日本最大の教育専門全国紙・日本教育新聞がお届けする教育ニュースサイトです。

対談 どうする 新時代の人材育成

8面記事

Topics

海外留学の支援など推進
グローバル社会生き抜く力を
柴山 昌彦 文部科学相
永瀬 昭幸 株式会社ナガセ社長

 平成時代はあと2カ月余りで幕を閉じ、新しい時代が始まる。国外でも、世界情勢が目まぐるしく変化する中、日本はどのような教育に取り組み、どのように人々の能力を伸ばせばよいのだろうか。そのような主題の下、昨年10月に就任後、「柴山プラン」「柴山イニシアティブ」などで今後の文部科学行政の方向を示してきた柴山昌彦文科相と、民間の立場から、予備校経営を通して子ども、若者の自己実現を支援し、スポーツや科学技術の分野でも世界で活躍する人材の輩出を目指している(株)ナガセの永瀬昭幸社長に対談していただいた。(文中敬称略)

柴山氏 正解出すだけでは通用せず

 本日は、平成という一つの時代を終えて、次の時代に向かうに当たって、人材育成力などについてお話をうかがいます。

 柴山 就任後初めての記者会見でもお話をさせていただいたんですけれども、やはり人生百年時代ですとか、Society5・0またはグローバル化社会、これだけ変化が激しい、予測がなかなか付かないような時代にあって、与えられた問いに対して正解を見つけるという教育、あるいはそういうことのできる人間というだけでは、なかなか生き抜いていけない時代になるのではないかという思いがあります。
 与えられた問いに対して答えを出すのではなく、新たな課題に他の人と協働し、また、人間ならではの感性や創造性を発揮しつつ、自ら問いを立てて、そしてその解決を目指して新しい価値を創造することができる、そんな人材の育成が求められています。要は、Society5・0対応人材ということを申し上げた記憶があります。それがやはりわれわれにとって非常に大きなテーマなのではないでしょうか。

 永瀬 これまでを振り返りますと、メーカー(製造業)が中心の時代は、日本は世界に冠たる立場を築くことができました。次にIT(情報技術)の時代に変わりますね。ITの初めの頃は日本にも相当優れたOS(オペレーティング・システム)があったのですが、次第にアメリカをとにかく追い掛けるようになります。必死になって、ウィンドウズをはじめ、ITの導入を推進してきました。次の時代について世間でいわれているのは、AI(人工知能)の時代であると。

永瀬氏 AI時代に活躍できる国へ

安定している日本
 柴山 一つ私が強調させていただきたいのは、これからの世界のリーディング役、リード役を担おうというアメリカでも中国でも今、大変な困難に直面をしているわけです。アメリカでは国内にあって分断というようなことがいわれています。
 中国は中国で、国が強化を目指していろいろなところに関与し、エリート養成を目指していますが、その一方で世界的な課題、SDGs(持続可能な開発目標)といった課題に対して必ずしも対応できていないですとか、あるいはアメリカとの間の貿易通商戦争なんてことがいわれていますし、また、中国の中でもさまざまなステークホルダーや、あるいは格差をどのようにするかということで、それを表面化させないために、一党が大変強い力を持っているというような困難があるわけです。
 だから、日本は日本で、例えば震災直後、他の国には見られないような、しっかりとした、規律の取れた形で行動する、それから、これだけ文明が発達をしているわけですが、社会の分断ということで言えば、それほど大きな暴動なども起きていないわけですし、政治、経済が相対的に見ると今、非常に安定しているという強みがあります。
 道徳ですとか、あるいは社会の統一性ということもですけれども、ものづくりなどにおいて、やはり他の国にはない強みも発揮しているわけです。
 ただ、先ほどお話をさせていただいたように、主体的でまた個性を大切にするというようなことが、その裏腹な面として、これからのグローバル社会にあって力を入れていかなければいけませんので、「主体的・対話的で深い学び」という視点からの授業の改善、これは確かに必要だと思います。
 ですので、これまでの良さと新しい取り組みとを合わせた、新しい時代に求められる資質・能力の育成を目指す新しい学習指導要領、これをわれわれは今、順次、実施を目指しているところでもあります。
 また、大学受験で、教育が終わりというようなことになってしまってはいけません。大学に入ってから学生が一生懸命勉強しているよその国には追い付けなくなります。高等学校の教育改革、そして大学における教育の改革、また大学入学者選抜改革の三者を一体的に行う高大接続改革、これも非常に重要だと思います。
 グローバル化ということで申しますと、小・中学校、高等学校の外国語教育の抜本的な強化、あるいは日本人の若者の海外留学の支援などグローバル人材育成に向けた支援、こういった改革を私の下でしっかりと強力に進めていきたいと考えています。

