成年年齢引き下げで必要性が高まる法教育~「18歳から大人」として行動できるために~
10面記事法務省が提供する『18歳を迎える君へ』
2016年の選挙権年齢の引き下げや、今年度4月から施行された成年年齢及び裁判員対象年齢の引き下げなどに伴い、法的なものの考え方を養う教育の必要性は、近年ますます高まっている。こうした中、法務省では学校現場における「法教育」の普及・推進に向けてどのような取り組みをしているのか、法務省大臣官房司法法制部の菊地英理子氏に話を聞いた。
学校での普及・推進に向け、教材・動画を提供
法務省
法的なものの考え方を身に付ける
大人になると責任が増え、社会生活の中で自覚をもって行動することが必要になる。一見当たり前のようだが、そこではわが国の法や司法制度について、しっかりとした知識を持っていることが基盤となる。とりわけ、多様化・複雑化が進む現代社会では、司法の役割はより一層重要なものとなっている。その意味からも、学校における「法教育」によって、未成年のうちから、これらの基礎になっている法や司法制度の価値を理解し、法的なものの考え方を身に付けることが求められている。
こうした「法教育」について菊地氏は、2001年の司法制度改革における裁判員制度の導入等により、国民が能動的に司法に参加することが求められるようになったことがきっかけであるとした。「法教育とは、法の支配や司法制度がどういうものであるかといった根本を理解するものであり、国民の積極的な司法参加の基礎となるものと捉えています」と答える。
「法教育」では、社会の中でお互いを尊重しながら生きていく上で、法やルールが不可欠なものであることへの理解を深めるとともに、他人の主張を公平に理解し、多様な意見を調整して合意を形成したり、法やルールにのっとった適正な解決を図ったりする力を養う。法教育は、「自由」「基本的人権の尊重」「法の支配」など、法や司法制度の基礎となっている価値を理解し、法的なものの考え方を身に付けるためのものであり、いわば民主主義の一翼を担うものとして、一人一人が選挙を通じて立法権に関与し、また、裁判員となることを通じて司法権に関与することの意義を理解させるもの。こうした法教育の要素は、社会科を中心に、さまざまな教科にちりばめられており、学校の授業の中で、法教育が実践されることを期待する。
継続的な法教育で社会に出たときの力が変わる
学校現場では、4月から施行された成年年齢の引き下げによって、実践的な消費者教育の実施が喫緊の課題となっている。例えば、キャッチセールスや勧誘によって高額な契約に安易に申し込んでも、従来なら保護者によって取り消すことができたが、これからは、たとえ高校生であっても、18歳になれば、自分でその契約の責任を負わなければならなくなった。契約初心者であるがゆえに、思ってもみなかった条件が含まれている契約を結んでしまうことが起こり得る中で、契約や消費者保護が前提となる私法の基本的な考え方を正しく理解し、トラブルを回避する力を身に付けるためにも「法教育」は極めて重要だ。
「高校3年のうちに成人を迎える人がほとんどであるため、これまで以上に、若年層に対する法教育の必要性は高まっています。18歳になると、裁判員に選ばれる可能性もあり、若年層に対する法教育に力を入れる必要性があります」と指摘する。
ただし、成年年齢を引き下げたからといって、「法教育」の中身が変わるわけではない。法教育は、「法やルールの意義・役割、よりよいルールの作り方」「契約自由の原則など、私法の基本的な考え方」「個人の尊重、自由、平等など法の基礎となっている基本的な価値」「司法の役割」という4つの領域を中心に、法についての理解を深めることとされており、これらの領域について、学んでいくことが大切になる。
もう一つ、法務省として重要と考えているのが、小学校のうちから継続的に「法教育」に取り組んでもらうことだ。「法教育は、法の背景にある価値や、法やルールの役割・意義を考える思考型の教育であり、知識を学ぶものではありません。小学校から発達段階に合わせて学習を重ねることで、社会に出たときの力として積み上がっていくものが変わってくると思います」
発達段階に合わせて学べる教員向け教材
