理科における「学習者用デジタル教科書・教材」活用
13面記事理科での教科のねらいを達成する、子どもの思考を助けるICT活用を進めるにあたって、各教科書会社が発行する新学習指導要領に準拠した「学習者用デジタル教科書・教材」の導入が期待されている。ここでは、その特徴や魅力について紹介する。
子どもが主体となる授業への転換を
ICT活用を日常化するため
すべての子どもの可能性を引き出す「個別最適化された学び」にはICTの活用が不可欠だが、教員がICTを活用してほぼ毎日授業をする割合は、小・中とも4割前後にとどまっている。文科省はこれを23年度には100%にしたい意向で、そのためのカギを握るといわれているのが、「学習者用デジタル教科書・教材」の導入になる。
その理由は、教科書は教員にとって最も身近な指導教材であり、日頃使い慣れた教科書をデジタル化した教材を活用する方が、ICT活用への移行が図りやすいこと。加えて、理科などの主要教科では電子黒板などに拡大提示して使う「指導者用デジタル教科書」の普及が進んでいて操作に慣れていることより、1人1台端末を使った指導にも適応しやすいとされているからだ。
同時に、Society5・0時代に向けて社会全体のDXが急速に進んでいる中で、政府の骨太の方針や成長戦略において「デジタル教科書・教材の整備・活用の促進」や現行制度のあり方の見直しを求められていることがある。
小学校5・6年生と中学校全学年へ整備
学習者用デジタル教科書の発行状況は、昨年までは小学校用が約94%、中学校用が約25%であったが、今年度にはいずれも約95%に達している。しかし、その普及状況は学校全体で8%ほどしかない。
その要因としては、デジタル教科書は紙の教科書と違って有償になることが大きい。1人1台端末に装備するとなれば、各自治体には多くの財源が必要になるからだ。ちなみに、学習者用デジタル教科書(令和2年度小学校教科書)の価格は教科や発行者によって異なるが、おおむね2千円程度までとなっている。
こうした中、文科省は「ICTを活用した学びの出発点として、学習者用デジタル教科書は必須」という考えのもと、積極的な導入を妨げていた学校教育法の一部を改正、今年4月より、デジタル教科書を各教科の授業時数の2分の1以上使用できるようにした。
加えて、普及に向けて今年度予算(22億円)に引き続き、来年度の概算要求でも「学習者用デジタル教科書普及促進事業」として57億円を計上。全国4割の小中学校で進めていた実証研究を全校に拡大するため、国・公・私立の小学校5・6年生と中学校全学年及び特別支援学校の学級に1教科分をクラウドで提供する。さらに、小学校の重点校には1~4年生も対象にする意向だ。
この中で、注目するのは「クラウドで配信」されること。今年度はフィージビリティ検証事業を行って検証を進めているが、円滑な運用や通信環境等の課題も生まれている。加えて、「まずは1教科分」という点が残念だが、おそらくは理数科が中心になって導入されることになるだろう。
学習者用デジタル教科書・教材の特徴
「学習者用デジタル教科書・教材」の特徴は、見たいところを拡大できる、マーキングできるなどデジタルならではのメリットに加え、二次元コードやURLから参考資料や教材にリンクできる機能により、子どもが主体的かつアクティブに学ぶことができるツールに進化している点だ。
また、ワークシートを付属することで一人一人の学習履歴を蓄積し、学習の振り返りなどに活かせる長所を持つとともに、デジタル教材との連携がしやすく、動画や音声等を併せて使用することにより、学びの幅を広げたり、内容を深めたりすることが容易になる。しかも、特別支援学校では文字の拡大やルビ、機械音声読み上げ機能により、読み書きが困難な児童生徒の学習を容易にすることができる。
さらに、教科書会社の中には、家庭学習や学びの保障にも対応できる「オンラインサービス」を組み合わせて提供したり、個別最適化学習の実現に向けて、AIドリルの結果や学習履歴などのデータを分析できるサービスを提供したりと、学習者用デジタル教科書と連携する教材・システムの開発も進んでいる。
問題解決学習をスムーズに実現
このような「学習者用デジタル教科書・教材」の効果を引き出すためには、思考を外化する時間、それに基づいて思考を深める時間、他者と議論する時間、自分のペースで学びを進めていく時間などを十分にとることが必要になる。
たとえば理科では、実際に実験する前に実験手順の動画を確認することで、子どもが安全に配慮して実験を行うことができる。また、タブレットで実験中の写真・映像を撮影し、実験結果を視覚的に整理することができるとともに、そのまとめをクラウド上で共有してクラス全体で比較・検証することが可能になる。
具体的な子どもの活動でいえば、端末に結果を整理した表や板書を記録する、友だちの考えを参考にして結論を導き出すことができるようになる。すなわち、個の学びから協働的な学び、そしてまた個に戻って考える深い学びへのサイクルがスムーズになり、問題解決学習を活性化できる魅力がある。
また、子どもの側から見れば、デジタル教材の活用は、自分の考えを繰り返し書き直したり、考え直したりすることができる、自分の考えを説明するのに役立つ、学習を振り返って次の学習につなげることができるなどの利点を持つ。子どもの成長にとって、試行錯誤する時間は最も大事な学びの過程となる。
そうした点でも、授業において教科書の内容に沿ったデジタル教材、教科書の内容や活動記録を活用する機能などを教員がどのように利用するかが、学びの質を左右することになる。
複雑・高度化する教育内容への対応
理科では実感を伴った理解を育むため、自然の事物・現象の性質や規則性などの把握に対しては、できるだけ本物の「観察・実験」を通して見方・考え方を培うことが望まれている。しかし、授業時間に限りがあることや物理的に不可能な実験、日常で見ることはできない現象、さらには複雑・高度化する教育内容に対応するためには、ICTを上手く活用して知識を身に付けることが大事になっている。
中学校理科では全学年で「自然災害」を体系的に学習することになったが、大地や気象の変化といった災害のメカニズムについて理解する上で、映像やシミュレーションは欠かせない。また、2、3年生で実施される放射線に関わる学習では、ICTによる動画や実験教材、各種測定器等が役立つ。3年生で出てくる実験や観察が難しい細胞分裂や遺伝子などの学習では映像による学習が薦められているほか、端末につなげるデジタル顕微鏡などの観察機器を使えば、子どもの興味関心をより引き出すことができる。
加えて、小学校で必修化されたプログラミング教育において、理科では6学年の単元・電気の利用で「センサーを活用したプログラミング」が教科書に掲載されるなど、プログラミング的思考を育む授業の取り組みが期待されている。
能動的な学習場面を演出する
GIGAスクール構想によって4月から始まった1人1台端末の活用では、普段の授業においても、端末を持ちながら教室内を自由に移動して、話し合ったり相談したりする子どもたちの姿が見られる学校も出てきている。その姿は理科でいえば、グループ実験している子どもの様子と重なり、座学では得られない立体的でアクティブな学習場面を創出している。
一斉授業からの転換を図る新学習指導要領の「主体的・対話的で深い学び」や生涯にわたって能動的に学び続ける力を目指す上では、このような教室の風景が普段の授業でも当たり前になり、子どもたちの豊かな表現や積極的にコミュニケーションを図る様子が見られるようにしなくてはならない。コロナ禍の学びの保障によるオンライン授業などによって既成概念が一気に取り払われたように、将来の日本のものづくりを支える理科教育も、1人1台端末を起点に子ども主体による授業づくりへと大きく転換していく必要がある。