高校の「探究」をよりよく実践するには?
15面記事「探究」の重要性を語る田村教授
つまずきやすいポイントと工夫
高校新学習指導要領に設けられた総合的な探究の時間。2022年度からの学年進行でのスタートに先駆けて、今年度から各地で先行実施が始まっている。探究というキーワードが浸透する一方で、実施にあたり不安の声も少なくない。実践校での取り組みや活用できる教材を紹介するとともに、探究の実践にあたってのポイントを田村学・國學院大學教授に聞いた。
探究テーマを深めるには基礎となる思考スキルの育成が必要
聖学院中学校高等学校
伊藤 豊 教育統括部長(教頭)
全体のストーリーを意識し行事をつなぐ
東京・北区にある私立聖学院中学校高等学校は、「他者のために生きる将来の日本および国際社会に貢献する人間を育成する」を目指したい生徒像とし、育てたい資質・能力を八つにまとめ、探究活動を軸にした改革を進めている。目指したい生徒像、および育てたい資質・能力は、教職員全員で集まり、ゼロから協議を重ねまとめた。教職員全員で集まって話し合ったことで、共通認識が生まれ、進むべき道がより明確になったことは改革を進める上で大きかったようだ。
育てたい資質・能力を育むためにどのような経験が必要なのか、言語化していることも特徴だ。「自身と他者の関係性をつくる経験」→「社会や自然に興味を持つ経験」→「探究スキルを磨く経験」といったように、順序を追って積ませたい経験を明確にしたことで、乱立していた行事も、一貫したストーリーでつなぎあわせることができた。これにより、中高6年間で一貫性をもって目指すべき力を育てていく体制を整えていったという。
また、同校の行事や希望制の研修の中にはユニークなものも存在する。その一つが、12月に希望制で実施している「タイ研修旅行」だ。タイ北部の孤児院を訪れ、現地の少数民族の子どもたちと交流を行う。日本とは全く異なる環境の中、「言葉の壁」を越えて活動することでの学びもさることながら、生徒たちが「より深い学びに到達できるように」と願いを込めて、2年前から、帰国後の論文作成を課題とした。
論文作成にチャレンジして見えてきた課題
実際に論文作成に取り組んでみると、テーマを絞り込むことはできても、そこから先の探究すべき課題へと、問いを育てることが難しかったという。
「情報を検索しても、目当ての情報になかなかたどり着けない。必要な情報の見極めも難しく、事実と解釈を混同してしまったり。データやグラフを読み取れない生徒もいました。そのうち疲れてしまい、自分で探究テーマや問いを立てるところに到達できない生徒もいました」と悩みを振り返るのは、教育統括部長の伊藤豊教頭だ。
こういったことは、多くの学校でも悩みとしてあるのではないだろうか。
一方で、“書く”という行為をさせたことで、プレゼンテーションさせるだけでは見えてこない課題が発見できたのは収穫だったという。
また、論文制作にあたって生徒指導の負荷の大きさも見逃せない。伊藤教頭は、30名を超える生徒の論文指導に1対1で向き合ってきた中で、指導にあたり「切り口」を意識した指導が有効だということに気付いた。「情報を構造的にとらえて、『切り口』を意識して整理していく考え方を持っていることは非常に有益です。指導が楽になるとともに、生徒の文章の質もあがりました」
そこで、このような基礎となる思考スキルを身につけさせるために、ワーク演習形式で鍛えられるトモノカイの「一生使える探究のコツ 思考の手引き」を中学生から導入することにした。
早い段階から思考スキルを
豊かな探究を行うには基礎的な思考スキル育成が必要だと考え、同校では中学段階から同教材を用いて思考スキルの育成を行うことにした。教材内容の一例を挙げると「仮説を立てる」というレッスンがある。「なぜ国内で取引されている輸入カボチャにニュージーランド産が多いのか?」をさまざまな資料やデータから原因について仮説を立てるというもの。4人1組のグループで考えさせていく。「こういった問題をこなしていくことで、効果的に思考スキルを育て、より深い学びが生まれる探究活動につなげていきたい」と伊藤教頭は意気込む。
「一生使える探究のコツ」を用いたプレゼンテーションの様子
課題設定の仕方や教員連携をどう考えるか
岡山県立真庭高等学校
中山 順充 指導教諭(探究推進リーダー)
地域連携の探究が充実
岡山県立真庭高等学校(赤松一樹校長、生徒数430人)は岡山県の北中部、落合高校と久世高校の2校を統合し2011年に開校した高校だ。2カ所の校地に普通科、生物生産科、食品科学科、看護科を設置する。
開校以来、普通科では週1コマの総合的な探究の時間(TR)を設定し、郷土の自然や産業をテーマにした活動を続けている。「真庭の特産物PR」「湯原温泉の活性化」などのプロジェクトを生徒が
自由に選択して1年間探究を行う。
今年度は
・地域のローカルケーブルテレビ局とともに、SDGsをテーマにした番組制作
・市民団体と連携した地域の空き家・空き店舗活用
