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オンライン鼎談 教員のメンタルヘルス対策や働き方改革を探る

10面記事

企画特集

休・復職を繰り返さない体制づくりがカギ

 「過労死ライン」を超えて勤務をしている小学校教員は約3割、中学校教員では約6割に達している中で、毎年5000人前後が精神疾患で休職しているなど、教員の「働き方改革」が急務になっている。そこで、メンタルヘルス対策や働き方改革に詳しい識者を招き、学校における解決策を探った。(敬称略)

教員のメンタルヘルス対策を強化

 司会 文科省は公立学校教員のメンタルヘルス対策を強化するため、来年度の概算要求で9000万円を新規計上しました。その理由や事業内容について教えてください。

 一色 精神疾患で休職する教員が増えている背景には、業務量増加や質の困難化、教員間の残業時間のばらつき、保護者等からの苦情や不当な要求等があるといわれています。長期にわたって学校現場から離れてしまうことは、本人はもとより教員確保・質向上の観点からも望ましくなく、大きな社会的課題の一つと考えています。
 したがって、これまでも各教育委員会には学校の「働き方改革」の一層の推進に加え、セルフケアやラインケア、精神科医等がカウンセリングできる環境整備などを図るよう求めてきました。
 今回の事業の内容としては、3カ年のモデル事業を都道府県・政令市の教育委員会に委託し、民間企業や専門家等とも協力しながら、原因分析、メンタルヘルス対策、労働安全衛生体制の活用等について検証・研究し、好事例の創出や効果的な取り組みの研究につなげることを想定しています。

学校の権限でできることから変えていく
 司会 業務時間外の留守番電話の導入が全国の学校に普及したのは、2012年に小室さんがコンサルに入った静岡の公立校での取り組みがきっかけでした。そうした点でも、教員の働き方改革を現場の視点に立ち長年広げている印象があります。

 小室 実は休職者と同じ健康状態でも、責任感から休めない教員はもっと多く、まさに氷山の一角だと捉えています。200校の働き方改革を支援してきて、実際に大きな変革ができた学校には共通点があります。
 岡山県の高梁市立高梁小では、放課後の水泳指導を廃止する代わりに2時間連続授業にするなど効率化したところ、水泳大会の参加標準記録突破による出場者が2・5倍に増加したといった成果が出ました。また、成績処理をする期間は授業を短縮して行事や会議を入れないことで大幅に残業を削減することができました。これは校長・教頭の権限で実施できることです。
 浅口市立鴨方東小では、最初から保護者を巻き込んでカエル会議(現状のギャップを認識し、解決するためのブラッシュアップを繰り返す会議手法)を行いました。そこでは先生たちは多忙を極め、保護者にとって一番大切な子どもと向き合う時間が取れていないことを伝え、どうしたら負担を減らせるかを一緒に考えました。その結果、それまで慣習だった地域行事への教員のお手伝いは不要となり、校庭の活花管理や休み時間の安全対応等の主体を教員以外に移行することで、1日当たりの残業時間が最大32・4%減少しました。働き方改革と保護者の満足度を上げることは対立軸になりがちですが、問題意識を共有すれば保護者も一緒になって協力してくれるのです。

評価だけでなく、対価を支払う仕組みを
 司会 働き方改革を行うと子どもと向き合う時間が少なくなるといわれますが、埼玉県の伊奈町立小室小の事例では、労働時間が減ったのに子どもと向き合えると感じる教員の数は倍近く増えていますね。

 小室 学校の働き方改革で共通する課題は、管理職が主体的に仕事を削減するリーダーシップを発揮せず、むしろクレームを恐れて、あれもこれも教員に押し付けている状況です。働き方改革を進めることが管理職の評価につながる仕組みを作ることがポイントになると思います。
 しかし、現状の学校の管理職がどうかというと、働き方改革を進めても評価はされないし、対価にも反映されません。だからといって評価だけを取り入れて管理職を降格できるようにしたら、文科省の調査で問題になった「勤務時間の改ざん指示」のようなことがもっと増えてしまうかもしれません。評価と対価が伴った仕組みにしないと学校の働き方改革は進まないと思います。

