ICT教育特集 私の視点 今、学校にできること
8面記事左・石井 英真 京都大学大学院准教授、右・高橋 純 東京学芸大学准教授
実態に応じた創意工夫を基本に
先生の力を意識したICT活用を
高橋 純 東京学芸大学准教授
学校のどの機能から補完するか
学校の休校が続く中で、世間の関心は学習の遅れをどう取り戻すかに注目が集まっています。文部科学省も4月23日付の都道府県教育委員会への通知で、家庭での学習や校務を継続するためにICTを積極的に活用するよう求めています。
今回、休校により、学校にはさまざまな機能があったことが、明確になりました。休校になり各地の学校から多様な取り組みが聞こえてきますが、大きく「学習指導」と「学校生活」の機能に分けて考えてみたいと思います。下駄箱や一斉配信メールを使ったプリント配布、授業動画の配信、ビデオ会議システムによる遠隔授業などは、学習指導に関する機能の補完といえます。遠隔システムを使った朝の会や学級会、家庭生活における時間割づくりといった取り組みは、学校生活の補完といえるでしょう。
こうした取り組みの前提として、学校と子どもや家庭との「双方向」の連絡手段が充分に確保されている学校がうまくいっているように思います。もし、電話や一斉配信メールしかなければ、子どもの健康状態の把握すら苦労の連続だと思います。その点では、「登校」の機能の補完が急務の学校もあるのではないでしょうか。
どの機能から補完すべきかについて明確な答えはありません。平時であれば重要な順とか、下から積み上げていくことになりますが、今回は誰も答えは分かりませんし、見通しも持てません。それぞれの学校で必要と感じること、できそうなことから試行錯誤をしていくしかありません。いずれにしても、ICTを積極的に活用することで変えられる局面は大いにあると考えています。
「活用」が問題解決の近道に
実態に応じた創意工夫が基本といえますが、ICTによる問題解決は、「技術」が解決するのではなく、「活用」によって解決されることがポイントでしょう。つまり先生方がポイントになります。
例えば、授業を動画で配信すべきか、ビデオ会議システムを使うべきかなどいった技術的な相談を受けることがありますが、最初に大事なことはそこではないと思います。学校の先生なのですから、家庭にいる子どもの学習を成立させるための学習内容は何なのか、モチベーションを維持するための工夫は何なのかといったことを検討すべきでしょう。家庭の事情は多様ですし、ICTとプリントの併用など、配信は複数の手段を活用せざるを得ない地域が大半です。教材の作成と、配信手段の確保は、別の問題です。
まずはICTを活用していくつかのパターンで教材を作ってみること。そうすれば、持続可能性も体感できますし、どのように配信すべきかについても見えてくると思います。デジタルで作成すれば、印刷、DVD、ネット配信でも対応できます。
教材づくりの基本といえますが、先生がいることが前提の教科書のような教材と、独学・独習用の通信教育のような教材づくりは、発想が異なります。また、学級経営などの人間関係があることを前提とした授業と、見知らぬ人を対象に行う授業でも、やり方はずいぶん異なります。それはYouTubeを見たりすればすぐに分かると思います。
このように考えれば、先生方が得意なのは、身近な子どもを対象にした教材づくりです。仮に学習としての成立が難しくても、知っている先生が話しかけてくだされば、子どもは安心しますし、うれしいと思います。それが先生の力でしょう。
学習の自己調整を図るカレンダーの活用も
ICTの活用を「教える」という場面に限る必要はありません。私はその1つのヒントが、京都教育大学附属桃山小学校で見たGoogleカレンダーの活用にあると思っています。ここでは総合的な学習の時間の取り組みで、カレンダー機能に学習計画や進捗状況などを入力させていました。従来も、夏休みに紙に記入するなどして学習計画を立てさせていましたが、ネットならば先生や保護者もいつでも進捗状況の把握ができますし、共有することで子ども同士の参考にもなります。中学生くらいになったら、カレンダー機能を使って学習計画をきちんと立てて、進んだかどうかを自分でモニタリングして修正していくこともあるでしょう。こうした取り組みは、在宅でも、学校再開後でも、社会に出ても、生涯にわたって役に立ちます。
一方で、ただつながるだけでも大きな意味を持ちます。私も小学生の娘がいますが、3カ月も学校に行っていませんので、進級した自覚にも乏しい状態です。学校から配布されたプリント教材に取り組むために、友人とLINEのテレビ電話でつないだりしますが、とても楽しみます。課題以上に友人とつながりたいのだとよく分かります。
この先どこまで休校措置が続くかは分かりません。オンラインを授業に使うことも必要でしょうが、1人ひとりの面談に使うとか、学習の進捗状況の把握に利用するとか、子どもたちが学び続けるための工夫として、先生方のアイデアを実現するICTを積極的に活用してほしいと思います。
高橋 純 富山大学准教授などを経て、2015年より現職。専門は教育工学、教育方法学、教育の情報化に関する研究。中央教育審議会臨時委員(初等中等教育分科会)(2019年~)、文部科学省「教育の情報化に関する手引」作成検討会委員(2019年~)、文部科学省「学校業務改善アドバイザー」(2017年~)等を歴任。
