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自治体単位での取り組みで「情報Ⅰ」必修化を支える

10面記事

企画特集

 2022年度から全面実施となる高等学校の新学習指導要領で「情報Ⅰ」と「情報Ⅱ」が新設され、プログラミング教育を含む「情報Ⅰ」が必修化される。文部科学省初等中等教育局の情報科教科調査官として今回の改訂に携わった鹿野利春氏と、学校向けの情報教材・授業システムを提供してきた株式会社ライフイズテックの丸本徳之氏が、必修化の意味と学習内容、授業設計の留意点などについて意見を交わした。

鹿野 利春 京都精華大学メディア表現学部教授
かの・としはる
 石川県の公立高等学校情報科・理科教諭・教育委員会、文部科学省高等学校情報科担当教科調査官を経て現職。新学習指導要領の改訂に携わり、「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」の教員研修用教材をまとめるなど情報教育の施策に携わる。

丸本 徳之 ライフイズテック株式会社執行役員
まるもと・のりゆき
 慶応義塾大学卒業。株式会社リンクアンドモチベーションを経て、ライフイズテック株式会社入社。学校向け授業教材を提供する部門の執行役員・事業部長を務める。

すべての生徒がプログラミングを学ぶ時代

―高等学校で「情報Ⅰ」が必修となった背景、その内容を教えてください。

鹿野 すべての人がプログラミングの素養を持ち、コンピューターや外部機器の特性を知って活躍できる世界を思い描きながら学習指導要領の改訂に携わりました。これまでの高等学校情報科の2科目「社会と情報」「情報と科学」では、プログラミングを扱う「情報と科学」は2割の生徒しか選択していませんでした。改訂にあたっては、これからのSociety5・0の時代を踏まえ、文理選択にかかわらずすべての生徒がプログラミングに触れられるよう、2科目を統合した「情報Ⅰ」を必履修科目とし、問題解決のためのプログラミング、情報デザインの方法と考え方、データの活用などを盛りこみました。
 より高度な内容を含む「情報Ⅱ」を設けたことも意義があると思っています。2024年度から「情報Ⅰ」が大学共通テストの実施科目に導入されますが、大学の個別入試などでは「情報Ⅱ」も入り、大学の教育の高度化につながるでしょう。

丸本 2010年のライフイズテック創業以来、プログラミングの知識と技術で、自分のアイデアを形にしたり問題解決をしてイノベーションを起こしていく子どもを育てたいという思いで、中高生にIT教育教材を提供してきました。今回の学習指導要領改訂によって、学校教育の中でここまで情報の学習ができるよう になったことに、ワクワクしています。

楽しみながら学ぶ教員研修
―プログラミングをどのように教えるか、先生方には不安もあるのではないでしょうか。

鹿野 例えば競技スポーツで、五輪の陸上のコーチが選手より速く走れるかといえばそんなことはありませんよね。教える人の技能や能力が教えられる人よりすぐれている必要はないのです。最低限のスキルは必要ですが、生徒が伸びていくための環境を準備し、行き詰ったときに適切な情報を提供したり、外部支援者と関係づくりができたりすることが大事です。

丸本 情報科目はスキルに目が行きがちですが、一番大事なのはスキルを活かして問題解決する力を身に付けること。鹿野さんから陸上のコーチの話がありましたが、コーチは選手より速く走れなくても陸上が「好き」ですよね。先生にはまず、プログラミングを好きになっていただきたいです。
 弊社で行っている先生向けの研修では、先生方に「情報Ⅰ」に対応した弊社のエドテック教材「ライフイズテック レッスン」を楽しみながら使っていただきます。ブログやスマホアプリなどプロダクトの作成を体験していただき、「情報Ⅰ」の内容を理解し、全体像をつかんでもらいます。今、先生に必要なのは、「教える」前の「教わる」体験だと思います。先生としてではなく、一人の学習者として楽しんでいただくことが大切だと考えております。

―研修後の先生方の反応はいかがですか。

丸本 「授業の感触がつかめた」「どの教科よりも楽しい授業ができそう」といった前向きな感想を多くいただきます。
 先生方には、生徒と共に学ぶ授業で自主的な学びをサポートしてあげてほしいです。「ライフイズテック レッスン」では、先生用の管理画面で生徒の進捗がわかります。遅れが目立つ子がいれば声をかけたり、進捗が早い子には教える側に回ってもらったりすると良いですね。進捗のばらつきがむしろ生徒同士の教え合いの場を作るということが現場で立証されています。
 例えばウェブサイトを作成する授業。まず先生が自分で作ったウェブページを生徒に見せる。生徒たちが個々に作業を始める。質問の手が挙がると「私、わかるよ」と答える生徒がいる。基礎を学んだあと、自分なりに問題解決をして「先生、ここまでできたよ」という声が上がる。先生に教えてもらうのではなく、承認してもらうという新しいコミュニケーションが教室で生まれています。

鹿野 「情報Ⅰ」の導入が、教室の真ん中で教えるのではなく、頑張っている生徒を横からサポートするというように、教室での先生の立ち位置自体を変化させていくかもしれません。先生が教えるということではなく、生徒が自ら学ぶ学習スタイルに変えるチャンスにしていただきたいと思います。

