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暑熱環境を「見える化」し、行動制限を

9面記事

企画特集

熱中症を予防する機器や飲料類の活用と併せて

 夏季の暑熱環境が年々厳しさを増す中、学校では「熱中症警戒アラート」を参考に行動制限を図るとともに、暑さ指数(WBGT)計を用いて校内の暑熱環境を「見える化」し、児童生徒に対して適切な熱中症対策を講じることが求められている。また、政府の「熱中症対策行動計画」でも、熱中症を予防する機器や飲料類等を適宜活用していくことを推奨しており、データと機器・用品をかけ合わせて賢く体調管理に努めていく時代を迎えている。そこで、気温・湿度が上昇するこれからの季節に備えた学校管理下での「暑さ対策」について紹介する。 

熱中症はすべての国民の深刻な問題
 気候変動の影響により、年平均気温は世界的に上昇しており、わが国においても気温が30度を超える日や猛暑日が増加するなど、夏季の暑熱環境は年々厳しくなっている。
 しかも、近年では都市部を中心にヒートアイランド現象が高まり、深夜になっても気温が下がらない日が続くことで、体調を維持することが難しくなっているのも事実だ。
 こうした中で熱中症による救急搬送人員、死亡者数は依然高い水準で推移しており、熱中症はすべての世代の国民生活に直結する深刻な問題となっている。また、新型コロナウイルス感染症の警戒が続く中で、熱中症と初期症状が似ていることもあり、医療現場の負担を抑制するためにも救急搬送数を減らしていく必要も生まれている。
 消防庁によれば、昨年5月から9月間の全国の熱中症による救急搬送者数の合計は7万人を超え、前年よりも2万人以上も増加した。6月半ば以降急激に暑くなり、東京の都心では7月3日にかけて過去最も長い9日連続で猛暑日が続くなど、平均値を超える日が続いたことで死者数も80人に上っている。昨年は、ロシアのウクライナへの軍事侵攻の影響を受けた電気料金の高騰や安定的な電力供給への不安から、エアコンの使用を控えた家庭が多かったことも熱中症事故を増やす要因となった。
 今年の夏(6月から8月)も、気象庁は全国的に平年並みか高くなると予想している。その理由は、地球温暖化に加え、南米・ペルー沖の海面水温が平年より低くなる「ラニーニャ現象」の影響で、太平洋と大陸にある高気圧の北への張り出しが強まり、暖かい空気に覆われやすくなるためだ。

学校管理下では毎年5千件発生
 こうした中、学校管理下における熱中症発生件数は、小・中・高校を合わせて毎年5千件程度。特に、中1と高1といった環境が変わる時期が多いのが特徴で、死亡まで至る事故は、ほとんどが体育・スポーツ活動時となっている。部活動においては、屋外で行われるスポーツはもちろん、屋内でも剣道など厚手の衣類や防具を着用するスポーツで多く発生する傾向がある。
 そのため、文科省では例年、学校設置者に対して熱中症事故の防止について通知等を発出し、児童生徒等の健康管理に向けた注意喚起を行うなど、学校における熱中症対策を推進している。
 しかし、これまで熱中症事故を起こした学校では、熱中症の危険性について教員が十分に理解していなかったり、給水や観察体制など安全確認や注意義務が不十分だったりといった事例が散見されていることや、教育委員会によって熱中症対策のためのマニュアルやガイドラインの内容の充実度に大きな差が見られること、常に見直し・改善が必要なことから、2021年には環境省と共同で「学校における熱中症対策ガイドライン作成の手引き」を策定。本手引きの内容を参考に独自の熱中症対策のガイドラインを作成・改訂するよう求めている。

暑さ指数計を用いた活動制限の徹底を
~経験則からエビデンスの活用へ~

 熱中症の予防は体温の上昇と脱水を抑えることが基本となるため、暑い環境下に長時間いることを避けることが肝心だ。それゆえ、学校の熱中症対策では、その日の気温・湿度に応じて行動制限を図ることが重要となることから、暑さ指数(WBGT)計を用いて校内の暑熱環境を「見える化」し、教職員全体が環境条件を把握した上で、注意喚起やその日の行動の条件に活用していくことが求められている。すなわち、暑さ指数31度以上は、運動は原則禁止。28~31度は、激しい運動は中止。25~28度は、積極的に休息をとることを前提に、児童生徒に対して適切な熱中症対策を講じていくことが大切になる。
 暑さ指数計の数値が重要になるのは、それほど高くない気温(25~30度)でも湿度が高い場合には熱中症の可能性が高まり、それが室内での熱中症発症の要因にもなっているからだ。なお、暑さ指数計は、現在では最低限、保健室に備えることが適当である備品となっている。
 また、気象庁では各都県内の翌日の日最高「暑さ指数」が33度以上と予想される場合、17時頃に「熱中症警戒アラート」を発表(昨年度は46地域で延べ889回発表)している。学校現場でも、これを参考に翌日の活動制限等に活用していくことが望まれる。なぜなら、学校では定例化している活動や、一旦決まった行事の予定を中止・延期することに対して判断が遅れる傾向があるからだ。たとえば、猛暑日が予想されているのに校外学習を遂行し、熱中症事故を起こす学校が毎年のように現れたり、いまだに登下校中でのマスクの着用を続けさせたりしているのも、その典型的な例である。
 したがって、熱中症対策では「これまでは問題はなかった」「このくらいの気温なら大丈夫」といった従来の常識や経験則で判断するのではなく、エビデンスをもとに学校活動を制限していく、学校全体の意識改革が必要になっているのだ。

