水素の学習を通して、これからのエネルギーを考える
9面記事NEDOの講義を受ける枡形中学校の生徒
地球温暖化をはじめとした環境問題への対策が重要な課題となっている。昨年発足した菅政権は新たな温室効果ガス排出の削減目標を掲げ、技術開発も日進月歩で発展している。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)は中高生を対象に、普及が期待される水素エネルギーについて学ぶプログラムを実施。川崎市立枡形中学校と広尾学園高等学校から参加した生徒が講義や実験、施設見学などを通して日本のエネルギーの在り方について探究した。
【座学|オンライン講義】日本が抱えるエネルギーの課題と水素エネルギーの現状を知る
プログラムではまず、日本のエネルギー事情や水素エネルギーの現状を知るための講義が行われた。
はじめに学校教育アドバイザーの北俊夫氏が、日本のエネルギーの現状や課題などについて講義した。「エネルギーの基礎知識」と題し、エネルギー資源の特徴から電源構成、地球温暖化問題のメカニズムやその影響といった内容を、ワークを交えながら解説。その上で現在日本が抱えるエネルギー問題を整理した。
講義の最後で北氏は、「3E+S(安定性・経済性・環境性+安全性)」という言葉を取り上げ、脱炭素化に向けた技術革新の例を挙げてこれからのエネルギーの可能性を示した。
水素普及へ研究進む
次に、NEDOが水素エネルギーの現在と未来について講義を行った。水素の利活用におけるメリットやパリ協定による機運の高まりなどを導入に、政策や民間主導の取り組みなど、現在の水素エネルギーの動向をデータや事例とともに解説した。
水素技術に関しては「つくる」「運ぶ・貯める」「使う」の3つに分けて解説。技術が進んだことによってさまざまな資源から水素がつくられ、自動車や鉄道、船舶など多様な用途で水素が使われる状況が出来つつあると指摘。今後さらに普及させていくために行っている研究開発についても紹介した。
【実践(1)|出張授業・実験】企業・自治体の出張授業で視野を広げる
エネルギーに関わる企業・自治体から学ぶ
実践プログラムとして出張授業が行われた。枡形中学校は東京ガスと川崎市環境局、広尾学園高校は東京ガスの協力の下、各校で実施された。
昨年11月17日、広尾学園高校で行われた授業では、東京ガス・学校教育情報センターの小柳嘉毅氏が講義と燃料電池実験を行った。
水素を取り出すことができる天然ガスの主成分メタンは、炭素原子1個あたりの水素原子数が多いことから「水素の優秀な運び屋」として、都市ガスと水素には密接な関係があると小柳氏。天然ガスを原料とする都市ガスが家庭生活や都市開発に貢献している事例や仕組みについて解説した。
また、「東京ガスの挑戦」というテーマで経営ビジョンやアクションプランなどを紹介。同社の目指す姿や推進するイノベーションなどについて、企業という立場からどう社会に貢献していくかの姿勢を示した。
商品開発という視点で
続いて、東京ガス・暮らしソリューション技術部の杉山志織氏が講義を行った。入社以来エネファームに関する仕事に従事してきたという杉山氏。エネファームの商品開発の歴史から将来に向けた展望までを当事者ならではの視点で語った。
最後には生徒たちに「もしエネファーム開発担当者になったら、どんな新エネファームを開発しますか」という問いで講義を締めくくった。
【実践(2)|施設見学】水素が使われている場所で、実際に目で見て学ぶ
燃料電池を目の前にその仕組みを学習
水素エネルギーが実際に使われている施設の見学のため昨年11月8日、東京・豊洲の東京ガス「がすてなーに ガスの科学館」、東京・芝公園にある「イワタニ水素ステーション芝公園」と、併設の「TOYOTA MIRAI ショールーム」を訪れた。
「ガスの科学館」では、副館長の小山薫氏が展示コーナーや実際に設置されている燃料電池の前でその仕組みや同館で発電して使用している電気について解説。生徒たちは燃料電池による発電の中にも電解質のタイプによって分類があり、用途や発電効率が異なることなどを学習した。
「ガスの科学館」での見学の様子
