時代に即した社会科のあるべき姿とは
8面記事全国で実践例が増えつつあるエネルギー・ライフライン授業
日本が成熟社会へと向かう中、世の中の事象を受け止め、主体的に判断し、他者とかかわりながら課題解決できる人材の育成が求められている。子どもたちと社会をつなぐ最初の扉となる社会科の役割は大きい。
2020年4月からの学習指導要領の全面実施にあたり授業改善に必要な視点は何か、一般財団法人 総合初等教育研究所参与で学校教育アドバイザーの北俊夫氏に聞いた。
最終ゴールはより良い社会の創り手の形成
北 俊夫 総合初等教育研究所参与
東京都公立小学校教員、東京都教育委員会指導主事、文部省(現文部科学省)初等中等教育局教科調査官、岐阜大学教授、国士舘大学教授を経て、現在(一財)総合初等教育研究所参与。近著に『「ものの見方・考え方」とは何か』(文溪堂)など多数。
―2020年4月より小学校の新たな学習指導要領が全面実施になる。社会科はどう変わったのか。
北 大きく3つある。1つめは社会の「今」の視点と、子どもが活躍する「将来」の視点を持った授業づくりが不可欠になったことだ。新学習指導要領は「社会に開かれた教育課程の実現」を目指す。社会科は子ども達が「今の社会」を学ぶことができる唯一の教科であり、社会科を学ぶ意義や、教科としての原点が改めて問われている。
2つめは、今回の改訂で示された資質・能力の3つの柱を意識した授業づくりが必要になったことだ。社会科の目標や内容も「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」の3つの柱で整理された。社会科は暗記教科のイメージが根強い。だが、これからは知識・技能を習得するだけでなく、それらを活用する問題解決力や地域社会に対する誇りと愛情、地域社会の一員としての自覚などを包括的に身につける教科だと意識すべきだろう。
3つめは、社会課題の教材化、および教科への位置付けだ。授業で社会の仕組みや現状を理解させるだけでは不十分で、未来に起こりうる社会課題の教材化が必要になる。
たとえば「人口」をテーマにするなら、人口が減少している現状の理解だけでなく、社会保障などにまつわる課題を想定する。自分の住む市区町村の課題を知り、行政や住民がどのような課題意識を持って生きていくべきかを考え、地域の人に自分たちの考えを伝える、といった社会とつながった授業や活動をイメージしたい。
その他、指導方法において「ものの見方・考え方」や「主体的・対話的で深い学び」「カリキュラム・マネジメント」など授業づくりの新たな課題が加わった。方法論のみにとらわれ「活動あって学びなし」に陥らぬよう、3つの資質・能力を身に付け、よりよい社会の創り手の形成を図ることが最終ゴールであることを忘れず、子どもたちの学びを深いものにしてほしい。
エネルギーなどの社会課題はカリキュラム・マネジメントで
―社会科におけるカリキュラム・マネジメントの重要性は。
北 カリキュラム・マネジメントは学習指導要領の「総則」に示されており、すべての教科・領域にわたる共通の課題だ。だが、現場からは「そもそもカリキュラム・マネジメントって何?」という声も聞く。整理すると大事なポイントは、
・教科横断的な指導計画の構想
・学習と指導の改善に活かすPDCAサイクルの確立
・教育活動に必要な人的・物的資源等の活用
の3つだ。
実はこれらは、現行の学習指導要領でも言及されており、実践してきた小学校や先生方にとっては目新しいことではない。ただ、中学校、高校、大学と進むほど取り組みが不十分になる実態があった。そこに「カリキュラム・マネジメント」というキーワードで風穴を空け、授業の質を高める狙いがあると見ている。
社会科の場合、指導計画を立てるときには2つのレベルでカリキュラム・マネジメントを意識してほしい。1つは、「指導方法」レベルだ。社会科でグラフ・統計が出てきたときに「算数で学んだグラフの書き方」の経験を思い起こさせながら指導すると、社会科と算数の学習がつながり、教科横断的な視点が生まれる。
