日本最大の教育専門全国紙・日本教育新聞がお届けする教育ニュースサイトです。

小学校社会科におけるエネルギー・ライフライン教育のあり方

8面記事

企画特集

 高度に発展する情報社会、自然災害やコロナ禍に象徴される不透明な時代にあって、世の中の事象をさまざまな角度からとらえ価値認識を深める社会科の充実は、持続可能な社会の担い手を育成する観点からも大きな意味を持つ。とりわけエネルギー・ライフラインに関わる教育は次世代育成に関わるテーマとしてますます重要視されている。知識の獲得から活用、そして思考力・判断力・表現力の育成に至る学びを豊かにするために、どのような授業が構想できるのか。総合初等教育研究所 参与で学校教育アドバイザーの北俊夫氏に聞いた。

教科を越えた「生き方教育」を見据えて
子どもの「生きる力」を育む「指導と学びのネットワーキング」の確立

北 俊夫 一般財団法人総合初等教育研究所参与

北 俊夫 一般財団法人総合初等教育研究所参与
 東京都公立小学校教員、東京都教育委員会指導主事、文部省(現文部科学省)初等中等教育局教科調査官、岐阜大学教授、国士舘大学教授を経て、現職。学校教育アドバイザーとして活躍中。『小学校社会科におけるエネルギー・ライフライン教育』(日本教育新聞社)、『「ものの見方・考え方」とは何か』(文溪堂)など著書多数。

 ―なぜ、社会科でエネルギー・ライフラインを取り上げるのか。

 北 理由は3つある。1つめには子どもが自分の住む地域や、日本という国土への理解を深めるためだ。私たちの生活や社会経済活動を支えているエネルギーやライフラインは子どもの目には見えない。それを社会科を通じて「見える形」として理解することができる。わが国はエネルギー資源のほとんどを外国に頼っているという現状を子どもが知れば、エネルギーやライフラインが身近な生活と深く関わっているだけでなく、世界とも深くつながっている課題であることを認識できる。
 2つめには、社会で起きていることを自分の問題として捉え、子ども一人ひとりの生き方や日本のあり方を考えさせる機会とするためだ。エネルギー・ライフラインを単なる知識として学ぶだけではなく、「自分ごと」として自らの生き方や日本のあり方と関わらせて考えることができる。「もし、電気やガスが止まり、自分たちの生活が大きな影響を受けたらどうするか?」「外国からのエネルギー資源がストップしないように、日本は外国とどう付き合っていけばいいか」といった問いを子どもに投げかければ、それは社会科を越えた学校教育全体のテーマである「生き方教育」にもつながっていく。
 3つめには、これによりエネルギーやライフラインに関わる人々や職業を知ることができ、「キャリア教育」の視点も含めた学びとなることだ。社会で起きている出来事には、必ず人が関わっている。エネルギー・ライフラインに携わる人たちの働きや役割に目を向けて学習できるのも社会科の特色だ。電気やガスなどのエネルギーを供給している人、エネルギー資源を輸入している人、ライフラインの維持や管理に努めている人の存在を知ることを通して、さまざまな職業が社会を支えていることを理解することができる。

知識の転移・応用
共通キーワードは「安全性」と「安定的な供給」

 ―エネルギー・ライフライン教育は具体的に、どの学年・単元で取り上げるとよいか。

 北 エネルギーやライフラインは身近な生活と深く関わり、世界とも深くつながっている非常に重要なテーマである。にもかかわらず、小学校学習指導要領に「エネルギー」「ライフライン」の言葉は登場しない。だが、意識して読み解けば、エネルギー・ライフラインにつながる重要な指導場面、実践の場が浮かび上がってくる。ここでは3つの単元を紹介したい。
 第4学年の1学期に「住みよいくらし」がある。飲料水や電気・ガスを供給する事業の中から選択して取り上げることが示されているが、多くの学校では飲料水を扱うことが多い。だが、電気やガスにまったく触れないとなると、せっかくのエネルギー・ライフライン教育の実践のチャンスを失うことになる。
 そこで提案したいのは、飲料水で学んだことを生かして発展的に電気やガスについて扱うことだ。飲料水の学習で「安全で安定的に供給していること」を学んだのち、電気やガスではどうだろうか、と考える授業を1、2単位時間ほど設けてみる。そのためには、単元全体の導入で「暮らしを支える必要なもの」として飲料水、電気、ガス、灯油などエネルギーやライフラインに関わるものを取り上げておくとよい。そうすることで電気やガスにおける「安全性」と「安定的な供給」という概念に気づきやすくなる。
 第4学年「自然災害からくらしを守る」は今回の改訂から登場した単元だ。自然災害に対して関係機関がどのような備えをしているかについて学習する際に、電気やガスを供給している事業者を取り上げることができる。そのためには、あらかじめ「住みよいくらし」で飲料水に加えて電気やガスも扱っていれば、より効果的な授業になるだろう。
 第5学年の「工業生産を支える『貿易と運輸』」では、原油や石炭、天然ガスなどの輸入について取り上げる。これまでの指導上の課題は「エネルギー資源を安定的に確保する」という視点が弱かったことだ。貿易だけでなく運輸の働きにも切り込んで学習をしていくとよいのではないか。たとえば、天然ガスは体積が600分の1になるように液化したのち、計画的に日本に運ばれている。そのような事実を知ることも、エネルギー資源の安定的な確保を理解させるのに重要な意味を持つ。
 今述べた3つの単元の学習指導案や資料等は「授業支援パッケージ」として無料で広く公開しており、ぜひ活用してほしい。

