<新春座談会> これからの時代、書道・書文化の未来
16面記事書の伝統の継承と、書文化の更なる振興・発展のために
コロナ禍の中でも、わが国が諸外国に比べて感染拡大を抑えられているといわれる理由の一つとして、古来より他者を思いやる気持ちを尊重し、一人一人が守るべき社会的規範に基づいて行動していることが挙げられている。日本語そのものの歴史とともに脈々と受け継がれ、芸術としての性格も同時に担う「書道」は、まさにそうした日本人の「美徳」や「心」を大切にしてきた文化といえる。そこで、書道文化の振興や伝統の継承にたずさわる有識者に、新春にふさわしく、これからの時代、書道・書文化の未来について語ってもらった。
<出席者>※敬称略
銭谷 眞美 東京国立博物館長
仲川 恭司 専修大学名誉教授
大城 章二 日本書道美術館長
豊口 和士 文部科学省・文化庁教科調査官(司会)
これからの時代における書道・書文化
豊口 書道と書道文化を今後どう見据えていくかについて、それぞれのお立場からお聞きしたいと思います。現在、学校教育では「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する」ことが目指されています。すなわち、子どもたちが社会に出たときに、多種多様な価値観、多文化・異文化を相互に認め合いながら共生していける力を育成することが求められているわけです。
そうしたIoTを始めとした予測困難な社会が進む中でも、書写書道を日本の大切な文化の一つとして継承していく必要があり、そのためには書写書道に関わるさまざまな立場の方が力を注げる体制を作っていかなければならないと考えます。
とりわけ、新型コロナによって社会のあり様が大きく変わった今だからこそ、子どもたちが将来を生き抜く力や、主体的に生きるための力について考える上で、書道などの芸術に触れることが大きな意味を持ってくるのではないでしょうか。
仲川 今、地球には温暖化という大きな問題が立ち上がり、異常気象が激しくなって今後は人が住みにくくなるかもしれません。一方で、科学は宇宙開発などに向かってどんどん進歩しています。
その中で、書家としてこれからどうするのかと考えると、一つは精神性をもっと前面に出すことだと考えています。というのは、昔の日本人はもっと精神性のレベルの高い書を書いていたという事実があり、社会に貢献してきたからです。
私自身はもともと日本画の技法にあった墨を通常よりも薄めて使う「淡墨」という書道表現を取り入れていますが、こうした作品を一般の方や他分野の方に見せると「どうやってこの色を出すのか」「どういう墨を使っているのか」など興味を持ってくれる人が多いのです。
そう考えると、私たちにはまだやるべきことがたくさんあり、音楽や芝居など他の分野の人たちからも興味を持ってもらえるような書を書きたいと考えています。
もう一つは、書の芸術性を打ち出していくと同時に、ある程度読める字や分かりやすいものを書くということ。あまり難しい漢詩を書いても若い人は離れていってしまうから、そうした人たちにも書道のすばらしさを訴えられるものを示していくことが大切だと思っています。
つまり、「紙一枚 墨一本、歌一首にも日本の伝統文化が結晶されているのだ」と喜びや感動を感じてもらえることが、これからの大きな仕事だと思っています。
学校教育における書写書道の役割
銭谷 初等中等教育行政に長く関わり、現在は東京国立博物館に勤めている経験から、双方の観点から書の持つ意味合いについて話してみたいと思います。
まず、文科省時代に学習指導要領の改訂に関わってきた経験からお話しします。現在までの学習指導要領は昭和52年の改訂の考え方がベースになっています。それまでの教育が知識・理解に偏りすぎていて、物事を考えたり判断したり、自分の考えを表現したりする力を育て、道徳性や感性、情緒を豊かにするといった教育が十分ではなかったという反省のもとにつくられました。その流れが今日まで続いていると同時に、さらに教育の目的・目標を考えたときに、もっと子どもたちに身に付けたい資質・能力は何かを考え、それを育ててあげることが必要だという考え方に立っています。
特に平成20年改訂の学習指導要領は、子どもたちに判断力・想像力を身に付けさせるために「体験的な活動」を重視するとともに、人間活動の基本である「言語活動」に力を入れました。また、書写の時間が小学校3年から6年まで年間30時間設けられています。これは日本の教育の大きな特徴です。
