日本最大の教育専門全国紙・日本教育新聞がお届けする教育ニュースサイトです。

寄稿 学校スポーツ時の脱水症対策

NEWS

論説・コラム

 連日、各地が猛暑に見舞われる中、スポーツドクターとしての経験が豊かな八巻孝之医師から「スポーツ・コンディショニングは計画的に取り組もう~学校スポーツ現場における子どもたちの運動パフォーマンスと安心・安全のために~」と題する記事を寄せていただいた。水分補給の大切さは広く理解が広がりつつあるが、八巻医師は、どう補給するかといった具体的な方法まで解説している。

はじめに

 令和4年度には、学校の管理下において、3,142件を超える熱中症事故が発生しています。昨今の気温変化や熱中症の発生状況等を踏まえると、児童・生徒等の健康被害を防ぐためには、それほど高くない気温(25~30℃)の時期から適切な措置を講ずることや、暑さ指数(WBGT)等を活用して熱中症の危険性を適切に判断すること等が重要視されています。
 ここで述べる、学校スポーツ、部活動への参加において脱水症対策が特に重要である理由は、熱中症発症のリスクとスポーツ・パフォーマンスの低下です。部活動を中心とした学校スポーツ現場における子どもたちの安全・安全を守るためのスポーツ・コンディショニングについて、特に教員・養護教諭・部活動の指導者の方々にお伝えしたいと思います。

熱中症の発症リスク

 脱水状態では、汗をかく効率が低下するため深部体温が上昇しやすくなり、熱中症の発症リスクが増加します。さらに、心拍出量や筋肉内の血流量が減少してスポーツ・パフォーマンスにも悪影響が生じます。
 その悪影響とは、例えば、持久力の低下、パワー不足、認知運動機能の低下などです。体重の2%以上の脱水は持久性や認知運動機能を低下させるといわれています。また、体重の3~5%以上に及ぶと、明らかなスポーツのスキルやパフォーマンスの低下が引き起こされます。
 そして、脱水状態によるスポーツ・パフォーマンスへの影響は、暑熱や高地などの環境条件が加わるとさらに悪化します。そのため、子どもたちの学校スポーツ環境下における水分・電解質の補給には、教員や部活動の指導者により強い配慮が求められます。

スポーツ活動時の注意点

 スポーツの運動前、運動中、運動後の3つの段階において、具体的な注意点を述べます。

 (1)運動前
 運動前の水分補給の目的は、運動開始までに水分と血漿中の電解質を十分に正常なレベルに調整しておくことです。
 運動開始の4時間前から、体重1kgあたり5~7ml/kgの飲料を少しずつ飲み始めます。運動開始の2時間前に尿が出ないか尿の色が濃い場合は、さらに半分(体重1kgあたり3~4ml/kgの飲水をゆっくり続けることが推奨されています。運動前のコンディショニング調整は、運動中に飲水の機会が少ないスポーツにおいて特に重要です。

 (2)運動中
 運動中の水分補給の注意点として、発汗量を超えて飲み過ぎないことと体重の2%以上の水分を喪失させないことが重要です。そのためには、日常的な運動前後の体重測定が必要です。
 なぜならば、測定した体重から個別的な運動時の発汗量(発汗量=運動前の体重-運動後の体重+水分摂取量)をある程度予測し、把握することができるからです。
 特に、夏季の運動時は、発汗量が増加するため、暑熱の環境における水分摂取量を見積もっておくことが必要です。運動時には、体重の減少1kgあたり、約1.5L程度の水分摂取が推奨されています。

 (3)運動後
 運動後の脱水状態の回復には、少量の塩分補給が有効とされています。例えば、複数回の試合が一日の中で行われる場合には、目標量の水分摂取が追い付かない場合が考えられます。このような場合には、運動中と同様、体重の2%以内の脱水状態に留められるよう、可能な範囲で水分補給を追加する必要があります。

