未来思考で学校をRe DESIGNする
11面記事働きやすい環境に進化するオフィスの空間づくりを参考に
時代にふさわしい学校施設に生まれ変わるために
これからの予測困難な時代を生き抜く力を育てる上で、教育の重要性はますます高まっており、学びの環境もウェルビーイングの視点に立った質的改善・向上を施すことが求められている。そこで、学校施設が抱える課題を踏まえ、教育行政まかせでは成し得ない、民間企業等との共創による時代にふさわしい学校のリデザイン(再設計)を提案する。
時代が求める教育を実現するために
学校施設は、長寿命化改修を図りながら、時代が求める教育を実現するための学習・生活環境へと質的改善・向上を施していく必要がある。予測困難な時代を力強く生き抜く力を育てる、新しい学びのあり方に対応するためには、旧来の一斉授業による画一化した教室を、子ども主導で協働的な学びができる学習空間へと造り替えていかなければならない。持続可能な社会を目指すSDGs教育を進めるなら、エネルギー効率の高い建物へと生まれ変わらせ、脱炭素化を進めていかなければならない。
また、障害や特別な配慮が必要な子どもを受け入れていくためには、安心して過ごせる居場所を確保し、バリアフリー化を進めるなどインクルーシブな教育環境を築いていかなければならない。不確実な時代を生き抜くデジタル人材を育成したいというなら、先端テクノロジーを活用できる設備を備えていかなければならない。子どもたちの豊かな学びや成長を支えるため、地域社会との連携や交流をより深めていきたいなら、他公共施設との複合化や共有化を図っていかなければならない。
共創を通じて学校を構想する
文科省は、このようなウェルビーイングな学校施設を実現するための多様な視点を挙げ、教育環境の向上と老朽化対策の一体的整備を図ることを求めている。ただし、施設整備の現場では、改修ノウハウや専門職員の不足などさまざまな課題を抱えているのが現状で、これらの課題解決を教育行政だけに任せていくのは荷が重いと言わざるを得ない。
折しも、中教審等では新しい時代の学びの実現に向けた教員を取り巻く環境整備として、専門&支援スタッフなど多様な人材が支える持続可能な指導体制が俎上に上っている。学校施設の質的改善・向上についても、今後は構想段階から地域住民や教職員等が、設置者・設計者等の専門家と共創しつつ、新しい時代に向けてリデザイン(再設計)していくことが必要になっている。そこで大事になるのは、地域社会の基盤の一つとして〝どんな学校にしたいのか〟を明確にすることであり、それを多様な主体の参画によって、一歩一歩具現化していくプロセスになる。
オフィス環境の進化を手本に~家具の配置や環境を見直す~
中でも、これからの学校施設には民間企業の技術やノウハウを積極的に取り入れていく必要があると考える。例えば、教室づくり一つとっても、現在のオフィス環境の進化が手本になるはずだ。今や多くの会社ではリモートワークなど多様な働き方が可能になっていることから、社員が自由に利用できる空間を設けることで、コミュニケーションを活性化している。そこでは、可動式の家具やホワイトボードでレイアウトを好きなように変えられたり、オンライン会議用のスペースを設けたりといった工夫も取り入れられている。また、社員の気分転換や意欲向上を目的に、観葉植物や木のぬくもり、リラックスできるカフェスペースやソファ席などで空間を演出している会社も珍しくなくなっている。
学校でも1人1台端末が導入され、個別学習や協働的な学習が非同期的に分散して現れる複線型の授業が展開されることが望まれる中で、このような空間づくりや家具の配置といったものが大きなヒントになるといえる。学びの変容に対応したスペースの造り方と組み合わせや可動が可能なファニチャーの配置、あるいは増加する特別支援学級や不登校児、日本語指導が必要な子どもに対応した学習空間や学校用家具の設定に活用できるからだ。
また、快適で豊かな生活環境としての環境衛生やバリアフリーなどの設備にも、現在のオフィスが取り入れている技術・設備を取り入れる。メンタルヘルスのサポートが重要になる中では、カウンセリングルームや静かなリフレクションスペースを設ける。教職員の働き方改革の一つとして職員室のリニューアルや休憩室をつくるなど、働く環境を見直すことについても多数の事例があり、これらの先行するノウハウを参考に学校を快適な場所へ改修していくこともできる。
先端テクノロジーを体験できる場を