・SNSを通じてSDGsの啓発チャンネル立ち上げ、グッズづくり
―などに取り組んでいる。
課題設定をどう考えるか
同校で探究の推進リーダーを務める中山順充指導教諭は、生徒による探究の課題設定がうまくいかない場合は「こちらから課題を与えてもよい」と考えている。テーマを決められず、探究に必要な体験ができなくなるのなら、ある程度型を決めて生徒に提示することも必要という考えだ。
その際は、活動を通じて「何を身につけるか」という目標を明確にすることと、五感を通した実体験を伴う活動にすることが重要だという。自分で体験したことであれば課題を「自分ごと化」しやすいからだ。さらに、地域の大人が関わる仕組みを作り、生徒が動かざるをえない状況を作ることも、生徒が主体的に活動に関われるようになるポイントだという。
科目「探究サポート」で思考スキルを習得
さらに同校では、探究活動の質の向上を目指して、新たな試みとして学校設定教科「探究サポート」を新設し、思考プロセスなど探究の基礎を磨く時間を設けた。教材はトモノカイの「一生使える探究のコツ 思考の手引き」を高校1年で使用している。「思考の手引き」は1冊に合計10レッスンあり、現在、「人にわかりやすく伝えるコツ」「主張には根拠を」「論理的なおかしさを見抜く」「説得力のある伝え方を実践する」の4レッスンまで学習した。
実施していく中で感じているのが、探究活動に苦手意識を持っている教員が探究的な進め方に慣れるのにも適している教材であるということだ。中山指導教諭は「必要な観点を、丁寧なステップでまとめてくれている。非常に扱いやすいです」と評価した。
前向きに進む姿勢を大切に
地域を巻き込んだ活動が広がるのが高校ならではの探究の醍醐味だが、深さを求めるためには教員の意識改革やカリキュラムマネジメントが有効に機能していることが必要だ。
同校ではあえて1人ではなく2、3人で一組の教員が生徒20名の探究を担当し、生徒の活動をフォローする。各教員の探究への理解度や熱心さに温度差があることを受け入れつつ「いい機会だから勉強しよう」と前向きにとらえ、推進していける教員を増やしていくことが必要だという。中山指導教諭は「そのためにもスタート時は大変だが、生徒ひとりひとりに丁寧に向き合っていくことをおろそかにしなければ、1、2年後には生徒が自走できる状態までいきます」と、探究にかける時間確保の重要性を指摘する。
また、同校が探究で身に付けさせたい資質・能力を「論理的思考力・協働性・粘り強さ・地域貢献力」の4つに設定。本来なら教員全体で資質・能力について意見を出し合いまとめ上げるのが理想だが、中山教諭のような探究経験者を主任として方向性をまとめていくことも効率的な方法だ。
「探究では、何をやったか以上にプロセスが重要。実際に行動してみて失敗してつまずいてこそ、身につく力がある。新しく探究を始める先生も同じ。とにかくやってみて壁にぶつかり、どうすればいいんだろう、そう考えるプロセスを大切にして」と中山指導教諭は話している。
「一生使える探究のコツ」を用いたグループワークの様子
探究に積極的な学校体制を整えるには
山梨県立吉田高等学校
廣瀬 志保 教頭
次期学習指導要領の先行実施として、4月から総合的な探究の時間がはじまった。
山梨県立吉田高校でもこれまでの実践をさらに深化させ、学校の教育目標である8つの力の育成を目指す資質・能力として展開している。
1・2学年が取り組む探究は「富士山学」。1年次は探究の意義を理解するところから始まり、自然や環境、文化、産業などとの関わりから課題設定、校外学習を実施する。2年次で各自がより深くテーマを掘り下げていく。
「調べ学習ではなく、課題解決に結びつけることが高校の探究で求められる」と、話すのは廣瀬志保教頭だ。
オリエンテーションで意識共有を
まずは、教員間で共有できている意識、すなわち探究活動の必要性や、どのような力を育てるのかについて、生徒に対しても、探究のオリエンテーションの場を設け、生徒ともしっかりと意識共有することを大切にしている。「AI技術の進展で将来なくなる仕事がある、Society5・0の到来で近い未来に必要になる力は何か、といった部分まで伝え、なぜ探究が必要なのかを丁寧にメッセージとして伝えています」と廣瀬教頭は言う。
高校の歴史や地域について深く知り、これまでの探究の事例を学ぶ中で、生徒は「富士山」をテーマに自然・環境・文化・産業などとの関わりから課題づくりをはじめた。
自分の興味関心と社会や日常生活との関わり、そして、高校生としてできることの接点を課題に落とし込む。
これらを支えるのは校内体制の手厚さだ。総合研修部主任が全体のコーディネートを行い、全体を調整し、各学年、1、2年生は2名、3年生は1名の分掌担当者が毎回の計画を立てる。ポイントは全体計画を年間計画に反映したものを、各学年の担当者が目の前の生徒に合わせて授業計画を立てていることであろう。
