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国内におけるIB教育の普及促進を「第6回 国際バカロレア推進シンポジウム」開催

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大阪教育大学附属池田中学校の生徒の変化例

 わが国の将来を担うグローバル人材を育成する―。文部科学省は国際バカロレア機構の協力の下、全世界共通の大学入学資格につながる教育プログラム「国際バカロレア(以下IB)」の国内における導入促進に向けて、「第6回 国際バカロレア推進シンポジウム~国際バカロレア教育で、学校・地域・社会が変わる~」を8月28日・29日(土・日)にオンラインで開催した。IB教育への関心の高まりから、教育関係者や学生、保護者など千名を超える参加申込みがあり、ライブ感あふれるトークセッションとなった。

グローバル人材の育成をめざして

来年度にはIB認定校等を200校に
 IBは、国際社会において必要とされる素養や能力を育成することに重点を置いた教育プログラムで、3歳から12歳までを対象としたPYP、11歳から16歳までが対象のMYP、16~19歳向けのDPの3つのプログラムが柱となっている。
 これまで世界150以上の国・地域の5500校以上で導入されており、文部科学省でも18年に「文部科学省IB教育推進コンソーシアム」を立ち上げ、国内におけるIB教育の認知度向上や導入・運営に対する支援に取り組んでいるところだ。
 開催に先立ち、文部科学省の小林万里子大臣官房国際課長は「IBの特徴的なカリキュラムや手法は、国内における初等中等教育の好事例の形成やグローバル人材の育成に資するもの。IBを導入することで学習者自身や学校が変わり、さらには地域社会への好ましい波及効果を生み出すと考えている」と述べ、来年度までに認定校等(現在167校)を200校以上にする目標を挙げた。
 基調講演では、国際バカロレア機構DLDPプロジェクトコーディネーターを務める前田紘平氏が登壇。グローバルリーダーに必要な資質は「変わる環境に対応する力」とした上で、「日本は戦後の大きな変化には対応してきたが、地球温暖化や多様性といった日々の変化は緩やかだが、長期間続く変化に対しては対応力が足りない」と指摘。IB教育によって常に学び続ける姿勢を培うことが有効なのではないかと提起した。

地域の力を巻き込んだ教育活動を形成
 続いて、中山間地域公立校で全国初のIB教育を導入し、地方創生の観点からも注目されている高知県香美市の事例が、県教育委員会の田村香江指導主事から報告された。中山間地域の強みは子どもにとって身近な地域で多様な体験・多様な人の生き方に触れる機会が多く、学びをつなげやすいことだ。学校と地域が相互に補完し、高め合う存在として両輪で教育活動を実践する。このことがIBの使命にも通じると考え、18年度に大宮小と香北中にIB教育を導入したという。
 その成果は、全国学力・学習状況調査との比較でも確実に表れている。大宮小の児童を対象にした意識調査の結果では、「地域や社会をよくすることを考えることがある」が15%も多く、「授業の課題について自分で考え、自分から取り組んだ」は8%も多い。田村指導主事は「地域という最も身近な学びのフィールドを舞台に、大人たちが楽しみながら活動しており、そんな姿を見ながら子どもたちは日々成長を続けている。まさに、それが地域の力を巻き込んだ教育活動の形成ではないかと思っている」とまとめた。


高知県香美市の地域人材を巻き込んだ教育活動の仕組み

自主性が育つ、学ぶことが好きになる
 次に、現役でIB教育を実践する教員によるトークセッションが行われた。冒頭、司会を務めた都留文科大学国際教育学科の原和久教授は「日本政府が文部科学省の学習指導要領以外の民間のカリキュラムを推奨するのは初めて。今後、日本が取り入れていくべき学びの一つのモデルになる」との期待を語った上で、各教員に子どもがどう変わったかについて尋ねた。
 一条校で全国初のPYP認定を受けたサニーサイドインターナショナルスクールの森川加奈子教頭は、日常の中で自主性を育てやすくなったとし、「クラスの約束も教員が促すのではなく、子どもの発言から決めることによって、自分たちが決めた自分たちのクラスだという認識が高まる。IB教育を取り入れたことで、ポジティブな考えを持ち、チャレンジしようという意識に変えていく事ができた」と振り返った。
 15年にIB教育を行うために開校した開智望小学校は、IBによる教科の枠を超えた探究的な学びと、日本の学習指導要領に基づく習得法・反復型の学びをバランスよく融合しているのが特徴だ。「まずは学ぶことを好きになるのが一番で、次が自分の考えを発信できるようになること」と野口真五教諭。そのための取り組みが、グループワークでの哲学対話や委員会の活動を全校集会で行うことで、「引っ込み思案だった児童が全校集会で発表できるようになった」と変化を披露した。