 運動前、運動中、運動後の適切な水分補給を行わせるためには、日常的な取り組みが重要であり、普段の練習時から実際の競技時の状況を想定し、こまめな体重測定から可能な水分摂取量を算出したり、水分補給計画を事前に立てておくことをお勧めしたいと思います。次に、飲料水の組成について、簡単に述べます。
 教員や養護教諭、指導者のみなさんは例えば、運動時には、水だけでなく、電解質と糖質を含むスポーツドリンクの摂取が推奨されていることは十分にご存じかと思います。ここでは、運動時の飲料水の組成について簡単に述べます。
 電解質を含まない水分のみの摂取では、運動時に血漿浸透圧が低下し、激しい口渇感が生じず、それ以上の水分を摂取しなくなる生理的な反応やナトリウム濃度の低い尿の排泄(水利尿)が促進されます。その結果、必要な水分を補給することができなくなったり、糖質濃度が大きく下がってしまいます。
 一方、脱水のリスクばかりに配慮すると、過剰な水分摂取を促すことで低ナトリウム血症を誘発させる危険性があります。
 これらを考慮して、100mlあたり、0.1~0.2gの食塩、3~8%の糖質を含む組成の飲料水が推奨されています。もちろん、個人の体格や発汗量に応じた飲水量の調整が重要です。学校スポーツの現場では、子どもたちの良質なトレーニングや高いパフォーマンスを発揮できるように、暑熱環境下での様々な運動強度と個別の発汗量を考慮した運動前、運動中、運動後の個別の水分補給計画を準備しておきましょう。

身体冷却の重要性

 最後に、運動パフォーマンスの低下とスポーツ活動中の事故防止のために重要と考えられている、身体冷却の積極的な取組みについて紹介します。
 身体冷却の目的は、暑熱下の学校スポーツ活動時の深部体温の過度な上昇を抑えることです。冷却の方法には、主に次の二つがあります。

 (1)身体外部冷却
 例えば、アイスパックや送風などを用いて、皮膚温を外部から冷却する方法です。熱中症のリスクを減らすために水分バランスを適切に保つことは極めて重要ですが、体温調節機能を維持することも重要なのです。そのためには、対策のメインである水分・電解質・糖質の適正組成を補充することに加えて、からだの冷却も組み合わせて行うことがリスク回避にとても効果的です。

 (2)身体内部冷却
 例えば、冷たい飲料水やアイススリラー(細かい氷)などを摂取させて、からだの内部から冷却させる方法です。アイススリラーは、通常の氷に比べて結晶が小さく、運動前からのアイススリラーの摂取は、暑熱環境下における運動中の深部体温(ここでは直腸温)の過度な上昇を効果的に抑えることが分かっています。(Tabuchi.et al,. J Occup Health. 2021 ; 63 : e12263)

おわりに

 暑熱下の部活動では、アイスパックを頭頸部・四肢に当てたり、頭から冷水をあびるなどして上昇した皮膚温や活動筋を冷却したり、からだ全体に冷風をあびて外部冷却を実施したりしていると思います。
 一方、冷やした飲料水の補給を部活動の指導者が日頃から内部冷却として実践していることと思いますが、冷却効果が高いアイススリラーの摂取については、いまだ認識度が低いようです。これまでの方法に加えて、効果的なアイススリラーをセットで実践していただくことは、大変効果的であると考えています。(本文は、所属医療機関と無関係です)

現職:https://miyagi.hosp.go.jp/outpatient/gene_surgery_00001.html
略歴:東北大学旧第一外科(現総合外科)出身。医学博士。仙台医療圏の科長・部長職を歴任。前国保丸森病院副院長。宮城県保険医協会理事。医療介護制度や健康問題、医療経営、医療安全、感染対策、災害医療などに多数執筆。また、日本スポーツ協会・日本パラスポーツ協会公認のスポーツドクター、指導員として活動中である。

論説・コラム

連載