柔軟で創造的な学習空間を実現する 老朽化改修からその先へ
10面記事キーワードは「学び」「生活」「共創」
学校施設は、子どもたちが生き生きと学習・生活する場として安全で豊かな施設環境を確保しなければならない。同時に、現在の教育課程が目指す方向性や手法とリンクした設備・機能を備える必要もある。ここでは、そうした目標に向けた学校施設が抱える課題を整理するとともに、教育環境を向上する最新の施設設備・機器を紹介する。
今日の学校施設が抱える課題
これからの学校施設は建物自体の高機能化、脱炭素化、バリアフリー化を図っていくとともに、災害時に対応した防災機能の強化にもより一層着手していくことが求められている。また、新学習指導要領が目指す個別最適化された学びと協働的な学びの実現に向けて、ICT活用を含めた多様な学習スタイルに応える学習空間に創り変えていくことが期待されている。さらには、地域の生涯学習やまちづくりの核としての施設の整備や、新型コロナウイルス等感染症を予防する衛生対策にも引き続き力を入れる必要も生まれている。
文科省では、こうした新しい時代の学び舎として目指していく姿を一本の樹木として表わしている。そこでは中心となる「幹」に『学び』を据え、その学びを豊かにしていく「枝」として『生活』『共創』の空間を実現すること。また、その土台には着実に整備を推進していく「根」として、『安全』『環境』の確保を実現することを示した。その上で、学校施設のビジョンを表すキーコンセプトとして「『未来思考』で実空間の価値を捉え直し、学校施設全体を学びの場として創造する」を掲げた。
だが、このような構想を実現していく以前に、今日の学校施設が抱える大きな課題となっているのが、老朽化への対応だ。公立学校施設では建築後25年以上の建物が約8割を占め、これらをすべて建て替えるには自治体の財政負担が大きすぎることから、100年持つような長寿命化を図っていくことが望まれている。ただし、それには中長期的な視点のもと計画的・効率的な改修を実施して、トータルコストを縮減していかなければならない。
すなわち、今ある学校施設をどのように効率的に改修し、かつ、いかに新しい時代の教育に合った施設機能を実現していくかが各自治体・学校設置者には委ねられているのだ。
老朽化対策の実施状況
こうした中で、文科省は8月に公立学校施設の「老朽化状況調査」及び「耐震改修状況フォローアップ調査」の結果(今年3月末時点)を公表した。まず、全国の公立小中学校に実施した老朽化状況調査では、築45年以上の改修を要する面積は、16年度の1834万平方mから3338万平方mに増加。児童生徒の安全を脅かす不具合(ひび割れや破損、剥離、腐朽等による仕上材や部品の落下等)の発生件数は約2万2千件で、16年度と比べて1万件弱減っていることが分かった。
安全面の不具合で多かったのは、「消防用設備等に動作不良・故障が発生」で約8000件。続いて、「床材に浮き・はがれが発生」約2500件、「軒裏のモルタル片等が落下」約1200件、「照明器具・コンセント・分電盤に漏電が発生」約1100件だった。その中では児童生徒が直接被害を受ける可能性があった、40cmのコンクリート片が教室に落下したり、手すりが破損して落下したりといった事例もあった。
こうしたことから文科省では、引き続き日常的な点検や修繕を行い、建物を健全な状態に保つための改修を適切なタイミングで実施し、致命的な損傷の発現を事前に防ぐ必要があるとしている。
体育館の耐震対策が不十分
次に、公立幼、小、中、高校、特別支援学校等を対象に実施した耐震改修状況フォローアップ調査(4月1日現在)の結果では、耐震化が未実施な建物は合計で570棟となった。小中学校の建物は前年度から156棟減少し、残り288棟(耐震化率は99・7%)となっている。なお、都道府県別では、北海道、愛媛県、沖縄県の順に多い結果となった。
屋内運動場の吊り天井等の落下防止対策は、合計で231棟が未実施になっている。そのうち小中学校は前年度から19棟減少し、残り145棟(対策実施率は99・5%)となった。また、天井材や窓ガラス、照明、外壁材といった吊り天井以外の非構造部材における耐震点検実施率は、全体で96・3%と前年度より1・8ポイント改善。ただし、肝心の耐震対策実施率は13・3ポイント増えてはいるが、いまだ65・3%にとどまっているのが現状だ。
そのため文科省は、非構造部材を含めた耐震対策が未実施の設置者に対して、早期の耐震化完了を要請することを明言。老朽化した建物においてはガラスの破損や内外装材の落下など非構造部材の被害が拡大する可能性が高いため、安全確保の観点から取り組みを支援するとともに、継続的にフォローアップを実施するとしている。
非構造部材の耐震点検では、耐震性が低い工法や材料で設置されているものがあるため、設計図書や現地調査による点検や専門家による耐震性能の確認が必要となる。また、経年によりさびやひび割れなどが発生して耐震性能が低下するものがあるため、定期的に劣化状況について専門的な見地から点検してもらうことが重要だ。
学校教育面の要請にも応える必要が
学校施設は、このような長寿命化改修等の機会を通じ、構造躯体の経年劣化の解消や外壁の補修、耐久性を高めるための塗装・防水等の老朽化対策を着実に図った上で、環境負荷の低減や避難所としての役割を担う施設設備(ハード)面特有の課題に対応すること。加えて、1人1台端末を前提とした個別最適な学びや多様な学びなどの学校教育(ソフト)面の要請にも応えていく必要がある。なぜなら、これからの予測困難な時代を生き抜く人材を育成するためには、「みんなと一緒に、みんな同じペースで同じことを教える」一斉授業・形式的平等主義から、「それぞれのペースで自分の学びを行い、対話を通じた納得解を形成する」多様性を重視し、新しい価値創造を生み出す教育へとシフトしていくことが求められているからだ。
そんな新しい時代の学びを実現する空間イメージとしては、多目的スペースの活用による多様な学習活動への柔軟な対応はもとより、学校図書館とコンピューター教室とを組み合わせた読書・学習・情報センター、映像編集やオンライン会議のためのスタジオ、情報交換や休息ができるラウンジ。木材を活用した温かみのあるリビングのような空間。地域や社会の人たちと連携・協働できる共創空間などが考えられている。
ただし、それと同時に小学校35人学級化で生じる教室不足、10年間で約2倍に増加している特別支援学級に在籍する児童生徒や、国際化で急増している日本語指導が必要な児童生徒に対応した学習空間づくりなど、差し迫っている課題についても応えていく必要も生まれている。
学校設置者へのアドバイザー派遣も
一方で、全国では着実に老朽化改修を進め、建て替え同等の教育環境を確保している学校も多くある。また、少子化や地域のニーズに合わせて統廃合や複合化を積極的に進める自治体も年々増えている。
文科省では、こうした学校設置者における「新時代の学びを実現する学校施設」の整備・活用を促進するため、
(1) 具体的な実践につながる整備事例やノウハウの蓄積・発信
(2) 専門的・技術的な相談体制の構築・運営
(3) 好事例を着実に横展開するための現場同士のネットワーク化
―といった3つの機能を備えたプラットフォームを今年度より新たに構築する。そこでは、プラットフォーム全体を統括する「プログラム・スーパーバイザー」を配置し、(1)~(3)の有機的な連動を図り、プラットフォーム全体を段階的に拡充・充実する、相談内容に応じて最適な学校建築アドバイザーを選定・派遣するなどを実施していくという。