科学的な見方・考え方を育成する
8面記事これからの理科教育には「観察・実験」×ICT活用によって、科学的な見方・考え方を育むことが重要になっている。わが国の将来を担う科学技術の発展を支える理系人材を育てるためには、こうしたスキルを持った上で、自分で課題を見つけ、解決方法を考え、実践していくことができる技能を養成していく必要があるからだ。ここでは、そんな時代が求める理科教育のあり方を、実社会に通じる人材育成の手法として注目を集める「STEAM教育」の視点から探った。
「観察・実験」と併せたICT活用で
「新たな価値創造」を生み出す人材の育成を
AIやIoTなどのテクノロジーが急速に進展する社会の中で、日本がかつての工業立国から脱却し国際的な競争力を高めていくには、科学、技術、工学、数学の分野を統合的に学び、将来、科学技術の発展に寄与できる理科系人材を育成することが不可欠になっている。なぜなら、知の創出をもたらすことができる人材の育成を目指すには、そのための基礎的な資質・能力を身に付けるとともに、数学や理科に関する横断的なテーマに徹底的に向き合い考え抜く力を身に付ける必要があるからだ。
そのため文科省では、このような学問領域を横断して指導するSTEM教育に、Arts(芸術、リベラルアーツ等)の要素を加えた「STEAM教育」を推進し、科学的根拠に基づいて論理的に考える力や実社会につながる課題解決する力を育成することを打ち出している。
SSH校で先導され、高等学校の学習指導要領改訂で新設された「理数探究基礎」「理数探究」は、まさにそうした教科を横断して思考するための教科といっていい。ここでは、数学的な見方・考え方や理科の見方・考え方を組み合わせながら、探究の過程を通して、課題を解決するために必要な資質・能力を育成することが目的となっている。また、その他の教科においても「総合的な探究の時間」を中心に、探究的な学習活動を充実することを求めている。
すなわち、これからの教育のトレンドは、⽂系・理系の枠にとらわれず、モノごとをさまざまな面から捉えて解決し、新たな価値を創造するための資質・能⼒を磨くことにある。そして、こうした力を育む上での学習への理解力の向上や、論理的思考力を身に付けるための道具として欠かせないのが、ICTの活用といえる。
STEAM教育に向けた課題
しかし、日本ではGIGAスクール構想で1人1台端末が導入されたとはいえ、まだまだ授業でのICT活用が遅れている。探究学習においても「整理・分析」「まとめ・表現」に対する取り組みが⼗分ではなく、ましてや「STEAM教育」を指導できるスキルを持った教員は限られている。また児童生徒も、国際平均と比べて理数に対する苦手意識が高い傾向にあるなど、数多くの課題に向き合っていく必要がある。
そのため、文科省ではこうしたICT活用を軸とした「STEAM教育」の推進に向けて、教育委員会や産業界等による⽀援の充実を図るとともに、ウェブサイトを通じた各地の学校の取り組みや関連リソースの発掘・⾒える化にも取り組んでいく意向だ。加えて、来年度の概算要求でも、教科等横断的な学びの実現による資質・能⼒の育成などを目的とした高校の改革推進事業に3億円を計上したほか、1人1台端末の効果的な実践例を創出・モデル化し、都道府県等の域内で校種を超えて横展開する「リーディングDXスクール事業」に2・6億円(新規)を計上している。
ICT活用で得た科学的な根拠のもとで考察する
将来、子どもたちがどんな職業に就こうとも、情報科学やテクノロジーを今以上に扱うことになるのは間違いないため、初等中等教育段階からの理数教育の充実が重要となる。だが、これまでの全国学力・学習状況調査では、学習で得た結果を整理して考察する、科学的な概念をもとに考え、説明するといったことに課題があることが明らかになっている。
だからこそ、理科の授業で「観察・実験」を取り入れる際も、探究の過程をより充実したものにするため、事前に予測を働かせた上で、その結果を科学的な根拠・理解のもとで考察させることが大事になる。それにはタブレット端末等を使ったデータに基づいたアプローチにより、モノごとについて深く観察・考察するテクニックを身に付けていく必要がある。