その中で書写についてですが、文字というのは情報伝達の手段だけではなく、文字の形や筆使いを味わう美的な要素もあり、学習を通してそれを表現したり鑑賞したりできるのが書写の時間だと思っています。高等学校になると、それがはっきりと芸術教科の中での「書道」ということになり、教育の中でも書写書道の担う役割は大きいと思います。したがって、教育の中で、表現力やコミュニケーション力を育て、感性や情操を豊かに育むためにも、書写書道を学ぶことが貢献できると思います。
鑑賞の仕方を教えていくことが必要
銭谷 次に東京国立博物館に勤めてからの経験をお話しします。東博は絵画・工芸・書・彫刻・陶磁器など日本の伝統文化財を収集・保存・公開しております。書については、常時各時代にわたるコレクションの展示を行っています。また中国の書も常時観覧できるようになっています。それから特別展では、平成24年に昭和から平成にかけて書壇に一時代を画した書家「青山杉雨の眼と書」と題する展覧会を開催しました。平成25年には中国4世紀の東晋時代に活躍し、従来の書法を飛躍的に高めた「書聖 王羲之」展を開催し、大変盛況でした。また、同年夏開催の平安時代に完成した仮名と漢字が融合した「和様の書」の魅力を伝える展覧会も話題になりました。
さらに、平成31年には書の美しさがひとつの頂点に達した唐時代に焦点をあてた「顔真卿 王羲之を超えた名筆」を開催し、好評をいただきました。
このように「書」の展覧会には多くの方に来館いただいていますが、やはり今後に向けた課題はもっと若い人たちに来館してほしいということです。そのためには、今のスマホ時代にあっても手書きの文字の良さが理解できるものや、文字の面白さを視覚的に感じてもらえるデジタル技術を使った書の展示も今後考えていきたいと思っています。書は、筆線、勢い、調和、連綿、全体の造形といったものが表現として大事になります。そうした書の鑑賞の仕方というものを若い人に上手く伝えていきたい、教育と文化の双方に関わった経験からそのように感じています。
生活の中の芸術、芸術文化、ヨーロッパとの違い
仲川 外国で美術館を観に行って驚いたのは、学校の先生が子どもたちを連れて見学に来ていることが多いことです。ピカソの「ゲルニカ」を観て、みんなの意見を聞いていたりする。芸術に興味を持つきっかけになるような、こうした鑑賞の仕方はすばらしいと感じました。
ヨーロッパの人たちにとっては芸術が日常の中に溶け込んでいて、芸術がある環境が当たり前になっている。日本は美術館などに行かないと、まず観られませんから。
でも、外国から来た人は、日本の伝統や文化が特殊であることに驚くのです。そういった話を日本の子どもたちにしてあげると、生き生きして話を聞きますね。
銭谷 以前、小学校の先生たちの海外派遣に同行したことがあります。訪問先の学校で先生方が書を披露すると、子どもたちが驚きの声を上げました。日本は書写を義務教育9年間かけて学習します。私たち日本人はその価値に意外と気づいていないのですね。
豊口 「書」は日本独自の文化を形作るものです。そのよさを先細りさせないようにしなければならないという熱い思いを感じました。銭谷先生が指摘したように、学校教育でいえば、芸術を身近にする「鑑賞教育」をさらに充実させていくことが必要ですね。そのことを踏まえ、芸術・芸術文化の現在ならびに今後のあり方と、博物館・美術館の機能と役割についてお聞かせください。
若い人に積極的にアプローチする
銭谷 私ども博物館は日本の伝統文化を受け継ぐ一翼を担っており、主に書や絵画、工芸品などの有形の文化財を保存・継承しています。文化財にはもうひとつ、能、歌舞伎、文楽など人が演じたり、伝統工芸のように技を伝えたりしていくことにより継承される無形の文化財があります。ここには書の技法、和食や伝統建築の技なども含まれます。
最近では、文化庁が書道、茶道、華道、武道といった「道」と呼ばれる伝統文化、無形文化をいかに継承していくかに力を入れています。私が文化庁にいたときも「伝統文化こども教室事業」を立ち上げた経験があり、そこには町の書道の先生などによる書道教室にも参加していただきました。これらは社会教育活動の実践と言えます。
