【寄稿】コロナ鬱への憂い~大人と子どものメンタルヘルス
NEWS長くオランダで暮らしてきたフリーランスライターで薬剤師の島崎由美子さんから、「コロナ鬱への憂い~大人と子どものメンタルヘルス」と題する論考が届いた。「気分が落ち込む、物事に興味を持てない、食欲がないなどの異変の兆候を見逃さず、大人の側から主体的にアプローチしていくことが重要」などと訴えている。
新型コロナウィルスのパンデミックのためオランダから日本に一時帰国して2年半が経ちます。コロナ禍の影響もあり、いまだ閉塞感がぬぐえない現在、緊急事態宣言や蔓延防止期間に比べれば、多少は落ち着きを取り戻しているようにも見えます。
しかし、そんな中でも、日本で、“コロナ鬱”、つまりコロナ禍でのメンタルヘルスの悪化が懸念されています。最近では、芸能人の相次ぐ自殺報道があり、一般の人でも女性の自殺者数が増加傾向にあると言われています。「なぜ今になって」と感じている人も多いことでしょう。
コロナ鬱の増加に関連して見過ごすことのできない統計データがあります。今回は、コロナ鬱の大人と子どものメンタルヘルスについて述べたいと思います。
新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、日本国内でうつ病・うつ状態の人の割合が2倍以上に増加したことが、経済協力開発機構(OECD)のメンタルヘルスに関する国際調査でわかりました。
日本では、うつ病やうつ状態の人の割合が、新型コロナが流行する前は7・9%(2013年調査)でした。20年には17・3%と2・2倍になっています。
他国の状況を見ると、パンデミック(大流行)以降は、他の先進国でも2~3倍に増えており、米国では6・6%(19年)から23・5%と3・6倍になっています。英国でも9・7%(同)から19・2%と倍増しています。
特に、若者、一人暮らしの人、社会経済的地位の低い人、失業中の人は、精神的苦痛の割合が高まり、逆にリモートワークを含め、制限中に働き続けることができた人は、少なくとも新型コロナ危機の初期段階でうつ病や不安の発症が低かったという結果でした。
もともと精神疾患の有病率には男女差があり、女性のほうがうつ症状や不安を訴える割合が高いことが知られていました。新型コロナの危機により、うつ症状や不安の男女差はさらに拡大しています。米国の報告では、2020年3月から4月にかけてのパンデミックの初期段階で、メンタルヘルスの男女格差は66%にまで拡大していました。
男女差を除けば、メンタルが特に悪化しやすい人は世界共通のようです。若い世代や経済的に不安定な人の間で、メンタルヘルスがより深刻化しているのが特徴です。
現実に目を向ければ、例外なく日本もコロナ流行によって確実に厳しい経済状況に陥っています。経済が回復するにつれて、メンタルヘルスも改善するのでしょうか。
経済回復は、メンタルヘルスの改善に直結しないと評されています。これは、ハーバード大学など、米複数の大学の研究者らによる50州のCOVID-19プロジェクトが、感染と社会的行動の関係を知るために、全米50州でさまざまな大規模調査を実施した結果です。
メンタルヘルスに最も大きな打撃を受けた年齢層は若年成人で、少なくとも42%が中等度のうつ病に苦しみ、25~44歳が32%、45~64歳が20%と続いています。65歳以上は、平均して影響が最も少なく、中程度以上のうつ病は10%でした。
非常に興味深いことは、子供と同居している親は一貫してうつ病の発生率が高く、その割合は35%でした。一方、子供と同居していない親のうつ病発生率は25%と、両者の間に約10%のギャップがありました。
一般的に、子供と同居している親は、同居していない親よりも若い傾向にあり、他にも、リモート教育などのストレスも反映されている可能性があります。そう考えると、この違いの1つが親の年齢(若さ)が関与しているかもしれません。
米カーネギーメロン大学のシルビア・サッカルド博士らは、2021年3月の米国科学アカデミー紀要(PNAS)の報告で、身体活動が減るとうつ病やその他のメンタルヘルスの問題が高まることを指摘しています。
この調査は、682人の大学生を対象に、2019年春、2019年秋、2020年春に、スマートフォンのアプリとウェアラブルトラッカーを使用し、パンデミック以前および最中の、身体活動、睡眠、時間の使い方、メンタルヘルスの変化を定量化しました。
すると、パンデミックの始まりに、対象者の1日あたりの平均歩数は10000歩から4600歩に減少したそうです。身体活動を短期間回復させても、メンタルヘルスは回復しませんでした。
睡眠は1日あたり25~30分増加しましたが、社交に費やす時間は1日あたり半分以上から30分未満に減少していました。
そして、2020年3月から7月の間の臨床的うつ病のリスク46~61%は、パンデミック直前と比べて、そのリスクが90%増加していました。つまり、身体活動を増やしてもメンタルヘルスは回復しないと受け止めることができます。
