日本最大の教育専門全国紙・日本教育新聞がお届けする教育ニュースサイトです。

持続可能な社会の実現に向けて、育てたい会計リテラシー

9面記事

企画特集

会計教育を通して情報活用能力を育む

 多様化、複雑化する社会の中で、子どもたちが主体的に考え、未来を切り拓いていくためには「会計リテラシー」を身に付けることが必要だ。現行の学習指導要領解説にも「会計情報の活用」が記載されているが、授業にどのように取り入れるべきか、教員からは教材や展開を知りたいという声が少なくない。日本公認会計士協会の茂木哲也会長と、文部科学省初等中等教育局主任視学官の田村学氏が、持続可能な社会の創り手、グローバル人材育成の鍵となる会計教育の必要性について語り合った。

日本公認会計士協会 会長 茂木 哲也
慶應義塾大学経済学部卒。1993年公認会計士登録。新日本有限責任監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)経営専務理事(2016年~2019年)、日本公認会計士協会常務理事を経て、2022年7月より現職。

文部科学省 初等中等教育局 主任視学官 田村 学
新潟大学教育学部卒業後、1986年より新潟県公立小学校教諭。その後、新潟県柏崎市教育委員会指導主事、文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官等を務める。國學院大學人間開発学部初等教育学科教授を経て、2024年4月より現職。

未来の担い手に期待する力は

 茂木 私たち日本公認会計士協会は、公認会計士法に基づく公認会計士の自主規制団体として、公認会計士の職業規範を整備したり、公認会計士に対する専門的な研修を実施したりするなど、その質的水準の維持・向上を担っています。
 また、社会における会計リテラシーの定着と、会計の有用性に関する認識向上のために、会計教育の推進にも取り組んでいます。会計リテラシーは公認会計士などの専門家、企業で財務・経理に携わる人たちだけが必要とするものではなく、誰もが生涯にわたって必要とされるものと捉えています。
 学習指導要領解説の中学校社会編、高等学校公民編では、「会計情報の活用」が取り上げられています。一方で、現場の先生方から教授方法に不安があるとの声を多く聞いたことから、指導案・ワークシートなどからなる「授業支援パッケージ」や教員向け教材「授業実践ガイドブック」等を制作し、サイト上で無償公開しています。教育関係者の皆さまと協力して、現場の先生が教えやすい、また、生徒も学びやすい授業案を提案しています。

 田村 これからの教育のあり方を考えたとき、鍵になる未来社会の姿は持続可能性とグローバル化だと思います。少子高齢化や環境エネルギーのような持続可能性にかかわる問題においては、今あるリソースを適切に利用しつつ、新たなものを生み出していく「時間軸」の視点、グローバル化は違いや多様性をいかに受け入れるかという、いわば「空間軸」の視点で見ることができます。
 こうした現実社会の激しく大きな変化の中で、文部科学省は、子どもたちに実際の社会で活用できる資質・能力を育成しようと考えてきました。 
 かつての教育は多くの知識を身に付け、それらが再現できればよいという考え方でした。しかし、知識を生活の中で使える力を育てていかなければ、時間軸や空間軸が大きく変わる社会では立ち行かなくなります。そこで「主体的・対話的で深い学び」を取り入れ、能動的な学び手を育てようとしています。
 問題解決のために自分たちのアイデアを他者にプレゼンテーションしたり、そのアイデアをプロジェクト化して実行したり、能動的に対象に働きかけるような教育活動をイメージしていただけるとよいでしょう。

 茂木 パンデミック、異常気象、紛争といったグローバル単位での激しい変化が起き、予測が難しい現代社会における学校教育の方向性として、持続可能な社会の担い手を育てるという軸には非常に共感します。私たち公認会計士が関わっている経済分野においても、加速するグローバル化への対応はもちろん、経済活動と持続可能な社会の両立も実現させていかなければなりません。
 現代社会で生きている我々は、日々、正解のない中で自ら考え、判断することを迫られています。知識はAIが答えてくれる時代です。人間が注力すべきなのは、与えられた情報を自分で考えて判断し結論を出すことではないでしょうか。

学校教育における地域・社会の連携の重要性とは

 田村 正解は唯一絶対のものではなく、新たな解を更新していかなければならないとき、学びの場を広く社会に求めるのは必然だと思います。学校をコアな学びの場としながらも、社会全体と連携・協働して子どもたちの資質・能力を伸ばす「社会に開かれた教育課程」について、日本公認会計士協会さんのような専門家の団体、企業や地域の皆さんなどの存在は重要です。これまでもとても熱心に支えてくださってきたと思っています。
 昔は学校の外に出て学ぶというと、工場を見学して教科書に書かれていることを確認するなどが目的でした。今では子どもが自分たちで積極的に地域の課題を捉えて、現状や原因を調べ、改善策を考えたり実行に移したりする。その際にいろいろな場所を訪ね、さまざまな人たちと関わりを持ちながら考えを深めていく。そうした学び方に変化しています。