なお、博物館としては、子どもたちに団扇や色紙に毛筆で書いてもらうようなワークショップのコーナーをつくるとか、書の展示もテーマ性のあるもの、たとえば幕末の志士が書いた書の特集など、若い人に興味を持ってもらえる内容を企画していきたいと考えています。
大城 日本書道美術館は書を専門とする美術館ですが、一般的な美術館とは成り立ちが異なっており、終戦後、文検の講習会を受講した先生方によって「日本教育書道連盟」が結成され、正しい書道教育のあり方と芸術書道の向上を目指しました。そして、その具現的存在として、会員の寄附を積み立て、財団法人として文部省の許可を得て開館にこぎつけたのです。心がけていることは、ゆったりと作品と対峙できる落ち着いた空間を大切にしていくこと。また、多くの人たちに書の文化や歴史を感じてほしいという思いから、他の芸術とコラボレーションした展覧会も随時開催しています。
そうした特別展とは別に、書家、愛好者、未成年までを対象とした書道公募展「日本書道美術館展」を開催しています。技の練度に重点が置かれがちな一般の展覧会の審査のあり方と一線を画し、個性豊かで気品ある作品、一般の方々にも理解される作品に光をあてる意図で創設されました。そのため、審査員を書家のみとせず、他の美術工芸、学問など、それぞれの分野の第一線で活躍されている方々に審査に加わっていただき、公開審査を行ってきました。この方法は書道展としては他に例を見ない斯界の注目すべきものとなっています。今年で48回展を迎え出品数も年々増加し、しかも高校生、中学生にその傾向が見られます。
昨年は、新型コロナのため、通学、通勤、外出を控えていた子どもたち、親御さん、お稽古に通えなかった人々、先生方に、急遽「ステイホーム書道コンクール」参加を呼びかけたところ、自身の“おもい”を託した佳品の応募が予想以上にありました。「毛筆で文字を書き、表現することの素晴らしさ、心の充足をあらためて実感した」との多くの声が寄せられ、こちらから積極的に場を提供することの大切さを痛感しました。
社会で広く共有される書の美、書文化
銭谷 子どもたちを対象としたコンクールでいえば、書道は絵画より参加者数が多いものもあり、子どもにとっても親しみやすい分野であることは間違いありません。
豊口 確かに書道人口は裾野が広く、それは以前から変わっていません。年賀状を毛筆で書きたいからという理由で書道を始める人も多く、絵画等と比べてハードルが低いのかもしれません。また、毛筆で書かれた文字や書に対する美意識が社会全体で共有されていることも強みで、「令和」という新元号が発表されたときも、なぜ今の時代に毛筆で書かれているのかという声は一切起きませんでした。書道や書文化の未来についても、意外と私たちが心配するよりも自然と受け継がれていくような気もしますね。
仲川 年齢を重ねると日本の伝統文化に興味を持ち始める傾向にありますが、書道について専門的に学べる場所が少ない。その点、日本書道美術館は書道に関する多くの講座を設けているとともに、歴史的な作品も鑑賞できるという稀有な施設だと思います。ですから、書道文化の継承において、今後ますます重要な役割を担っていくのではないでしょうか。
大城 ありがとうございます。私ども日本書道美術館では、特設講座「書道大学」を行っています。開講以来すでに43年経ちます。
この講座には現役の小・中・高の書写書道の先生方、書道教室の先生方も参加されています。講師には東京大学や東京学芸大学の先生方をはじめ一流の学者をお招きして、講義・実技指導をお願いしています。
全国各地から毎月1回8クラス、約200人の方が受講されています。そのような次第で私どもの講座は学校教育、民間の書道教室の質的向上に大きく寄与していると申せましょう。その意味でも学校教育と社会教育は車の両輪でまさに一体だと思います。
私ども日本書道美術館に課せられた責任の大なるものを痛感しています。今後ともこの責務の重さを自覚して誠を以って書道振興のために努めたいと思っています。
学習指導要領改訂の趣旨と新しい書写書道教育
豊口 新学習指導要領における「書写書道」の扱い方の改善点について説明させてください。
ご存知のように、今回の改訂では10年後の社会を見据えた上で、目標と指導事項が、「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の三つの柱で示した資質・能力で整理されたことが大きな特徴です。その上で、大事にしているのが「何ができるようになるか」ということで、そのために、「何を学ぶか」、「どのように学ぶか」を明確にしていくことが大切です。
