主体性と探究心を育む教育旅行
9面記事昨年度同様コロナ禍が続く中、学校現場では安全面に配慮し、可能な限り教育旅行を実施してきた。コロナ禍で修学旅行はどのように変化しているのか、今後どのような教育旅行が求められるかなどについて、全国修学旅行協会・岩瀬正司理事長、日本修学旅行協会・竹内修一理事長にお話を伺った。(以下敬称略)
子どもの成長につながる修学旅行
修学旅行は、本物を見て触れて感じて育つ大きな機会
―コロナ禍の2年、修学旅行にどのような変化が見られましたか?
岩瀬 これまで首都圏の中学校の9割以上が奈良・京都を行き先にしていましたが、県内や近県にする学校が増えました。高校では沖縄が減り、海外修学旅行は皆無です。
竹内 移動手段は、航空機の利用が減りました。中高ともにバス、列車が多くなり、密にならないようバスの台数や宿泊先の部屋数が増え、食事は対面を避けて黙食となりました。市中感染に配慮して班別行動を取りやめる学校も見られました。また、コロナ前は増加傾向にあった農山漁村での民泊や生業体験は、ほとんどなくなりました。
岩瀬 この状況の中、「重要な教育活動である修学旅行を安易に変更・中止しないように」という通知が文部科学省から出され、修学旅行の重要性が示されたことは意義があったと思います。とはいえ、全国修学旅行研究協会で昨年度の修学旅行実施状況の集計をとった際、県内への日帰り旅行や、テーマを設けた学校での宿泊体験を修学旅行の代替行事とした学校もありました。現場の混乱が浮き彫りになったと言えるでしょう。
竹内 苦肉の策でしょうが、どうにか遂行するために「思い出作りの旅」に傾いてしまった学校もあったようですね。一方で修学旅行は「学びの旅」だと再認し、自然体験やSDGs、キャリア教育をふまえた体験型の修学旅行を模索する学校も増えました。行き先が近場になったことで移動・宿泊費が抑えられ、体験部分を充実させられるようになったことも一因でしょう。
―コロナ禍は、修学旅行の意義を見直す機会にもなったのですね。
竹内 集団で移動、宿泊することも含め、修学旅行は子どもにとってはかけがえのない学びの機会です。初めて訪れる場所で初めての経験をすると、子どもの視野がグンと広がり、価値観が変わります。例えばある史実のあった場所に立ち、それが起こった当時に思いをはせると新たな感情が立ち上がり、歴史学習の捉え方が変化します。私も中学校の修学旅行が歴史を専門にするきっかけになりました。
岩瀬 修学旅行は教育課程上の特別活動であり授業の一環ですが、教室を飛び出して学ぶ楽しさや旅の楽しさ、非日常を体験できる貴重な機会です。何といっても本物を見て触れて五感で感じることの価値は多大です。
インターネット環境に慣れている今の子どもたちは、本物の体験とバーチャルの体験が混在している可能性がありますから、修学旅行で本物に触れさせる意義はますます強くなっていくのではないでしょうか。
個々に応じた視点を与え発達段階に合わせた働きかけを
―新しい学習指導要領で、小・中学校では「総合的な学習の時間」に探究学習が導入され、高校では2022年度から「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」に変わります。教育旅行ならではの探究学習としては、どのようなことが考えられるでしょうか。
岩瀬 小・中学校では、これまで総合的な学習の時間で身につけてきた「課題発見・設定→追究→設定→解決」というサイクルを修学旅行でもやっていこうという流れができています。総合的な学習の時間や総合的な探究の時間を修学旅行の事前事後学習に関連できるようになったことで、高校でもそれができるようになっていくと思いますし、これまで時間をとりにくかった事後学習が充実し、まとめや発表等で理解を深めることができそうです。
竹内 事前学習、現地での学習、事後学習という一連の学習に時間をとりやすくなると思います。旅行のプログラムとしては、例えば高校で重要視されているテーマの一つに「平和学習」がありますが、これまでのように長崎や広島で被爆体験者の話を伺うだけでなく、地元で平和活動をしている人と一緒に被爆地を歩いたり、ディスカッションをしたりする学校も見られます。現地の学生との平和観の違いを感じることで価値観が揺さぶられ、新たに生まれたテーマを学校に持ち帰り、みんなで話し合うことでさらに成長していく…これは教育旅行ならではの醍醐味です。
岩瀬 探究学習では、子どもの主体性を促す先生の力も試されそうです。大事なのは子どもの発達段階に合わせた働きかけです。奈良の大仏の見学でも、小学生には「どうやって作ったんだろう?」、中学生には「なぜ作ったんだろう?」、高校生には「聖武天皇はなぜこれを作らせたのか?それにより人々の暮らしはどうなった?」というように問いかけてあげたい。
竹内 探究学習の視点は、行き先に応じて与えることができます。例えばテーマパークでは、働くキャストからホスピタリティを学ぶ、グループ行動やチームワークを学ぶ、建築、美術などへの気づきを持つなど。問いを見つけながら答えを導き出すのも主体的な学びです。
岩瀬 自分で行って見て感じて学ぶ修学旅行は、そのものが主体的な学習だと私は捉えています。受け身ではなく、自分で課題を発見できるように導いてあげることが大事ですね。主体性を持ちにくい子どもには、興味を持っているものとつなげてヒントを与えると心が動きます。主体的な学びにつながる働きかけをしたいものです。
