令和にふさわしい学校施設を創造する~高機能化、脱炭素化、防災&コロナ~
13面記事「未来思考」で変える、学習・生活空間
これから訪れる答えのない時代を生き抜く人材を育成するためには、多様な教育方法、学習活動と併せて、学校施設自体を柔軟で創造的な学習空間に造り替えていく必要も生まれている。また、コロナ禍においては「新しい生活様式」に対応した各種衛生設備・機器の導入や、災害時には地域の避難所を担う役割から、さらなる耐震対策やバリアフリー化など防災機能の強化を図らなければならない。そこで、新しい時代の学びにふさわしい学校施設の在り方について、最新の施設設備・機器とともに特集する。
一斉授業から協働型へと転換する学習環境
8割近くが老朽化している公立小中学校施設は、トータルコストを縮減することを目的に計画的・効率的な改修を実施し、長寿命化を図っていくことが必要になっている。同時に、少子化・過疎化に伴う統廃合や他施設との複合化・集約化が進んでいるほか、義務教育9年間を見通した指導体制に向けた小中一貫校・義務教育学校の新設も相次いでいる。
そこでは、中教審が掲げる「令和の日本型学校教育」の構築としての、すべての子どもたちの可能性を引き出し、個別最適な学びと協働的な学びを実現する学習環境を創造することが求められている。
しかも、建物自体の高度化・高機能化を図り、健やかに学習・生活できる環境を整備すること。2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、創エネ+省エネでエネルギー収支「ゼロ」となる学校施設のZEB化を推進すること。さらには、災害時に避難所となる学校施設の防災機能の強化や、新型コロナ感染拡大を防ぐ「新しい生活様式」に対応した環境整備を整えることも同時に考えていくことが目指されている。
すなわち、一斉授業からアクティブ・ラーニング型へと転換する学習環境と、子どもたちが快適かつ安全に過ごせる施設設備の整備という両軸で、新しい学校を形成していくことが求められているのだ。
明確なビジョンをもって改修計画を立てる
とはいえ、Society 5・0時代と呼ばれる、産業構造や社会システムなど社会のあり方そのものが大きく変化している中で、将来あるべき学校施設を予測し、創造していくのは困難ともいえる。たとえば新型コロナウイルスの感染拡大一つとっても、これだけ短期間にオンライン学習が進んだり、各種衛生設備・換気機器が導入されたりするとは誰も予想していなかった。
また、地域社会の急速な変化では、学区内にタワーマンションが乱立し、児童生徒数が一気に拡大して教室が足りなくなったり、ここ数年間で日本語指導を必要とする児童生徒の入学者が急増して対応が追いつかなかったりといった事象も見られている。
未来は誰にも予測できず、その時々によって求められるニーズも変わる。だからこそ、長寿命化改修を担う学校設置者は、最初から「どのような教育を行っていきたいか」、それには「どんな学校にしていきたいか」という明確なビジョンをもって改修の計画を立てていくことが重要となる。このようなブレない姿勢は、もう一つの課題となる学校施設の魅力化・特色化を形成する上においても、大事な要素になる。
学校施設全体を学びの場として創造する
こうした中、文科省は3月末、有識者会議によって議論を進めてきた「新しい時代の学びを実現する学校施設の在り方について」の最終報告書を公表した。その内容は、1人1台端末環境のもと、個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実に向けて、今後の望ましい学校施設の在り方や課題をまとめたものとなっている。
令和の時代となった今、GIGAスクール構想による1人1台端末、校内ネットワークの拡充が進み、小学校における35人学級の計画的整備や、ポストコロナを見据えた「ニューノーマル」が求められる状況を背景として、新しい時代の学びにふさわしい学校施設の在り方を明確化し、それを実現することが必要であると指摘。そうした学校施設のビジョンを表すキーコンセプトとして、「『未来思考』で実空間の価値を捉え直し、学校施設全体を学びの場として創造する」を掲げた。