なかでも現在、学校現場で課題になっているのが「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業及びそこでの学習過程の改善で、現場の先生方に取り組んでもらっているところです。たとえば、書道ならば書道の学習の中で「書に関する見方・考え方」を働かせ、言語活動等を通して他者と交流を重ねる中で、生活や社会、人生にも及んで生かすことができる自身の見方・考え方として高めていくことになります。
一方、今回の改訂では、伝統文化を重視することも強調されています。これまで書写は国語の中の基礎的な指導事項に位置づけられていましたが、「知識及び技能」のうち「我が国の言語文化に関する事項」として新たに位置付けられたことが特徴です。書写の学習は、毛筆で作品を制作することが目的ではなく、伝統や文化を担いつつ、国語力としての文字によるコミュニケーション、豊かなコミュニケーション力を育成することが目指されています。したがって、伝統や文化と関わって学習する過程では美について自然と感じ取られることもあるでしょうが、書写では国語科の範疇で慎重に扱うことが必要です。
小学校でいえば、伝統文化の例として「書き初め」が学習指導要領解説に初めて明記されました。また、これまで小学校第3学年から毛筆を使ってきましたが、第1・2学年から柔軟な筆記具の特性とそれを生かした運筆に慣れるための指導例として「水書用筆等を使用した運筆指導」が新たに示されました。中学校の書写では高等学校への接続も踏まえて、文字における表現、それに対する捉え方の幅が広がっています。
「文字文化」の定義と書の美を捉える視点
豊口 もう一つ、これまでは「文字文化」という言葉が正式に定義されていませんでしたが、中学校国語科の解説の中に初めて示されました。文字そのものの文化と文字を書くことについての文化という二つの側面があるということ、すなわち、美の色彩が強くなれば書道の領域、日常の生活との関わりが色濃くなれば書写の領域と考えればわかりやすいかもしれません。文字文化の視点は書写と書道をつないでいく根幹になる部分だと考えられます。
さらに高等学校の書道では、言語活動とともに鑑賞についてもより一層重視していく内容になっています。その中では、表現の活動で身に付けた力を鑑賞に生かす、鑑賞で身につけた力を表現に生かすといった相互関連を大切にしており、書道の学習を通して育成する資質・能力については、作品を創造していく力と鑑賞する力を同時にバランスよく育成することとしています。
以上のように、書写書道はコンクール等の影響もあって技能の習熟に偏りがちでしたが、それが今回の改訂でよりはっきりと学習が目指すところが示されました。また今回、高等学校の芸術科の各科目に〔共通事項〕が新設され、書道では〔共通事項〕を「書の特質や書の美を捉えて表現したり鑑賞したりする上での観点」とし、書の美を捉える上での観点を具体的に示すとともに、〔共通事項〕に示す書独自の特質を、「生活の中での書、芸術としての書の歴史や伝統を形作ってきたものであり、我が国の言語文化、文字文化、書の芸術文化を支える基盤」と位置付け、これまで学校教育で扱ってこなかった「書道はいかなる芸術か」といったことを明確に示しているのが大きな特徴となっています。
古典から創造性や表現力を培う
仲川 なるほど、学校教育も書写書道に対する考え方を深めてきているのはいいことですね。日本は書についての大きな公募展が数多くありますが、ヨーロッパや中国には存在しません。これには戦後、日本人の「書」の心をなくしてはならないという先人たちの思いがあった賜物だと思っています。ですから、毛筆で文字を書くよさは日本人の身体に染みついていると思っていましたが、最近はテレビなどでコメンテーターのような立場の人でも、ボールペンを握り箸のように使ってメモしている様子を見かけることがよくあります。子どものときに鉛筆や毛筆の持ち方をきちんと身につけておけばそうしたことはないはずで、毛筆によって文字を書くことは人間性を高める大切な要素の一つでもあります。
