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水素社会の実現に向けて、自分たちができることを考える

13面記事

企画特集

オンライン講義に臨む三校の生徒と講師

 SDGsやカーボンニュートラルが一般にも広く知られ、語られるようになった今、エネルギーと地球環境の問題はまさに人類の最重要課題となっている。その課題解決のために、クリーンなエネルギーである水素が果たすべき役割は極めて大きい。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)は将来を担う高校生を対象に、水素についてより深く学んでもらうプログラムを実施。スーパーサイエンスハイスクール(SSH)指定校の福島県立安積高等学校、山梨県立甲府南高等学校、福岡県立城南高等学校の3校が参加した。オンライン講義や実験、水素研究を進める最先端の施設見学などを通じて、水素に対する理解を深め、水素社会実現に向けての方策を探究した。

座学/オンライン講義

自分の「興味のたね」を見つける
 プログラムは3校合同のオンライン講義で幕を開けた。第1部では、科学技術関連の教育開発事業に取り組む(株)リバネスがエネルギー全般について講義を行った。エネルギーの基礎知識やエネルギー利用の現状について解説し、新しいエネルギーが必要な理由と現在の日本が抱える問題点を踏まえ、「興味のたねを見つけよう!」というワークを実施した。ワークは

 (1) 「あったらいいな」「こんなものを作りたい」という「理想のエネルギー」を考える
 (2) (1)と今知っているエネルギーとを比較して、「差」を見つける
 (3) (2)の差を埋めるためにどうすればよいか考えることで「興味のたね」を引き出す

 ―という流れで行われ、生徒からは

 (1) 太陽光パネルをより太陽に近いところに設置する宇宙発電
 (2) 今の技術では宇宙発電にはコストがかかる
 (3) 宇宙で発電する効率的な技術を開発する

 ―といった考えが発表された。
 生徒の発表後、(株)リバネスは「今回のワークを通して見つけた興味のたねは、自分が動き出すきっかけになる可能性を持っている。これから研究開発が進んでいくエネルギー分野で、みんなの興味のたねを見つけていこう」という力強いメッセージで第1部を締めた。

水素エネルギーの実用性について知る

 第2部ではNEDOが「水素の今、未来」をテーマに、水素の性質や安全性、水素エネルギーの仕組みについて講義を行った。
 地球上で最も軽い気体で拡散速度が速く、燃焼すると酸素と反応して水になるといった水素の特性のほか、安全性にも言及。水素は危険なものと思い込まれているが、そもそもエネルギーには絶対に安全なものはないということに加え、水素の特性を理解したうえで漏らさず溜めないような安全対策をしていれば過剰に恐れる必要はなく、ガソリンなど今まで使ってきたエネルギーと同じように使えることを強調した。
 さらに、水素普及のためには、エネルギー変換の心臓ともいえる燃料電池技術の発展だけでなく、燃料電池等で使う水素を安全に「つくる」「運ぶ」「供給する」技術の確立も重要だと述べた。
 NEDOは「2050年のカーボンニュートラルに向けてどういったエネルギー社会を作っていくのか、水素の今と未来を考えながら、やはり若い皆さんと一緒に考えていく必要があると思います。理系か文系かにかかわらずさまざまな水素エネルギーに関係する仕事はたくさんあります。将来の進路選択にも結び付けて考えていただくと、水素をより身近に感じられるのではないでしょうか」と、第2部の講義を締めくくった。


NEDOによる講義の様子

実践(1)実験・講義
実験を通じて水素エネルギーを体感

 各3校が水素研究の最先端施設を見学する当日、(株)リバネスは水素エネルギーのメカニズムや働きについての理解を深める実験・講義を行った。
 水素が充填されたミニボンベが生徒に配られ、実際に水素の無色、無味、無臭を体感。次に、底の空いたフラスコ状の容器に下方から水素を溜めていき、容器上部の口に点火し、水素を燃やす「爆鳴気実験」を行った。誰もが点火と同時に爆発すると予想したが、点火後しばらくは静かに燃焼するのみ。ところが、水素と酸素が一定の割合(水素:酸素=2:1)に達すると、突然爆発。この実験により、「水素=即爆発」との思い込みが見事に解けた。
 次に(株)リバネスと本田技研工業(株)が開発した燃料電池キットを用いた実験に取り組んだ。
 まず注射器に水素を充填し、その水素を燃料電池に送り込んでLEDを点灯させた。ここで(株)リバネスは、燃料電池がプラス極(酸素極)とマイナス極(水素極)が電解質膜をはさむ構造(セル)になっており、外部から供給された酸素と水素が電解質膜をはさんで反応し電気が発生することを解説。
 生徒はこの学びを踏まえ、燃料電池を搭載した模型カーを実際に数台走らせた。その結果、模型カーによって速度や航続距離の差が発生。この差の原因がどこにあるのかを意識して何度か試走させるうちに、模型カーごとに燃料電池の厚みが違っていることに多くの生徒が気づいた。
 これにより燃料電池のセルを直列につなげた燃料電池は、セルの数が多い方がパワーを発揮し、セルの数の違いが模型カーの速度や航続距離の差となって表れたことがわかった。生徒は水素が電気エネルギーを生み出すことをまさに目で見て体感できた。


