日本最大の教育専門全国紙・日本教育新聞がお届けする教育ニュースサイトです。

ウェルビーイングな学校施設を創造する

9面記事

施設特集

 「学校生活が楽しい」「学校で仕事ができてうれしい」―。文科省は、これからの新しい時代に相応しい学校づくりのあり方として、“教員・子ども双方が幸せに感じる”ウェルビーイングな学校施設を創造していくことを提唱している。学校施設の長寿命化改修や多機能化が進められる中で、どのように学校を造り変えていけばいいのか、豊かで快適な教育環境にはどんな施設設備・機器が必要なのかをテーマに検証した。

学校施設を取り巻くさまざまな課題

 将来が予測困難な社会、複雑化・多様化するカリキュラム、教職員の多忙化、多様性理解、不登校やいじめ、コロナ禍など、学校現場にはさまざまな課題への対応が求められている。その中で、文科省は今後のあるべき学校施設として「未来思考で実空間の価値を捉え直し、学校施設全体を学びの場として創造する」ことをコンセプトに、学校施設を造り変えていくことを求めている。
 具体的には、1人1台端末によるICT活用や学びの変容に応える学習空間の整備、誰もが健やかに学習・生活できるバリアフリー化や環境衛生設備の推進、学校用家具の進化を図り、一人一人や社会全体の幸せを考え、地域社会にも開かれたウェルビーイングな学校施設を創造していくことを掲げている。
 同時に校舎自体には、高断熱化や高効率な空調等による「省エネ」と自然エネルギーを使った「創エネ」によって、学校施設のZEB化を目指すこと、さらには激甚化する災害への防災・減災対策として、屋内運動場を含めた避難所機能を強化していく必要も生まれている。
 そのため、今年度の予算においては、特別支援学校の教室不足解消のための改修や、断熱性が確保されている体育館への空調設置について補助率の引上げを決めている。また、昨年度実施した物価変動の反映や標準仕様の見直し等による建築単価アップに加え、新時代の学びを実現する学校施設を整備するための新たな単価加算にも着手している。

ウェルビーイングを保障する環境を
 こうした中で、とりわけウェルビーイング(一人一人の多様な幸せ)な学校施設を創造していくことを重視する背景には、社会構造の変化の中で新しい価値を生み出すのは「人」であることが挙げられる。したがって、これからは人と違う特性や興味を持っていることが新しい価値創造・イノベーションにつながる学びへと転換していくことが必要となるといえる。また、そうした力を引き出すためには、より包括的で、個人のみならず個人を取り巻く「場」が持続的によい状態であることが求められるからにほかならない。
 つまり、教育の目的・目標と子どもの身に付ける資質・能力がウェルビーイングをつくるためのものであるとすれば、その環境・土壌がウェルビーイングを保障するものでなければならない。そんな理想とする学校施設を創造していく上で、現状の学校施設ではどんなことが課題になっているのだろうか。

個や協働の学びに適した柔軟な空間づくり
 現在、学校では「令和の日本型学校教育」の姿として、すべての子どもたちの可能性を引き出す、個別最適化された学びと協働的な学びの実現が目指されており、1人1台端末等のICTを効果的に活用していくことが期待されている。そして、そのためには、こうした新しい学びを支える教育環境を整備することが必要になっている。
 すなわち、個人やグループで端末を使う学びに適した空間や、教室との連続性・一体性を確保し多様な学習活動に柔軟に対応できる空間など、学びのスタイルの変容に対応するワークスペースを整備すること。あるいは、廊下や階段、体育館、校庭といった従来学習に使ってこなかった空間を学びの場として生かせる工夫を取り入れることも大切になる。
 手始めとしては、どのような学びにも対応できるアクティブ・ラーニング型の多目的スペースを整備することが核になるが、新設校でなければおいそれと着手できないため、公立小中学校は全体の約3割にとどまっている。そこで、余裕教室やコンピューター教室を協働的な学びの空間として造り直すことが期待されている。例えば教室に隣接し連続するオープンな空間とする場合、余裕教室等の空きスペースを再配置し、構造耐力上不要な壁等を撤去することで、オープンな空間を設けることが可能になる。そうしてできた多目的スペースには対話やグループ学習に適した学校用家具を配置するとともに、ロッカーなども集約することで普通教室自体にもゆとりを与えることができる。また、ロッカーとホワイトボードを兼ねた可動式の壁により柔軟な空間を創出する、生徒数の減少により生じた余裕教室を「学年ルーム」や「教科専用室」として整備した例もある。
 ただし、こうした改修を行う際は音環境や温熱環境も考慮することが必要で、音環境等への対策としては可動間仕切りの整備や天井への吸音材の整備、家具の配置などが考えられる。
 さらに新しい教育環境の姿としては、図書館を中心としたメディアセンター化の推進、高性能コンピューターや3Dプリンター等を配備し高度な学びを誘発する「デザインラボ」として造り変える、映像編集やオンライン会議のためのスタジオ、情報交換やリラックスのためのラウンジ、個人学習スペースを設ける、地域住民との交流・学習の場ともなる「共創空間」を整備するといった動きも起きている。