柴山氏 伝統・文化の教育も重要に
永瀬氏 世界で渡り合える子育てたい

「学び直し」も拡充
 永瀬 官民協働で進めている『トビタテ!留学JAPAN』という事業に協賛させていただいてきました。

 柴山 ありがとうございます。

 永瀬 それなりにお役に立てているかどうか分かりませんけど、民間企業として頑張っていることだけは事実です。
 結局、今おっしゃったように、世界における日本のポジションはいいと思うのです。日本人が国際社会でやっていけた一番の美点というか特長は、まず勤勉であること、それから知的水準が高いこと、そしてチームワークといいますか、「和をもって貴しとなす」というチームワークの精神があること、これが一番大きな特徴だろうと思います。これはおっしゃる通り、震災のときも発揮されてきました。
 ただ、教育の業界も、あるいは他の産業も、住宅業界とか等々、皆、車もそうなのですが、出生数が減ったことによって、ある種の購買力が落ちているという、極めて憂慮すべき現象があるのです。
 また、今の日本では、働き方改革が大きな課題となっています。世界で渡り合っていくために、予備校の立場では、成績が悪い生徒には「人の倍勉強しよう」と言ってやってきましたが、そうした現実と働き方改革をどう折り合いを付けていくかが課題ですね。

 柴山 幾つか非常に重要な問題提起をしてくださっていると思います。まず、これからのグローバル人材、特に今、初等中等教育段階における、グローバル人材の育成ということで、お話をいただいた通りです。
 伝統と文化を尊重し、それらを育んできたわが国と郷土を尊重するとともに、他の国も尊重して、国際社会の平和と発展に寄与する態度、また豊かな語学力・コミュニケーション能力、先ほど冒頭、私が申し上げた主体性や積極性、異文化理解の精神、こういったいろいろな資質が、求められていく中で、かつて日本が大切にしていたものが失われてきています。ここをきちんと捉え直さなければいけません。
 文科省としては、教材や指導方法の開発等を通じた小・中学校等における伝統や文化の教育の充実も非常に重要だと考えております。
 今のお話の中でいうと、新しい学習指導要領における小学校、今度、中学年での外国語の活動、また高学年での教科としての外国語の実践的な導入があります。
 小・中学校、高等学校の外国語教育の抜本的な強化、それからグローバル・リーダーを育成するスーパーグローバルハイスクール、ワールド・ワイド・ラーニング・コンソーシアム構築支援事業、こういった初等中等教育段階からグローバル人材育成に取り組む場となる学校への支援を進めます。
 それと、今もご紹介いただきましたけれども、国費による海外留学支援制度の他、官民が協力した『トビタテ!留学JAPAN』による日本人の若者の海外留学支援、こういった事柄を、やはりバランス良く幅広く推し進めていきたいと考えています。
 現に2019年度の予算案においても、こういったそれぞれの取り組みに必要な経費を盛り込んでおります。
 こうした先進的な取り組みの効果を見極めながら、外国語によるコミュニケーション能力をはじめ、グローバル社会を生き抜く資質や能力を備え、日本人としてのアイデンティティーや幅広い教養も持って国内外で活躍できる人材を育てていきたいものです。
 あとは、所得の格差が、今申し上げたような、充実した教育の足かせにならないようにするためには、やはり「骨太方針2018」に書かせていただいているような、教育の無償化や負担軽減に向けた取り組み、これは今年の通常国会の大きなテーマです。
 また、何歳になっても学び直しができるようなリカレント教育を抜本的に拡充していきたいと思っています。