実験では水素カーを走らせた

実践(2)施設見学
水素の可能性を間近で感じる最先端施設

福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)

 安積高校は、再生可能エネルギーを利s用した世界有数の10MWの水電解装置を有する水素製造拠点、福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)を見学。2020年3月に福島県浪江町に開所し、敷地面積は東京ドーム約5個分に相当する約22万平方m。敷地の8割が太陽光発電のパネルで埋め尽くされており、主にその電気で水を電気分解し水素を取り出す。水素製造能力は1日当たり約3万平方mで、これは約150世帯の1カ月分の電力に相当する規模だ。
 今回のプログラムに参加した生徒は、高校の探究班活動で「化石燃料に頼らないクリーンなエネルギー社会を目指す」をテーマに集まったメンバー。最初に、FH2Rで造られた水素が供給される、道の駅なみえ(浪江町)の燃料電池システムを見学。次に広大な施設を見渡せる高台からFH2Rの全貌を眺め、さらに水素製造や貯蔵、運搬システムなどの最先端施設を間近にし、NEDOから専門的な説明を受けた。
 生徒からは「燃料電池や水素を貯蔵しているタンクを目の当たりにして、水素の可能性を肌で感じた。その可能性をもっと広げる技術を私たちの代で創り出していきたい」といった感想があがった。また文系志望の生徒は「水素に関する法律がまだまだ不充分だということが分かった。将来、法制度の適性化に携われるよう頑張りたい」と抱負を述べた。


FH2Rの全景を望む安積高校生徒

山梨大学・燃料電池ナノ材料研究センター

 甲府南高校は山梨大学の燃料電池ナノ材料研究センターを見学。同センターは2008年4月に設立された燃料電池本格普及のための最先端研究開発施設で、燃料電池試作やその能力を評価する計測設備の充実度は日本の大学でトップクラス。研究企画部門長・吉積潔教授の案内で、同校の物質化学部1年生と2年生が見学した。
 皆の興味を引いたのは、高温下で触媒試料の酸化還元処理を行いながら、原子レベルの解像度で観察が可能な特殊な電子顕微鏡群。生徒からは「普段はマクロな見方をしていたが、原子レベルの視点で見ることの大切さを知った」「脱炭素社会への切り口となるような、知識や発想を養えるように精一杯頑張りたい」といった感想があがった。
 最後に、製品化を目指す燃料電池電動アシスト自転車とトヨタ自動車(株)の燃料電池車MIRAIを目の当たりにし、施設見学を終えた。


吉積教授の説明に聴き入る甲府南高校生徒

九州大学・水素材料先端科学研究センター

 城南高校は九州大学伊都キャンパスにある水素材料先端科学研究センターを見学。水素を安全かつ効率的に使うための技術、材料と水素の研究を行っている最先端の施設で、国内の大学で唯一、構内に水素ステーションを備えている。今回は、同校の理系クラスを中心とした1年生と2年生が参加。杉村丈一センター長や高分子材料研究部門長・西村伸教授、水素利用工学が専門の伊藤衡平教授が生徒を案内した。
 「水素ほど素材に影響を与えるものはない。しかも素材によって水素の感受性が違う」「水素を蓄えたり運んだりする機器では、金属材料やゴム・高分子材料の他、さまざまな摩擦材料が使われるので、機器を適切に設計するためには水素の影響について正しく知り応用することが必要」「水素を上手に使いこなせるようになることが、人類と地球環境を救うことにつながる」といった研究者の生の言葉に接し、最先端の研究現場を目の当たりにしたことで生徒は相当な刺激を受けた様子で、それは「基礎知識が足りないことを痛感。もっと勉強しなくては」「多くの知らないことを学べた。これから発展していく水素エネルギーの成長の過程を見るのが楽しみ」といった見学後の感想にもよく表れていた。


研究内容について説明を受ける城南高校生徒

オンライン発表会
「2030年の水素社会に向けて」をテーマに

 プログラムを通じて学習してきたことを踏まえ、3校の生徒が1月8日にオンライン形式で成果発表を行った。

「Hydrogenが地球を救う」
安積高校

 トップバッターは「Hydrogenが地球を救う」というテーマを掲げた安積高校。まず水素の性質や、化石燃料と水素を比較してのメリットとデメリットに触れ、FH2Rの見学を踏まえて、水素の普及が進んでいない理由を次のように考察した。

