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今もとめられる「いのちの教育」臓器移植を題材とした授業の可能性

9面記事

企画特集

 生命の尊さについて考える道徳が教科化されるなど、学校現場における「いのちの教育」が一層重視される中、「いのちの教育セミナー2022」(主催=日本教育新聞社、公益社団法人日本臓器移植ネットワーク(JOT)、後援=文部科学省)が、3月12日(日)に都内会場およびオンライン配信で開催された。本セミナーでは、臓器移植を題材とした「いのちの教育」の実践などを通して、子どもたちが生きる上での多様な価値観を育み、自己の生き方を深めていく教育の在り方を考える貴重な機会になった。

<登壇者>
 飯塚 秀彦 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官
 佐々木 昭弘 筑波大学附属小学校校長
 佐藤 毅 東京学芸大学附属国際中等教育学校教諭
 栗原 未紀 日本臓器移植ネットワーク

基調講演
道徳教育の要となる「道徳科」の役割

 学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育では、「特別の教科道徳」(以下、「道徳科」)が要になる―。その理由について飯塚秀彦教科調査官は、生徒は学校の諸活動の中で多様な道徳的価値について感じたり考えたりするが、各教科にはそれぞれのねらいがあることから、必ずしもじっくりと考え、深めることができないこと。また、各教科における道徳教育の中で多様な体験をしていたとしても、それぞれが持つ道徳的価値の相互の関連や、自己との関わりにおいての全体的なつながりが見過ごされがちになることを挙げた。
 こうした点からも、「生命の尊さ」について、その連続性や有限性なども含めて理解し、かけがえのない生命を尊重することを育む道徳科は、「教育活動全体を通じて行う道徳教育の要になる」と指摘した。
 その上で、理科なら「自然愛護」、保健体育は「節度・節制」、技術・家庭は「家族愛、家庭生活の充実」、特別活動は「友情、信頼」といったように、各教科等の目標や内容には道徳科と関連する事項があることに触れ、そこで学んだ事項を踏まえ、道徳科において気づきや考え方を深める指導が大切になること。加えて、このことを生徒の立場から見ると、「道徳科は各教科などで学習した道徳的諸価値を全体にわたって人間としての在り方や生き方という視点から捉え直し、自分のこととして理解し、自分との関わりで道徳的諸価値を捉え、自分なりに発展させていこうとする時間ということになる」と述べた。

「生命の尊さ」など重点項目に力点を置く

 そうした意味でも、学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育の充実に向けては、道徳科の全体計画の中に各教科との関連性を紐付けて指導していく必要があるが、詰め込み過ぎはよくない。学校で目指す重点内容項目に、力点を置くことが重要と指摘。例えば東京都中学校道徳教育研究会の「令和3年度アンケート調査結果」によれば、「思いやり、感謝」「生命の尊さ」などを重点項目に取り組んでいる学校が多いと紹介した。
 さらに、評価に当たっては、特に学習活動において生徒が道徳的価値やそれらに関わる諸事象について他者の考え方や議論に触れ、自律的に思考する中で、一面的な見方から多面的・多角的な見方へと発展しているか、道徳的価値の理解を自分自身との関わりの中で深めているかといった点を重視することが重要であるとした。
 最後に、「道徳科の教材だけでなく、他の教科等や日常生活の中で感じたことや考えたことを道徳科の指導に生かしていくことが大切」とまとめた。


飯塚教科調査官は他教科や日常生活と道徳科とのつながりについて発表した

授業実践(1)
「答え(納得解)」を出すための題材に

 臓器移植を題材とした「いのちの授業」の実践事例では、2校が発表した。筑波大学附属小学校の佐々木昭弘校長は、正解のない問題に「答え(納得解)」を出すための題材として「脳死
・臓器移植」を取り上げ、教科横断的な指導(理科・総合的な学習の時間・道徳)を通じ、命の尊さについて考えを深める授業について紹介した。
 授業の単元については同校の養護教諭が作成。理科では「脳死・臓器移植」を考える上で必要な知識を得るため、生命を維持する働き(消化・呼吸・循環)から学習を始めた。そこから発展した死の三徴候や脳死については、実際の医師がゲストティーチャーとして授業に参加。医師はどのようにして死を判定しているか、呼吸・心拍があっても「死んだ」と判定されるのはどのようなときかなど、専門家の立場から死の判定基準や脳死について解説してもらった。
 また、JOTの「臓器移植解説映像」を視聴し、臓器提供・移植の流れや4つの権利について学んだ後、総合的な学習の時間では患者の存在、患者・家族・医療従事者の葛藤などを学んだ。
 その上で、道徳では「脳死・臓器移植」が抱える自己内矛盾・他者との対立という深いテーマに掘り下げ、家族(自分)がドナーになったときや、家族(自分)がレシピエントになったとき、「自分はどう考えるか、何ができるかについて考えを深めていった」と話した。
 実践後の児童の変化として、佐々木校長は、健康を他人事から自分事として捉えるようになったこと、また「脳死・臓器移植」の是非を自分だけでなく、家族の視点に転換して考えられるようになり、さらにはそれを両親への感謝など「生きる価値の実感」として受け止められるようになったことを挙げた。