柴山氏 「短期志向」に走る若者たち
永瀬氏 ハーバード大に挑戦しよう

チャレンジする子少なく
 永瀬 私たちの方では、全国統一テストを小学校、中学校、高校と行ってきました。高校の全国統一テストの結果を基に、米国の留学を支援するための給付金を交付しています。ハーバード、プリンストンなど6大学が対象です。
 これらの大学の学費は年に400万円くらいかかります。普通のご家庭では、かなり重い負担となります。そのような事情で米国の一流大学への道を閉ざすことがないよう、優秀な生徒に限って年間10人ずつ4年間分、ざっくり言うと1人につき約3千万円を支給します。
 ところが、チャレンジする生徒があまりいないのです。一時はその気になってくれるのですが、いざとなると、入学者選抜の違いなどから腰が引けてしまうようです。今年はスタンフォードに受かって、給付することが決まりました。
 優秀な生徒が、日本の大学、例えば東大に入ってから1、2年を過ごしてから留学する、あるいは学部を卒業してからビジネススクールに行くことを考える人は少なくありません。
 しかし、ハーバードの卒業生仲間からすると、1年生から一緒に4年間、寮で生活し、損得のない付き合いをした人同士が本当の親友になるわけです。
 昔、私たちのようなベビーブーマー世代でしたら、3千万円も金を出してもらい、旅費まで全部十二分にあるというなら、もう大喜びで参加しただろうと思うのです。それが、なかなか飛び付いてこなくなってきています。
 給付金を受ける相手に私たちは何も求めません。それなのになぜなのでしょう。どうお考えになりますか。

柴山氏 低所得世帯の子に学ぶ機会保証

将来不安が関心事
 柴山 よく、失われた20年とか30年とかいわれます。バブル経済の頃、若い人たちはいろいろと積極的に活動していたし、海外にも打って出ていたとされます。私も、仲間たちが、チャレンジをしたいという気持ちがあり、それが成功した体験もかなりあったと思っています。
 近年は、このようなサクセスストーリーよりも、将来の不安の方が若い人たちの主要な関心事になってきているということもあります。また、いろいろな留学メニューを作っても、そういう状況の中では、短期のメニューが主眼となり、短期の留学や海外経験を積めば、それが国内の仕事の足しになるというぐらい、いわゆるショートターミズム(短期志向)なチャレンジということに目を向けてしまっているようです。
 もっと大きな、人生を懸けた一発勝負ということになかなか踏み切れないというのがあるようです。

世界一を目指して
 永瀬 そうですね。ただ中国もそうでしょうし、アメリカも同じですが、どうせつくるなら例えば世界一の会社をつくりたいとか、ある分野において世界一になりたいとか、こういう発想をするわけです。
 日本の場合はまずは国内を舞台に事業を広げて国際化するというぐらいが起業する人の目指すところのようです。だから私たちも最初から世界一を狙っていくような仕事、あるいはイメージを持たないといけません。
 私たちは予備校の他、スイミングスクールなどを展開しています。そういった世界で世界一になろうと思っています。この間、パリに行ったところ、日本人の3倍ぐらい、韓国の人や中国の人がいました。
 それに対して平和日本ではありますが、平和日本が得た良さと失ったデメリットもあるということです。

 柴山 今度のオリンピック東京大会では、空手が正式種目に選ばれました。昔は皆で並んでゴールテープを切るという徒競走もあったようですが、空手に限らず、さまざまなスポーツなどを通して、しっかりと切磋琢磨することの大切さを教えようとしています。
 そのためには外から働き掛けるよりも、各自が成功体験を積むですとか、あるいは誰かが頑張る姿から感動を得るといったことが大きなきっかけとなることでしょう。
 私自身も自分の体験を話す機会があります。チャレンジの尊さをいろいろなところで訴えていきたいと思っています。