メンタルヘルス対策のポイント
 司会 学校現場ではメンタルヘルス対策が非常に遅れています。刀禰さんの会社が提供している企業のメンタルヘルス対策について教えてください。

 刀禰 企業からの問い合わせで8~9割を占めるのが、休職やメンタル問題について向き合ってくれない産業医を交代したいというもので、それには次のような理由があります。
 メンタルの状況をステージ1~4で表すと、例えば心身ともに健康で働いている人はステージ4「問題なく仕事ができる」で、休職している先生はステージ1「鬱でこもってしまう」になります。重要なのは、その間に2「外は歩けるが、仕事はできない」と3「仕事はできるが、体調が不安定」というステージがあり、今の精神科医療ではこのステージ2や3のような状態でも本人の復職意欲があれば「復職可」になってしまうことです。ですから、復職しても、すぐにステージ1に戻って休職してしまうことがよくあります。
 ステージ3で復職した場合は、フォローする仕組みが整っていないとなかなか完全復職にはなりません。そこで、当社がメンタルヘルス対策の一つとして提案しているのが「休職プロセス」と「復職プロセス」を仕組み化し、復職する社員にも公開して運用することです。加えて、復職判断時の面談も大事になります。ここでは精神科医である必要はなくて、むしろ精神科医としっかりコミュニケーションでき、判断材料として用いられる産業医の存在が重要になるため、我々はそうした信頼感のある産業医、保健師をアサインメントさせてもらっています。
 もう一つは、

 (1) セルフケア
 (2) ライン(上司の教育研修)によるケア
 (3) 事業場内産業保健スタッフ等によるケア
 (4) 事業場外資源によるケア

 ―の4つによる組織的なメンタル対策を行っています。この中で、当社が「休・復職プロセス」と「信頼感のある産業医」に加えて重要と考えているが、セルフケアになります。というのも、ラインによるケアから始めるよりも職場環境の改善へ投資を行う方が、コストパフォーマンスは非常に高いという統計が出ているからです。こうしたメンタルヘルスケア対策により、ある情報通信会社では、離職率が5年間で16・8%から8・9%、休職率も5・7%から0・6%に改善するなど、しっかりとした対策を行えば必ず結果はついてくるものと考えています。

 司会 メンタル対策は、「休・復職の仕組み化」であるということですね。その意味で、実は沖縄の先生たちと話したときに、学校では復職した途端に以前と同じ仕事をするのが当たり前になっていると聞きました。文科省が公表した教職員のメンタルヘルス対策の最終まとめ(2013年)では、復職後は段階的に業務を増やし、その際には産業医の意見も聞くようにとなっていますが。

 一色 その点は、こちらが思っている意図が十分に伝わっていない部分があり、今後もきちんと情報を提供していく必要があります。加えて、本人のセルフケアの促進、校長等のラインによるケアの充実など、心身の快復状況の段階に応じた復職支援を推進していかなければならないと考えています。

睡眠不足が招く抑圧化
 司会 特に30代教員の休職者は急増中で、中堅の先生方に大きな負担を強いている。私は今の学校の職場の状況がこのまま続くと、人材が枯渇してしまうのではないかと危惧しています。

 小室 学校の働き方改革を進めなければならない理由の一つには、「睡眠不足の上司ほど部下に侮辱的な言葉を使う」という論文から伺える通り、睡眠不足によって自分をコントロールできなくなる状況が先生たちに起きているからです。子どものために頑張って授業していると思っているのに抑圧的な態度をとってしまう、保護者からすると考えられないような体罰やセクハラなどの問題が頻発している。その背景にはまじめで頑張り屋だった先生たちが長時間労働によって脳がダメージを受けていることがあり、一番の被害を受けているのが子どもなのです。
 不登校が増えていますが、そんなギリギリの状態で働く先生にとって、同じ行動をしてくれない子どもは本当につらい存在になる。本来は個別の多様性に対応した教育を行っていくことが、将来の日本にイノベーションを与えることにつながるわけですが、その芽を摘んでしまっている。今、給特法を廃止して残業代を支給する予算を獲得しようと動いていますが、どれだけ子どもが大変な状況に置かれているのか、それを国民が認識してくれないと実現は難しいと思っています。

