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エネルギーの視点で深める歴史学習 東京ガスが授業づくりプロジェクトを実施

11面記事

企画特集

理科室でガスの明かりを体験

 東京ガス株式会社は2020年に創立135周年を迎えた。初代社長の渋沢栄一は、新一万円札の肖像画にも採用され、日本の近代資本主義の礎を築いた多くの業績があらためて注目されている。以前から学校教育支援に取り組んでいる同社では今年度、エネルギー(ガス)の視点を取り入れた「歴史授業づくりプロジェクト」を実施した。各校での実践内容と成果を紹介する。

ニーズに応じた教員研修で教科の指導力向上も支援

5つのメニューで学校教育をサポート
 東京ガスでは地域社会に向けたCSR活動の一環として、2002年から学校教育支援に取り組んでおり、114万人以上の児童生徒が受講(2020年3月末時点)した「出張授業」の他、「教員向け研修会」「企業館」「教員・子ども向け学習サイト」「教材提供」などを通じて、エネルギーや環境の大切さを学ぶ場づくりをサポートしている。
 近年は教育委員会の依頼による民間企業研修や、社会科など教科研究部会との連携により、施設見学などで暮らしを支えるライフラインへの理解を深めた上で、具体的な授業プランを検討するワークショップ形式の研修などを実施している。
 今年度は学校現場の実情に配慮し、研修は休止し、少人数の教員グループによる授業開発型研修「歴史授業づくりプロジェクト」を行った。本プロジェクトは、6年生社会科の歴史分野「文明開化」を対象に、エネルギー・ライフラインの視点を位置付けた新たな授業を提案する取り組み。東京都内および横浜市の7名の小学校教員が、元文部省教科調査官の北俊夫氏の監修の下でプロジェクトに協力した。

エネルギー題材に近代化を理解する
 新学習指導要領では、明治維新と文明開化について、欧米文化を取り入れた近代化により人々の生活が変化したことを、歴史上の事象や先人の業績、優れた文化遺産などと共に理解させることを求めている。また技能面では、写真や絵画、年表などから情報を適切に読み取り、整理する技能を身に付けさせるといった記述もある。
 北氏はプロジェクト開始にあたり、「学習指導要領を踏まえた上で、エネルギーという視点から日本の近代化を扱うことや、教科書の記述(東京や横浜でのガス灯の設置)と関連付けた授業開発に期待する」と各教員にエールを送った。
 その後、各教員は同社が提供する資料や「ガスミュージアム がす資料館」(東京・小平市)見学などで教材研究を深め、各自で授業プランを検討。2学期後半に授業を実施し、2月にオンライン会議で成果を共有した(実践事例と北氏の総評は下記参照)。
 なお、ガスミュージアムでは現在、企画展「渋沢栄一とガス事業~『公益追求』実績の軌跡~」を開催している。渋沢の近代都市構想とガス事業の関わりを、写真や書籍、渋沢邸に設置されていたガス灯頭部などの貴重な展示史料で紹介する。開催期間は3月28日まで。

渋沢栄一

東京ガス初代社長 渋沢栄一

【プロジェクトを振り返って】
歴史の見方・考え方を培う新たな視点に

 エネルギー(ガス)という視点を位置付けた、小学校の歴史学習のあり方を提案できたことが本プロジェクトの大きな成果だ。
 教科書の文明開化の学習と関連付け、特にガス灯の設置に目を向けることで、外国との関わりやエネルギー資源の導入といった、日本の近代化の一側面を掘り下げることができた。
 ガスという新しいエネルギーによって暮らしや社会が変わったことを理解するため、ろうそくや菜種油といった明治以前の明かりや燃料と比較したことも、実践上の重要な視点と言える。大きく言えば、エネルギー源が植物から化石燃料に置き換えられ、その確保が個人レベルの営みから企業や社会が担う事業へと発展していく過程に、近代化の姿がある。その意味を授業者として押さえておくことが大事だ。
 歴史の見方・考え方を養うという点では、それぞれの事象がいつ・どこで起きたことかを明確にすることも大切。当初の文明開化は都市部から始まり、やがて地方へと波及していったことを理解させることが、歴史を誤解なく捉えるうえで重要だと思う。
 今後の課題として、明治維新だけでなく他の時代でも継続的にエネルギーという視点を位置付けるカリキュラムマネジメントを挙げたい。例えば3年生の道具に着目した暮らしの変化や、縄文・弥生時代の暮らし、戦後の電化製品の普及などでも折に触れてエネルギーを取り上げることで、歴史を多面的に見る目が培われていく。
 その際、地域の教育資源の利活用促進という視点から、ガスミュージアムなどの学習施設の利用も指導計画に位置付けることを検討してみてほしい。
 今年度の実践を精査・吟味した上で、校内研究や地域の授業研究会などを通じて、他の学校や地域へと広げる取り組みにも期待したい。

