「会計」を通して社会の見方を育む社会科教員向けセミナーを開催
14面記事3月16日の東京会場の様子
授業に生かす教材・実践例を報告
中学校学習指導要領解説で言及されている「会計情報の活用」について、授業で取り扱う際の考え方や、実践例を学ぶ研修会「『会計』を通して社会の見方を育む社会科教員向けセミナー」(主催=日本公認会計士協会、日本教育新聞社)が、このほど全国3カ所で開かれ、樋口雅夫・玉川大学教授による基調講演や各地の実践発表が行われた。経済領域の学びの一環としての「会計」をどうすれば生徒が主体的に学べるのか。各地の様子をまとめた。
基調講演 全会場
樋口 雅夫 玉川大学教育学部教授
中学校社会科における「会計リテラシー」の取り扱い
基調講演では玉川大学樋口雅夫教授が「中学校社会科における『会計リテラシー』の取り扱い」と題して、学習指導要領上の位置づけや、取り扱い、教材活用のポイントを解説した。
「会計」の記述は現行の中学校学習指導要領解説〔社会編公民的分野〕に登場する。具体的には「企業会計」「会計情報の活用」が明記されており、現行の教科書にも記述が加わった。学習指導要領では公民的分野「B私たちと経済(1)市場の働きと経済 イ(ア)個人や企業の経済活動における役割と責任について多面的・多角的に考察し、表現すること」に当たる。
会計を学ぶ意義について樋口教授は「学習指導要領が目指すのは時代が変わっても通用する資質・能力を育成すること。会計リテラシーもその一つだ。中学校で会計の考え方や捉え方を身に付けることは高校やその先に役立つ。キャリア教育の観点からも学ぶ意義は大きい」と指摘した。
だが、企業会計の仕組みそのものを学ぶことが目的ではないという。公民的分野では「効率と公正」などの概念に着目して経済領域を学ぶ。「会計情報の活用」や「企業会計」を例示し、生徒がこれらの概念や、個人と企業の役割や責任を考察できるよう指導するのがポイントだとした。
教材開発の際には「何を学ぶか」は公認会計士などの実務家の力を借り、「どのように学ぶか」は教員がその専門性を発揮し「主体的・対話的で深い学びを実現し、生徒の考えを広げ、深める授業をしてほしい」と語った。
2/17 広島会場 授業実践発表(1)
「投資で気を付けたいこと」から会計情報の重要性を理解する
阿部 哲久 広島大学附属中・高等学校教諭
中高生に会計情報について教える場合「生徒が金融など経済の仕組みを理解し、その中に会計が位置づくように計画することが大事」と話す阿部教諭。中学3年社会科で経済の単元が終わった後に「投資」について考える授業を実践した。
導入として、新NISAや老後2000万円問題をきっかけに、投資への社会的関心が高まったことを解説。その後「投資をしてみたいか?」と投げかけると、生徒の関心は二極化していたという。そこで、100万円を定期預金するのと利回り年3%で運用するのとでは結果がどう違うかを「複利」の考えをもとに示すと生徒は関心を持ち始めたという。
その後、投資とは「将来的に資本を増加させるために、現在の資本を投じる活動」と押さえ、単に「株を買うこと」だけではない点を確認した。さらに投資は金融の一部であり、貸し手と借り手のニーズをマッチングさせるのが金融機関の役割であると解説した。
会計に関する内容として「年収10億円と資産100億円どっちがお金持ち?」と生徒に投げかけ、フローとストックの考え方や損益計算書・貸借対照表の読み取り方について解説。2社の貸借対照表を比較して業種を当てるクイズも交えた。
授業後の振り返りでは、金融や投資の仕組みを理解することの大切さに言及した生徒が65%、会計情報の活用など情報を自ら得ることの大切さに言及したものが26%となった。「生徒は経済に関心があり、一定の知識もあるが、現実的な文脈の中で深く考えた経験が少ない。繰り返し学ぶことが大事で高校の公共にも期待したい」と阿部教諭は話す。
3/2 名古屋会場 授業実践発表(1)
行壽 浩司 福井県美浜町立美浜中学校教諭
損益計算書からPB商品の安さに迫る
中学校社会科で会計の学習を行う際「会計の考え方自体を扱う」と「既存の学習内容を深める方法として会計の考え方を扱う」の2通りのアプローチがあると捉える行壽教諭。後者を軸にした社会科の授業「なぜプライベートブランドは安いのか」を報告した。
プライベートブランド(PB)とは、小売店などが独自に展開する自主企画商品のこと。はじめに生徒は飲料や食品などのPB商品と大手メーカーが作るナショナルブランド(NB)商品を実際に食べ比べるなどして同じものかを検証。その後同じ製造元であることを確認して、なぜPB商品の方が安いのかを簡易的な損益計算書から探る話し合いをした。
損益計算書では、売上原価、人件費、水道光熱費など生徒には見慣れない言葉が並ぶ。行壽教諭にその意味を質問しながら話し合いは進んだ。