トップが先頭を走る必要がある
 司会 民間企業のメンタルヘルス対策に携わっている会社として、組織のマインドが変わるカギを握っているので誰ですか。

 刀禰 やはり企業のトップが真剣に変えていくんだと宣言し、自ら行動しないと上手くいきません。顧客によいサービスを提供するには、まず社員が心身とも健康でなくてはならず、そうした環境を作っていかないといずれは立ち行かなると考えています。人材獲得競争に負けてしまうからです。

 司会 ということは、学校でいえば教育長や学校長が先頭を走る必要がありますね。文科省の実務上の担当者の立場からはどう思われますか。

 一色 まさに教育委員会や管理職など上の人たちが本気にならないと変わらないというのは指摘の通りで、文科省も事あるごとにメッセージを発信しています。また、予算的な意味でも、支援スタッフの拡充や教職員定数の改善といった取り組みを進めています。その結果、教員の残業時間は一定程度改善傾向になっていますが、依然として長時間労働が続いている教職員もおり、改善に向けた取り組みを加速していくことが重要だと考えています。
 加えて、2019年の給特法の一部改正によって、教員の時間外勤務についての上限を定めた指針を法的に根拠のあるものにしたこと。さらに指針のQ&Aでは、校長の指示による虚偽申請があった場合は、信用失墜行為として懲戒処分の対象ともなり得ることも示しています。
 文科省としては、来年度の概算要求でも教員の指導体制の充実や働き⽅改⾰の推進に予算を計上しており、今後は働き方改革の状況・成果を踏まえつつ、また、本年度実施している勤務実態調査の結果等を踏まえ、給特法等の法制的な枠組みを含めた処遇の在り方を検討していく予定です。
 本来、教育は子どもの可能性を育むことであり、だからこそ魅力的で関心の高い職種でした。しかし、今はブラック職業といった声も聞かれるようになっている。教育に関わる関係者全体が本気になって取り組んでいくこと、それしか解決する手段はないと痛感しています。

 司会 今日は学校の働き方改革の最先端を走っている立場からの貴重な提言。そして、来年は学校のメンタル対策を変えていくスタートの年になると思っていることから、民間企業における取り組みは大変参考になるものでした。文科省も大変だとは思いますが、こうして応援してくれる民間企業の方もたくさんおりますので、一緒によりよい学校の職場環境を作って、教職員や子ども、その周りにいる家族の幸せが学校で育まれることを実現していきたいと思っています。本日は、ありがとうございました。

教育関係者全体で本気で取り組む必要がある
一色 潤貴 文部科学省教員メンタルヘルス専門官

 教員メンタルヘルス専門官として、教育関係職員の心の健康の保持及び増進に関する専門的事項についての企画及び立案並びに指導及び助言に当たる。

「休・復職のプロセス」を仕組み化する
刀禰 真之介 株式会社メンタルヘルステクノロジーズ代表取締役社長

 あらゆる業種に対応可能な「産業医クラウド」を提供し、約1,300社、1万事業所以上の健康経営をサポート。社員がいきいきと働ける“ウェルビーイングな職場づくり”を教育業界にも提供を開始。

教員の疲弊で被害を受けるのは子ども
小室 淑恵 株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長

 2006年より働き方改革や女性活躍推進に関するコンサルティングをはじめ、数多くの「働き方改革」を成功に導く。その実績を受けて、200校を超える学校の働き方改革にも取り組んでいる。


<司会>
応援する企業と一緒になって解決を
藤川 伸治 NPO法人「共育の杜」理事長

 急速な社会の変化に対応できる未来の教育モデル・学習法モデルを構築し、リーダーシップ・マネジメン・ファシリテーション力の向上プログラム、組織的なメタルヘルス対策の普及活動に取り組む。20年8月には「教職員勤務実態調査」の結果をもとに、文科省で緊急提言を行った。

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