ローカル・ガバメントと教育【第106回】
11面記事坂野 喜隆 流通経済大学教授
主権者の育成計画
体験通じ「意思決定」学ぶ
平成27年6月、選挙権年齢が18歳に引き下げられた。これを受けて、主権者教育の重要性は急激に高まることになった。今回は、全国に先駆け、主権者教育計画を策定した東京都狛江市の考え方などを参考に、主権者教育について考えてみたい。
平成23年12月、総務省の「常時啓発事業のあり方等研究会」の最終報告は、「国や社会の問題を自分の問題として捉え、自ら考え、自ら判断し、行動していく新しい主権者像が求められている」とし、総務省および各選挙管理委員会により、学校等における出前授業が推進された。
これに公選法の改正が拍車を掛け、総務省と文科省は共同で生徒用副教材を作成し、ほぼ全ての高校で主権者教育が実施された。各選管においても、多くの出前授業が実施されていった。
平成30年3月、「狛江市総合的な主権者教育計画」が策定された。この計画では、主権者教育を単に選挙や政治を学ぶという視点ではなく、「社会的意思決定を学ぶこと」と定義する。
その上で、正しく分かりやすい「情報」を提供するとともに、さまざまな「体験」を通して「意思決定」を支援するために、計画的な既存事業の実施や新規事業を計画したものとなっている。
端緒は障がい者支援
狛江市の主権者教育は、平成25年の公職選挙法改正による成年被後見人の選挙権回復を受け、投票への道を閉ざされていた知的障がい者等への投票支援にいち早く着手したことに端を発する。
当該計画の「はじめに」で記されているように、本市は「障がいがあってもなくても『当たり前』の権利として社会に参画できる選挙権の重要性について、その啓発に取り組んできた」。
「親も含め当事者には、社会参加への意欲や、それを実現するための選挙権という『権利』に対する認識を得る機会や学ぶ機会が少なかったことから、その認識がまだまだ希薄である」ため、障がい者の投票環境向上の取り組みを推進してきた。
本市は、平成19年度から隔年で子ども議会、平成20年度から隔年で青少年会議などを実施してきた。後者は、市と青少年問題協議会との共催で、中学生をサポートし、中学生の力を引き出す役目を大学生や地域住民が担い、市のまちづくりに対して政策提言を行うものである。
本市では、市議会も積極的に協力してきており、さまざまな事業を展開した。
総務省は、「行政と当事者、支援団体、地域が一緒に考え、共に行動することにより、具体的な権利行使の保障につなげていくための小さなソーシャルアクションを積み重ね、政治的リテラシーを着実に高めていくための主権者教育を実践している」と評価している。
体系化し持続可能に
本市の多様な関係機関による取り組みを連携・協働させ、子どもから大人までの主権者教育を持続可能にするために体系化したのが、当該計画であった。本市のレガシーを継続させ、それを発展させ、学校・家庭・地域一体の効果的な主権者教育推進のための計画である。
狛江市の主権者教育の契機は、障がい者らの投票支援であった。選挙権を行使することは当事者にとってハードルが高いだけでなく、支援する側にも一人一人の障がい特性に寄り添った支援が必要である。
このような市と関係機関との長い伝統がある環境だからこそ、体系的な主権者教育計画が策定されたといえる。
主権は国が持っているものであり、「主権者教育」は、国政参加を念頭に置いた言葉である。神奈川県の用法のように、「政治的教養を育む教育」「シチズンシップ教育」の方が違和感はない。ただし、現在、主権者教育という言葉は一般的なものとして定着している。そのため、独自の定義付けを行い、そのレガシーの下、「主権者教育」を実践している狛江市の取り組みに、今後の地方政府としての主権者教育の在り方をみることができよう。
(さかの・よしたか)