もう一つ、学校施設のリデザインで注目されているのが、1人1台端末の導入で使われなくなったコンピューター教室を、先端テクノロジーを活用した学びができる場としてリニューアルすることだ。文科省は2022年6月に改訂した「学校施設整備指針」の中で、GIGA端末では性能的に実現が難しい学習活動を行える空間として再活用することを各学校設置者に求めている。
この指針を受けて、すでに一部の自治体では民間企業や大学と連携し、ハイエンドなPCや3Dプリンターなどの機材を備えた「メディアラボ」として再生する動きが始まっている。高等学校においても、「DXハイスクール事業」の予算を投じて同様の機材を備えた教室づくりが進められているところだ。
こうした環境が望まれる背景には、わが国が今後も国際社会での競争力を維持し、さらなる経済成長を実現していくためには、不足するデジタル人材を育成していくことが急務となっており、それには大学前段階からデジタルなモノづくりにふれる環境を整備することが大事になるからにほかならない。加えて、次の学習指導要領では子どもたちの創造性や課題解決力を高めるSTEAM型の教育が重視される方向にあることから、ここでも先端テクノロジーを活用したアウトプット型の学習機会を提供することが必要になっているのだ。
コンピュータ教室をデジタルなモノづくりができる環境にリニューアル
老朽化した校舎が抱える課題
こうした民間企業との共創による時代にふさわしい学校のリデザインが期待される一方で、老朽化した校舎自体の脆弱性が課題になっているのも事実だ。建物部材の経年劣化は、安全面での不具合や機能面での不具合を引き起こす。近年では校舎の外壁のモルタルやコンクリートの一部が落下する事故が数十件起きており、昨年11月にも東京・足立区の小学校で、教室の天井の石こうボードが剥がれて落下する事故が起きた。
電気設備や排水・水道管の劣化も進んでいる。老朽化した電気設備は漏電や火災などの危険性があり、水道管は水漏れや劣化による破損のリスクがあるため、定期的な点検やインフラの更新が必要になっている。設備ではトイレの老朽化も深刻で、いまだに和式便所が残っている学校も多く、衛生面からも洋式化や床のドライ化に改修していくことが望まれている。
また、大半の老朽化した校舎には断熱対策が施されておらず、夏の暑さや冬の寒さ問題が顕著になっている。年々猛暑が厳しくなる中で、いくらエアコンを稼働させても室温が30℃から下がらない、エアコンが設置されていない冬の廊下は凍えるような寒さになるなど、子どもの体調管理はもちろん、サステナブルな学校経営として省エネが推進される中でエネルギー効率の悪さも課題になっている。
したがって、天井や壁などに断熱材を入れ、窓を複層ガラスや内窓にして外の熱を伝わりにくくするといった断熱改修を施すことが必要だが、予算規模が大きいことから二の足を踏んでいる自治体が多いのが実態だ。
快適な学習環境に向けた設備も足りない
快適な学習環境としては、教室の空調設備も課題の一つになっている。今日の新設校ではエアコンに加え、室内の温度や湿度が大きく変動しないように保つ全熱交換器と加湿器を整備することが主流になっているが、既存の学校ではエアコンだけしか整備されていないため、省エネルギー性と空気質を確保することは難しい状況となっている。そのため、コロナ禍の換気や冬季の乾燥対策に苦慮する事態を招いている。
環境衛生でいえば、HEPAフィルター付空気清浄機、サーキュレーター、CO2モニターといった、最新の知見に基づいた感染予防装置の導入も十分ではない。特に、新型コロナウイルスの活動制限が明けてからは、これまで抑制されてきた種々の感染症が季節を問わず流行している。集団感染リスクが高い学校現場では、基本的な感染予防に加え、こうした児童生徒の安心を担保し、教職員の負担を軽減する、アフターコロナに向けた設備や装置の導入促進が待たれているところだ。
バリアフリー化の加速を要請
インクルーシブな教育環境として不可欠なバリアフリー化も、徐々に改善されているものの遅れている。最新の令和4年度調査によれば、すべての学校に整備する必要があるスロープ等による段差解消は、校舎と屋内運動場とも6~8割にとどまる。避難所に指定されている93%の学校に整備が求められているバリアフリートイレの設置は、校舎が7割で屋内運動場は4割。要配慮者が在籍するすべての学校に整備しなければならないエレベーターも、校舎が3割弱で屋内運動場が7割といった具合だ。加えて、視覚障害者向けの誘導表示や聴覚障害者向けの警報設備の整備も遅れている。
このため、文科省では既存施設におけるバリアフリー化工事について、国庫補助の算定割合を2分の1に引き上げ、全国の教育委員会に対し、令和7年度末までを目標に車いす用エレベーターや視覚・聴覚障害者向け設備を含めたバリアフリー化を加速するよう要請している。
