1人1台端末で学ぶ情報通信ネットワークの仕組み
9面記事オリジナルのドメイン名を作成する生徒たち
新学習指導要領の技術分野では、「情報の技術」についての基礎的な理解を図り、生活や社会、環境と技術との関わりを理解することが求められている。中でも情報通信ネットワークの仕組みの理解は今後のデジタル人材育成の観点からも不可欠だ。信州大学教育学部附属長野中学校では、同大学教育学部学部長の村松浩幸教授監修のもと、インターネット上の住所である「ドメイン名」を取り上げ、体系的な理解につなげる授業を実践している。生徒一人一人がそれぞれの端末を用い、デジタル技術の背景にそれを支える人や事業者が存在していることを学ぶ、その実践内容と成果を紹介する。
技術的な仕組みを通して、インターネットを支える「人」を知る
村松 浩幸 信州大学教授・教育学部学部長(一般社団法人日本産業技術教育学会会長)
技術の進歩は便利さをもたらすが、同時にその便利さはインフレを起こす。インターネット黎明期はウェブページの表示だけで皆感動していたが、中学生にとってインターネットの利用は、今やテレビ視聴と同程度の日常的ツールである。彼らにとってウェブサイトが表示されることは当たり前であり、その技術が、ネットワーク運用に関わる多くの人たちのさまざまな仕事に支えられていると感じる生徒はほとんどいない。
今回の金子先生の実践は、まさにその課題を突き抜けるべく体験的な授業として展開された点がとても重要である。生徒たちは、技術的な仕組みの理解だけでなく、そこに携わる方々に思いをはせ、感謝の気持ちを持っていた。これは「情報の技術」の学びであるとともに、技術を通してのキャリア教育でもあり、高く評価したい。
また授業を1時間でまとめた意義も大きい。技術の授業時数の少なさから各内容に十分な時間を割けない学校現場に役立つであろう。そして実践の再現性が高い点も重要である。関連資料が公開されれば、多くの先生方が試せるであろう。その展開を支えているのが(株)日本レジストリサービス(JPRS)によるドメイン関連教材であり、GIGA端末の活用である。JPRSの教材はウェブ上にさらに詳しく展開されているので、確認いただくと参考になるのではないだろうか。
今回の優れた実践が各地に展開されていくとともに、ここでの学びが高等学校情報科での学びへとつながっていくことも期待したい。
オリジナルのドメイン名を考えネットワークの仕組みを知る
信州大学教育学部附属長野中学校
中学校の「技術」でどう学ぶか
電子メールやSNSなどに使われている情報通信ネットワークは、今や子どもたちの暮らしにも不可欠なものとなっている。全国に1人1台の端末と高速ネットワークを整備する「GIGAスクール構想」が実現してからは、課題の提出や学校との連絡、オンライン授業、プログラミング教育など、その活用場面が拡大している。
新学習指導要領の技術分野「D情報の技術」の(1)アでは「情報の表現、記録、計算、通信の特性等の原理・法則と、情報のデジタル化や処理の自動化、システム化、情報セキュリティ等に関わる基礎的な技術の仕組み及び情報モラルの必要性について理解すること」とされている。
しかし、情報通信ネットワークは目に見えない仕組みであり、生徒が初めて知る用語も多いことから、教科書の記述や図表に加え、副教材を活用することでより理解を深めることが望ましい。信州大学教育学部附属長野中学校ではインターネットの「ドメイン名」に着目し、「ドメイン名」を手掛かりにネットワーク上の情報を調べる仕組みを体験したり、「オリジナルドメイン名」を考えたりするなどの活動を通して、情報通信ネットワークの仕組みの理解につなげる授業を試みている。
ドメイン名とは、インターネット上にあるウェブサイトの場所を示すURLの一部に使われる文字列のこと。ネットワークに接続している機器は「IPアドレス」という番号で識別されるが、番号の羅列をすべての人間が覚え、間違えずに使うのは非常に困難。そこで、より覚えやすく使いやすい「○○○.jp」といった文字列からなる「ドメイン名」が考案された。ドメイン名は組織名、サービス名など好きな文字列を登録でき、その末尾に付く「.jp」などの文字列を「トップレベルドメイン」、中でも国や地域に割り当てられたものを「国別トップレベルドメイン」という。
