今もとめられる「いのちの教育」「臓器移植」を通して、自己の生き方を深める教育を
11面記事パネルディスカッションでは受講者からの事前質問に回答した
「臓器移植」を題材とした授業の可能性について考える「いのちの教育セミナー2021」(主催=日本教育新聞社、公益社団法人日本臓器移植ネットワーク(以下、日本臓器移植ネットワーク)、後援=文部科学省)が、1月29日(土)から9日間にわたりオンラインで開催された。
現在、小・中学校では道徳が教科化されるなど、いじめ問題の抑止や新型コロナウイルス感染症の影響下における心のケアの観点からも「いのちの教育」の重要性が増している。その中で、本セミナーは中学校「特別の教科道徳」の目標に示されている「人間としての生き方についての考えを深める」教育の実践方法を知る貴重な機会となった。
<登壇者>
飯塚 秀彦 文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官
和田 智司 神奈川県二宮町立二宮西中学校校長
佐藤 毅 東京学芸大学附属国際中等教育学校教諭
森原 大紀 飛鳥未来高等学校広島キャンパス教諭
栗原 未紀 日本臓器移植ネットワーク
基調講演
「いのち」について考える機会が、より重要に
文部科学省の飯塚秀彦教科調査官による基調講演では、生命を尊重する心を育む「特別の教科道徳」(以下、「道徳科」)の授業について、中学校の学習指導要領をもとに説明。現代社会は医療の進歩や家族形態の変化などから死がより遠い存在になっていることや、新型コロナウイルス感染症の感染拡大による影響の長期化によって子どもたちの心身の発達にも深刻な影響が見られることなどを例に挙げ、「道徳教育の中で、いのちについて考える機会をつくることが大変重要になっている」と述べた。
こうした中、学校において求められているのは、生命を尊重する心や自らの弱さを克服し、気高く生きようとする心を育てること。授業を行う際の留意点としては、従来の読み物の主人公の心情を理解させることに偏った指導から、より現実社会に顕在化している生命倫理なども素材にすることが必要と指摘。
たとえば多様な価値観が引き出される「臓器移植」を通して、生命、いのちについて多面的・多角的に考え、判断し、表現できるようにする。あるいは道徳科をより充実させるために、他の教育活動と関連付けることが大切になると示した。
教師によっては、さまざまな配慮が必要で扱いが難しい生命、いのちを取り上げるのを躊躇する気持ちも分かる。だが、子どもと一緒に考え、自身が感じたことも伝えることで子どもの新たな気づきにつながる可能性もある。「教える、教えられる関係でなく、共に考えられる道徳科の授業を目指してほしい」と訴えた。
学習指導要領と「いのちの教育」の関連について説明があった
臓器移植をテーマにした教材を提供
日本臓器移植ネットワークの栗原未紀氏より、日本における臓器移植の現状が報告された。改正臓器移植法の施行によって、本人の意思が不明な場合にも家族の承諾があれば臓器提供が可能になり、そのため15歳未満からの提供による小児の移植の道が拓かれていること、ただし、臓器移植は善意によって成り立つ社会性の高い医療であることを踏まえ、誰もが自分の意思で選択できる権利が担保されているとし、意思表示の方法や臓器提供の流れなどを説明した。
また、臓器移植を題材とした教材を紹介。厚生労働省により全国の中学校に配布した小冊子のほか、マンガ動画と教師用手引書、生徒用冊子がセットになった教材「つながるいのち」、臓器提供意思表示カードや当事者の気持ちを考えてもらう手記を提供しており、道徳科の「生命の尊さ」をはじめ、小学校~高校までの各種授業でぜひ活用してほしいと話した。
授業実践(1)
あらゆる教育活動で取り組む必要がある
臓器移植を題材とした「いのちの授業」の実践事例では、2校が発表した。神奈川県二宮町立二宮西中学校の和田智司校長は、「生命尊重の心を育むことは、教育の目標である人間形成を目指すことと考えている」と述べ、それには自身が理科教育で実践してきた動物のからだの「概念」を理解するだけでなく、生命に関する「価値観」をとらえるために、あらゆる教育活動で取り組む必要があることに気づいたと振り返る。
こうした意図から、昨年の本セミナーで出会った佐藤毅教諭による「臓器移植でいのちを考える」出前授業を実施。新聞記事や自身の「いのちのスライド」を含めた事前・事後学習を取り入れることで、授業後の生徒の感想からは、それぞれがいのちに対して実感のある学びができたことが伺えたという。
また、令和元年度からは「Act Locally」の推進として、全校生徒に対して夏休みの課題レポート「いのちについて考える」を実施。その中には初めて臓器移植をテーマに取り上げた生徒がいたと紹介したほか、生徒のいのちに対する考えをまとめたワークシートを集計し、朝会道徳の機会や「道徳だより」で伝える、PTAと学校の合同企画「親子で学ぶいのち」講演会などを通じて、身の回りのいのちを「My Life」と同様に考えられるように図ってきたと語る。
その上で、さらなる生命尊重の心の育成を目指すには、こうしたAct Locallyな考え方を身に付けることに加え、常にThink Globallyの視点に立って考えることが有効だとした。
学校の実践を報告する二宮西中学校の和田校長
授業実践(2)
社会全体に視野を向ける題材
二宮西中学校の「臓器移植でいのちを考える」出前授業を実施した、東京学芸大学附属国際中等教育学校の佐藤毅教諭は、生命科学が進歩しているにもかかわらず、一般市民の死生観の醸成はさほど進んでいないが、臓器提供・移植は以前に比べると市民権を得た感触があると語る。