階段の多い学校にはエレベーターの設置も不可欠
優先事項から段階的に改修を進める
現在、ほぼすべての学校施設は耐震化を完了したことから、今後は内外装が老朽化した校舎の維持・更新や環境負荷の低減などのハード面の課題と、1人1台端末環境のもとでの個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実を図る、ソフト面の要請を踏まえて改修を進めていくことが求められている。
ただし、長引く経済不況で自治体の財政が必ずしも十分とはいえない中で、建築コストの高騰にも対処してく必要があるため、優先事項を見いだして段階的・計画的に改修していく知恵がより重要視されるようになっている。
例えば、外壁を改修する際には外張り断熱や内張り断熱の手法を取り入れる、屋根裏に断熱材を敷設する、断熱性の高い屋根材を採用するなどして、懸案となる暑さ寒さ問題を解消するように努めていきたい。また、開口部の広い教室は窓からの熱侵入が大きいため、改修時に複層ガラスや内窓にするだけで断熱性能を大幅に向上することができる。床下も、断熱材の敷設や、断熱パネルを床に取り付けることで改善できる。これらの断熱改修を進める上では、低コストで最大限の効果を引き出すためにも、最上階や西日が強い教室など、どの部分が最も断熱性能を向上させる必要があるかを特定し、計画を立案することが大切になる。
創意工夫により特色や魅力を
老朽化改修では、できれば自然光を取り入れる工夫を施していきたい。省エネ効果だけでなく、昼間でも暗くなってしまいがちな空間に光を採り入れることで、子どもたちにとってより居心地のよい空間にもなるからだ。これまでにも、廊下やホールを明るい場所にするために上階を撤去し、元の廊下部分を吹き抜けガラス屋根のアトリウム空間にした事例もある。また、教室では空調設備のみに頼るのではなく、自然換気を利用する方法も。既存の階段室の上部に設けた高窓による温度差換気、夜間換気システムの導入や教室の廊下側間仕切りの通気性を高めることにより、自然の力による風通しの良さを実現している。
改修時に内装を木質化し、机・椅子等に木製家具を取り入れることで、温かみと潤いのある教室や空間へと生まれ変わらせる試みも多くなっている。採用した学校では「気持ちが落ち着く」「教室の雰囲気がよくなった」など木材ならではの優しい見た目や香り、手ざわりが五感を刺激し、子どもへの心理的効果が高いという声が聞かれている。地域産材を積極的に活用することで、地域社会の活性化に貢献できるメリットもある。
余裕空間を有効活用し、1人1台端末環境に対応したゆとりのある教室に造り替えることもできる。例えば、普通教室2室間の壁を撤去し、耐震補強することにより、子どもの主体的な学習に不可欠なグループワークやプレゼンなどに活用できる多目的空間にする。誰一人取り残すことのない教育を目指す中で、特別な配慮が必要な多様な子どもを受け入れる場所として整備することもできる。また、新設校で採用されているオープン教室のように、普通教室と廊下との間の壁を撤去し、開放的な学習空間にしていくことも考えられる。
誰一人取り残さない、インクルーシブな教室づくりが必要
地域や社会と共創できる空間を造る
さらに、これからの時代に必要な資質・能力を育成するには、多様な人々と協働しながら社会的変化を乗り越える力を身に付ける必要があることから、学びを学校の中だけで完結するのではなく、地域との共創空間に造り替えることも期待されている。それらは同時に、地域の活性化や課題解決にもつながるからだ。
従って、地域の人たちへの開放に相応しい機能の空間に転用し、ゾーニングに留意しつつ地域拠点としての役割を強化することもできる。公民館のような地域の人たちが参加・交流できるスペースをつくる、子どもたちと一緒になってワークショップできる場所をつくる、図書室・メディアセンターを開放する、児童が放課後にいられる場所にするといった工夫をする学校も出てきている。また、これらを発展させて、保育施設や福祉施設などとの複合化も進んでいる。
子どもたちの将来のために学校をアップデートしていく
近年、私たちを取り巻く世界は、急速な技術革新やグローバル化に伴い、予測困難な時代に直面している。その中で、子どもたちが将来社会に出たときに活躍できる素養を身に付けるために、学校の設備・機能が重要な役割を果たすのはいうまでもない。
学校は子どもたちの未来を築く場所であることを踏まえ、目指す教育の方向性に添って施設もアップデートしていく必要があるのだ。
ハードとソフト両面での改善が求められる