タブレット導入で机の狭さが表面化
 このような多目的スペースが望まれるのは、現状の教室面積では空間的な余裕がなくなっている事情もある。現状の公立小中学校における教室の約7割が65平方m未満となっている中で、特に40人学級ともなれば教壇から後ろの荷物収納ロッカーまでびっしりと机が置かれているのに加え、ICT教育が進む中で大型提示装置やプリンター等の周辺機器が押し込まれている状況だ。しかも、1人1台端末の導入によってタブレット充電庫が新たに投入されるようになり、子どもの移動や机間巡視にも困るような狭さとなっている。
 また、旧JIS規格(幅600mm×奥行400mm)の教室用机のスペースでは、タブレットと同時に教科書やワークシートなどの教材を一緒に広げることが難しいという問題も起きている。使いづらさを感じて学習に集中できない子どもが増えているほか、タブレットが机の上から落下し、破損・故障することで授業に支障をきたす学校も出てきている。
 そのため、既存の机の奥行を簡易的に拡張できる「天板拡張器具」や「落下防止ガード」が思わぬ人気を呼んでいるのもうなずける状況だ。天板拡張器具は、奥行を10cm程度拡張でき、端部にストッパーを設けているためタブレット等の落下を防ぐことができるのが特長。机の全面が広くなることで、タブレットと教科書、ノートを同時に開いて学習を進めることが可能になるのが最大の長所だ。また、もっと手軽なタブレットの落下防止に特化したストッパーも商品化されている。
 文科省では1人1台情報端末の常時活用に適した新JIS規格の教室用机の計画的な整備とともに、適切な身体的距離を保ちつつ多様な学習形態に柔軟に対応できる教室環境の整備を図ることが重要としており、2021年度から地方交付税措置で購入できるようにしている。しかし、改修時に全普通教室の専有面積を広げる、教室机すべてを新JIS規格に切り替えるのは一朝一夕にはいかない。それゆえ、教室に隣接するスペースを作ったり、余裕教室を多目的スペースにしたりといった改修方法が選ばれているのだ。

多様性理解を育む、誰もが支障なく使える施設に
 快適で豊かな教育環境を実現するためにはインクルーシブな視点を盛り込むことも大切になる。子どもや教職員の誰もが平等に支障なく使える施設に生まれ変わらせることは、障害の有無や性別、国籍の違い等にかかわらず、共に育つことを基本理念とする持続可能な社会を構築する上で不可欠であり、今のうちからそうした多様性理解を子どもたちに育むことにも直結する。
 その1つ、学校施設におけるバリアフリー化は、2020年5月の法改正によって努力義務化されており、その時点の調査では校舎の車椅子使用者用トイレの設置率が65・2%。スロープ等による段差解消は門から建物までの実施率が78・5%、昇降口から教室までが57・3%。エレベーターの設置率は27・1%となっていて、避難所に指定されている屋内運動場を含めていまだ整備が遅れている。
 ともすれば従来の学校施設は、階段や段差が多くあることが当たり前として受け止められてきた経緯があり、地域に開かれた学校施設として変化していくためには子どもや教職員はもとより、災害時にかかわらず多様な年齢層を受け入れていく必要がある。そのため、文科省はバリアフリー化のための改修事業について国庫補助率を引き上げるなどして、2025年度末までの整備目標に向けて加速して着手するよう要請しているところだ。
 また、特別支援学級に在籍する児童生徒数が10年間で約2倍に増加する中で、教室不足も深刻化している。加えて、増え続ける不登校児や日本語指導が必要な児童生徒(外国籍を含む)に向けた教室や相談場所となるスペースの確保も喫緊の課題になっている。こうした場所の設置においては、より効果的な指導が行えるようICT機器等の充実を含めて、より柔軟な学校家具の配備やゾーニングにも配慮していく必要がある。
 しかし、各学校設置者は学校施設整備を推進するにあたり、改修ノウハウや専門職員の不足などさまざまな課題を抱えているのも事実で、今後はそうしたハード&ソフトに精通した民間事業者の提案や支援体制の強化にも大きな期待を寄せたい。

施設特集

連載