―プログラミング学習には、知的好奇心を持たせ自発的に学びを広げる副次効果があるのですね。

丸本 そこが面白いところです。プログラミングの原理原則は一つですが、それを使って何かを作ろうとするときに生徒のアイデンティティーが引き出されます。「ライフイズテックレッスン」で授業が楽になったとか、生徒の新たな一面を見ることができたというのはうれしい声です。

鹿野 自らの学びを自己調整する能力など実技やペーパー試験では測れない部分の評価でも、テクノロジーを利用していきたいですね。学び方、教え方、評価の仕方が大きく変わるこのタイミングで、授業設定はそれぞれのテクノロジーを踏まえて行うことが今後の課題になります。先生方は新学習指導要領に沿って作られた教材やコンテンツ、外部の支援システムを活用することを踏まえて授業設計をし、子どもが学ぶ環境を準備していただきたい。自治体や学校の状況を考えて、子どもにとって一番よいものを選んであげてほしいと思います。

生徒と共に学ぶ姿勢を大切に学びの環境を整える

あらゆる職業で必要となる情報活用能力
―2024年度から「情報Ⅰ」が大学入学共通テストの実施科目に導入されます。その意義や受験への取り組みについてお聞かせください。

鹿野 入学者が小中高で培ってきた情報活用能力を知った上で大学での教育をスタートできることは、大学教育を高度化する上で大学側のメリットになります。アドミッションポリシーを入試の内容にどのように盛り込むかということで、各大学は興味をもって入試への導入の仕方を探っているところだと思います。

丸本 来春、共通テストに向けた確かな知識定着を実現するAIドリルを弊社でリリースする予定です。ぜひ活用ください。

鹿野 1年で「情報Ⅰ」を学んだあと大学受験まで間が空きますから、2、3年生でドリルや問題集を使うのはよいことですね。

丸本 「情報Ⅰ」をデジタルトランスフォーメーション(DX)の1周目として生徒の成功体験にしていけば、大学への学びにつながるはず。「テストで点はとれても何も作り出せません」ということにならないように、本質的な学習をどう作っていくかが大事です。他教科の授業や課外活動などで探究や問題解決に使えるように、作りながら学ぶ体験を届けます。
 それから、共通テストを受けない約半数の高校生、また「情報Ⅰ」が必履修科目となっていない職業科の生徒にもプログラミング教育は大事だと思っています。

―あらゆる職業で情報活用能力が必要となるのでしょうか。

丸本 DX化は今後第一次産業の中でも求められる時代になります。たとえば農業の分野。野菜や果物の出荷額を分ける大きさと形の種別作業は、これまで熟練した職人の手作業で行われていましたが、画像認識AIを使えば誰でも容易に行うことができます。テクノロジーをうまく活用できる人とそうでない人とでは、産業内での収入格差が生まれてくるでしょう。収入格差はこれまでのように産業間でではなく、産業内でもたらされるようになるのではないでしょうか。また、ベテラン職人の経験に頼って種別を行う心配がなくなれば、農家の存続にもつながるはずです。
 自治体としては産業の継承は大きな問題で、実際、第一次産業に携わる住民が多く、高校の職業科の比率が他県より多い自治体では、職業科の子にこそ情報を学ばせたいという声が聞かれます。

―都道府県の教育行政レベルで、今後どういう学びをつくっていくのかを考えていかなければならないときが来ているのですね。

丸本 進路・職業選択で子どもに格差を生んではいけないとの危機感から、民間の教材を取り入れていこうという自治体と、現場の判断にまかせるという自治体があります。今後共通テストの得点などで都道府県間の差異が明らかになったり、同じ産業内で活躍する人が多い出身地が顕著になっていくだろうことを考えれば、2022年度は自治体による情報教育の成否の分岐点になると感じています。

小学校から積み上げる情報教育
―小中学校からの情報科の学びのつながりや、理解度に合わせたアプローチについてはいかがですか。

鹿野 今回の改訂では、発達段階の中で情報教育を積み上げられるよう、小中高を貫く情報ワーキンググループが情報に関する資質・能力を議論しました。小学校では5年生の算数、6年生の理科、総合的な学習の時間に、中学校では技術・家庭科技術分野の内容で、ローカルエリアネットワークを使った双方向性のあるプログラミングの文言を入れ、学びに格差が出ないようにしています。小中高が連携し、それまでやってきたことを確かめながら足りなかったところを改善し、小中高大全体で向上していくことが大切です。

丸本 弊社のエドテック教材「ライフイズテック レッスン」は現在65の自治体の全高校で導入いただいております。なかには各市区町村の小中学校と連携して情報交換し、学びの格差を改善する方法を試みるような自治体もあります。

鹿野 なにぶん初めての取り組みです。先生方はあまり不安がらず、子どもたちと一緒に学ぶ姿勢を大切に、学びの環境や授業設計に注力していただきたいです。どんと構えてお進めください。

丸本 教材を提供して終わるのではなく、使用後に出てきた課題や不安に年間を通して寄り添っていけるサポートの部門があることも弊社が選ばれる理由になっています。子どもたちの未来のために、先生方と並走しながら、生徒にとって良い学習体験を届けていきたいと思っています。

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