一方で、書道界の今後についていえば、公募展というのはいつまでも賞を取るための競争になってはいけないと思いますし、指導者も自分のための勉強だと指導していかなければならないと感じています。審査する立場からすると、ずっとお手本を見て書いてきた人の作品と、古典を勉強してきた人の作品ではおのずと違うことが一目で分かるもの。書についてもお手本に頼らない創造性や表現力などを、もう少し歴史の中に踏み入って学ぶことが大事になると思いますね。
豊口 今、書は人間性を高めることにつながるという話がありましたが、書を書くことが目的ではなく、書を通してどのようなことを学ぶかを指導者は丁寧に伝えていってほしいですね。そうでないと文化ということにはならないですし、伝統として継承していくことにはならないと思います。
銭谷 生涯学習という観点でいえば、私は60歳になって再び書を習い始めました。文化庁で働いていたときの長官である河合隼雄先生が60歳からフルートを習ったと聞いたからです。河合先生は「学び始めるのに遅いってことはないです」とお話されておられました。生涯学習のコツは、一つは自分のやりたいと思うことを始めてみること、二つ目は先生について学ぶこと、三つ目はできれば仲間と一緒にすること、ともお話されていました。私自身も博物館にはよい先生がいたこと、そして書のサークルがあったことが大きかったと思います。生涯学習の進展を考えた場合、このように最初の垣根を低くしていくことが大事になるのではないでしょうか。
大城 確かにその通りですね。日本書道美術館では、初めて筆を持つ人から上級者までを育てる講座を設けており、先ほどの書道大学のほかに、書道をもっと身近に“楽しみながら身につけよう”をテーマとした書道教養講座を月1回開催しています。漢字及び仮名の基本から手紙文、般若心経、そして書の古典の研究、創作まで、気軽に参加できる講座です。
また、学校及び書道教室において一人一人の日頃の努力の成果を評価する“全国書道検定試験”も実施しています。
これらのことが少しでも書道の振興に貢献できればと考えています。世代や上達云々の分け隔てなく、誰もが書について楽しく観てそして学べる場となるように今後とも一層努力していきたいと思います。
これからの時代をどう生きるか
銭谷 さきほど豊口先生からご説明のありました、今回の小中学校の学習指導要領の改善事項のうち、「言語能力の確実な育成」「伝統文化に関する教育の充実」「体験活動の充実」など、これらはみな書写書道にも関わってくると思います。その点からも、これからの学校教育において書写書道は大切な教育の内容なのだということが確認できると思います。
特に伝統や文化に関する教育の充実についていうならば、平成12年の小渕、森内閣の下に作られた「教育改革国民会議」の発足に立ち会った際、哲学者である山森哲雄先生の「日本の教育は知育偏重だったのではないか、これから大切なのは芸術分野、伝統を継承する教育だ」との言葉がとても印象に残っています。つまり、芸術文化を教育の柱にしなければいけないというのは当時から言われていたことで、今それに向かっていることはうれしく捉えています。自ら書を書くことも勿論大事ですし、同時に、鑑賞にも力を入れ、伝統的な書や現代の芸術文化としての書を味わうことも同じように大切です。この紙面をお読みいただいている先生方には、是非、鑑賞教育にも力を入れてほしいと期待します。
仲川 今は世の中の動きが速く、それに人間がついていけないような時代です。人間は生まれてから初めて体験することばかり。ところが科学は旧来からの古今東西にわたる知見も備えているため発達が速い。ですから、これからの時代は人間がどういう風に生きたらいいかを真剣に考えるべきで、それには伝統や文化をじっくりと見つめていくことが必要ではないかと感じています。
豊口 本日は今後の書道・書文化について、また学校教育における書写書道のあり方について、皆さんのご経験からたくさんの貴重なお話をいただきました。ありがとうございました。
銭谷 眞美(ぜにや・まさみ)
昭和48年文部省入省。文化庁次長、文部科学省初等中等教育局長、文部科学事務次官などを経て、平成21年8月より現職。
仲川 恭司(なかがわ・きょうじ)
書家。独立書人団理事長、毎日書道会理事、毎日芸術賞、全日本書道連盟常務理事、専修大学名誉教授。
大城 章二(おおしろ・しょうじ)
東京藝術大卒、同大学院修了。公益財団法人日本書道美術館理事長・館長。彫刻家。芸術学修士。
豊口 和士(とよぐち・かずお)
東京学芸大卒。同大学院修了後、中学校・高等学校教員等を経て現職。文部科学省・文化庁教科調査官、文教大学文学部教授。