ウェブ教材を活用し、DNSを理解
ドメイン名の仕組みや役割を体験的に理解させようと、担当の金子智教諭は「インターネットのドメインについて考えよう」の単元を構想し、中学2年を対象に授業を行った。授業の手立てと狙いは「ドメイン名に関する教材を通して、ドメイン名について知り、オリジナルのドメイン名を考案することで、ドメインネームシステム(DNS)について理解を深めるとともに、ドメイン名を管理する仕事について関心を持つことができる」とした。
教材は教科書のほか、(株)日本レジストリサービス(JPRS、東京都千代田区、東田幸樹代表取締役社長)が作成・公開するウェブ学習教材「ポン太のインターネット教室」を使用し、生徒の意見集約のグループワークにはGoogleフォームを用いた。さらに外部講師としてJPRSから社員を招き、ドメイン名管理の仕事について解説してもらうなど手厚い展開に組み立てた。
金子教諭は授業冒頭、同校のウェブサイトを提示。「httpではじまる文字列は何という?」と問いかけ、ブラウザーのアドレスバーに表示されるURLに着目させた。その後、URLとドメイン名の関係を説明し、日本を表す「.jp」のように、トップレベルドメインが世界中の国や地域ごとに割り当てられていることを教材で示した。
続いて、世界各国のトップレベルドメインはどうなっているのか、JPRSのウェブコンテンツ「世界ドメイン紀行」を使って視覚的な理解を図った。地球儀上のピンをクリックすると、その国の特徴と同時にトップレベルドメインが表示される。「ペルー」なら「.pe」「幾何学図形などが描かれたナスカの地上絵がある国」といった形だ。生徒たちはウェブサイトでさまざまな国を巡りながら、ドメイン名とともに各国の知識にも触れていった。
授業では、ドメイン名を手掛かりにしてネットワーク上で情報を調べるための仕組み「DNS(Domain Name System)」についても学んでいく。「ポン太のインターネット教室」には、インターネットの仕組みやドメイン名について、教科書には収め切れない例示やコラムがあり、生徒たちは自分のペースでじっくりと読んでいた。DNSはユーザーには普段は意識されない技術だが、情報通信ネットワークにおいて重要な仕組みであることや、およそ40年前に開発された仕組みが今もインターネットを支えているといった経緯も知ることができた。
「ポン太のインターネット教室」を読み進めるうちに、「.jp」のトップレベルドメインの前には、「ac」「co」などの文字が付くものがあることに気が付いた生徒も多かったようだ。金子教諭は大学は「ac.jp」、小中学校は「ed.jp」といった身近な例を挙げ、ドメイン名の属性や分類にも着目させていった。
ドメイン名登録体験で広がる興味・関心
授業の前半でドメイン名についての知識を得た生徒たちに、金子教諭は「もし自分でウェブサイトを作れるとしたら、どんな情報を発信したいか。また、そのサイトにどんなJPドメイン名を付けるか考えてみよう」と促した。
既存のウェブサイトとドメイン名が重複しないよう、JPRSのドメイン名登録情報検索サービス「WHOIS」を使いながら、生徒たちは自分の興味や関心のあることを発信するのにふさわしいオリジナルのドメイン名を考え発表した。好きなスポーツ名だけではドメイン名が重複してしまうため、自分の名前などを加えたり、自分のメールアドレスで使っている文字の一部を流用したりするなど、さまざまな工夫が見られた。
ドメイン名を支える「人」を知る
ドメイン名管理の仕事について解説するJPRS広報宣伝室の渡邊千裕氏
最後に、JPRS広報宣伝室の渡邊千裕氏が、ドメイン名管理の仕事について解説した。JPドメイン名の登録管理とJPDNSの運用によって同社が日本のインターネットの基盤を支えているように、世界各国でも同様に国際協調のもと安定的な運用が目指されていることを紹介。渡邊氏は就職活動中に東日本大震災に遭い、電話がつながらない状況でもSNSが使えたことからインターネットのありがたみを知ったこと、そんな状況でもつながるインターネットに興味を持ち、同社に入社したことなどを話した。