その上で、学校設置者には、長寿命化改修等を通じ、自然災害等に対する安全性や温熱環境など基本的な建物性能の確保を含め、新しい時代の学びを実現する教育環境向上と老朽化対策を一体的に進めること。また、国においては、新しい時代の学びを実現する学校施設整備の方向性(目標水準)の提示や、財政支援制度の見直し・充実、学校施設整備の技術的支援の充実、学校施設整備指針の改訂などを提言している。
多様な学びを可能とする環境・空間の実現を
第1章「新しい時代の学びの姿」では、社会情勢の変化に伴い、求められる教育が変化していることを示唆。第2章では、そうした学びの実現に向けて「解決すべき学校施設の課題」を具体的に取り上げている。
新しい時代の学びへの対応としては、まず、新型コロナウイルスの感染拡大によって、これまで当たり前のように存在していた学校の持つ役割・在り方を再認識させられたことに言及。その上で、ポストコロナ時代において子どもたちがともに集い、学び、遊び、生活する学校施設という実空間の価値を捉え直すことを求めた。
もう一つは、学びのスタイルの変容に対応する施設づくりが必要なこと。1人1台端末環境のもとでは、タブレットを片手に教室内外で個に応じた学習を行う、多目的スペースを活用してグループ学習を行う、校内外の他者との協働により創造的な探究学習を行うなど、学びのスタイルが多様に変容していく可能性があるからだ。
同時に、子どもの特性等に応じてさまざまな学習リソースに非同期にアクセスして学ぶことができるなど、「非同期・分散」した学びのスタイルが広がり、これまでの「同期・集合」した学びのスタイルと往還する場面が展開されていく可能性も広がっている。こうした多様な学びを可能とする環境・空間を実現していくことで、子ども一人ひとりの多様な幸せの実現につながると期待した。
学校施設の機能面における課題~建物・教室、空調、トイレ、バリアフリー~
学校施設の機能面における現状と課題では、戦後、量的確保の観点から建てられた鉄筋コンクリート造校舎は、壁、窓等の断熱化や照明の省エネルギー化など質的な整備が図られていないものが多く、良好な温熱環境を確保することが困難となっていると指摘。また、学級単位で黒板を向いた一斉授業を前提として整備されてきた教室も、公立小中学校の約7割の教室が65平方m未満となっている状況も含め、学びの変容に対応するように改善していくことが必要とした。
加えて、多目的スペースを有する公立小中学校はいまだ全体で3割にとどまっているが、今後、計画・設計するにおいては音環境への配慮や温熱環境の確保に留意するよう求めた。
また、空調設備、トイレの洋式化への課題にも言及。公立小中学校の普通教室への空調設置率は92・8%まで進んでいる一方、特別教室は55・5%、体育館は5・3%に留まっており、近年の厳しい気象条件に対応した教育環境の確保の観点から課題があること。既存体育館の多くは断熱性能が確保されておらず、冷暖房効率が悪いことから、空調設備を設置する際には、校舎や体育館の断熱化や換気設備の検討も併せて行うことが望ましいとした。
さらに、公立小中学校のトイレの洋便器率は57%と、住宅における洋便器の普及率を大きく下回っており、生活文化からの乖離や衛生環境の観点から課題があるとしている。
一方、今日の社会では物理的・心理的な障壁を取り除くバリアフリー化を進め、インクルーシブな環境を整備していくとともに、ユニバーサルデザインの考え方を目指していくことが求められている。このため、学校施設においても、インクルーシブ教育システムの構築や合理的配慮の基礎となる環境整備として、遅れているバリアフリー化を一層進めていくことが必要とした。
また、2030年を見据えた持続可能な開発目標が求められる中で、公立小中学校の太陽光発電設備の設置率の低さにも課題を呈している。
老朽化対策としての適切な維持管理を要求
学校施設の安全面における課題では、公立小中学校の耐震化率は99・6%、屋内運動場の吊り天井等の落下防止実施率は99・5%と概ね完了したと評価する一方、子どもたちの生命を守り、地域の避難所となる安全・安心な教育環境を実現するため、吊り天井以外の非構造部材(内・外装材、照明器具、窓ガラス等)の耐震対策を含めた老朽化対策や防災機能強化が必要とした。そのため、政府の「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」のもと、2025年度までに重点的・集中的に対策を講じていくことを求めた。
