質の安定化、労働力不足の解消に寄与することが可能になった。具体的な活用方法としては、センサーで土壌の状態や気象データを収集し、AIで分析することで最適な灌水や施肥を行う。ドローンを農薬散布や生育状況のモニタリングに活用する。生産データや市場データを分析し、生産計画や品種改良に活用するなどのデジタル化が行われるようになっている。
 大谷選手の活躍によって日本でも人気が高まるMLBも、今やデータ分析による選手のポテンシャル予測がチームの命運を左右するようになっている。2015年に導入した「スタットキャスト」は、弾道測定器と画像解析システムによって、投打守に関するボールや選手の動きを記録。それらの膨大なデータを瞬時に分析、数値化することで、打球速度や角度、飛距離が瞬時に把握できる。これにより、本塁打になる確率が高くなる打球速度や打球角度を導き出し、「フライボール革命」と呼ばれる従来の常識を翻す打撃論が誕生した。こうしたデータ分析は選手の能力の向上やトレーニング以外にも、試合の戦略、スカウティング、ファン獲得などに応用されている。
 すなわち、今やどんな分野でもデータを分析して活用することが当たり前になっており、個人にはそれをどうやって成果に結び付けていくかが求められる時代を迎えているのだ。

今や農業もデジタル化が欠かせなくなっている。

小学校から始まる理科教育から

 また、そうしたデジタルスキルを社会や組織の中で発揮するためには、多様な人々と効果的にコミュニケーションを取り、チームで協力できる能力が不可欠であるとともに、グローバルな視点を持って、異文化理解や多様性を尊重できる資質も磨かなければならない。
 その上で、なぜ、これらのスキルが求められるのかといえば、ITやロボットなどの技術を用いたルーティンワークの自動化が進み、人間が行う仕事にはそれ以外の創造性や判断力といったスキルがより一層求められるようになっているからだ。しかも、グローバル化がますます進んで、多様な文化や価値観を持つ人々と協力する機会が増えていることや、環境問題、社会格差など、複雑な社会問題を解決するためには、多角的な視点と協働の精神が求められているからにほかならない。
 このような将来につながるスキルを一人一人に築くために、その出発点となるのが小学校から始まる理科教育となる。だからこそ、子どもたちの理科への興味関心を高める授業を実行し、科学技術人材育成へとつながる手綱を、その先の教育機関へと引き継いでいかなければならない。
 例えば、現在、民間企業が主催する理科の実験教室や科学・プログラミング体験教室はどこも盛況で、そこでは子どもたちが意気揚々と実験や工作にチャレンジする姿が見られ、笑顔がこぼれている。「理科がつまらない、楽しくない」と感じている学校の授業との違いはどこにあるのか。まずは、そこをヒントに授業改善を始めてほしい。

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