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サトー先生の「きょういく日めくり」~きょうも楽しく学校へ行くために~【第13回】

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論説・コラム

「たたき売り」に学ぶ話法と視線

 授業開始のチャイムが鳴ってもなかなか席に着かない。座ってもすぐ立ち歩く。教科書もノートも開かない。授業モードにまったくならない生徒たち相手に、授業(らしきものを)始めるまで約20分。どうすりゃすぐ授業できるの?そんな問いに、Q先生が言った。「道頓堀で勉強しといで」。

 ボクが教員になったころには、大阪ミナミの道頓堀沿いにベルトやら財布やらを独特の口上で即売するお店があり、ときどき通った。俗に言う「たたき売り」。かつてはバナナやがまの油などを売り、その後、バーゲンダーやテレビショッピングへと発展する。店頭に集まる人々の後ろで何のこっちゃとのぞいて見ると、張り扇(ハリセン)片手に独特の調子で語るオヤジの話法、身振り手振り、間の取り方、声の強弱……確かにそれらは皆、勉強になる技術の数々。以降、ミナミに行っては遠巻きからオヤジを眺める機会が増えた。
 それだけではない。何度も通ううちに、よくよく見るとわかってきたぞ。
「さあさあ、後ろで見ているお兄ちゃん、アンタもちょっとこっちへ寄って近くでこれ見て。ごめんなさいね、前のお客さん。ちょこっとこのお兄ちゃんも入れたげて」
 たたき売りオヤジのすごいところは、話法とともに客への目配りだと知る。客の表情を瞬時に読み、個人個人の目を見て語り、問いかける。行き過ぎようとする人を全力でつかまえ、言葉を尽くし、財布を開かせるまでの一連がもはや芸術品。実に客の動き―体も心も―をよく見ているのだ。

 圧倒的な話術と客の一人ひとりをしっかり見る視線、そしてそれらを貫く「つかんだらのがさないぞ」の気合い。ボクの授業に足らなかったのはこれだ!当時のボクの部屋には、なぜかベルトやら財布やらがいくつも並んでいたよな。
 
 
佐藤功(さとう・いさお。大阪大学人間科学研究科元教授)
大阪府立高校教員として33年。酒と温泉と生徒ワイワイ……「生涯現場の一担任」のはずが、生徒や保護者とのわちゃわちゃ大好きを見込まれ、気がついたら大阪大学教職担当初代教授(人間科学研究科所属)。教職志望の学生たちと地域活動やら探究活動やら、日本全国を駆けまわり、現職は「一般社団法人NEOのむら」理事。最近、「国内旅行業務主任」の資格も取ったらしい。著書に『教室の裏ワザ100連発』『気がついたらボランティア』(学事出版)『はじめてつくる「探究」の授業(編著)』(大阪大学出版会)など。「おまかせHR研究会」主宰。

サトー先生の「きょういく日めくり」