法務省では、こうした発達段階に合わせた「法教育」の実践が可能になるように工夫した教員向けの教材を制作し、学校に提供している。例えば、小学校の冊子教材では、3・4年生向けには、「借りた本を汚したことでけんかになったという事例」「ゲームの貸し借りをめぐる問題」などを、また、5・6年生向けには「掃除をさぼったかどうかという学校生活におけるもめごとの事例」「SNSやインターネットの書き込み」などを取り上げ、児童に身近な事例について一緒に考えながら法の意義などを学ぶことができる。
いずれも児童が興味を持って主体的に取り組むことができるコンテンツとなっており、実際の授業を想定した指導計画、ワークシートも盛り込まれている。
同じく、中学校向け教材は「ルールづくり」「私法と消費者保護」「憲法の意義」「司法」の4つを題材にしたもの。高校向けには、高校生の段階で特に学んでおくべきと考えられることを、「ルールづくり(ルールの在り方を考える)」、「私法と契約」「紛争解決・司法」の3つのテーマに整理。新学習指導要領で新設された「公共」の授業において使用することを想定した教材になっている。
発達段階に合わせた教材
実際の授業を想定した指導計画
「契約」を題材にした高校生向けリーフレットも
こうした中、成年年齢引き下げに合わせて、契約の基本的な考え方などについて学べるリーフレット『18歳を迎える君へ』も作成した。「これは、まさにこれから社会に出ようとする高校生が理解しておくべき、契約や私法の考え方をコンパクトにまとめたものになっています。成年になると一度結んだ契約は原則取り消せません。そのことをしっかりと頭に入れつつ、契約とはそもそも何なのか、なぜ、契約を守らなければいけないのかということを正しく理解し、自分にとって真に必要な契約か否かをよく検討する力を身に付けてもらいたいと思います」と強調する。
本リーフレットは、マンガによる分かりやすい解説によって、生徒が一人で読んでも理解できることをコンセプトに制作したが、授業で扱う学校もあるという。
さらに現在、司法制度を模擬的に体験し、理解を深めることのできる教材の制作を進めている。学校現場は忙しく、「法教育」の重要性は分かっていても、限られた時間の中で、どのように効果的に実施していけばいいか、悩んでいる教員が多いのではないかと考えているからだ。
「具体的には、模擬裁判を行って司法制度を体験的に学ぶもの。一コマの授業で手軽に実践することができるよう、ロールプレイング用の教材のほか、動画の教材も制作する予定であり、学校の状況に合わせて使い分けていただくことを想定しています。発達段階によって学ぶべき内容や児童・生徒の理解度は違ってくるので、現役の小・中・高校の先生や法学者、教育学者、弁護士、裁判官、検察官などの意見を聞きながら制作を進めているところです」と語り、今年度中には提供したいと考えを示した。
若者の積極的な社会参加を促すために
法務省としては、今後もこうした授業で役立つ、先生方にとって使いやすい教材やノウハウを提供していく意向だ。また、毎年夏には教員向け法教育セミナーも実施。今年も8月18日に法務省で開催する予定で、そこでは現役の先生を講師に、同省の教材を使った授業事例等が紹介される。そのほか、同省を始め、検察庁、日弁連などの法律専門家による学校への出前授業も随時行われている。
最後に「法教育」を学ぶ児童・生徒たちに向けて、メッセージをもらった。「法教育というと難しく思うかもしれませんが、皆さんが社会の主役として活躍していく際の基礎になるものです。社会にはいろいろな考えの人がいます。法教育は、皆さんが、自分の意見や考えを大切にしながら、自分とは異なる人の立場も尊重し、共に生きていくことのできる力を育てるものです。ぜひ興味をもって取り組んでいただきたいと思っています」
法務省では、法教育の具体的内容及びその実践方法をより分かりやすくするため、法教育に関する教員向けの冊子教材及び視聴覚教材を作成し、各学校に配布している。また、法務省ウェブサイトでも公開しており、ダウンロードや視聴が可能だ。
法教育に関する問い合わせ=法務省大臣官房司法法制部司法法制課司法制度第二係電話03・3580・4111(内線2362)
法教育ウェブサイト
https://www.moj.go.jp/housei/shihouhousei/index2.html