そもそも、高校だけが担うべき課題? 社会や保護者の役割は
NEWS教員座談会の様子
2022年4月1日、民法改正により18歳、19歳の若者が一気に「新成人」となった。高校においても生徒が続々と大人の仲間入りをする、初めての年を迎えるにあたり、学校や教員はどのように向き合っていけばいいのか。本年2月に掲載した『「大人になるってどういうこと?」まもなく成年を迎える現役高校生に聞く』を受けて、現役の高校教員4人がオンライン上で本音を語った。(座談会は2022年3月11日に行いました)
阿久津祐一 先生(栃木県立宇都宮中央女子高校・宇都宮中央高校 地歴・公民科 進路指導を担当)
河口竜行 先生(渋谷教育学園渋谷中学高等学校 国語科、進路部に所属)
鶴迫貴司 先生(東山中学高等学校 数学科 生徒部を担当)
眞鍋慧帆(あきほ) 先生(東山中学高等学校 社会科/地歴・公民科 教務部に所属)
▼目次(別ページへ移動します)
1.現役教員座談会 教員は18歳とどう向き合うか(先生方の自己紹介・前回の感想)
2.教員だけが無関心? 高校生で「成人」の現実
3.そもそも、高校だけが担うべき課題? 社会や保護者の役割は
前回の座談会:「大人になるってどういうこと?」まもなく成年を迎える現役高校生に聞く
そもそも、高校だけが担うべき課題? 社会や保護者の役割は
―教員の意識に濃淡はあるにせよ、4月からは18歳を迎えた生徒から成年の扱いになります。今後、高校で必要になると思われる取り組みについておたずねします。
鶴迫 私も含め、教員が知らないことがまだまだ多いのだと思います。教員は自分の興味・関心のあることには専門性を高めようとしますが、社会の動きには鈍感で、受け身になりがちです。周りから「学校の先生が一番遅れている」と言われるほどです。生徒たちが社会に出る10年後ではなく、仕事や生活が充実する20年、30年後に社会や世界が向かう方向性を含めた未来を、教員一人ひとりが語ることが大事ではないかと思います。
現状では大学入試が優先的になり、そうした考えを持つ時間、生徒に伝える時間がとれないのが課題です。しかし、大学入試は人生の通過点でしかないし、もっと教員が語らなければならないことが多々あると思います。18歳成年年齢引き下げの認知度を高めることとは直接関係のないように聞こえるかもしれませんが、学校全体、地域や国全体を挙げて取り組むべきことだと思います。
阿久津 ちょっと暗い予想になるのですが、18歳がもう大人なんだ、という気づき、それに合わせた教育の必要性が認識されるのは、何らかのトラブルが発生して問題が可視化されたときだと思います。だからといって「トラブル未然防止に生徒指導部が頑張りましょう」という発想はもう古いと思います。ただ、オープンに学校全体で話し合えるかというと、そうともならず、何となく内向きに収れんしていってしまうのでは、という危惧を抱いています。
学校が18歳成年をどう教えるか、という視点ではなく、社会全体で機運が盛り上がることが、学校を動かすきっかけにならないでしょうか。大学では18歳から20歳の学生に対して、成年を迎えるための教育は行わないわけですから、それを高校で担うべきなのか。成人した若者のトラブルの問題を、学校教育の問題と捉える前提を疑う議論がスタートラインにあってもいいのではないでしょうか。
河口 トラブルが起きたら「学校は何をやっていたんだ」と、社会から追及されるのは容易に想像がつきますよね。ただ、それで個別の課題に取り組む、教科ではこの知識を教える、という具体的な方法論に走るのは違うと思います。それこそ生徒を子ども扱いしていることに他ならないからです。「18歳に成年年齢が引き下げられる。失敗しないようにするにはどうすればいいか」という視点から脱しなければ。それには、自分で考え決断・選択する代わりに失敗や責任も自分で受け止めるのだ、と思えるようになるための支援として、私たちが若者を徐々に大人扱いしていく責任があるのではないでしょうか。そのためには教員の考え方まるごとを転換していかねばならないと思います。
眞鍋 「学校の常識は、社会の非常識」と言われることがありますが、実学に疎い一教員の立場で18歳成年年齢引き下げにどう向き合えばいいのか、大きな不安を抱えています。例えば教科で「金融」「主権者教育」は扱っても、生徒に対してきっぱりと言い切れる自信がありませんし、逆に深入りしすぎて生徒に意見を押し付けることも避けたいです。専門家の方から話を聞いて学ばねばと思う一方、中途半端な知識を伝えるぐらいなら、生徒が専門家に直接話を聞いたほうが有益だとも感じます。試行錯誤する中で、学校がどこを担わなければならないのかを考える必要もあるのでしょうか。
河口 今の時代、法律の変更点や消費者として気を付けるべき点といった知識は、インターネットで調べれば誰でもたいていは得ることができますよね。今の教育に必要なのは、知識を授けることではなく、生徒に知識を自ら探しに行く人になってもらうことです。金融や消費者教育の著名な講師を呼んできたとしても、生徒に聞こうとする姿勢がなければ響かないでしょう。だから教育全体の構造を変革していくほうが近道になると考えます。