佐々木校長は会場参加型の模擬授業を実施した

授業実践(2)
いのちについて考えるきっかけに

 東京学芸大学附属国際中等教育学校の佐藤毅教諭は、2000年より高校の保健体育で臓器移植をテーマにした「いのちの授業」を実施。他校での出前道徳授業と合わせると受講者数は1万人を超える。こうした実践キャリアを持つ立場から、「臓器移植について学ぶことは社会全体に視野を向けるきっかけになり、成長期から考えを深めることは死生観の醸成につながる」と強調した。
 その上で、「臓器移植法」施行から25年を経た、脳死による臓器提供の変遷を整理しつつ、学校教育での扱い方について説明。現在では、生命倫理に関する現代的な課題に対する関心の高まりから、7社中6社の道徳科の中学校教科書で臓器移植が掲載されていることや、大学入学共通テストの公民科で臓器移植に関する問題が出題されたことを挙げた。
 また、高校の保健体育でも前回の学習指導要領の改訂から臓器移植という言葉が明記されているとし、第一学習社の教科書を例に臓器移植に関するページを紹介した。
 自身の「いのちの授業」については、生徒の「今まで答えのある道徳の授業を受けてきたけれど、授業には答えがないと聞いて嬉しかった」「死や道徳についての考え方が変わった」といった感想や、「家族で討論する貴重な時間を持てた」という保護者の声を紹介。授業のポイントは「臓器移植を教えるのではなく、臓器移植でいのちのことを考えるきっかけにすること。それさえ掴めれば、あとは生徒自身がしっかり深めてくれます」と話した。
 さらに、「いのちの授業」には、「尊い・重い・大切」が具体的に実感できる臓器移植が適していると同時に、小中高校を通じて教科等横断的な視点で実施できる題材であることを強調した。


佐藤教諭は臓器移植の授業実践について発表した

臓器移植の現状

 JOTからは、日本における臓器移植の現状が報告された。臓器移植とは、病気や事故によって臓器の機能が低下し、移植でしか治らない人に他の人の臓器を提供して健康を回復する医療であり、善意による臓器の提供と社会の理解・支援があって成り立つものと紹介。
 現在は改正臓器移植法の施行によって、本人の意思が不明な場合も家族の承諾があれば提供が可能になっているが、誰もが自分の意思で選択できる権利(4つの権利)が担保されていると述べ、その意思表示の方法や臓器提供の流れなどを説明した。
 臓器移植に関するデータも紹介され、日本の臓器提供者数は100万人あたり0・62人で、これはアメリカの約42人を筆頭に諸外国と比べても極めて低い数値となっていることや、移植希望者の平均待機年数は心臓で約3年5カ月、腎臓では約15年を要しているのが現状と伝えた。世論調査によると、本人の意思が不明な場合、家族が判断することを85%が負担に感じており、家族などと臓器提供について話をすることや意思表示をしておくことが大切になると述べた。
 また、厚生労働省では子どもたちの理解促進に向けて、平成17年度から毎年、中学3年生に臓器移植を題材とした冊子を配布。加えてJOTのホームページから申し込みできる無料の教材セット「つながるいのち」や各種授業支援教材の提供、出前授業の講師派遣などの取り組みをしていることを紹介。道徳の教科化によって「生命の尊さ」について考えることが重視される中で、多くの教科書で臓器移植に関する内容が盛り込まれているとし、ぜひ学校の授業で活用してほしいと結んだ。


臓器移植の現状や移植後の生活について伝える栗原氏

パネルディスカッション
学校でいのちの教育を行う意義とは

 飯塚教科調査官のもと進行したパネルディスカッションでは、学校でいのちの教育を行う課題について登壇者が答えた。まず、「校内・保護者の理解を得るには」について佐々木校長は、小学生に対して死をテーマに扱うことに拒否反応を起こす教員は多い。子どもの実態に配慮した授業の組み方が必要と言及。佐藤教諭は、大人は怖がるが、意外と子どもの方が受け入れる素地があるとした上で、「授業では普段から子どもと接している担任と養護教諭の連携とともに、事前に保護者に趣旨を伝えておくことも大事になる」と語った。
 「教科横断的に取り扱うポイント」では、「学校の教育活動は多岐にわたり、1つの教科・領域で抱えられる内容ではないのは明白」と佐々木校長。同校のいのちの教育も、もともと養護教諭が総合的な学習の時間と道徳で進めていた下地があり、ここに理科が加わることで子どもがより多面的・多角的に考える可能性を感じたと述べた。佐藤教諭も、臓器移植など社会と関係するテーマを扱うには、それぞれの専門性を持った教員がスクラムを組んで進めるべきと指摘。飯塚教科調査官は、教科横断的に取り組むヒントは学校の教育目標を核にすることで、その土台として「いのち」が大事な視点になると話した。

子どもに葛藤場面を生み出す題材

 続いて、本パネルディスカッションの核心「学校でいのちをテーマに取り上げる意義」について問われた佐々木校長は、今の子どもが将来投げかけられる問題のほとんどには正解がなく、他者の視点を受け入れ、客観的・科学的な根拠を通じて自分なりの納得解を導くことが大切であるとし、「そうした指導をするにあたり、子どもに葛藤場面を生み出す題材の1つがいのちを扱うこと」と説明。例えば臓器移植をテーマにする際には自分自身に置き換えて考えてきたが、いまだに迷っていると打ち明け、「だからこそ、教材として価値があると思う」と語った。
 また、いのちの教育をすることによって、個人的にはいじめや自殺が減ると信じているという佐藤教諭は、「いのちについて友達や家族と話す機会を作ることは、社会という大きな輪に飛び込むときに備えた非認知能力の育成につながる」と見解を述べた。
 これを受け、佐々木校長も「自分と違う考えの人がなぜそう思うのかを考えることは、グローバル時代を生きる子どもに必要なスタンス」と同調。最後に飯塚教科調査官は「同じいのちを持つ存在として、子どもと共に考えていく。それが出発点として重要になる」とまとめた。


3つのテーマを柱に、学校における「いのち」の教育について話した

 本セミナーのアーカイブ配信を予定しています。
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