もう1つは、「内容」レベルだ。「安全・防災」は社会科だけでなく、理科や家庭科、体育科の保健領域、特別活動などにも位置付けられている。「伝統・文化」や「食育」「環境」なども同様だ。教科にまたがるこれらの課題を扱うことがカリキュラム・マネジメントの実現につながる。
とくに「エネルギー」「ライフライン」に関する教育は、学習指導要領に取り上げられていないため従来、積極的に扱われることが少なかった。だが、現在の日本や世界のエネルギーの状況、また防災教育に力点を置いた今回の改訂を考えると、積極的に扱いたいテーマと言える。3年生の「火事からくらしを守る」では、火事の現場に水道局や電力会社、ガス会社の人たちも駆けつけることを学ぶ。この学びを4年生の「住みよいくらし」につないで、電気やガスなども発展的に扱えば、今回の改訂でポイントとなる「安全で安定的な供給」の概念をより深く理解することができるだろう。さらに5年生の「貿易と運輸の働き」で石油や天然ガスの輸入、6年生の「日本の歴史」でエネルギーと日本の近代化の関連にふれるなど、空間軸・時間軸を関連付けた学び方ができると理想的だ。
「見方・考え方」を「道具」として活用
―授業改善には「ものの見方・考え方」を軸とした工夫が求められているが、どのように捉えるべきか。
北 新学習指導要領の改訂の方向性を示した、2016年12月の中教審答申では、社会科における「見方・考え方」は「視点や方法」だとしている。
視点とは、空間、時間、相互関係に着目して見たり考えたりすることを指す。ある社会のできごとを理解するのに「場所はどこか」「いつのことか」「他とどうつながっているのか」と着目することをいう。
方法とは、情報を処理するための技術を指す。2つのできごとの「比較」、複数の事象の「関連付け」「分類・整理」「概念化・具体化」、といったもので、これは他の教科にも通じる汎用的なものだ。この「見方・考え方」を、対象をより深く理解するための「道具」として教師も子どもも活用することが大切だ。
まずは、教員が「見方・考え方」を働かせた指導をするべきだ。そうすれば、子どもたちも自ずと「見方・考え方」を身に付け、将来もそれを道具として学べるようになるだろう。
「見方・考え方」とは、教師にとっては「教え方」、子どもにとっては「学び方」、そして人間にとっては「生き方」であると理解している。これまでの社会科は「何を学ぶか」に傾きがちだったが、「どのように学ぶか」「何ができるようになるか」を意識した授業改善が必要だ。「一匹の魚」を与えるのではなく、「魚の捕り方」を身に付けさせる社会科への転換を期待したい。
授業支援パッケージで広がるエネルギー授業の波
日本ガス協会と日本教育新聞社は、エネルギーやライフラインの視点から授業をサポートする「授業支援パッケージ」を開発。このほど、3つのラインアップが出揃い、現在、ホームページ上で無償提供中だ。全国で実践例も増えつつある。
授業支援パッケージは、元文部省教科調査官の北俊夫氏が監修したオリジナル教材。既習事項との関連を図った社会科の授業に活用できるほか、理科や家庭科、総合的な学習の時間など、教科横断型のカリキュラム開発にも役立つ。
「住みよいくらし」では、単元の導入にあたるオリエンテーション(1時間)の場面で、家庭でどのようなエネルギー・資源が使われているのかを子どもたちに考えさせ、飲料水・電気・ガスを概観する。その後の授業で、まずは飲料水について学び、その飲料水で獲得した「安全・安定供給」の考え方を、エネルギーを取り扱う「発展学習」の場面(1~2時間)で生かすといった授業プランとしている。電気やガスなどの身近なエネルギーをきっかけに、自然災害への備えや資源の安定確保の工夫など、未来を担う子どもたちに身に付けてほしい資質・能力を育成できる教材だ。