また、学校施設の老朽化対策では、限られた財源の中で施設を長寿命化しながら維持管理・更新コストの縮減・平準化を図り、戦略的に施設整備を進めることが必要だが、いまだに個別施設ごとの長寿命化計画を策定していない地方公共団体が8%もあるため、できる限り早期に策定することを要望した。
その上で、全国の公立小中学校で建物の老朽化が主因の安全面における不具合は2017年度調査で約3万2千件発生しており、その5年前の調査と比べて2倍以上に増加していることを問題点として提示。しかし、「機械的に試算した市区町村当たりの地方財政措置額と市区町村における維持修繕費の実績平均額との間には大きな乖離があり、地方公共団体が維持管理費を適切に措置してきたとは必ずしもいえない」と改善を促した。
学校施設の防災機能の状況では、避難所指定校のうち、備蓄倉庫は80%、非常用発電機は61%が保有している状況であるが、昨年5月に「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」が改定され、特別支援学校を指定福祉避難所とすることも想定されていること。また、学校の施設・設備の安全点検は、事故を未然に防ぐ重要な危機管理になると強調した。
学校数の減少と複合化・集合化への転換
国や地方の財政状況が厳しい中での対応にも触れている。そこでは、「地方公共団体において、近年の資材費や人件費高騰の影響のほか、国の国庫補助単価が実態に即していないなどにより、事業費の確保に課題が生じている」と指摘。こうした中でも学校施設において直面しているさまざまな課題に対応できるよう、効率性を十分考慮しつつ、当該地方公共団体の財政状況、個別施設計画の策定状況等を踏まえた支援の充実を図ることが必要であるとした。
学校施設の適正規模・適正配置の課題としては、近10年間で学校数と児童生徒数がともに1割減少したことから、小・中学校が1つずつしかない市町村が14%にも上り、教育条件への影響が出始めていること。それとは反対に住宅開発に伴い、児童生徒数の急激な増加が課題となっている地域も存在していること。また、個別施設計画によると統廃合を検討している設置者の割合が37%あり、必要に応じて学校施設の適正規模等の方針を検討し、適時に計画に反映していくことが必要になっているとした。
こうした対策として、学校施設の複合化や集約化も進んでいる。2019年度の集約化・複合化件数は361件、2020年度以降に集約化・複合化を予定している件数が998件だ。しかも、昨年度の個別施設計画によれば、複合化を計画している学校設置者の割合は19%となっている。その中で、地域住民も利用する集約化・複合化を行う場合は、動線や安全面での配慮を課題として挙げている。
PFI事業におけるジレンマ
施設の老朽化対策では、地方公共団体の職員の不足に対応しつつ、効率的かつ良好な公的サービスの提供を実現するため、PFI等の手法により民間資金等の活用も進んでいる。PFI事業については、2020年度末までに合計875件が実施され、そのうち学校施設に係る事業は201件だ。
また、よりよい教育を実現するため、学校施設を整備する際には、学校を利用する教職員や児童生徒、保護者、地域住民等の学校関係者の参画が求められている。だが、過去5年間の公立小中学校等の新築事業においてプロポーザル方式の採用は半数程度にとどまっているとともに、「施設整備後、必ずしも計画・設計の理念や活用の考え方が教職員の間で共有されず、十分に活用しきれていない空間があるなど、施設の活用にも課題が生じている」と指摘した。
未来思考をもって目標を共有する
まとめとなる第3章では、今後の学校施設が目指すべき姿(ビジョン)を提示している。学びでは、柔軟で創造的な学習空間。生活では、健やかな学習・生活空間。共創では、地域社会と共に創造する空間の実現といった、新しい時代の学び舎として創意工夫により特色・魅力を発揮すること。その土台となる安全・安心かつ持続可能な教育環境を推進していくことを提唱した。
そして、そのために最も大事になるのが、関係者がこれまでの学校施設・教育環境としての固定概念を取り払い、どのような学びを実現したいか、そのためにどのような空間を創り、それをどう生かすかといった、未来思考をもって新しい学びの舎を創造していくことであるとした。