ICTの特性は、このような観察や実験で得られた結果に基づいて自分の考えをまとめるのに適していることに加え、データを蓄積でき、共有化が容易に図れることにある。たとえば、さまざまなサイトにアクセスし、必要な情報を集める。写真や動画で撮影し、事実を捉える。過去の学びを振り返りながら理解を深める。クラス全体や仲間同士での情報のやりとり、説明する際の手段として活用することができる。また、実体験することが困難な事象や観測しにくい現象をシミュレーションできることや、センサーを用いた計測によって、通常では計測しにくい量や変化を数値化・視覚化して捉えることなども挙げられる。
こうした理科の特質に応じたICT活用を行うことによって、理科の見方・考え方を深めるとともに、個々の主体的な活動に発展させることが、新しい理科教育には求められている。また、そのためにもタブレット端末にWi―Fi経由で直接つなげられるデジタル顕微鏡や計測ツールなど、国庫補助で導入できる理科観察・実験機器をもっと充実させ、グループでの共有や話し合いをスムーズに行えるよう発展していくことが必要といえる。
プログラミング教育を皮切りに
スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した2022年の「世界デジタル競争力ランキング」で、日本は対象となった63の国・地域の中で29位と、調査が始まってから最低のランキングとなった。また、アジアに目を移しても、シンガポール(4位)、韓国(8位)と大きく水をあけられている。したがって、こうしたデジタル分野の国力を底上げしていくためにも、理工系の知識に長けたSTEM人材を育成していくことが急務になっている。
そのための施策の一つとして打ち出したのが、小学校の新学習指導要領におけるプログラミング教育の必修化だ。たとえば、理科の小学校第6学年・電気の利用では「電気を効率的に利用するにはどのようなプログラムにするとよいか」といった予想を働かせ、その解決手段を探る場面でのプログラミング体験が例示されているなど、自ら課題を設定して解決していく「STEAM教育」につながる授業が実践されるようになっている。
また、さまざまな民間企業が「ものづくり」と「デジタル技術」を融合した新しい学びや教育サービスを提供するようになっており、理科や科学の実験・ロボット工作教室は毎回定員オーバーになるなど、子どもの将来に向けた投資として保護者の注目も高まっている。さらに、公教育で遅れている学校・教員向けの指導者養成プログラムの開発にも着手するようになっている。
こうした中で、徐々にではあるが「STEAM教育」をカリキュラムに取り入れる学校も多くなっている。埼玉県戸田市では、昨年度に「STEAM教育」の拠点となる特別教室を設けた小中学校を開校。ここでは、高性能PCなど充実したICT環境に加え、3Dプリンターや3D―CAD・動画編集ソフトまで導入しているのが特徴だ。子どもたちは実社会で活躍するクリエイターと同等の恵まれた環境で、自分の思いを形にするモノづくりに励むことができる。しかも、学習活動も子どもたちの自主性に任されており、それぞれのやりたい活動に合わせて機器を選んだり、教室を移動したりして課題に取り組んでいるという。
STEAM教育を取り入れた理科の授業
宮城県はSTEAM教育を取り入れた理科の授業案を作成している。たとえば中学校第2学年・理科「大気の動きと日本の天気」では、水がもたらす災害について、多面的、総合的に捉え、自然と人間との関わり方について自分の考えを表現するため、社会や技術、道徳、保健体育などの教科と関連付けている。また、小学校第6学年・理科「電気と私たちのくらし」でも、電気を利用してできる物について、自分の目的をもとに完成させるために必要な材料や方法を発想し表現するため、算数や社会、家庭といった教科の学びを活かしている。
あるいは、理科や算数といった教科を英語で学ぶ、教科横断的な指導法を取り入れる学校もある。中でも理科は、五感を使って理解し、興味・関心を持って参加できるため、実験などを通して効率的に聞く力を身に付けられるからだ。
そのほかにも聖徳学園中学・高等学校では、一つの事象をテーマに、あらゆる教科の内容に合わせた教科横断的な授業を展開している。そこでは与えられた「課題」で決められた「答え」を導き出すのではなく、ICTをツールに「テーマ」に対して自分なりの思いを込めた「作品」を作り出すSTEAM教育の視点を取り入れている。また、静岡県袋井市立浅羽北小学校では、タグラグビーと呼ばれるスポーツと算数やプログラミング学習などを関連づけた、体育向けのSTEAM教育が実践されている。