また授業に対しての教師の考え方も重要だ。「生徒の状態を見ながら、柔軟に対応していくことがまずは大切です。それを難しいことのように感じるかもしれませんが、実は通常の授業では、どの先生もやっているはずなんです。また、教えるのではなく、あくまで生徒とともに考え、後押しする感覚を大切にできるといいですね」と語る。
探究のプロセスに特化した教材が必要
高校の「探究」を将来の生き方につながるものに
國學院大學・田村学教授
各学校で高まる「探究」への意識
今、高等学校では「探究」という言葉が最もホットなキーワードになっています。2020年の大学入試改革の影響、そして高校を卒業することが社会へのひとつの出口という意味からも、どのように「探究」の全体計画や毎時間の授業計画を作成していけばいいか、現実的にとらえられる学校が増えてきたと言えるでしょう。これまでになく「探究」への関心が高まっていると実感しています。
総合的な探究の時間では、例えば「地域に学習対象となる河川が流れているならば、環境について探究する」、というように、課題や学習対象は学校によってさまざまです。高校になると多様性はさらに増し、学校ごとの違いに加え、生徒一人ひとりの関心ある分野も多様化し、個人研究に近いスタイルになっていきます。
このような多様性や個別性に対応するために、「探究」の教材は、さまざまな対象や課題にも活用できる汎用性の高いものが求められます。また、探究するにはどのような方向や道筋を歩んでいけばよいかを明示することも重要です。
生徒が本気で取り組む「探究」では、探究のテーマと探究の方法が一体となり、実践している教員や生徒自身が「どう学んでいるか」を自覚しにくかったのです。目の前の課題が「ぜひとも解決すべきだ」というインパクトの強いものであればあるほど、情報収集や整理・分析、まとめや表現の方法が適切かどうかを冷静に見つめることが難しくなっていたのではないでしょうか。
運良く方法がマッチしていた生徒は成果を得やすく、そうでない生徒は学びが停滞してしまうため、総合的な探究の時間は「なかなか高まらない」と感じる生徒や「テーマの持たせ方やその後の指導が難しい」と感じる先生が多かったのだと思います。
これからは、「探究」を「どう学ぶか」の部分に焦点を当てた指導観が必要です。ある程度の方法を学ぶことで、生徒は関心あるテーマが見つかる、情報の収集や整理の仕方がわかる、レポートが書ける、プレゼンテーションがうまくなる、そういったものにしていく必要があります。
どのように学ぶかのテキストが必要
総合的な探究の時間で「課題の設定」「情報の収集」「整理・分析」「まとめ・表現」という探究のプロセスの大きな枠組みは示されましたが、もう少し丁寧に、スモールステップで学べるようにと監修したのが、トモノカイの「一生使える探究のコツ」です。このように工夫するとわかる、このように表現するとよく伝わる、書ける、といったエッセンスを生徒も先生も学べるようになっています。
今回の改訂の方向性は「何ができるようになるか」のもとに「何を学ぶか」「どのように学ぶか」が整理されました。とりわけ、「どのように学ぶか」を取り出した教材がこれから作られていくでしょう。その点で「一生使える探究のコツ」のテキストは先駆的であり、読む先生方に新鮮なインパクトを与えるはずです。
自分の生き方と結び付く課題設定を
高校の「探究」で課題やテーマを設定するときは、自分にとってどのような価値や意味があるのか「自分の将来にわたる生き方とどうつながるのか」と結びつけるところまで高めていくべきでしょう。
そのきっかけとして現実問題に直面する体験を位置付けることが重要です。課題を「自分ごと化」できなければ「やらされている活動」になってしまうでしょう。
しかし、最初から完璧な課題を見つける必要はないのです。「課題の設定」「情報の収集」「整理・分析」「まとめ・表現」は繰り返すことで次の探究サイクルに発展していきます。そのプロセスを繰り返すことで徐々に課題の質が高まっていくイメージでよいのです。すばらしい実践例にも、実は課題の質が高まるプロセスがあったはずです。そもそも生徒は内面に「問い」を持っています。教師の指導でいかにそれを表に出し、顕在化し、確かなものにするかが「探究」で問われます。
コアチームで一体感を醸成
高校は小・中学校に比べ組織のサイズは大きいですから、「探究」を盛り上げる上で意図的に体制を構築する必要があります。コアチームを立ち上げ、できれば管理職がチームに権限や財源を渡して存分に動けるようにしてほしいと思います。
「探究」がうまく回れば、学校全体の一体感が高まるだけでなく、各教科の教員の授業実践の向上にもつながる可能性が高いと思います。「探究」はどの教科にも通じる「どのように学ぶか」を経験できるものだからです。
今後、「一生使える探究のコツ」を活用したさまざまな実践が試みられるよう期待しています。
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