鶴迫 教員だけでなく保護者も成年年齢引き下げについて実感がまだ持てずにいるのではないでしょうか。我が子が18歳になったからといってすぐに大人扱いにできるものでもないですし、経済的な自立が大人と考えれば、18歳の子どもに対する使命感や責任感もすぐには変わらないでしょう。
ただ、契約ごとに関連するトラブルや、罪を犯した18歳・19歳の特定少年の起訴後の実名報道解禁などは、4月以降、すぐにでも直面する課題だと予想します。国にも、対象となる世代だけではなく、家族や保護者に対しても啓発を続けていけば、学校でも現状より突っ込んだ話題を提供できる可能性も出てくると思います。
阿久津 学校を介さずに家庭で親子が話し合う機会を作るアプローチも求められると思います。昨年度、高校3年生と現代社会の授業をした時、選挙権のある生徒に選挙に行ったことがあるかどうか、さらに生徒の親は選挙に行くかどうかを、匿名で集計してみました。すると、保護者が選挙に行っていると、子どもも選挙に行く傾向が見られました。「親の背中を見て育つ」とはこのことで、やはり社会全体の意識や、家庭の意識が高まったうえで生徒が疑問を持ち、学校での取り組みに注目が集まる。そんな流れが理想的ではないでしょうか。
眞鍋 本来、家庭教育の中で培われるべきものを「学校がやってくれる」と期待している保護者もいそうです。それにしても学校から高校生の保護者すべてに情報を行き渡らせるというのは、容易ではないと感じます。実は、行政のリーフレットには、保護者と一緒に読むことが推奨されているものもありました。実際に生徒から保護者の手に渡っている率は高くないと思います。生徒が読んでそのままにしているか、またはまったく気にも留めず捨ててしまっているか……。念押しすればよかった、と悔いが残ります。
河口 私はこれからの生徒たちには、上の世代の言うことを聞いていてもだめだ、という前提でいてほしいんです。大人の言うことを聞けば自分たちもほぼ同じ価値観で生きていけたのは昭和まででしょう。子どもは大人の背中を見て育つのだから大人がしっかりしよう、と我々が自戒を込めて言うのは構わないし、そうする必要もある。でも、不確実性の高い時代に、大人に期待せず、自分たちが自分たちで学べる人になり、職業選択も自分から切り開くような人になってほしいですね。中学生、高校生から生き方を真剣に考えるよう環境を整えていくのが望ましいと思います。
―いよいよ4月から改正民法、改正少年法が施行されます。新年度にあたり先生方の抱負や挑戦してみたい取り組みを教えてください。
阿久津 今日はいろいろな先生のお話を聞けてよかったです。教職員の異動がある公立高校では、学校の雰囲気は時々で変化していきます。そうしたときに18歳という子どもであり大人でもある微妙な時期の若者に対するアプローチが確立できていないと思います。少なくとも4月からは「子どもに教えているのではないんだ」というスタンスは見定めねばならないと思います。新年度に高校3年生を担任する先生方には、成年年齢引き下げの話をした上で学級びらきができるといいのかなと思います。
改正民法や改正少年法が施行された直後の4、5月に、トラブルに遭遇する新成人は出てくると思います。教員が何の心づもりもなく、そうした事態に直面すれば、この忙しい時期に生徒を突き放すことになりかねません。そうではなく「成年になったのだから、こういう事態も起こりえるよね」と、生徒や保護者とも冷静に、共通認識を図れたらいいのではないかと思います。
眞鍋 特定の教科だけに、成年年齢引き下げの教育が集中するのはどうか、と先ほど言いましたが、それでも、教科だからこそできることもしておきたい、そんな気持ちもあります。一部の生徒を対象にして、卒業前に、参政権に関する映画を鑑賞したり、選挙のときに投票所でどんなふうに投票するのかを解説する授業を試みたところ「自分の持つ権利を行使することは大切だ」という感想が聞かれました。そうした取り組みを、春先から、また高校入学時点からさまざまな形で数年間、継続して取り組んでみたいと思います。生徒が自分から調べる、行動するようなきっかけを作れたらと思います。
鶴迫 「自分たちはどのように大人になっていくのだろうか」「どんな風に生きたいのか」を生徒同士、意見を交わし合う場面を作ることは、とても有益ですし、成年年齢引き下げとリンクさせて、担任がロングホームルームなどで取り組める部分もあるかと思います。その時、教員が「あなたはどのように生きていきますか?」という投げかけをするには、教員自身がまず「どう生きてきたか」「どのように生きていきたいか」を生徒にオープンにすればよいのだと思います。それは、生徒に対してだけなく、教員集団、大人同士でも必要な会話ではないでしょうか。
河口 成年年齢引き下げをめぐり、生徒、教師、保護者、国、社会…‥と、本日の座談会でさまざまな主体が出てきました。私が最も重要だと思うのは、全国に100万人以上いる教員が、子どもたちの邪魔をしない、ということです。「自分の力で生きていける人になってほしい」と、願っていれば、本来18歳くらいで大人になっているはずなんです。それを、我々教員がずっと妨げてきた。自分で考えてやると失敗するぞ、だから失敗しないためにこうしなさい、ああしなさい、と。今こそ、教員の「生徒の邪魔をやめる決断」が必要だと思います。