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美術の教育 多様で寛容な「私」であるために

12面記事

書評

大坪 圭輔 著
予想外の表現生む重要性説く

 本書は、長年にわたり、中学校・高校の美術教師を務め、さらに美術大学で美術科教員の養成に携わってきた著者が「美術が苦手な人」を対象として書きつづった随筆集である。しかしながら、本書は美術が苦手な人を美術好きにすることを狙った本ではない。彼らが抱いている美術への不信感に対し、著者は一貫して「そのままでよい」と寄り添う。
 美術教師の仕事は「多様性を拡大させる世界と人間について熟考できる人間を育成すること」にあると著者は述べており、積極的「人それぞれ」の重要性を強調している。積極的「人それぞれ」とは十人十色という意味ではない。画家は絵を描く際、必要な色を必要な場所に置き、画面上の全てを管理しているわけではなく、ある場所に置いた色が周辺にある色と響き合い、画家が予想もしなかった美しさが生まれることがある。著者はそうしたありようを積極的「人それぞれ」と名付けており、十色が混ざり合うことで新たな価値を持った表現が生まれると考えている(なお、お互いに対して無関心・無関係な状態を、著者は消極的「人それぞれ」と呼んでいる)。
 これからの時代を生き抜く生徒たちが「寛容性」を育み、積極的「人それぞれ」に基づく多様性に満ちた社会を築き上げてゆく上で、美術教育が果たす役割は決して小さくない。今後の美術教育の在り方に対する力強いメッセージが込められた一冊である。
(2970円 武蔵野美術大学出版局)
(井藤 元・東京理科大学教授)

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