 (1) 水素ステーションが少ない
 (2) 燃料電池自動車自体が高額
 (3) 法律による規制がある

 ―これらの課題を解消するために、「2030年の水素社会に向けて」としてまとめの発表を行った。発表した生徒は、「燃料電池自動車は事故を起こしたときに爆発するのではないか」と、水素について間違ったイメージを持っている人がたくさんいることを示し、身のまわりの人に聞き取り調査をしたところ30人中のほとんどが「燃料電池自動車=走る水爆」のように思っており、水素に関する正しい知識を持っている人は0人であったことを明かした。
 「このような状況を変え、水素社会を実現するためには、今回の施設見学や実験を通して自分たちが水素を学んだということだけで終わりにするのではなく、どのエネルギーも安全ではないということを頭に入れた上で、身の回りの人たちに水素に関する正しい知識を広げることが大切。小さいことから一歩一歩進めていけば、水素社会の実現に近づけるはず。水素社会は向こうから歩いては来ず、我々が今のような状況を変えていって初めて実現できる世界だと思っています」という心強い言葉で締めくくった。


見学した施設の写真を用いて解説した安積高校

「山梨県水素タウン構想」
甲府南高校

 次に甲府南高校が「山梨県水素タウン構想」をテーマに発表。本プログラムでの実験・見学施設等紹介を皮切りに、プログラムを通して学んだこと、水素のメリットとデメリット、水素タウン具体例、研究してみたいことなどコンテンツ盛りだくさんの内容となった。
 山梨県水素タウン構想は、山梨県が水素エネルギーを活用した水素タウンとなることで、水素エネルギーの実用性を全国ひいては全世界へアピールし、水素エネルギーの普及を目指すというもの。水素のメリットの一つである補充時間の短さに着目し、水素燃料電池を搭載した電動アシスト自転車の観光客への貸し出しや、プロパンガスのようにボンベの形で各家庭に設置する家庭用水素の普及などを提案。課題として、山梨県には水素ステーションが現在1カ所しかなく、その解決のために21カ所ある道の駅や鉄道の駅など既存の施設の活用を訴えた。
 さらに物質化学部で研究している色素増感太陽電池の機構を応用し、光触媒の働きによって水を水素と酸素に分解するという研究の成果も発表。銅板に光触媒作用を持つ酸化チタンを加えたスライムを重ね合わせたものを用い、光触媒の働きを促進する助触媒として銅イオンを利用し、より多くの水素を発生させることを示した。
 発表のまとめでは、山梨大学の燃料電池ナノ材料研究センターをはじめ、山梨県全体が水素と再生可能エネルギー研究に前向きで、これを強みとして、「山梨県といえば水素エネルギー」というイメージを世界に広げたい。そのための「山梨県水素タウン構想」であると力強い言葉で締めくくった。


独自の実験を実施し報告した甲府南高校

「地域適応型発電」
城南高校

 最後に城南高校が発表。まずプログラム開始前に抱いていた水素に対する素朴な疑問を提示し、九州大学水素材料先端科学研究センターでの学びから得た知識、水素燃料の歴史や水素ステーションについて発表し、太陽光発電とAIを結び付けた地域適応型発電という新しい発電方法を提案した。
 2003年に水素ステーションが日本で初めて設置されて以来、現在まで全国に165カ所と普及のスピードが遅いのは、多くの壁があったことによると指摘。その壁となったのが、水素の特性でもある鉄鋼材料の強度を低下させる水素脆化、またガス漏れを防ぐためのOリングなどのゴム材料の損傷だとして、さらに後者に3つのパターンがあることなどを詳しく説明した。
 その上で、水素に曝されるゴム材に求められるのは、水素溶解度が低く、体積増加率の低い、高い硬度と破壊に対する耐久性を備えた材料であることを示した。
 現在、全国で40万台以上普及している家庭用燃料電池エネファームのメリットとデメリットにも触れ、最後に「私たちが実現したい、水素を用いたシステム」という構想を発表した。水素の「貯めやすい」という性質から、太陽光発電で消費せずに余った電気を蓄電池に貯め、それで水素を作り備蓄。必要になったときに燃料電池に供給し、発電しようというシステムだ。さらにAIを活用し発電の効率化を図る地域適応型発電を提案した。
 発表のまとめとして、他の2校と同様に「水素社会を普及するために我々ができることは、本プログラムで学んだことを周囲と共有し、自らが進んで広めていくことが重要。今日、家に帰って水素のことを家族に話してみようと思う」と、決意の言葉で締めくくった。


地域適応型発電の構想を示した城南高校

オンライン発表会の様子を日本教育新聞公式YouTubeアカウント(https://www.youtube.com/watch?v=WenIr56h_hE)で無料公開中!

 ・記事では書ききれなかった発表会の様子
 ・高校生同士の質疑応答や意見交換
 ・NEDOや資源エネルギー庁の担当者からのコメント

 すべて動画で見られます。

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