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寄稿 消えない学校スポーツの病み、なくそう集団徹底主義と心身一元論

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桜宮高校の「体罰死」から10年、スポーツドクターが寄稿

 大阪の公立高校で顧問教員からの暴行を苦にして生徒が亡くなってから今年で10年となる。日本スポーツ協会、日本パラスポーツ協会のスポーツドクターを務める八巻孝之さんから、「消えない学校スポーツの病み、なくそう集団徹底主義と心身一元論」と題する論考が届いた。まだ、日本社会には、体罰を容認する雰囲気が残ると指摘。さらなる取り組みの必要性を訴えている。


八巻孝之医師

 著者は、日本スポーツ協会(JSPO)、日本パラスポーツ協会(JPSA)両者のスポーツドクターの立場で、日本のスポーツ現場に根強く残る体罰やハラスメントの問題について、直接的な批判ではなく、指導者側だけでなく選手やその保護者の側にもその許容論がなくなっていないことを指摘してきた(注1、注2)。そして、スポーツドクターはこの問題と真摯に向き合わなければならないと今更ながら自覚している。

 日本のスポーツ界では、体罰が容認される際によくみられる言説が二つあるといわれている。ひとつが、礼儀作法や上下関係を守る日本の伝統精神である。
 もうひとつは、すなわち、選手個人では乗り越えられない目標の壁を指導者との共生関係を利用して乗り越えようとする勝利至上主義である。
 両者に共通するのは、競技スポーツでの業績達成はもちろんだが、組織論を優先する集団主義と自他の境界をあいまいにして言語より身体的コミュニケーションを優先するという、心身一元論である。

 日本の体罰容認論は、単に伝統的なものではなく、高校・大学進学におけるスポーツ推薦にも利用されてきた。しかし、グローバル化の深化によって、社会は体罰を許容しない育成制度を模索し始めている。
 その矢先の出来事であった。競技団体が「衝撃的」と目を疑った調査結果が公表され、体罰を容認するような保護者の存在が浮かび上がった。
 今から10年前、大阪の高校でバスケットボール部のキャプテンが、当時の顧問の教諭から体罰を受けて自殺に追い込まれた事件が起きた。元顧問は傷害などの罪で有罪判決を受けている。

 事件から10年になるのを前に、日本バスケットボール協会が2021年、小学生のチームを対象に体罰に関するアンケート調査を行った。
 9387人の保護者から得た結果によれば、試合中のコーチからの暴力について、「よくある」「たまにある」と回答した保護者はあわせて1割あまり、暴言については3割あまりを占めた。現在でもこのような数字が出たことに大きな衝撃を受ける。
 日本のスポーツ界は、過去に必ずしも鈍感であったわけではない。著者の知る限り、スポーツ界は体罰をなくす取り組みを続けてきた。2013年4月には日本スポーツ協会(JSPO)や日本オリンピック委員会(JOC)などの主な5団体が、“スポーツ暴力行為根絶”を宣言した。
 各スポーツ団体には、通報窓口が設置され、この問題を見える化し、解決しようという機運が高まっていた。
 日本バスケットボール協会は、指導者たちに暴言暴力をしない誓いを立てさせた。
 2019年以降は、試合中の暴言暴力に対してテクニカルファウルを厳しく適用することを決定し、過剰な勝利至上主義を抑えるため、一度負けたらおしまいのトーナメント戦からリーグ戦へ移行した。
 補欠文化を失くして、全ての子どもたちに出場機会を与える“育成重視”の機運も深化した。

 それでも、まだ根強く体罰は残っている。極めて残念なことであるが、殴る、蹴る、突き飛ばすなどの身体的制裁に留まらず、言葉と態度による人格否定やセクシャルハラスメントは、いまだ報じられている。
 スポーツ活動を通じて期待される子どもたちの成長や社会化が見事に裏切られている現実において、このような結果から、スポーツの品位とスポーツ界への信頼を回復出来ないでいる日本社会が身体教育文化の病みを抱えていることがよくわかる。
 指導者の意識改革を目的に、全国各地で指導者研修が行われている。暴言・暴力は減っているが、指導者自らが熱くなって子どもたちに圧をかけ、子どもたちのためにという強い思いが裏目に出ていないだろうか。
 そして、自分自身が厳しく指導されて成長できたという親世代の精神教育や、競技成績によって進学や進路に有利になるという多大の期待と喜びが背景にあるとみてよいだろう。
 指導者や親の力で成長過程にある子どもを変えようと思うと、暴言や暴力が自然に出てしまうのかもしれない。学校スポーツの現場だけでなく、子どもたちが主体的に変わっていくことを望む社会づくりができていない。
 指導者や親から暴言・暴力を受けた子どもは大きなショックを受ける。他者や組織、社会との信頼関係をつくることができなくなってしまう。自分が悪いと思い込んで自信がなくなる。不安傾向が強い人になる。決してその時だけの問題ではない。

 世界で活躍する一流の選手たちは、体罰指導では決して育てられないといわれている。海外のプレーヤーに比べると、日本のプレーヤーは非常に依存的であることが指摘されている。
 その背景には、幼い頃から怒られ、たたかれ、飴と鞭のようなペナルティーを受けながら成長しているという、日本固有の教育文化との因果関係が払拭できない。
 海外のグッド・コーチは、選手の自己決定理論に基づいて指導している。指導者は、それにより選手の実力も上がると考え、教えることにとらわれず、選手や子どもに対して自由な意思決定の機会と選択肢をたくさん与えながら、“勝つこと”と“ライフレッスン”のダブルゴール・コーチを目指している。
 このような“アスリートセンタード・コーチング”は、日本の学校スポーツにも拡がりつつある。しかし、海外との決定的な違いは、日本に内発的なモチベ―ションを高める哲学が育まれていないことである。
 日本のスポーツ界から体罰やハラスメントがなくなるための出口はどこにあるのだろうか。とはいえ、この問題は永久不変のものではないはずである。スポーツと教育の、両方に関わる指導者には、日常に存在する子どもたちの悲劇を繰り返さないよう努力し続けることでしかこの問題が解消されないことを強調したい。
 子どもの時期には、特に技術の指導より心の成長を重視する徹底した取り組みが必要だ。そのために、日本の学校スポーツから、日本の教育文化と心身一元論の、いわゆる“しつけ”や“体育会気質”を排除することが急務である。一日も早く、日本社会の大人自らが変わらないといけない。
 あなたのお子さんは、スポーツを楽しんでいるだろうか。一歩立ち止まって10年前に失われた子どもの希望と命を思い出して欲しい。

注釈
 1)医療スタッフ、「ハラスメントと対峙」を提言 ~ 日本教育新聞電子版 NIKKYOWEB (kyoiku-press.com) 2020年8月5日
 2)寄稿「まだ残る『勝利至上主義』」 ~ 日本教育新聞電子版 NIKKYOWEB (kyoiku-press.com) 2021年12月6日
(やまき・たかゆき 東京2020メディカルスタッフ、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本障がい者スポーツ協会公認障がい者スポーツ医、障がい者スポーツ初級指導員、医学博士・外科・総合診療外科医。宮城県仙台市在住)

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