生徒からは「素材が安いため」「人件費が安いから」という意見が出たが、メーカーのNB商品のCMやその製作費などの情報を解説し、最終的には「広告宣伝費が削減できるためPB商品は安い」という仮説にたどり着くことができた。
この後、倉庫と一体型の店舗を展開するドラッグストアチェーンや、自動車の製造における「相手先ブランド製造(OEM)」の事例などを出し、流通過程や在庫管理の効率化によって費用を削減できる「流通の合理化」につなげて授業は終わった。
損益計算書を用いた授業を初めて試みたという行壽教諭。「これまで、広告宣伝費への導きは説明だけで終わらせていた。今回は、損益計算書を用いて生徒自身が主体的に知識を獲得できる授業プランにした。主権者となった後も同様に考えることができる枠組みを提供できたのでは」と振り返った。
3/16 東京会場
授業実践発表(3)(4)
増田 真裕花 東京都目黒区立第七中学校教諭
パンの商品開発から企業の目的を理解 利益計算表を活用して
企業活動の目的である「よりよい商品やサービスを提供することで利益を得ること」。これを生徒が体験的に理解するには、会計の考えを取り入れたらよいのではないか――。このような仮説から増田教諭は2時間構成で、生徒がパン屋を経営し利益を競うシミュレーションを実践した。
1時間目はグループでオリジナルのパンを開発した。小麦粉15円、バター5円などとパン1個当たりに設定された材料費に、人件費、水道光熱費や店舗の家賃などを加えて「パン1個あたりの費用」を算出。20個売れる想定で販売価格を決めた。
2時間目はグループで開発したパンのプレゼンテーションを行い「買いたい」と思った生徒から実物を模した販売価格分の「小切手」を集めた。生徒はそれぞれ2000円分を購入できることとした。
全員が買い終えたところで、グループごとに利益計算表を用いて利益を算出し、順位を決めた。黒字になったのは7グループ中2グループだけだった。赤字になり「利益がなければお店は経営できないし、次のパンも開発できない」「費用を抑えればよかった」などの声が聞かれた。
また、数は売れたのに利益が少なかったグループ、値段を高く付けすぎてほとんど売れなかったグループなどがあり、生徒たちは価格設定の重要さに気付いたという。
「授業が終わっても、なぜ利益の差が出たのかを話し合う姿も見られた。企業活動の本質に気付くことができたのではないか」と増田教諭は初めての会計教育に手ごたえを感じていた。
小谷 勇人 埼玉県春日部市立武里中学校教諭
模擬起業体験に会計を取り入れ、説得力ある新商品のプレゼンに
海外の日本人学校に勤務した経験を持つ小谷教諭は、日本の起業率の低さに危機感を持ち「起業家教育」に取り組んできた。今回、特に会計の視点を取り入れて模擬起業体験を実践したところ、新商品説明会の発表内容が劇的に良い変容を見せたと報告した。
授業では日本公認会計士協会が作成した「『会計情報の活用』教員のための授業実践ガイドブック」を活用。「決算報告って何?」の問いや、歴史読み物「江戸商人の家訓などから考える『会計の必要性』」などを用いて、企業会計や会計情報の活用の必要性、また、企業の社会的責任について学習した。
その後に模擬起業体験を行ったところ、生徒が立ち上げたどの企業も、事業計画やプレゼンテーションに「会計」の要素を取り入れるようになったという。
生徒たちの評価が高かった企業の提案は「民泊のフランチャイズ経営」や「家庭内水力発電タービン」などだ。収益化のモデルを考えたり、開発に必要な原価や販売予定価格を設定したりできた。
授業後、各グループで会計を担当した生徒は「会計は企業の損益を合理的に計算できる」「収支をミスなく計算し、分かりやすくまとめる仕事」などと振り返った。「経営成績や財務状況を報告する意義がある」とアカウンタビリティ(説明責任)に気付く生徒もいた。
小谷教諭は「日本で起業が選択肢にならないのは、メリットよりデメリットが大きく、成功する自信がないと考えられているから。起業家教育に会計教育を掛け合わせることで、起業のリスク低減につながり自信を持つことにつながるのではないか」と述べた。
日本公認会計士協会の取組紹介
会計教育に役立つ教材を公開中
梅木典子 常務理事
全セミナーの最後に、日本公認会計士協会・梅木典子常務理事が協会の取り組みを紹介した。同協会は会計教育活動の柱として「学校教育の支援」を掲げる。授業に役立つ教材として、2月に「『会計情報の活用』教員のための授業実践ガイドブック」を作成し、ウェブサイトで公表した。
セミナーの実践報告にもあった「なぜプライべートブランドは安いのか?」などの授業ツール、会計教育に関する解説も掲載されている。
このほか、中高生向け会計リテラシー動画「一言のシン」や、公認会計士が講師となり出張授業をする「会計教育講座」も展開中。
問い合わせは、本部のほか全国16の地域会で受け付ける。