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概念理解を重視した深い学びへ

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求められる教育課程 石井英真・京大准教授に聞く

 学習指導要領の改訂に向けた中央教育審議会への諮問が、年内にも行われる見通しだ。資質・能力の育成のために「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善を求めた学習指導要領をどのように見直すべきか。京都大学の石井英真准教授に聞いた。

 ―次期学習指導要領は、どのような位置付けになるでしょうか。
 資質・能力の育成を目指した現行の学習指導要領の趣旨を熟成させていくべきだと思います。近年、児童・生徒の学びが浅くなっているのではないかと感じています。「深さ志向」を重視し、各教科等における重要で中核的な概念を軸に、内容の重点化や構造化を進めることが必要です。

 ―「学びが浅くなっている」という危機感は、どのあたりに感じますか。
 現行学習指導要領の下で教科書が厚くなりましたが、その要因に学習方法を内容化していることが挙げられます。指導書に書けばいいような学習展開まで教科書に載せていて、教師の意識が内容よりも授業の進め方に向いてしまっています。学習指導要領に「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善が盛り込まれたためでしょうが、これはあくまで「授業観」であり、目標や内容と同列にすべきものではありません。
 しかし、教師の側に「教科書に載っているからやらなければいけない」という呪縛があり、その結果、教科書に書かれた学び方をたどるのに汲々としている現実があります。

 ―1人1台の学習端末が整備されてから初めての改訂になります。その影響をどのように考えますか。
 学習端末で知識に簡単にアクセスできるからこそ、中核的な概念によって内容を整理することが重要になります。ネット上には、ほぼ無限に情報がありますが、正しい情報ばかりではない。確かな知識に至るためには、調べている問題の概念や論点を踏まえている必要があります。また人工知能が隆盛ですが、人工知能は記号接地しない、つまり意味を理解しないとされます。学校での学びは概念を理解する、教科の本質的な問いに迫る、といったことが、これまで以上に重要になってくると思います。
 一方で、教師の役割はICT活用の拡大に伴って「伴走者」と表現されるようにもなりました。児童・生徒が立ち向かっている大きな問いを共に見て、一緒に課題を追究できるような姿勢が求められます。

 ―ICTの活用によって「個別最適な学び」は一層進むのでしょうか。
 ICT活用の本丸は「多層的な教室」の実現にあると考えます。そして、ゴールにたどり着くなら、多様なルートを認める。形式的平等から公正へ、同調から共生へと変えていくことにあります。そうして多様な子どもの包摂性を高めていくことが求められます。
 GIGA端末の活用による「個別最適な学び」として、AIドリルや動画による知識習得の効率化を期待する見方もありますが、難しさもあるでしょう。学力の低い児童・生徒のつまずきは意味理解の困難さが背景にあり、「さかのぼり地獄」に陥る可能性もあります。
 学び合いながら分かっていく学びや、社会の課題につながる「真正な学び」と結び付けることが重要です。

 ―児童・生徒の学習進度に応じて、教育課程の柔軟化を認める方向も議論されました。
 先取り学習などは中高一貫校などで既に行われています。学習内容の前倒しが中学・高校でのカリキュラム・オーバーロード(過積載)の一因となる場合もあり、過積載が加速しないよう注意が必要です。修得主義へのシフトも勉強をこなしていくイメージだと、学校が塾等の下位互換になる恐れもあります。次回の学習指導要領は、そこに向かうのかどうかの分岐点になると思っています。
 個別最適な学びは教師の見取りと見極めが重要です。そのために教師の成長論を組み込んだ学習指導要領であるべきです。

 ―学習指導要領の改訂によって、学習内容の過積載の解消や働き方改革を実現できるでしょうか。
 授業の空きコマをつくり、教師の授業準備の時間をどれだけ確保できるかが重要で、その上で学習内容の過積載や教師の負担感の正体は何なのかをもっと考える必要があります。学習指導要領自体の問題ではないかもしれません。確かに英語や情報によって内容は増えましたが、それ以上に教師に授業のオーナーシップ(所有権)がないことによる「やらされ感」が影響している可能性もあります。
 大量の内容を教え込むのではなく、内容を大ぐくり化して、教師の裁量を高めていく。「Less is more」(少なく深く学ぶことで多くを学べる)の考え方を重視すべきです。前に教科書の問題を指摘しましたが、教師主語の部分を減らしながら、児童・生徒が主語の部分を豊かにする、行政も学校現場もそうしたイメージを持って臨むことが大切だろうと思います。

 いしい・てるまさ 専門はカリキュラムや教育方法。文科省の「今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者検討会」の委員。著書に「教育『変革』の時代の羅針盤:『教育DX×個別最適な学び』の光と影」など。

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