夢はノーベル賞
 永瀬 当社が営むイトマンスイミングスクールを通し、オリンピック東京大会で金メダルを取るという一つの悲願もあって、50億円をかけて、東京都多摩市内に日本初のオリンピック仕様公認競技用プールを建設しました。
 イトマンには金メダルが狙える選手が何人かいますが、世界一を目指すとなると日本一を目指すのとわけが違います。厳しい選抜をくぐり抜け、そして努力をしなければなりません。それを手助けするための投資です。
 トップ人材を育成する観点からは、科学技術分野で、新しい発想で新分野を開拓する若手研究者に贈る「フロンティアサロン永瀬賞」を設けています。将来にわたって未知の領域を切り拓き、その成果が多くの人々に恩恵をもたらすと期待される方に贈呈します。
 夢はノーベル賞です。毎年、トップの人には2千万円を、2番手の人には1千万円を贈ってきました。10年ほど続けています。来年度はノーベル賞に関係する方々をパリに招いてカンファレンスをやろうと思っています。
 ノーベル賞となると、今までは日本一の若手研究者を表彰してきましたが、受賞できるかというと、まだ甘いところがたくさんあります。文科省はトップ人材の育成についてどのように応援する、あるいは、どのような育成構想をお持ちなのでしょうか。

 柴山 グローバル・リーダーを育成するため、所得が必ずしも高くない世帯の生徒さんたちに、学びの機会を保証することに力を入れています。また、得手・不得手、子どもの特性に応じた形の教育を目指しています。不登校であっても、あるいは障害があっても自己実現を図り、自分に合った力を発揮していくための教育を支援する。これが非常に重要な柱なわけです。
 その一方で走ることのできる人が例えば国際的な経験を積むですとか、あるいはその能力に応じて、これはプラスの方の意味で使っていると考えていただきたいのですが、突出した能力をさらに伸ばすためのコーチングも含めて支援をしていくということが必要になってくると思います。
 そのためのスーパーグローバルハイスクールであったり、国立大学法人制度であったり、『トビタテ!留学JAPAN』であったり、あるいは教員のそういうコーチングのノウハウを高めるために教師のICT(情報通信技術)の活用、指導力を向上させていくといったこともこれから進めていきます。
 大学の教職課程においては、教育の方法や技術に関する科目に加えて、教科指導法を学ぶ授業科目の中でも情報機器や教材の活用を必ず習得させるということを、平成31年度からスタートさせていきたいというように思っています。

永瀬氏 普通科全盛の高校でよいのか

 永瀬 大阪に大阪桐蔭という私立高校があります。甲子園の選抜高校野球で活躍するとともに、この高校には、難関大学を目指すためのコースがあり、東大や京大へと進学していきます。スポーツはサッカーやラグビー、ダンスも強くて、吹奏楽部も高く評価されています。
 学力レベルに差がある生徒が通う他の高校だと、学力レベルが下の生徒は萎縮してしまいますが、大阪桐蔭では、「おたくらは頭で日本一を目指すかもしれないけど、私はダンスで今度は日本一を取るんだ、野球で取るんだ」となります。
 現実に日本一になっているわけで、ダンスや野球に打ち込んだ生徒も勢いのある歩き方をしているのです。実際のところ、生徒ごとに得意とする分野があるわけで、それがはっきりしているようなら、割と早くから、例えば15歳ぐらいから、自分が目指したい道に行った方がいいのではないかという気もします。
 普通科全盛ではない高校の在り方があるのではないでしょうか。その辺の行政の持っていき方はいかがなのでしょうか。

 柴山 高校生の7割が通っている普通科をもっと細分化して生徒それぞれの能力、あるいは興味に応じた形でプログラムを組むといったことを、教育再生実行会議の中で検討しています。全ての生徒がより幸福に道を目指せるような仕組みを目指します。

 ―ありがとうございました。

 しばやま・まさひこ
 東京大学卒業後、住友不動産を経て司法試験に合格。平成12年に弁護士登録。自民党による候補者公募を経て16年衆院初当選。外務大臣政務官、総務副大臣、首相補佐官などを経て昨年10月から文部科学相。教育再生担当相を兼務する。埼玉8区選出。当選6回。53歳。

 ながせ・あきゆき
 東京大在学中に自宅アパートに「ナガセ進学教室」を開設。卒業後、証券会社勤務を経て昭和51年に(株)ナガセを設立。全国で東進ハイスクールを展開する。(株)四谷大塚、(株)イトマンスイミングスクール、(株)早稲田塾をグループ会社化、それぞれの社長も務める。70歳。

Topics

連載