交通安全教育で自ら危険を予測し回避する力を
12面記事これからの交通安全教育には、交通ルール順守を指導するだけでなく、自ら危険を予測し回避する力を育成することが求められている。また、中高生の通学などの足となる自転車は、重大事故につながりやすく、加害者にもなることから、ヘルメット着用や自転車保険加入の義務化が全国の自治体で広がっている。そこで、近年の交通事故の傾向を踏まえた望ましい対策について特集する。
コロナ禍で交通安全指導がおろそかになっていないか
2019年の交通事故による死者数は、3215人と統計上最小になった。この要因としては、法整備・罰則化の強化や道路環境の改善、自動車安全性能の向上などが挙げられる。しかし、政府が掲げた第10次交通安全基本計画では、今年度までに2500人以下にすることを目標にしており、交通安全施策を一層強力に推進していく必要がある。
近年の交通事故の傾向として顕著なのは、歩行中・自転車走行中の事故が全体の半数を占めていることだ。また、交通死亡事故発生件数を事故類型別にみると、正面衝突に次いで多いのが、横断中や出合い頭の衝突になっている。さらに歩行中死者の約6割には、歩行者側にも横断違反や信号無視などの法令違反があった。
その中で、子どもの交通事故で多いのは、道路横断中、自宅付近、夕方の時間帯、自転車の事故、小学校低学年の児童になる。なかでも、小学1年生の歩行中死者・重傷者数は6年生の3・6倍で、その大半が飛び出し事故になっている。中学校でも自転車通学を始めたばかりの1年生の事故が多い傾向にあり、環境に不慣れの時期は事故に遭う危険性が高くなるようだ。また、月別では「4月~7月」が多く、最多は5月。目的別では登校中が10%、下校中が21・8%と登下校中の事故が3割を超えている。
今年は新型コロナの影響で、新1年生に対する交通安全教育が中止になった学校も多く、通勤に車や自転車を利用する人も増えているなど、子どもたちを取り巻く環境も例年とは変化している。しかも、これから秋にかけては通学に慣れた子どもの意識がゆるみがちになり、活動範囲も広がることから、より一層注意が必要になる。
高齢ドライバーや「ながら運転」など予期せぬ事故から子どもを守る
一方、子どもがきちんと交通ルールを守っていても、交差点で自動車が無理やり進入してきたり、左折時に横断中の子どもを巻き込んだりする事故も相変わらず後を絶たない。
また、新たな交通事故の原因となっているのが、毎年1200件以上も発生している高齢ドライバーによるペダルの踏み間違え事故で、悪質なあおり運転とともに社会問題化している。また、運転中のカーナビ注視中や「ながらスマホ」による事故も増えており、近5年ではいずれも2500件を超えている。そのため、最近では滋賀県大津市で散歩中の園児らが車にはねられ死傷した事故を教訓に、保育施設周辺の道路に「キッズ・ゾーン」を整備し、ドライバーへの啓発を強化する自治体も現れている。
こうした事故においては、たとえ青信号で横断中でも歩道にいても避けることはできない。したがって、これからの学校の交通安全教育には、単なる交通ルールの順守を指導するだけでなく、このような予期せぬ事故や危険を未然に察知し、子どもたち自らが回避する力を育成することが求められている。
身を守る具体的な方法を学ぶグループワークや実技指導で
子どもの危機回避能力を高めるには、危険を察知するための行動のポイントや、自分の身を守るための具体的な方法を教えることが重要になる。たとえば、通学路の中で気をつけてほしい場所を写真で掲示し、その場面からどのような危険があるかを予想させる。普段の生活での交通安全に対する態度について振り返り、どのようなことに気をつければ危険を回避できるかをグループで話し合うなどの方法が考えられる。
また、頭で考えるだけでなく、実技指導も合わせて実施することが欠かせない。実際に通学路の危険箇所の確認を行って地図にまとめる、校庭に十字路を描き、自転車グループと歩行グループに分かれて演習するなどして体験。さらに中学生以上は、自分だけではなく、まわりの人の安全にも配慮した行動や思考ができるように指導することも大切になる。
その上で、これらを交通事故だけでなく、防犯や災害などを含めた安全教育全体として取り組ませることが必要だ。すなわち、自分が生活する地域で起こりうるさまざまな危険性を知り、それに対してどのように対処すれば事故から逃れられるかを具体的にイメージできるようにしておくことが、いざというときの危機回避能力につながるのだ。
車両としての責任を自覚させる自転車の乗り方指導の充実を
もう1つ、学校で重視しなければならないのが、中高生にとっては通学手段にもなる自転車利用における安全指導になる。自転車による交通事故数は高齢者よりも若年層が多いことに加え、約7割が自転車利用側の何らかの交通違反が原因となっているからだ。
自転車は子どもからお年寄りまで誰でも乗れる乗り物だが、道路交通法上はれっきとした車両であり、交通ルールの順守が求められる。だが、歩行者の通行妨害や右側通行、二人乗り、無灯火走行など、ルールを軽視する割合が高いことが問題になっている。
中高生の自転車事故が多い理由は、このような自転車利用や交通に関する経験が浅く、交通事故の危険性に対する認識が低いことや、自転車という車両を運転しているという意識や責任感が乏しいことが挙げられる。
中高生の年代は自動車免許取得などでの本格的な交通ルールを理解する機会が少ない。しかも、事故の引き金となるブレーキやタイヤなどの日頃の点検も怠りがちになる傾向があるほか、夜間での無灯火走行や反射材も付けていない自転車も目立っている。だからこそ、学校における走行には責任が伴うことを前提とした交通ルールの指導、罰則の説明、自転車の乗り方などの指導の充実が欠かせないのだ。
加害者になった場合は膨大な賠償金も
自転車による事故では頭部のダメージが致命傷になるケースが多いことから、ヘルメット着用を校則で義務化する学校が増えている。しかし、家庭での認識が低いことから思うように実施できない地域もあり、ヘルメットの購入に補助金を出すことで着用率を高める工夫も生まれている。
また、自転車事故の大きな問題は自らが加害者にもなりうることだ。未成年者であっても責任が重くのしかかるのはもちろん、近年の判決では被害者が死亡や重篤な障害に至った場合、莫大な損害金請求を受けることも珍しくなくなっている。
たとえば、被害者が自転車で交差点を通過したところで、道路を横断しようとした高校生の自転車と衝突した事故の判決では、被害者に後遺障害1級が残ったことから8900万円もの賠償が命じられた。さらに道路交通法改正で禁止されている、スマホを見ながら走行することでの衝突事故も増えており、こうした事故でも約5000万円が請求されている。
そのため、全国の自治体で増えているのが、自転車保険の義務化の動きになる。今年の4月からは東京都や山梨県、福岡県などが新たに義務化し、これまで15都府県、8政令指定都市に広がっている。また、努力義務を課している自治体も11道県、2政令指定都市となっている。
それでも、未だ規制なしの都道府県が約6割を占めるなど地域によって温度差もあるのも事実。したがって市町村単位で先行して施行したり、学校単位で生徒全員の保険を加入したりといった事例も増加している。
従来の交通安全指導の枠を超えた取り組みを
子どもたちが交通安全について本気で考えるようにするためには、今の社会のあり方や問題点について、発達段階に応じて理解を深めていくことが大切だ。したがって、従来型の学校行事としての指導に留まらずに、「総合」や社会科など教科間で関連付けた幅広い知識の習得が必要になる。交通事故は起こした方も被害を受けた方も不幸になる。その大きなカギとなるのが1人の人間としての責任だ。その自覚を育んでいく、学校での取り組みに期待したい。