遠距離恋愛のごとく子どもを想うことから
「こころの温度」を上げる
石井 英真 京都大学大学院准教授
心を通わせるために手を尽くす
オンライン化が課題のなか、タブレットの未整備、家庭の情報環境など、ハード面の問題が注目されがちです。しかし、それらは予算や時間はかかるものの、いずれある程度は克服されていくでしょう。より深刻なのは、できるところから始めようとしても、その選択肢自体を放棄する。つまり、挑戦のためのリスクを取らない、というか取れなくなってしまった、コロナ以前から続く学校の萎縮と硬直化にあるのではないかと思います。これらは、時間だけでは解決しがたく、学校に本当の意味での挑戦の自由が担保されないと難しいでしょう。
ずるずると延長される休校に、準備してはご破算にされる状況で、先生方も疲弊し、諦め、思考停止状態になっているようにも思います。今、学校の取り組みとして一番大事なことは、子どもを想うことから始め、心を通わせるために手を尽くす。それで子どもも保護者も教師も「こころの温度」を上げていくことでしょう。プリントだけ渡されて音沙汰がなく、保護者からは学校現場の苦労も見えず、不信感だけが募るという状況は一刻も早く何とかしなければなりません。公立学校の強みを生かす上でも、学校レベルでは、むしろアナログに、それぞれの子どもや家庭に丁寧に「安心」を届ける取り組みが大事なのではないでしょうか。
例えば、遠距離恋愛のごとく文通から始めたり、「あのね帳」的に子どもたちの日記や作文を集めて文集にして、学級通信の紙の上での交流を重ねたりする。通信添削のように、ドリル的な課題も添削して花丸や一言コメントをつけて返したり、考える過程を表現する問題に取り組むように促して、その考え方をプリントにまとめて紹介したりする。オンラインでなくても、まずは紙の上で、教師と子ども、子どもと子どものつながりを作っていけるのではないかと思います。
つながりをつくり、発展させる
一週間に一往復でもよいので、心を通わせる工夫も有効でしょう。作文も誰かに見てもらいたいから書く気になるのであって、学びの宛名があることが大事です。特に、親や教師以上に、クラスメートという宛名が持つ意味は大きく、学びや生活の励みになります。お互いに触れあいたいと思うのであれば、書かれたものや声を聴くところからつながりを作る道を模索する。そのつながりによって、学校に行きたいな、一緒に勉強したいなという想いに発展するのだと思います。
「こころの温度」という点では、オンライン授業も、どこの誰だかわからない人の授業ではなく、失敗しながら泥臭くてもいいから、担任がコミュニケーションの一環として素朴な授業を届けるという視点も必要でしょう。
オンライン授業のクオリティについては、民間で作りこまれたものもすでに多数存在しますから、そこで張り合うのではなく、各自治体が組織的に整備を進めているものも含めて、既存のいろいろなコンテンツを上手に活用しながら、でも、要所で、知っている先生とクラスメートとが一緒に過ごす機会を持つ。そうした匙加減ができるとよいと思います。
教師の仕事の原点を再確認
保護者は学習面のフォローもそうですが、生活リズムを心配していますし、何より「安心」を求めています。できる限りのことに取り組むことで、保護者の不公平感も緩和されるでしょう。そして、先生方自身も、不安と疲弊の中で、同僚とLINEなどでつながって、「自分だけじゃないんだ」と思えることが、元気や安心につながるでしょう。先生同士がつながるのにオンラインのツールを使うことで、子どもや家庭とのつながり方のアイデアも生まれるでしょう。
学校改革一般のセオリーでもありますが、「教師の学びと子どもの学びは相似形」です。安心を届ける心温まる取り組みを、さまざまなレベルで立ち上げていくことで、教師のみならず、子どもたちもまた、自分たちでも現状を動かせるという手ごたえが得られるのではないでしょうか。
今改めて、学校の機能と役割が問われていますが、休校以降、社会が実感したのは、学校の保護機能の潜在的な大きさでした。安心とつながりの保障は、ケアや保護の機能の核心であり、心を通わせる取り組みを積み重ねながら、他方、教育機能の点では、ただ課題やコンテンツを届けるだけでなく、それらに持続的に取り組むような仕掛けを考え、学んだことを表現する機会をつくるなどして、子どもたちに何事かを残すことが重要です。子どもたちの想いに寄り添い、その立場から考えていくという教師の仕事の原点の再確認が必要です。
世間の学校不信、委縮してきた学校現場、挑戦する勇気を萎えさせられてきたこの状況を打開できたなら、そこにはもっと自由で、本当の意味で子どもも教師も学びに向かえる学校の可能性が拓けます。そこに公教育全体がオンライン化に取り組むことが生み出す、人的・物的な巨大なリソースが加わることで、スマートに実装した、教育機能と保護機能において「大きな学校」が立ち現れる可能性を期待しています。
石井 英真 2012年より現職。日米のカリキュラム研究、授業研究に学びながら、学校で育成すべき資質・能力の中身をどう構造化・モデル化し、カリキュラム・授業・評価・教師教育をどうデザインしていくかが研究テーマ。主な著書に、『現代アメリカにおける学力形成論の展開』など。