北 俊夫 一般財団法人総合初等教育研究所 参与

【実践事例レポート】

3視点で読み取るガスと近代化の関係

 杉並区立天沼小学校の新宅直人主任教諭は、8時間計画の第4・5時で文明開化による人々の生活の変化を取り上げ、街灯以外のガスの利用を発展的な学習(1時間・総合)として扱う単元プランを作成した。
 取材した第4時は、ガス灯の登場による人々の暮らしや町の様子の変化を、資料を読み取りながら考える内容だった。
 授業の前半は東京ガスの協力で、ろうそくとガスの裸火、街灯にも使われたマントル付きのガスの明かりの違いを体験。児童からは、「夜でも明るいから出歩く人が増えそう」「暗くても商売ができるようになったのでは」といった声が上がった。
 次にグループ内で役割分担して、時間(いつ)、場所(どこで)、人物(だれが)の3つの視点からガス灯について調べた。
 教諭は各児童のタブレット端末に資料を配布し、「年表から重要なできごとを抜き出してまとめる」(時間)、「地図上でガス灯の設置場所を調べ、数を数える」(場所)、高島嘉右衛門、アンリ・プレグラン、渋沢栄一の略歴から「大事だと思うところをノートにメモする」(人物)と、学習活動を具体的に指示した上で作業をさせた。
 調べた内容をクラス全体で共有する場面では、ガス灯は東京と、横浜や神戸など外国人も多く住む都会にしか設置されなかったことや、都内でも現在の中央区や台東区など中心部に設置されたこと、渋沢は東京ガスの初代社長となり、ガス事業の普及に貢献したことなどを各グループが発表した。
 教諭は授業のまとめで、関東大震災でガス灯が倒壊し、復興以降、電灯への切り替えが進んだことに言及。これを期にガスの用途が、料理や暖房、給湯など熱の利用に変化していったことを理解させ、次の時間の発展的学習へとつなげた。
 授業後の児童からは、「ガスが光として使われていたのは意外だった」「明かりが変わることで社会が変化することがわかった」「生活をもっと便利にしたいという人々の思いを感じた」といった感想が上がっていた。
 新宅教諭は本時について、「時間、場所、人物の3つの視点で資料を読み取って考える活動により、6年生の社会科らしい問題解決的な学習ができた」と振り返った。
 また文明開化の学習でガス灯を取り上げる意義については、「ガスは児童にとって身近なものだが、現在とは用途が違う意外性があり、本時のような実験を通じて人々の暮らしの変化が想像しやすい」とし、「鉄道や郵便による生活や社会の移り変わりも、ガス灯の学習から類推しやすくなる」と話している。

