医療スタッフ、「ハラスメントと対峙」を提言
NEWS1年後に延期されたオリンピック・パラリンピック東京大会でメディカルスタッフを務める医師の八巻孝之さんから、「日本スポーツ界の影~今こそ、教育現場でスポーツハラスメントと対峙しよう~」と題する論考が届いた。部活動を含むスポーツ界で続いてきた暴力や性的虐待といった課題を今こそ、一掃しなければならないとの提言だ。
◇
1980年代前半のこと。「たたかれるのもイヤ、泣くのももうイヤ、だからもうこの世にいたくない」。やり投げ選手だった17歳の女子高生の遺書からの引用である。
1990年代後半のこと。「コーチが選手を殴り、引きずり、熱いコーヒーをかけるのを目にした。なんでその練習をしているかが分からなかった。練習をしないと叩かれる。それが怖くて練習をやっていた」。元プロバスケットボール選手が所属した高校バスケ部のエピソードである。
2000年代半ばから後半のこと。「みんな、本当に先生のこと怖くて。アメとムチではないけど、愛情と虐待の両方を感じていた」。高校野球部キャプテンの話。他の野球部員は「ある意味軍隊的なところがあった、僕らが弱すぎて。戦術というより恐怖で支配されていた」と話した。
2004年。柔道の練習を逃げた中学生が顧問に乱取りさせられ、顧問から気管を絞められて意識を失い、叩かれて意識を戻すと再び気管を絞められ、重篤な高次脳機能障害を患った15歳の柔道男子中学生がいた。
最近のこと。「すべてはあなたのためと何度も念をおすあの男の匂い、手、目、顔、声、すべてが大嫌いで、毎回吐き気がした」。12歳から3年間、遠征先や合宿先で男性指導者から性的虐待を受けた女子中学生。
日本学校の柔道で死亡した生徒は、1983年から2016年までに少なくとも121人だという。指導者による虐待件数は不明ながら、この死亡率は他の先進国の比ではない。
このように、スポーツのなかで子どもが身体的、性的、精神的な暴力を受けることは、長年日本で広くみられ、多くの場合、勝利至上主義の競技経験の中では、当たり前のこととして受け止められてきた。
日本のスポーツ界に深く根付いた一種の指導方法としての暴力は、試合や競争で勝ち、個人の人格を向上させるために不可欠だと受け止められてきた。この危険な慣習は、スポーツにおける暴力を根絶する上で大きな壁となっている。
指導者や保護者、さらには選手の間にすら、スポーツにおける体罰には意味があるという誤った考えが未だに蔓延している恐れもあり、今もなお、子どもたちが苦しんでいる。
子どもへの体罰がもたらす影響として、身体的危害や負傷、死亡、不安、抑うつ、自死、睡眠障害・摂食障害、自尊心の低下、攻撃性の増加、脳への神経生物学的な危害等が報告されている。このことは、私自身、スポーツドクターとして予測の事態の範囲にある。
日本政府と主要なスポーツ団体が一連の改革に取り組んだ注目すべきことは、スポーツ界における暴力行為根絶宣言(2013年)と中央競技団体向け・一般スポーツ団体向けがあるスポーツ団体ガバナンスコード(2019年)である。
前者は、スポーツ団体に対し、スポーツをする人への暴力行為の実態把握と被害者のための通報相談窓口設置等の体制整備を促す。後者は、全スポーツ団体に対するガイドラインである。
しかし、この2つはどちらも、スポーツをする子どもの暴力等の被害を適切かつ具体的に取り上げてはおらず、法的な拘束力もない。ゆえに、これまでも、そしてこれからも、この実効性については大きな疑問を残している。
また、スポーツにおける子どもへの虐待や体罰については、スポーツ基本法、児童虐待防止法、学校教育法等の、どの法律も明示的に言及していない。ゆえに、明確で抜本的な改革は、子どもを守るために、こうした慣習をなくすためにも必要なのではないかと思う。
先日、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW:人権NGO)が指摘した調査報告書から、日本のスポーツ虐待を原因とした、うつ、自死、身体障害、生涯にわたる心的外傷などが明らかにされた。
暴力的な指導方法として、身体的、性的、暴言等の精神的暴力及びネグレクトを含む事例が報告されている。スポーツをすることは、愛する子どもたちの権利である。そして、子どもの虐待は違法である。2020年日本で体罰が全面的に禁止されるに至り、この禁止はスポーツにも及んだ。今後、政府は、子どもの虐待や体罰を法的に禁ずる規定がスポーツの場でも適用されると明示すべきであろう。
さらに、犯罪行為を伴う虐待事案は、犯罪捜査のため警察や検察に通報されなければ抑止力が効かない。
東京オリンピックは来年7月23日から、東京パラリンピックは来年8月24日からとなった。開催までに残された1年間、本気で解決しなければならないことが日本のスポーツハラスメント問題なのである。
スポーツ指導者の使命とは、ウェルビーイング(健康と幸せ)を子どもたちと享受することだ。我々、スポーツを支援する医療者は、スポーツ指導者と同様に、この問題と真摯に向き合わなければならない岐路に立っていることを今更ながら自覚するべきである。
(やまき・たかゆき 東京オリパラ・メディカルスタッフ,日本スポーツ協会公認スポーツドクター,日本障がい者スポーツ協会公認障がい者スポーツ医兼障がい者スポーツ初級指導員,総合診療外科医:宮城県仙台市在住)