それでは、私たちはどう対応すればいいのでしょう。死ぬしかないと思いつめないために身近な人の支えがとても大事です。さらに、困ったことがあれば受けとめることができるなど、温かく寄り添うという姿勢がより大切ではないでしょうか。
オランダ・デンハーグとのオンライン通話で、私の親友は、「新型コロナウイルスの感染拡大は恐ろしいから、何とか食い止めるには外出は極力避ける必要がある、それは頭では理解できても、心がついていけない、そうした状況に心が適応できていないの」
彼女は続けて、「日本人は大丈夫なの。自分の現状や今後に向き合う時間が多すぎると、人は精神を病んでしまうから。周囲の人と一緒に外出や食事をし、散歩や遠くへの買い物などでメリハリをつけ、身だしなみなどを気づかい、ポジティブな自分になることはとても大事よ」と語っていました。
マスク着用や自粛を頑なに守っている日本の国民性をとても心配していたようです。欧州の人たちは、コロナを恐れていても、ポジティブなメンタルで現況に適応しようとしています。
職場に行けばけっして楽しいことばかりではないはずです。腹立たしいこともあれば、辛いこともある。面倒くさいなと思うこともあるでしょう。満員電車に乗るのがきついと思うこともあるかもしれません。しかし、日本では、そんな日常を奪われてしまった大人の喪失感は思いのほか大きいのかもしれません。
それでは、繰り返す新型コロナウイルスの感染拡大で、子どものメンタルへの影響はどうあるのでしょうか。
国立成育医療研究センター(東京)が、新型コロナウイルスの感染が拡大した昨年11~12月、コロナによる小中高校生への影響を調べたところ、小学校高学年から中学生の1~2割に、うつ症状が見られたことが分かりました。新型コロナウイルス禍が子どもの大きなストレスになっていることが改めて裏付けられた結果といえます。
今回の調査では、小学5~6年生の9%、中学生の13%に中等度以上のうつ症状が見られています。一方、小学5~6年生の25%、中学生の35%に症状が出た場合に誰にも相談せず自分で様子をみています。
多感な思春期にいて、言い出しづらいこともあるのでしょうか。相談できる身近な機会の必要性が指摘されており、家庭や教育現場はきめ細かい対応を心掛けなければなりません。
コロナ禍が子どもたちの心の負担になることは、他のさまざまな調査でも明らかになっています。2020年度の文部科学省調査では、小中学校の不登校児童生徒が前年度より1万5千人近く増え、19万6127人に上りました。
学校現場では、コロナを巡って一昨年の3~5月に全校休校となり、感染状況に翻弄されるように、校内のコミュニケーションやグループ活動が制約されたり、修学旅行や運動会などの行事もが次々と中止になりました。
そのため、児童生徒らは、集まることによる感染リスクに日々さらされながら、仲間をつくる機会や友人と共有する時間、また、自己表現や発散の場などを奪われてしまったと考えられます。
コロナ禍の長期化で親や学校も余裕が持てず、逆に子どもに負担を与えていることも考えられます。それらがストレスにつながっているのかもしれません。
以前から子どもの心のフォローの問題は社会の大きな課題でもありました。気分が落ち込む、物事に興味を持てない、食欲がないなどの異変の兆候を見逃さず、大人の側から主体的にアプローチしていくことが重要です。
今なおリスクの高い時期でもあり、親や学校の指導者は気を引き締めて、子どもにしっかり寄り添い、向き合って注意をしなければなりません。そして、日本の大人や子どもらに必要なのは、悩んでいる自分をリセットし、ポジティブなメンタルを維持するために、“相談すること”です。
日本人には、他の人に相談するのは恥というような文化があります。しかし、1人で悩むと、どうしても堂々巡りしてしまいます。脳内のキャパシティは限られているので、その悩みを書き出して整理し、アウトプットすることが重要ではないでしょうか。
そして、自殺は、“希死念慮”(死にたいと思うこと)があり、ここに“衝動性”が加わった時に起こると言われています。どうやってその衝動性を抑えたらよいのか、これは周囲の人が話を聞いてあげることが一番でしよう。
ヘルプのサインを出す人が多いと言われていますので、周りの人が気づいてあげることは、最も大切なことかもしれません。それも含めて、相談することの大切さを普段から習慣づけておくことが必要だと思います。
紹介写真4枚:集う・話す仲間の存在、大人は常に子どもに寄り添うことがと語った、コロナ渦中の友人と再会した著者
子ども(右)に寄り添う著者(中央)、友人ルイサ(左)、インド出身の父(右)
近所の子どもたち(右)に寄り添う著者(左)、オランダの親友エレン(中央)
コロナ禍に再開できた著者(左上)と相談仲間たち(他3人)
コロナ渦中の語学キャンプに集った筆者(左)、スコットランドの哲学教授(中央)、フランスの親友エレン、ドイツの友人(右)