他教科の学びを取り入れる考え方に成長
 MYP認定校として2年目を迎えた大阪教育大学附属池田中学校の鳥居敦子教諭は、IBの特徴である概念学習によって、1つの教科にこだわるのでなく教科間のつながりも子ども自身が考えられるようになったと言及。「たとえば体育の時間にハードルのフォームの美しさとは何かを考えるときに、身体の動きだけでなく、アートやデザインの授業で学んだ視点を加えて考えられるようになった」と一例を示した。
 茗溪学園中学校高等学校では、DP課程での各教科での論文執筆を通した自己の興味の深堀りや、自分の強み・弱みを知る「コア科目」のCAS、また各授業で他者の多様な考えに触れることを通して生徒たちは学びを深めている。その上で、松崎秀彰教諭はIB教育を一人ひとりの可能性を広げる学びと分析。「これまで少なかった海外の大学を受験する生徒が増え、進路の選択肢が広がった」と評価するとともに、「何より自分の教育観に変容をもたらしている」と話した。


出典:IBO Theory of knowledge「知の理論」指導の手引き(first assessment 2022)

受動から能動へ高大の接続が円滑に
 2日目にはIB修了生や保護者が登壇し、学びの当事者や親の視点でIB教育の魅力が語られた。中・高校でIB教育を体験して4月から社会人になった中村さんは、高校から大学に入るときに受動から能動に展開する、その橋渡し的な準備をやってくれたのがIB教育だったと振り返る。
 IBで培った能力は、研究力の基礎形成、越境学習の意義、国際性の醸成の3つと分析。高1で1年間かけて研究するパーソナル・プロジェクトに取り組んだことが、その後に大学で研究するうえで大きな財産になった。数学授業で「一つの学問は他の学問とも密接につながっている」と意識したことが、大学院で「文理融合教育」に挑戦する原体験になった。授業の中で環境や社会、時事問題などのテーマを与えてくれたことで、以降のキャリアで活かせる情報量が増えたことを挙げた。
 同じく中・高校で経験した大学1年生の石森さんは、IB教育で得たものは「自分は挑戦できるという自信と、その挑戦を無謀なものとして終わらせないためのスキルである」と話した。

社会に出たときに活かせる力が身に付く
 長女と次女がIB校に通った馬路さんは、いつも課題の締め切りに追われて大変だったと回顧する。答えのない課題だったため、自分の意見を深めてまとめ上げるには時間がかかるようだったが、課題そのものが評価対象のすべてではなく、丁寧に授業をこなすプロセスが着実に力をつける源泉と感じたと評価。「将来社会に出たときに、IBで学んだことがいろんな場面で活かされてくる」と語った。
 セッションではオンラインの特徴を生かし、受講者からのリアルタイムな質問にも答える時間も。「将来海外での活動を考えていない学生でもDP教育は意味があるのか」という問いでは、必ずしも海外で活躍することが目的ではなく、それよりも自分で課題を見つけて学習する姿勢を身に付けられたことが大きいという登壇者の声が多かった。

CEOとIB現役生によるトークセッションも
 また、日本マクドナルドホールディングス株式会社の代表取締役社長兼CEOの日色保氏とDP校のIB現役生によるトークセッションが開かれた。そこで双方に共通していたのは、予測困難な時代を迎える中で、多様な考え、アイデアを活かしてイノベーションを創出していくことだった。たとえばビジネスではコロナ禍で上がった効率性を担保しながら、集まることの意義を活かすことが今後の課題であるとの日色氏の意見は、学生たちにも説得力があった。
 一方で、社会とつながることへのイメージは「一つの職というより、働く内容や場所を変えていきたい」「AIの進化によって人間特有の感情が重要になってくる」「自分がどう行動したいのかが重要」といった新しい職業観が提示されたのが印象的だった。

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