茂木 社会に開かれた学び方をすれば、子どもたちは現実味のあることを実感できるということですね。学ぶ意味とは何だろう、自分たちはどう生きたらいいのだろうと考える効果ももたらすのではないでしょうか。
 一方で、私たちも子どもの教育を学校任せにするのではなく、社会の構成員として教育にどう協力できるかを問うていくべきだろうと思います。公認会計士であれば、会計や経済について専門性のあることを示すことができます。それをみんなでやっていくのが社会に開かれた教育課程の理想のあり方かと思います。

会計という見方・考え方を育てる

 田村 学習指導要領は約10年おきの見直しの際に、社会の変化やこれからの社会のありようを見据え、子どもたちにとって必要な学習内容を位置づけていきます。会計情報の活用が、現行の学習指導要領解説に記載されたのも、子どもたちが学んでいかなければならない学習内容の一つに位置づいていると理解することができます。
 経済の動きやお金のやりとりは、我々にはとても日常的な行為にもかかわらず、これまで意識的に学ぶ機会がありませんでした。時代とともに求められる内容となり、今後は欠かすことのできない内容になるのではないかと思います。

 茂木 会計と聞くと、多くの方が「電卓をたたくこと」「公認会計士や税理士などの専門家がすること」「簿記の帳簿付け」という印象をお持ちです。それは間違ってはいないのですが、本質的には「お金の心配をする」ということで、社会生活に不可欠なことだと思います。そのために必要なのが、会計というものの考え方を理解し、身に付ける「会計リテラシー」です。
 学習指導要領解説では、中学校の社会科と高校の公民科で「企業会計」「会計情報の活用」が取り上げられています。ここで、企業の情報開示や会計リテラシーとして重要なアカウンタビリティを理解することが、高度に情報化された現代社会で生きる力を身に付けることにつながると考えています。
 企業は自分たちの資金だけでは事業を大きくできませんから、金融機関からの借り入れや、株式発行を通じた資金調達をしています。すると調達した資金をどのように運用しているのかを報告する責任が発生します。企業は、1年間でいくら使っていくら儲けたのか、今持っている資産と負債はどのような状態かといったことを数字でまとめた決算書をもとに、アカウンタビリティを果たしています。
 ここでのポイントは企業が作成する決算書は一定のルール(法律や会計基準等)に基づいて作成されること、上場企業などには、作成した決算書について公認会計士による監査を受けることが義務づけられていることです。会計とは、経済活動の結果について、何が起こったのかを評価し、記録して、関係者に情報提供するということです。中学校の社会科や高校の公民科では、このような一連の行為を正確かつ公正に(ルールに沿って)行うことで、経済の安定や消費者保護が図られていることを学んでほしいです。
 高度に情報化が進んだ現代社会では、手に入れることができる情報量も膨大です。会計に関する学習を通じて、正しく情報を開示すること、つまり情報の信頼性が重要であることを理解してほしいと思います。また、情報の利用者として情報の信頼性を見極める力も養ってほしいと思います。

 田村 会計リテラシーには情報を見抜く力も含まれるのですね。学習指導要領では学習の基盤となる能力として、言語能力、情報活用能力、問題発見・解決能力等を挙げていますが、会計リテラシーは情報活用能力に直結するものなのですね。
 全国の子どもたちは1人1台の端末を用いて学んでいて、今まで以上に情報活用能力の獲得の重要性が大きくなっています。例えば、検索した情報の真偽を確かめる目や、その情報を適切に処理し、アウトプットする力などです。会計教育を通して情報活用能力の育成ができれば、会計リテラシーは、お金のやりとりの実践力という以上に汎用性の高い能力だと言えるのではないでしょうか。

会計リテラシーを発揮できる場面を増やす

 茂木 かつて、子どもは自分の親や、友達の親が仕事をしている場面に出会うことが多かったですね。お金の受け渡しを見たり、領収書を出したり帳簿をつけたりすることの意味も何となく伝わっていたと思います。現代は経済活動に関する中間の行為が見えづらくなりましたが、だからこそ、学校で積極的に会計教育に取り組んでほしいと思っています。

 田村 会計リテラシーの可能性を考えると、提供されている教材は社会科をメインとしていますが、もっと幅広く使いこなせるのではないかと思いました。総合的な学習の時間で、子どもが何かプロジェクトを実行したいと思ったとき、「それはどれぐらいお金がかかるのか」という話題になり、計画が練られれば説得力やリアリティが圧倒的に増します。実現の可能性も高まると思います。教育課程全体を視野に入れた中で、この会計リテラシーを発揮できるシーンを増やしていくと、子どもたちは会計を学ぶ価値を実感することができると思います。

 茂木 当協会では、先ほどご紹介した教材のほかにも、実際に教材を使用した教員による授業実践発表を含む社会科教員向けセミナーの開催等も行っており、「会計情報の活用」をさまざまな形で取り入れられるよう情報提供しています。
 会計リテラシーは、社会のあらゆる場面やライフステージで必要・有用なものであることを理解してもらえるよう、学校のさまざまな教育活動に貢献していきたいと思います。

企画特集

連載