同社の仕事は「.jp」を24時間、365日使えるようにすることだ。そのため、国際会議に参加して最先端の技術について話し合ったり、インターネットのルールを決めたりするなどの大きな役割を担っている。「当たり前に使っているインターネットをいつも使えるようにするために、多くの国や人々が今日も働いていることを、たまに思い出してもらえるとうれしい」と、渡邊氏は生徒たちに呼びかけ、情報通信ネットワークの背景に「人」の存在があることを示して授業を締めくくった。
授業後のアンケートでも、その意図が十分伝わったことがわかる。生徒たちは「インターネットは今までどのような仕組みで動いているかわからなかったが、今日の授業を通して何となく理解することができた」「インターネットで世界中の人とつながっている、と考えると、インターネットを管理している方はすごいなと思った」「当たり前にあるものだが、さまざまな人が支えてくださっているおかげで毎日使えているということを忘れずに生活していきたい」などと感想を残した。また、授業全体の満足度を尋ねたところ非常に高い評価が得られたことからも、情報通信ネットワークに関わる基礎的な技術を理解する上で体験的にこの単元を学ぶことが、非常に有用であったということがうかがえる。
なお、今回の授業の指導案はJPRSの「ポン太のインターネット教室」のサイトで12月19日に公開予定だ。知識の理解と生徒主体の活動がバランスよく盛り込まれた指導案は授業づくりの参考になるだろう。
JPRSの渡邊氏も「大人でもドメイン名は“自動で管理されている“と思っている場合が多く、背景に人が存在していると知り驚く人も多い。インフラである情報通信ネットワークを支える一技術として、ドメイン名を中高生が理解することは大切」と語る。金子教諭が意図したように、実際に管理に携わる人と対面でふれあうことで、生徒はドメイン名を管理する仕事について関心を高めることができたようだ。
主体的に考えさせることで見えた、「情報」に関わる見方や捉え方の深まり
金子 智 信州大学教育学部附属長野中学校教諭(技術科)
掲示物にてURLの中のドメイン名を示す金子教諭
「D 情報の技術」(1)アの授業実践においては、目に見えない情報通信ネットワークの仕組みの理解を深めるために、具体物を用いた体験的な活動によって、生徒が明確なイメージを持つことができる授業づくりが必要だと考えていましたが、難しさを感じていました。
今回、教材として活用した「ポン太のインターネット教室」では次の3つが可能になりました。
(1) 「世界ドメイン紀行」で世界中のドメインを実際に地球儀を回して調べることができる
(2) 「名前解決の旅をしてみよう」でDNSでの情報の流れを確認できる
(3) 「WHOIS」ですでに使われているJPドメイン名と、まだ使われていないJPドメイン名を判断でき、オリジナルのドメイン名を考えることができる
(1)と(2)では図やイラストで情報通信ネットワークの仕組みに関わる言葉と、その仕組みによる働きを関連付けて知ることができました。また(3)では、ウェブサイトの作り手になりきって情報の技術の見方・考え方を働かせることで、適切なドメイン名を判断している姿、そして生徒が主体的に学習に取り組む姿につながったと思います。
生徒の振り返りの中で、「実際にウェブサイトを作って、ドメイン名を登録したい」という記述も見られました。授業はこれからアプリケーションを用いた「双方向性のあるコンテンツのプログラミングによる問題解決」へと展開する予定ですが、ウェブページの作成による題材展開についても考えてみたいと思うようになりました。
また、JPRSの渡邊さんの話を通して、情報通信ネットワークの構築に携わる「人」が見えたことで、身近なものをより深く見たり捉えたりすることにつながったのではないでしょうか。
※本授業で使われた指導案、ワークシート、授業スライドは以下URLにて無料でダウンロードいただけます。
ポン太のインターネット教室=https://withponta.jp/