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企業と自治体が連携して省エネ教育を支援 ~全国初導入・秦野市での実践を終えて~

9面記事

企画特集

学校は、子どもたちが省エネに向けて一歩踏み出す後押しができる場所

対談

秦野市教育委員会教育長・佐藤直樹
東京ガス(株)都市生活研究所所長・三神彩子

企業が持つ環境教育の知見を活用

 佐藤 当市内4校での省エネ教育プログラムによる授業が11月に修了しました。子どもたちは素直な驚きを持って環境問題を実感し、特に節電、節水実験では自分ごととして取り組む姿勢が生まれ、自分でできる省エネ行動を続けているという報告を聞いて感動しています。

 三神 そう言っていただけてとてもうれしいです。気候変動の問題は私たち一人一人の問題です。確実にCO2を削減するためには省エネ行動が社会規範となって定着していくことが重要で、省エネ行動の習慣化が課題です。人の行動はすぐには変わりませんが、このプログラムでは行動科学の知見を取り入れ、全6回を6週にわたって行うことで、行動を定着させることができます。

 佐藤 最新の知見を活用した非常に洗練された内容ですね。当市は「地球温暖化対策実行計画」を策定し、2050年ゼロカーボンシティの実現に向けてCO2削減に取り組んでいます。その取り組みの一つとして、脱炭素施策を所管する環境産業部からこのプログラムの提案を受けたとき秦野の子どもたちにプラスになると直感し、導入に至りました。

行動科学に基づいたプログラム設計

 三神 全国43校での4年にわたる環境省の実証事業では多くの専門家や現場の先生にご協力いただき、改良を重ねて完成しました。最大限に教育効果を引き出すために、気づきを与えて自発的に行動させるナッジ理論や行動変容ステージモデル等の行動科学の知見に加え、主体的、対話的で深い学びであるアクティブ・ラーニングの視点を盛り込んでいます。新しい学習指導要領にも沿っていて、すぐに教育現場で導入いただける内容になっていると自負しています。

 佐藤 ナッジ理論には以前から非常に興味がありました。どのように組み込まれているのですか。

 三神 子どもたちは機器の設定だけでできる8項目と、毎日の行動でできる8項目の省エネ行動に1週間ずつ順番に取り組みますが、例えば「給湯器の設定温度を下げる」のは「デフォルト値(初期設定値)を変える」という手法を取り入れています。行動を変えるのは難しいですが、まずは簡単なデフォルト値を変えることから、次に毎日の行動へと移っていきます。また、ナッジの手法を活用した行動がイメージできる省エネ行動シールを、省エネ行動を行う機器の近くに貼ることで、家族全体の取り組みにつながる工夫なども取り入れています。実証事業からは、この省エネ教育プログラムを行うことで家庭のCO2排出量を約5%削減できるというエビデンスを得ました。

日々の行動変化が自己肯定感の高まりをもたらす

 佐藤 自分の行動で結果が変わると自己肯定感が高まりますね。「秦野のよいところを知ることは子どもたちの自信になる」は、以前当市のふるさと大使を務められた俳優の苅谷俊介さんの言葉です。秦野の魅力は何といっても名水日本一の源となる表丹沢の森林資源に育まれた自然環境。自分の行動でふるさとの自然を守ることができたら、子どもたちの大きな自信になるでしょう。

 三神 自分が環境によい行いをしたということを知ると心の満足度が高まる、という調査結果があります。省エネというと義務感、面倒、辛いといったネガティブなイメージを抱きがちですが、もともとは「無駄を省く」考え方。無駄を省けば、時短や暮らしやすさにもつながります。

人が変われば環境は変わる

 佐藤 2050年には今の小学6年生は40歳に。秦野の未来を担う世代です。本市の高橋市長には教育に大変期待をいただいています。持続可能な社会に変えていくのはこれからを生きる、まさに今我々が毎日向き合っている子どもたちですから、学校で省エネ教育を行うことは大変重要だと思っています。

 三神 本当ですね。私たちの暮らしそのものを脱炭素化につなげていく取り組みとして、教育がより重要になってくると考えています。新しい学習指導要領では「持続可能な社会の創り手」を育成する必要性が明記されました。
 当研究所の調査では、10代の子どもの環境問題への関心度は他年代より高いという結果が。また4割以上の子どもが、「環境問題を意識するようになった個人的な体験や出来事」として「学校での環境に関する授業」と回答しています。
 昨今の異常気象に子どもたちも大きな不安を感じています。不安を取り除くためにも現状を知って一歩踏み出すことが重要で、学校はそのための後押しができる場所だと思います。

地域と連携し体験学習の契機にも

 佐藤 教員を対象とした指導者養成講座は丸一日と濃密で負担にならないか最初は不安もありましたが、授業のイメージがつかめたという前向きな声が上がりました。実際の授業では教材がすべてそろっていて準備の負担がなく、テキストは子どもたちが引き込まれるように工夫されていてスムーズに進められたようです。

 三神 デジタル教材もありますので、すぐに授業に導入できると思います。実験なども動画で事前学習が可能です。

 佐藤 世界で一番質素な大統領といわれたウルグアイのホセ・ムヒカ氏の言葉に、「学校一つで世界は変えられないが、変えるためにはたくさんの学校が必要だ」というものがあります。学校や地域、そして民間企業の皆様とも協働して、持続可能な街づくりの担い手となる秦野っ子を育んでいきたいです。

 三神 私どもも「一人の一歩より百人の一歩」をスローガンに、歩みを進めてまいりました。秦野市での実践事例を元に多くの自治体に導入いただき、全国に省エネ行動が広がるお手伝いをさせていただけたらと思っています。

三神 彩子 東京ガス(株) 都市生活研究所所長
博士(学術)。東京家政大学非常勤講師。環境教育および省エネルギー行動に関し研究調査に長く携わり、エコ・クッキングや省エネ行動の効果の定量化および普及促進に取り組む。2017年には省エネ教育プログラム検討委員会を立ち上げ、プログラム開発に尽力。

佐藤 直樹 秦野市教育委員会教育長
早稲田大学卒業。中高保健体育教員・小学校教員免許取得。小田原養護学校、秦野市立南が丘中学校、秦野市立渋沢中学校、教育委員会指導主事、秦野市立北中学校教頭、教育委員会教育指導課長、教育部長を経て令和2年9月より現職。現在二期目。

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