親を亡くした子どもにとっての「希望の火」を灯し続ける
11面記事「交通遺児でヤングケアラー」の子どもへ適切な支援を考える
社会問題として近年注目を集めている「ヤングケアラー」について、公益財団法人交通遺児育英会(石橋健一会長)が今年7月に発表した調査で、奨学生全体の15.8%が家族のケアをしており、そのうち3割近くが家庭、就学に対する経済的支援を求めていることが分かった。こうした子どもの未来のために社会ができることは何か。石橋会長とヤングケアラー研究の第一人者である森田久美子・立正大教授に語ってもらった。
森田 久美子 立正大学社会福祉学部社会福祉学科教授
石橋 健一 公益財団法人交通遺児育英会会長
支援を必要とする子どもに光を当て正しい知識と適切な対応について周知する
交通遺児を見守る立場からヤングケアラーを意識
―交通遺児育英会として今回初めて実施された調査について、森田教授の協力を仰いだ経緯についてお教えいただけますか。
石橋健一会長(以下、敬称略) もともと「ヤングケアラー」については詳しくは知らなかったのですが、2021年11月に当会の奨学生(元ヤングケアラー)OGが事務所を訪ね、実情を話してくれたのです。私どもは交通遺児の支援団体ですので、保護者が亡くなられたり、障害が残られたりなど、一般に比べてヤングケアラーが生まれやすい状況があるのではないかと考えました。
一昨年、「生活状況調査」の中に「障がいや病気のある家族の身の回りのお世話や介護をしていますか」という質問を加えたところ、日常的にしている奨学生が11%、「時々」も含めると35%存在することが分かりました。そこで今年3月、全国830人の全奨学生を対象に「奨学生の生活実態に関するアンケート」を実施しました。当会としてはヤングケアラーについての知見が少なかったこともあり、子ども家庭庁にご相談をして森田教授を推薦していただき、調査設計の段階から監修をお願いしました。
森田久美子教授(以下、敬称略) 私自身、学生時代に交通遺児支援の募金活動に参加した経験があり、交通遺児のための「つどい」など育英会の活動には関心を抱いていました。交通遺児であることは子どもにとって周囲に話しづらいなど、ヤングケアラーと共通の問題もあり、支援活動の一環として、「つどい」のような活動ができないかと考えていました。
日本ケアラー連盟として取り組んでいる、自らの経験などを語る「スピーカー」育成の講座に、先ほどお話の出たOGの方が受講され、自らの体験をまとめる過程で奨学生の頃のお話を伺う機会がありました。そんな経緯もあり、今回のお声かけをいただいた時にぜひ何かさせていただきたいと考えました。おそらく交通遺児にもヤングケアラーの方が少なからずおられるのでは、との思いもありました。
交通遺児育英会による調査概要
石橋 調査の質問項目は、世話をする家族の有無、家族の誰を世話しているか、ケアに費やす時間・頻度、ケアラー自身の身体的・精神的健康状態、周囲に対して相談経験があるか、などで構成しました。
森田 国の調査とも比較ができるよう、項目を調整しました。育英会から独自に具体的な支援も行いたいとの要望がありましたので、経済的な支援についての質問項目を加え、自由記述も設けるなど、奨学生個々の声を拾っていただきました。
石橋 調査はインターネットで実施し、366人(回答率44%)から回答を得ました。令和2年度に国が実施した調査と比較すると、ケアラーの存在比率が高く、「家族の世話をしている(過去を含む)」は、奨学生全体で15・8%(全高校生16・7%、全大学・短大生以上15・9%)でした。世話をする対象は父親が最多の36・2%で、次いで母親の29・3%でした。また「助けてほしいこと」では、「家庭への経済的な支援」が高校生で37・5%、大学生・短大生以上では35・0%に達しました。当会としては、地域ごとにヤングケアラーの窓口、仕組みなど公的な支援組織がありますので、これらを紹介することが最初にできることだと思いました。
明らかになった「交通遺児でヤングケアラー」である子どもたちの存在
―国の調査では世話をする対象の最多が「きょうだい」でしたが、今回の調査では父親が最多で、次いで母親でした。
石橋 父親、母親をケアしている子どもが多いことは予想できました。しかし親のケアをしながら、小さな弟、妹をケアしている実態は今回の調査で初めて分かったことです。
森田 自らの現状について「相談したことがある」と答えた高校生は、5・9%と少なかった。国の調査では23・5%なので、サンプル数の違いこそあれ、かなりの差があります。国の調査では「誰かに相談するほどの悩みではない」という理由が多かったが、育英会の調査では「家族のことだから話しにくい」とする高校生が多かった。
石橋 高校生は特にそうですね。家の事情を公にしたくない気持ちもあるでしょう。高校生世代は支援を理解する意識も強くないですから。
「交通遺児でヤングケアラー」である子への支援