断熱性の乏しい学校施設だからこそ
 一方、年々厳しさを増す酷暑に対しては、学校においても熱中症を予防する機器や飲料類等を備えていくことも欠かせなくなっている。とりわけ、老朽化が著しい学校施設は断熱性や遮熱対策が乏しいため、外壁、窓等の断熱化や省エネルギー化による建物の「熱をためない」ための改修が急がれている現状がある。ほかにも、廊下や通路に遮熱塗料を塗装して表面温度を下げる、日除けや自然通風を取り入れる、屋上・校庭緑化、緑のカーテン、ミストシャワーなどを設置する方法もある。
 学校施設の熱中症対策としては、近年になって普通教室の空調整備が推進されたが、コロナ禍においてはエアコン稼働中も換気を行う必要があり室内温度や湿度が上昇してしまうため、教員には設定温度に気を配るとともに、授業中でも持参した水筒でこまめに水分補給を摂ることを認める配慮が必要になる。また、換気では教室の隅々まで風を届けられるサーキュレーターを活用する学校も多くなっている。サーキュレーターは空調が整備されていない特別教室はもとより、オープンスペース、廊下などに置いてエネルギー効率を上げる使い方も可能だ。
 加えて、夏場でも冷たい水が多人数に提供できる冷水器を設置してある学校は、休憩時間などに子どもたちへの積極的な飲用を促したい。最近の冷水器の中には感染症対策の観点から、従来のように直接冷水を飲むのではなく、子どもたちの水筒に自動給水できるタイプも登場している。

空調がない体育館で導入が進む大型送風機
 学校施設の空調整備で遅れているのが、体育館等の屋内運動場となる。昨年改定された政府の「熱中症対策行動計画」でも体育館のエアコン整備を促進していくことを挙げているが、大スペースで初期費用やランニングコストも膨大になることから、財源に余裕のない自治体では整備の遅れが目立っている。そのため、近年では予算的に導入しやすい大型扇風機やスポットエアコンを整備し、熱中症対策として活用する学校が増えている。
 また、新型コロナウイルスの流行によって室内換気の重要性が増す中で、風通しの悪い体育館を大風量で換気できる装置の需要がより一層高まっている。その中では、直進性の高い風で遠くまで風が届く「送排風機」。大風量を利用し室内を換気しながら、屋外の空気を冷風にして熱中症対策ができる「気化式冷風機」。大型扇風機にミスト機能を搭載できる省エネ冷房装置といった機種が注目されている。
 このような広いスペースの送風・循環・換気に適した装置は、平時の熱中症対策だけでなく、地域の避難所となる体育館の防災機能の強化としても備えておきたい設備となっている。併せて、空調が整備されている体育館においても効率的な空調運転として省エネにつながること、あるいは災害時は停電してしまうことも想定されるため、発電機・蓄電機を通じて利用できる送風機を備えておきたいところだ。

目視では難しい危険度の判断をIoTが支援
 熱中症予防では、教職員だけでなく児童生徒への注意喚起も必須となることから、暑さ指数と周囲温度をLED表示する「熱中症危険度表示パネル」を設置する学校も増えている。こうした表示パネルにはその場で暑さ指数を計って表示するタイプもあるほか、リアルタイムな数値を校内の複数個所に無線で配信できる機種もある。したがって、校舎の出入り口はもとより、運動場や体育館などこれからスポーツを行う児童生徒の目につきやすい場所に設置すれば、自分のいる環境を知った上で主体的に熱中症予防に取り組む態度を育むことができる。
 また、校内数箇所に温度・湿度・輻射熱などを計測できるセンサーを設置し、職員室のPC等でデータを確認できるシステムなど、目視での察知が難しい危険度の判断をIoTが支援する実証も始まっている。こうしたクラウド型の環境モニタリングシステムは、GIGA端末導入後は生徒にもメール配信できるようになり、今後の普及が期待されている。
 さらに、スポーツ部活動中における健康状態の悪化や体調不良を事前に察知するため、ウェアラブル端末を着用した生徒の生体情報(心拍数・呼吸数など)をスマートフォン等により、データ化・見える化する試みも始まっている。

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