一方、教育分野においては、中学校・道徳科の教科書8社中7社に臓器移植が掲載され、大学入学共通テストの公民科でも臓器移植に関する問題が出題されるなど、臓器移植を含めた生命倫理に関わる現代的な課題に対する関心が高まっていることを挙げた。
臓器移植による「いのちの授業」は、「生きる、死ぬ」「法律」や「医療」など社会全体に視野を向けることができる題材であり、若いうちに考えを深めることは死生観の醸成につながり、人生が豊かになることを実感していると指摘。自身は2000年より高等学校「保健体育」で実施し、13年からは他校で出前道徳授業を行うようになり、すでに受講者は1万人に上る。
授業では、臓器移植の歴史と現状を伝えた上で、なぜ、ドナー側とレシピエント側の情報は互いに知ることができない「匿名の原則」があるのか。それを崩すとどんなリスクがあるのかについて、社会の一員であることを踏まえ、自分なら、自分だったらどうかと考えを深めていくことがねらいとなる。
そのため、他教科と関連づけたり、前提となる「4つの権利+1(まだ決めていない)」を復習したりした上で、ドナー側とレシピエント側の気持ちが読み取れる日本臓器移植ネットワークの手記を活用し、自らの気づきと他者の考えを共有する話し合いの時間へと発展させる。
最後に「匿名の原則」を維持した方がいいのか、崩すべきなのかを自宅にてじっくり考え、WEBアンケートでの最終回答につなげていくと説明。こうしたいのちの教育から、「生きるとは、生かされていることと気づいてほしい」と思いを語った。
附属国際中等教育学校の佐藤教諭は臓器移植の授業デザインを扱った
移植者による体験談
「当たり前」を感謝する心を育ててほしい
飛鳥未来高等学校広島キャンパスの森原大紀教諭からは、心臓移植を受けた自身の経験をもとに、学校現場や子どもたちに伝えたいことが語られた。
子どもの頃から病気とは無縁だったが、教師になって2年目に突然、心臓移植が必要なほどの難病と宣告された。当初はなんで自分がと自暴自棄になったが、周りの人からの支えもあって心臓移植を受ける決意をしたという。
ただし、日本の3~5年かかる長い心臓移植の待機期間を待つために、補助人工心臓を装着する手術を実施。「そのとき、体から出るケーブルや傷を見て、もう後戻りできない、絶対に生き抜きたいと思った」と振り返る。
補助人工心臓を装着したことで動けるようになり、自分に何ができるか考えていたときに、現在の学校からその経験を生徒に伝えてほしいと採用され、数年後には心臓移植を受けられた。「目が覚めたとき、ドナーへの言葉にならない感謝の気持ちを感じた」と思いを口にし、この経験から「当たり前」に生きていることのすばらしさを学んだと語る。
自分自身、以前は臓器移植には冷たい、怖いというイメージがあったが、それは知識がなかったことに起因していたことがわかった。だからこそ、「臓器移植、臓器提供の意思表示について、授業を通じて考えることでいのちの尊さを考えるきっかけをつくってほしい。正しい知識を提供することは将来誰かが直面したときに必ず助けになることから、難しい題材と敬遠せずトライしてほしい」とメッセージを送った。
パネルディスカッション
いのちの教育を実践するにあたって
パネルディスカッションでは、飯塚教科調査官の進行のもと、事前に寄せられた質問に登壇者が答える形式で行われた。臓器移植などいのちの教育を実践するにあたり「保護者・校内の理解を得るには」との質問には、保護者も子どもと一緒に考える仕掛けを作ること、校内の理解には全教員が同じベクトルを持つことが大事と和田校長。森原教諭も「誤解を招かないよう、計画段階から丁寧に伝えていく必要がある」と話した。
「どのような資料を用意すべきか」という問いには、和田校長が「身の回りにあるいのちに目を向けることから」と答え、佐藤・森原両教諭は、正しい知識を身に付けられる日本臓器移植ネットワークの教材を活用することを薦めた。
また、「いのちを扱う授業は気を遣う。最初の発問は」という悩みには、登壇者のすべてが、「この授業に正解はない、異なる考えがあってもいい」と安心感を与えることから始め、「いのちとは何か」、「いのちから何を連想するか」などのキーワードを出して考えさせるべきとした。
「発達の段階に応じたテーマの扱い方」では、佐藤教諭が小学生はキャリア教育、中学生はドナーとレシピエントそれぞれの思いを知ることで気づく心の変容、高校生は社会問題の解決を授業に絡めることを例として挙げた。
さらに、子どもへのアプローチでは、佐藤・森原両教諭が正しい知識を持った上で、友達・家族と話し合ってアウトプットすることが大切と指摘。それは和田校長の「本当のいのちの学びとは、自然や他者から学び、内心を見つめ直し、自分の考えを更新していくこと」という考えと重なる。
飯塚教科調査官はまとめとして、いのちについて道徳科で扱う場合は、ものごとを多面的・多角的に考えていくこと。一つの価値観を押しつけるのではなく、自分の生き方について深めていくことが必要と示唆。それには登壇者の共通認識としてあったように、「子どもと共に考えていく、教師のスタンスが何よりも大切だと感じた」と述べ、本セミナーを参考に、子どもの実態に合わせて工夫しながら取り組んでほしいと期待した。
なお、本セミナーのアーカイブについては、8月頃に配信を予定しています。
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