心のバリアフリーとは? 体現するポイントと教育現場での指導方法
トレンド身体障がいのある方々が安心して社会生活を送るためには、施設整備だけでなく、困難を自分の問題として受け止め、社会参加を積極的に手助けする『心のバリアフリー』が欠かせません。
この記事では、心のバリアフリーとは何を指し、教育現場でどのように学ばれているかを解説します。
心のバリアフリーとは
心のバリアフリーについて、厚生労働省の『ユニバーサルデザイン2020 行動計画』では以下のように定義しています。
様々な心身の特性や考え方を持つすべての人々が、相互に理解を深めようとコミュニケーションをとり、支え合うこと
引用元:厚生労働省『ユニバーサルデザイン2020 行動計画』
心のバリアフリーの実現には、障がい者や高齢者の抱える問題を自らの問題として考え、意識上のバリアを取り除くことが大切です。無知や無関心であることによる思い込みや戸惑いを解消することが心のバリアフリーにつながります。
身体障がい者の行動を阻む4つのバリア
「バリア」は英語で「障壁」を意味する言葉です。「バリアフリー」とは「生活のなかで不便に感じることをなくすこと」を表します。障がいのある方々が生活するうえで日々感じているバリアとは一体何でしょうか。
ここからは、実際に障がい者が日常で感じているバリアを大きく4つに分け、例を挙げながら解説します。
(1)物理的なバリア
物理的なバリアは、公共交通機関や道路、建物などで、利用する人に不便さを感じさせる目に見えるバリアのことを指します。
▽物理的なバリアの例
・急こう配の通路や大きな段差がある通路
・エレベーターのボタンが高い位置にある
・多目的トイレがない など
これらの例では、車いす使用者が自力で移動ができなくなる、内部障がい者や身体の不自由な方がトイレを使用できないといった事態を引き起こします。
(2)文化・情報面のバリア
文化・情報面のバリアは、情報入手において困難をもたらし、必要な情報が平等に得られないバリアのことを指します。
▽文化・情報面のバリアの例
・視覚のみを頼りにするタッチパネル式の操作盤
・音声表示のない信号機
・字幕や手話通訳のない講演会
・音声のみの車内アナウンス など
これらの例では、視覚や聴覚に障がいがあることにより、健常者よりも獲得できる情報が少なくなってしまうといった事態になり得ます。
(3)制度的なバリア
制度的なバリアは、社会制度やルールによって障がい者が機会の均等を奪われる状況を指します。
▽制度的なバリアの例
・お店で盲導犬の入店を拒否される
・資格や免許の取得試験の受験を制限される など
盲導犬を同伴して公共交通機関に乗ったり、飲食店へ立ち寄ったりすることは法的権利として確立されているはずなのに、同伴を拒否される例は少なくありません。
このようなバリアがあることにより、視覚障がい者が1人で行動できる範囲を制限してしまったり、障がい者が受験条件を満たせずに資格の取得や就職の機会などを逃してしまったりします。
(4)意識上のバリア
意識上のバリアは、心無い言葉や偏見、差別意識、あるいは無関心などから、障がいのある方を受け入れないバリアのことを指します。
▽意識上のバリアの例
・無遠慮に見たり、かわいそうな存在と決めつけて接する様子
・点字ブロック状に荷物や自転車を置く
・身障者用の駐車スペースに駐車する など
悪意を持って行われる差別や心無い言葉の投げかけだけではなく、無関心からくる行為で障がい者が不利益を被ったり傷ついたりすることもあります。事故で障がいのある社員の職場復帰を拒む会社や、高齢になった社員に対するいじめなども表面化しています。
社会の少数派に対する偏見や差別意識、無関心が引き金になり、これらを解消するには一人ひとりが心のバリアフリーをあらためて認識する必要があります。
心のバリアフリーを体現するためのポイント
『ユニバーサルデザイン2020 行動計画』では、心のバリアフリーを体現する3つのポイントを示しています。
(1)障害のある人への社会的障壁を取り除くのは社会の責務であるという「障害の社会モデル」を理解すること。
(2)障害のある人(及びその家族)への差別(不当な差別的取扱い及び合理的配慮の不提供)を行わないよう徹底すること。
(3)自分とは異なる条件を持つ多様な他者とコミュニケーションを取る力を養い、すべての人が抱える困難や痛みを想像し共感する力を培うこと。
出典:厚生労働省『ユニバーサルデザイン2020 行動計画』
「障害の社会モデル」は、個人の心身機能の障がいと社会的障壁の相互作用によって創り出されているものを「障害」と定義し、「社会的障壁を取り除くのは社会の責務である」とする考え方です。
心のバリアフリーを目指す共生社会には、障害の社会モデルを一人ひとりが意識し、具体的な行動を変えて、社会全体の人々の心のあり方を変えることが重要です。この考え方を社会に反映させ、誰もが安全で快適に移動できるユニバーサルデザインの街づくりも推進していかなくてはなりません。
出典:厚生労働省『ユニバーサルデザイン2020 行動計画』
教育現場での心のバリアフリー指導
障がい者が阻まれる社会的障壁をなくすためには、学校教育で心のバリアフリーについて触れ、理解し、さまざまな視点から考える力を身につけることが大切です。