水素の供給と燃料電池車を体験
岩谷産業の「イワタニ水素ステーション芝公園」では、水素供給の設備などについて学習した。案内してくれた同社広報部の岡田高典氏によると、ステーションには1日に30~40台が水素を充填に来るとのこと。水素を液体にして効率良く貯めている施設などを見て回った。水素は漏らさない、漏れても溜めない、引火させない設計をしているという安全への取り組みについても解説した。
併設の「TOYOTA MIRAI ショールーム」では、トヨタの燃料電池自動車MIRAIに試乗。まずは同社が「究極のエコエネルギー」として水素エネルギーを推進するメッセージやMIRAIの性能などについて説明を受けた後、実際に乗って燃料電池自動車を体験した。
生徒からは「空気を取り込む音が聞こえる」「エネルギーの流れがパネルで分かる」など、ガソリン自動車との違いに驚く声が聞かれた。
トヨタのMIRAIを体験
【発表】水素が描く未来を考える―オンラインで学習成果報告
プログラムを通じてこれまで学習してきたことを踏まえ、両校の生徒が2月27日に成果発表を行った。新型コロナウイルス感染予防のため、オンライン形式での実施となった。
持続可能な社会に向け主体的に考える機会に
はじめに発表を行ったのは川崎市立枡形中学校の生徒6名。「『その水素は何色?』~脱炭素社会に向けた次世代エネルギー~」と題してプレゼンを行った。
発表の導入として生徒たちは、亜鉛と薄めた塩酸を用いた水素発生の実験をその場で披露。講義で学習したことの復習として、水素は無色無臭であることや燃やしても出るのはH2Oだけのため次世代エネルギーとして期待される資源であることなどを実演してみせた。続けてそれらの特徴を基に水素の利活用や現在進んでいる技術革新について、映像を交えながら説明した。
次に、水素エネルギーをめぐる国内外の動きについて調べたことを発表。脱炭素社会に向けた取り組みを国際的な視点で見ていった後、川崎市の取り組み、同校が18年前から推進しているというさまざまな企業と連携して行うエネルギー環境学習を紹介した。
最後に、発表のタイトルでもある“色”という切り口での水素の分類を提示。「次世代エネルギーとして期待されている水素だが、持続可能な社会を目指すために私たち一人ひとりが本当に考えていかなくてはいけないことは、どんな色の水素か考えて利用することではないか」と訴えた。
そして予測困難であり答えを自ら見つけ出していかねばならない時代を迎えるいま、今回の学びを生かして主体的に学び続けていきたいと締めくくった。
枡形中学校の発表
水素社会の実現へ 2030年に向けた提案
次に広尾学園高校医進・サイエンスコース1年の8名が発表を行った。発表タイトルは「2030年水素社会に向けて」。環境化学チームに所属する生徒たちが日頃の研究と、プログラムに参加して学習したことを基に考えた水素社会の実現についてまとめた。
冒頭では現在世界が直面するエネルギー問題の解決になぜ水素かという問いに立ち返り、日本は水素関連の技術が高く「水素社会をリードできる」とした。そのために達成すべきミッションとして、水素合成や貯蔵などの技術革新、経済・マーケティング、地球市民としてのマインドの醸成といった水素社会構築に必要だと考えたことを整理。生徒一人ひとりがテーマごとに発表を行っていった。
技術革新については、実用段階のものから実証段階、研究段階の技術について考察し、ロードマップを作成するなど研究チームならではの専門的な見地から提案した。また、東京ガスの出張授業を受けて新型エネファーム開発について発表。独自に行った校内アンケートを基に設置面での課題に着目し、「お家で光触媒エネファーム」など3つを考案。それぞれのメリット・デメリットを紹介した。
経済・マーケティングの視点からは今後、水素の市場を拡大していくために空港や駅などへのエネファーム設置やカーシェアリングのFCV化も提案した。
最後にはSDGsと関連付けて世界へ目を向け、地球市民として国際的に水素社会形成に向けて取り組んでいく必要性に言及。一人ひとりが関心を持ち、みんなの手で水素社会を実現させていこうと訴えた。
広尾学園高校の発表