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大学入学共通テストに挑む 古地図を批判的に読み解く

8面記事

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世界史B
荒井 雅子 立教新座中学・高校教諭

平成30年度プレテストについて

 平成30年度の世界史Bプレテスト第1問Bは、「混一疆理歴代国都之図」と「坤輿万国全図」を題材にした問題だった。「混一疆理歴代国都之図」は、教科書掲載頻度は比較的低いものの、「坤輿万国全図」は古地図の中では引用が多いので、生徒にとっては比較的なじみやすい問題ではなかったかと思う。さらに、問いは、古地図を読解するのではなく、それを手掛かりに時代背景を探るという設問(問4、問5)であったためか、正答率は高かった。
 設問の斬新さはあまり感じられなかったものの、この出題は、古地図が出題の有効な素材となったことを感じさせるには十分だった。
 授業での古地図の利用が今よりもう少し進むならば(そして、探究科目ではそれが進むと考えられるが)、いずれ、導入だけでなく古地図の読解そのものが、問いとして示されることが考えられる。そこで、古地図などの非文字資料を授業に活用する際の、問題点や可能性について考えてみたい。

提案授業

 一般的に、古地図は授業の中で取り扱いにくい。この取り扱いにくさの原因は、第一に、多様で雑多な情報が集約されているために、授業内でいわゆる歴史地図のような使いやすさがないということ、第二に、教材として扱うにはそもそも正確ではない(ゆがみがある)、ということになるだろう。
 古地図に限らず、文字ではない史資料は、歴史研究の射程には入っているものの、読み解きの方法が異なるために、歴史教育の素材としてはまだまだ活用しにくい。
 今回の出題は、先述の通り、古地図を利用しながらもその読解を伴うものではなかったが、学習指導要領では探究の素材として幅広い史資料を扱うことが求められていることを考えると、やりにくさを伴いながらも、古地図などの非文字資料も必要に応じて授業の中に取り入れることが求められているのだろう。さらに、探究科目では「資料に『問いかける』学習」という表現で、より批判的に史資料を読む技術が求められている。史資料を評価するという点では、例えば英国の歴史教育(GCSE History)における史資料批判の指針が、読解の手掛かりを得るという点ではOECDのPISAの非文字資料を読解するための指針が、非文字資料を教材化するためのヒントを与えてくれた。
 現行課程でも「資料から読み解く歴史の世界」で図像資料など文字資料以外のさまざまな史資料の活用が求められている。現行課程での史資料活用は、史資料を考察して読み取る部分に主眼が置かれている。実際に各社教科書を概観した限りでは、それぞれの史資料からどのような情報が読み取れるかということが話題にされている場合が多く、批判的に史資料を読み解くというプロセスに踏み込んだものはあまり見受けられなかった。
 このような中で、東京書籍の「世界史B」は、非文字資料を読み解く手続きを具体的に示しているという点で、注目に値する。
 そこでは、W.ホガースの「ジン横丁」を題材に、その解説文で作者の意図を示しながら、生徒に何が描かれているか観察させ、当時の社会状況を調査しつつ、何が強調されて描かれているかを評価させようとしていた。
 PISAでは、このような図像などの非文字資料を読解する手掛かりとして、

 (1)テキストに書かれている情報を正確に取り出すこと(情報の取り出し)
 (2)書かれた情報がどのような意味を持つかを理解したり、推論したりすること(解釈)
 (3)テキストに書かれていることを知識や考え方・経験と結び付けること(熟考・評価)

 ―という三つの段階を示している。
 読解のレベルは後ろになればなるほど難しくなる。東京書籍で示された課題は、このプロセスを比較的踏襲した形で、生徒の読解を促しているといえる。そこで、この読解プロセスを参考に、古地図を読解する1時間程度のワークを例示した=表。個人の作業でもグループワークでも、史資料を批判し、情報を抽出し、歴史の文脈に乗せて考えるという丁寧なプロセスを追うことで、プレテストで目指す「資料で読み取った情報と歴史事象の関わりを類推する」力が養われるだろう。
 プレテストの問題文によれば、「混一疆理歴代国都之図」には不正確な形でアフリカやヨーロッパが描かれているという。14世紀初頭に欧州で作成された地図にも、不完全な形でインドや中国の情報が描かれていたので、アジアとヨーロッパはお互いに存在を認識しつつ、それぞれの世界観を崩さない程度に、その存在を描いていたことが分かる。日本においても、江戸時代までは「坤輿万国全図」とは異なる系統で世界認識がなされ、その世界観が「南瞻部洲萬国掌菓之図」として表現されていた。
 「南瞻部洲萬国掌菓之図」は、もともと3国世界(インド、中国、日本)が描かれているだけであったが、16世紀末のヨーロッパとの邂逅を経て、その一部にヨーロッパを描き込んだ(図の左上部赤丸の位置には「エウロパ」の文字が見える)。世界図の前提を崩してもなお、この形にこだわったところに、江戸時代の「南瞻部洲萬国掌菓之図」の特徴がある。
 この古地図は、当時の日本人の内面や、複数の世界図(世界認識)が混在した江戸の時代性を評価するための読解の素材としても活用できるだろう。このような素材をワークに利用することで、作成の時代背景を含めて、総合的に古地図の意味を理解することができるのではないだろうか。
 今後は、多くの図像(非文字資料)が教材化されてゆくだろうが、史資料読解と教材化を教員一人で作業するには限界がある。国立公文書館のデジタルアーカイブでは、資料批判をしやすい形で、授業に役立つ史資料が比較的容易に入手できる。
 また、国立公文書館アジア歴史資料センターには、社会科授業用資料リストへのリンクがある(文字資料が中心で、おそらくはそれ故に解釈に関わる周辺資料は共に示されていない)。現場教員としてはこれらの環境を活用して、「教える」ではなく「共に考える」素材として古地図などの非文字資料を活用したいと思っている。今後、この分野の充実に期待したい。

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