 ―それ以外の学年や、社会科以外での広がりをどのように考えていけばよいか。

 北 第3学年には「くらしのうつりかわり」の単元がある。七輪や火鉢、ランプなど昔の道具に触れたときに、歴史的な視点からエネルギー源の変遷に気づかせることができる。
 第6学年「日本の歴史」では、明治期の文明開化を学ぶ。ここではガス灯や鉄道の開通などエネルギー・ライフラインの角度から日本の近代化を捉えさせることができる。たとえば大河ドラマなどで話題になった渋沢栄一を取り上げ、彼がガス事業に携わり、現在の東京ガスの前身となった会社を立ち上げたこと――。そんな歴史にふれるとエネルギー・ライフラインと歴史の関連が理解できるだろう。
 教科横断的な視点から見ると、理科は「電気」が、家庭科では「加熱用調理器具の安全な取扱い」が取り上げられる。国語や道徳では扱う題材として、エネルギー・ライフラインに関する事象や人物などを位置付けることができる。
 社会科の発展として先生や子どもに新たな問題意識が生まれれば、「総合的な学習の時間」でさらに深堀りした学習もできよう。複数の教科等で取り上げることによって学びが広がり、子どもの頭の中にエネルギーやライフラインに関する学習のネットワークが張られ、さらに学習効果が高まる。
 エネルギー・ライフラインは、環境や伝統文化、食育、災害などと同様に、教科横断的な課題と言える。カリキュラム・マネジメントの観点から社会科における他学年との関連という縦軸だけでなく、同じ学年における他教科との関連という横軸、さらに他学年・他教科という斜めの軸を意識できると、子どもの「生きる力」を育む指導と学びのネットワーキングが確立できるのではないか。
 さまざまなアイデアを生かした授業づくりの源となるエネルギー・ライフライン教育だが、その土台は社会科4・5学年の学びにある。子どもにはこの2学年で基礎的な知識を身に付けていってほしい。
 まずは社会科において授業支援パッケージを活用することで、特別な準備をしなくても指導できる。日常の指導の中で少し意識すれば子どもの気づきは広がっていく。エネルギー・ライフラインを身近な問題として考えてみてほしい。

授業支援パッケージで全国に広がるエネルギー・ライフライン教育

 日本ガス協会と日本教育新聞社は、エネルギーやライフラインの視点から授業をサポートする「授業支援パッケージ」を無償提供中。4年「住みよいくらし」「自然災害からくらしを守る」、5年「工業生産を支える『貿易と運輸』」の3つを取り揃えている。授業支援パッケージは、総合初等教育研究所参与の北俊夫氏が監修したオリジナル教材。既習事項との関連を図った社会科の授業に活用できるほか、理科や家庭科、総合的な学習の時間など、教科横断型のカリキュラム開発にも役立つ。
 例えば小4社会の単元「住みよいくらし」用に開発した授業支援パッケージでは、単元の導入にあたるオリエンテーション(1時間)の場面で、家庭でどのようなエネルギー・資源が使われているのかを子どもに考えさせ、飲料水・電気・ガスを概観する。その後の授業で、飲料水についてじっくり学び、その飲料水で獲得した「安全性」と「安定的な供給」の概念を、エネルギーを取り扱う「発展学習」の場面(1~2時間)で生かすといった授業プランとしており、飲料水を選択しながらも、わずかな時間でエネルギーについても学ぶことが可能となっている。
 また、本パッケージ活用の手引きとして、『小学校社会科におけるエネルギー・ライフライン教育』(同氏著)が日本教育新聞社より新たに刊行。エネルギー・ライフラインを扱う必要性や実践の方法をまとめた一冊となっている。

企画特集

連載