森田 今回育英会が丁寧に調査した結果、支援が必要そうな奨学生をリストアップできました。国の調査だと全体像を把握できても、匿名が前提なので具体的な支援につなげることは難しいです。しかし今回の育英会の調査は、家族関係も含めて実際に把握し、関係がある上での調査ですから、子どもも安心して答えられると思います。
ヤングケアラーは親しい友人に自らのことを伝えようとしても、うまく伝わらなかったということが多いです。周囲や友人もなかなか状況を把握できない。そうすると、やっぱり話したくない、という状況に陥ってしまいます。
石橋 当会が支援の形を決めるステップとして、まず存在を把握し、次に個別に対象の方を訪問して、面談する必要があります。状況をよく観察し、ケースに応じた支援のアイデアを引き出さなくてはなりません。
実は今回のアンケートとは別に奨学生との面談を進めており、現段階でヤングケアラー3人と会うことができています。今後も面談を進めていきますが、調査を進めるに従い、ほかにもやらないといけないことが見えてくると思います。
―森田教授からの視点で、ほかに調査結果から見えてきたことはありますか。
森田 父親と母親ではケアの状況が違いました。父親も母親も「ほぼ毎日」のケアが多かったですが、時間は父親が「1時間未満」、母親が「1~3時間」が最多でした。経済的な支援のニーズは父親のほうが大きいけれど、ケアについて子に負担がかかりやすいのは母親のようです。
また、具体的に家庭状況も把握している組織が調査すると、具体的な支援につながりやすいとも思いました。ヤングケアラーが生まれる状況は、交通遺児のほかにも、例えば震災の被害者や犯罪被害者などが想定できます。今回の育英会の調査が今後、他団体で実施する調査のヒントにもつながるのではないかとも感じました。
石橋 残念ながら、ヤングケアラーの存在を知らない方も多くいらっしゃる。当事者が意識していないケースもあり、知ってもらう活動が大事だと思います。広報紙「君とつばさ」などを通じ、支援を受ける側だけでなく、支援する側にも現状を知っていただき、世間に認識を広げたいと思います。
森田 育英会では奨学生の保護者を含めた事業の展開もしておられます。支援の課題として、「ヤングケアラーが頑張っている」という印象が強くなると、その分親御さんが責められているという状況があって、そのあたりの意見も引き出していければと感じます。ヤングケアラーの保護者から意見を聞く機会がおありでしょうか。
石橋 それをいま急ぎで検討中です。これまでは、年に一度開催している「高校奨学生と保護者のつどい」、年に5、6回、地方都市で「語らいカフェ」を開催し、奨学生の親御さんの話を聞き、事業の改善などにつなげています。これら事業の詳細は今後もホームページなどで発信していきます。
森田 ヤングケアラーは孤立しやすい状況にあります。交通遺児が育英会の奨学生になることで、家庭とお子さんが孤立せずに、家族以外にも相談し、つながれる方がいて、支援へのきっかけができるのは大変良いことと思います。
石橋 ヤングケアラーへの支援について、森田教授も含め有識者の方からの意見を伺いながら、どういった形の支援がいいのかを早期に考えます。奨学生に対しての直接支援だけでなく、支援組織をサポートする形での支援も考えられます。また「高校奨学生と保護者のつどい」など、一斉に集まる機会への参加が難しいご家庭への個別訪問を進めたいです。
森田 全国各地にヤングケアラーの心理的サポートをする団体が増えればと思います。あるところに支援が必要な方がいても、自治体ごとに支援の仕組みが異なり、どの団体につなげればいいか試行錯誤している状況です。
石橋 私どもも常時、存在を把握していなければ支援ができません。奨学生を対象とした生活状況報告にヤングケアラーの項目を加えたいと思います。また奨学生や保護者が自らの体験を語る無料出張講演の依頼が増えていますので、スタッフが地方に赴いた折に支援対象と思われるご家庭を戸別訪問するなど、ヤングケアラーと接触する機会を増やしたいと思っています。
交通遺児育英会のヤングケアラー調査=https://www.kotsuiji.com/wp-content/uploads/2024/07/news20240711.pdf
一般社団法人日本ケアラー連盟=https://carersjapan.com/
いしばし・けんいち
1942年生まれ。北海道大学工学部卒業後、日新製鋼入社。呉製鉄所エネルギー技術課、本社人事部などを経て、96年交通遺児育英会に出向。事務局長、専務理事、理事長を歴任し、2023年6月より現職。日本教育新聞電子版にて2024年4月から9月までコラムを執筆。
もりた・くみこ
立正大学社会福祉学部教授、博士(人間学)、精神保健福祉士。専門は精神保健ソーシャルワーク、ソーシャルワーク教育。一般社団法人日本ケアラー連盟ヤングケアラープロジェクト担当理事。厚生労働省「ヤングケアラーの実態に関する調査研究検討委員会」委員。