平成29~31年にかけて改訂された新学習指導要領に『「心のバリアフリー」に係る学習指導要領の記述』があります。加えて、令和2年の『高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律の一部を改正する法律』では、学校教育と連携した心のバリアフリーを推進する内容が追加されています。これにより、学校教育とバリアフリーを取り巻く環境が変化しつつあります。
ここからは、学校でどのような取り組みや資料を用いて心のバリアフリーに関する理解の促進に努めているかを解説します。
出典:文部科学省『「心のバリアフリー」に係る学習指導要領の記述』/国土交通省『高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律の一部を改正する法律』
交流及び共同学習ガイド
文部科学省は新学習指導要領に伴い、平成31年3月に『交流及び共同学習ガイド』を改訂しました。
交流および共同学習では、幼稚園、小・中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校それぞれが、障がいのある子どもや地域の方と、障がいのない子どもとが触れ合い共に活動を行います。相互の触れ合いを通じて豊かな人間性を育むことを目的とする交流の側面と、教科等のねらいの達成を目的とする共同学習の側面があります。
▽交流および共同学習の内容の例
・特別支援学校と小中学校等が、学校行事やクラブ活動、部活動、自然体験活動、ボランティア活動などを合同で行う
・文通や作品の交換、コンピュータや情報通信ネットワークを活用してコミュニケーションを深める
交流および共同学習を通して、障がいのある子どもにとっても、障がいのない子どもにとっても経験を深めることでお互いを尊重し合う大切さを学ぶ機会となることが期待されています。
出典:文部科学省『交流及び共同学習ガイド』
心のバリアフリーノート
文部科学省はバリアフリーを分かりやすく解説し、心のバリアフリーを効果的に指導するための教材として『心のバリアフリーノート』を作成しました。この教材は、相互理解を深めるための手順や具体的な指導例が盛り込まれた内容となっており、総合的な学習の時間における福祉や人権に関する学習活動と特別活動の時間で活用されます。
心のバリアフリーノートは小学生用と中高生用に分かれており、それぞれ以下のような内容になっています。
・小学校段階:さまざまなバリアについて気づくことができるような学習活動
・中高校段階:自らバリアフリーな社会の構築に向き合い、課題解決に向けて取り組もうとする実践的な学習活動
指導上の留意点用も作成され、教員が指導する際のポイントや授業展開の具体例が記載されています。実際に学級における問題を扱う場合には、児童・生徒の心情や人権教育上の配慮をして指導する必要があります。
出典:文部科学省『【小学生用】心のバリアフリーノート【指導者用】』『【中高生用】心のバリアフリーノート【指導者用】』
アニメーション教材の活用
平成29年、内閣官房は心のバリアフリーの取り組みを進めるためのアニメーション教材を作成しました。このアニメーションは、障がい者団体の関係者や学識経験者、民間企業などが意見を出し合い心のバリアフリーを学ぶ内容になっています。
バリアとは何かということから、声かけが必要なタイミング、外国人に対する心のバリアや交流の仕方など、幅広く動画で解説されています。
この教材は、教育現場だけでなく企業の研修プログラムなど、さまざまな機会に活用できます。
出典:首相官邸『「心のバリアフリー」について』
オリンピック・パラリンピック教育
令和3年に開催された2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の際は、大会を題材として、共生社会への理解を深める教育を実践しました。
実際に参加した学校の取り組み内容と成果は下のとおりです。
▽土佐市立新居小学校
・取り組み内容:アイマスクや車いすを利用した障がい者体験
・成果:体験を通して、障がいのある人に対する理解や共感を得ることができた
▽岡山県立玉野光南高等学校
・取り組み内容:パラスポーツの授業
・成果:安全面に気を配ること、言葉を適切に伝えることなど多くの気づきがあった
▽鈴鹿市立桜島小学校
・取り組み内容:パラアスリートによる講演会
・成果:身近にあるバリアフリーやユニバーサルデザインに興味をもつきっかけになった
出典:スポーツ庁『オリンピック・パラリンピック・ムーブメント全国展開事業 実践事例集』
心のバリアフリー実現の第一歩は知ることから
心のバリアフリーは障がい者や高齢者に対する意識上の障壁をなくそうという取り組みを指します。真のバリアフリー社会を築くには、身障者ら社会的弱者のことをよく知り、同じ目線で物事を考えなければなりません。
そのために重要なのは、教育現場や研修の場で適切な教材を活用し、バリアの正体やバリアフリーへの取り組み方の認知から始めることです。加えて、共生社会を実現するために一人ひとりが自分にできることを考え、行動していくことも大切です。
教育現場で幼いころからしっかりと指導していくことで、障がい者や心のバリアフリーへの理解を深め、真のバリアフリー社会を実現することへの期待が高まっています。
参考:文部科学省『心のバリアフリー学習推進会議資料』