竹内 修学旅行そのものが主体的な活動…その通りだと思います。活動意欲を高めるには、子どもが参加できる場面を増やすことが大事です。テーマや課題、目標、班別行動の見学地やコースを子どもたちが話し合って決めることで、自分たちが主体となっている意識を持つことができるでしょう。実行委員会に「修学旅行だより」を発行させたり、現地では班長会議を子どもに仕切らせたりするのもいいと思います。
―教室の内では見られない力が発揮されそうですね。
竹内 特別活動の価値はそこにあると思っています。先生はそれぞれの子どもをしっかり見て、自分で課題を発見できるように導いてあげたいですね。
岩瀬 先生一人の力では大変ですから、先生同士がつながって、みんなで育てる意識を持ってほしいと思います。
竹内 修学旅行は学校行事の中でお金と時間と手間がかかる行事。特に先生同士のコミュニケーションを大事にしたいですね。普段から学年団と学年付の先生は情報を共有していると思いますが、一人で抱え込まずコミュニケーションをとって、横のつながりを大いに活用してほしいと思います。
岩瀬 私はいろいろな立場で修学旅行の引率を経験しました。安心安全が第一の修学旅行は、先生たちにとってはプレッシャーの大きい行事ですが、私は引率が楽しかったです。学年によって雰囲気が違うので、同じ場所に行っても違う旅になる。学校では見られない子どもや先生の一面を見ることができる。先生自身が修学旅行を楽しめれば、修学旅行は子どもにとってもポジティブな思い出になると思います。
単独の行事と考えず、他の教育活動や教科学習とつながりを持たせて
―今後、修学旅行を行う上で学校に求められるものは?
竹内 これまでのように行き先ありきでテーマを決めるのではなく、生徒につけさせたい力をテーマに据えて行き先や内容を考えていくことが求められるでしょう。また、子どもの大きな学びのチャンスである修学旅行を単独の行事と考えるのではなく、他の教育活動や教科学習と関連させて、教育課程の中にきっちりと位置づけていくことも重要です。子どもの学びを学校の中と外で完成させていく活動の一環として、修学旅行を考えていきたいですね。
―修学旅行の形はますます多様化していきそうですね。
竹内 新しい学習指導要領によって探究学習が重視されることで、平和学習や環境学習など、SDGsに関連するテーマはますます増えそうです。修学旅行の行き先も、それに関連する場所が選ばれることが多くなるかもしれません。修学旅行は学校だけでは完結しませんから、受け入れる地域、旅行会社など、関係機関が連携しあって情報や思いを共有しながらプログラムを考える必要があるでしょう。
岩瀬 私たち全国修学旅行研究協会が掲げる修学旅行の理念は、安全性の確保、経済性の公正、教育性の充実の3つ。これは今後も守っていくべき大事な柱だと思っています。
安全性についてはコロナ禍でさらにその重要性が再確認されました。修学旅行でのコロナ感染例は少なく、子どもたちと学校の徹底した安全対策の努力が見られました。経済性についても、修学旅行が中止になった学校はキャンセル料を支払うという初めての経験をしました。旅行会社、交通会社、宿泊施設、訪問地に大変な経済的損失を生んだことで、修学旅行は他の学校行事と違って、さまざまな組織や機関の人々の支えで成り立っている経済活動であることを実感しました。
この視点は、修学旅行費の価格設定も含めて今後も学校に求められていくでしょう。特に地方はインバウンド需要が見込めなくなり、修学旅行に活路を見出しているところがたくさんあります。町おこし、村おこしありきではなく、修学旅行を通じて日本の子どもたちが成長する機会となるように行き先を設定していきたいものです。教育性については、探究学習との関連づけが進みそうですね。
―「子どもの成長につながる修学旅行」。この点を忘れないようにしなければなりませんね。
竹内 何か一つでも記憶に残れば、それがきっかけとなって子どもの成長につながっていく姿をこれまでたくさん見てきました。修学旅行は、学校生活で最も刺激的な教育のチャンスだといってもいいかもしれません。
岩瀬 コロナ禍で、修学旅行は保護者にとっても格別なものだということがわかりました。当初は感染を危惧する保護者が多くいましたが、昨年は一転。子どもたちを何とか連れていってあげられないかという声が強まりました。日本人はほぼ全員が修学旅行を経験していて、大人になってから修学旅行地を再訪する人も多い。修学旅行は日本人の旅の原点になっているのではないでしょうか。日本特有の文化ともいえる修学旅行は、学校教育の中でずっと大事にされ続けてほしいと思います。
岩瀬 正司 公益財団法人全国修学旅行研究協会理事長
東京都公立中学校教諭、東京都公立中学校校長、中野区教育委員会指導室長、全日本中学校長会会長などを歴任。財団法人日本中学校体育連盟会長、中央教育審議会臨時委員を経て現職。
竹内 秀一 公益財団法人日本修学旅行協会理事長
神奈川県立高等学校教諭、東京都立高等学校教諭、都立高等学校副校長、都立高等学校長を歴任。東京都歴史教育研究会会長。全国歴史教育研究協議会副会長を経て現職。