杉並区立天沼小学校

児童は分担して「時間」「場所」「人物」を調べた

地域の特性生かし人物の業績に着目

 横浜市立平沼小学校は、日本初のガス灯が設置された馬車道や、導入に尽力した商人・高島嘉右衛門が造成した高島町(現在の横浜市西区)に近く、児童は地域学習の一環で横浜道の見学にも出かけている。
 磯野哲英教諭は本プロジェクトでの授業開発にあたって、「横浜に暮らす児童が地域への愛着や誇りをさらに高められるよう、嘉右衛門のような先人の業績にも目を向けた学習を計画した」と話す。
 明治維新と文明開化の単元は7時間扱い(社会科6時間、総合1時間)とし、第6時の総合は東京ガスの出張授業で、ろうそくとガス灯の明るさの違いを実際に体験。ガス灯によって人々の生活がどう変化したかを考えると共に、横浜でのガス事業に高島嘉右衛門が関わっていることを紹介した。
 単元のまとめの本時は、児童同士の対話を中心に、ガスの導入が近代化に果たした役割や、我が国にとっての文明開化の意義を考えた。
 ガス灯による暮らしの変化について児童からは、「夜でも商売がしやすくなり、街がにぎやかになった」「ろうそくの7倍も明るいので、犯罪が減ったのではないか」といった声の他、「ろうそくのように取り替える必要がなく、暮らしが便利になった」といった意見が出た。
 教諭は自作の資料を配布し、当初はろうそくとの違いに驚いたり、恐れたりした人もいたことに言及。また、初期のガス灯の料金が、現在の金額に換算すると月20万円程度と高額で、設置された土地の所有者の負担になったことや、現代のLED街灯の電気料金が月140円程度に抑えられていることを紹介した。
 続いて高島嘉右衛門とガス灯導入の経緯を簡潔にまとめた資料を読み取りながら意見を交換。「今につながる進歩の道をつくった」「みんなの暮らしを便利にしたいという思いがあったのでは」「欧米の会社と競って、外国に負けない国づくりを目指していたのではないか」といった意見が出た。
 授業のまとめでは、「明治時代には今の暮らしにつながるものが多いと思った」「ガスを安くするための努力も必要だったはず」「現代の街灯がLEDで低料金なのはすごい進歩」といった感想が出ていた。
 磯野教諭は、利便性と課題の両面を取り上げた本時の構成は、「温暖化対策やSDGsといった現代の社会的課題解決の取り組みを理解することにもつながると考えた」と話す。歴史学習にエネルギー(ガス)を位置付けることについては、「明治期の近代化が今の生活につながっていることを理解させる上で有効だと感じた」と総括している。

横浜市立平沼小学校

地域ならではの教材を取り上げた授業を実施

社会科学習を貫く新たな視点として

 世田谷区立烏山北小学校の木村洋介主任教諭は、教科書の単元「明治の国づくりを進めた人々」で、文明開化による衣食住の変化の一例としてガス灯を取り上げた。アウトドア用のガスランタンとろうそくとの明るさの差を体験させる工夫で、当時の人々の暮らしの変化を実感させることができた。
 杉並区立荻窪小学校の岡本祥歩教諭も同じ単元でガス灯を扱った。ガス灯を維持する当時の職業を紹介し、明かりが進歩したことによる暮らしや街の変化、横浜と銀座に設置された理由を考えさせることで、海外の目も意識した近代化の象徴としての意義も理解させた。
 足立区立西伊興小学校の高橋宏和主任教諭は、渋沢栄一の業績にスポットを当てた授業を実践した。渋沢の略歴や、数多くの会社を設立したことを自作資料などで説明。東京ガスもその一つであることに触れ、ガス灯が暮らしに与えた影響を考えさせた。渋沢が設立した会社は、銀行や鉄道、紡績、製紙などにも及んだことから、児童は「生活に欠かせない会社を数多くつくった」など、渋沢の業績への理解を深めた。
 品川区立延山小学校の島田満穂主任教諭は、単元「明治の新しい国づくり」で、幕末から開国、大政奉還、殖産興業、富国強兵等の出来事と渋沢栄一の人物史を重ね合わせながら、渋沢の業績を通じて、彼が目指した近代的な国家づくりなどに焦点を当てた授業を展開。マントルガス灯の実験では、渋沢が外国からガス灯を採り入れてインフラづくりに注力したことも伝えながら、実験で再現されたガス灯の明るさに人々の暮らしの変化を実感させた。児童は事前のLNG基地見学を思い起こし、現在の社会基盤がこの頃にできたことを実感したという。

【授業後アンケート】
内容理解と学習意欲向上に成果

 授業後に実施した共通アンケートでは、「文明開化におけるガス(ガス灯)の役割を理解できたか」の問いに70%の児童が「とてもよく理解できた」と回答した。
 92%の児童が、「ガスを学んだことで文明開化への理解が深まった」(とても=62%、まあまあ=30%)としている。
 さらに73%の児童が「歴史の学習の中でエネルギーのことをもっと調べたい」と答えており、エネルギーという視点を取り入れた学習が歴史の見方・考え方を養い、児童の学習意欲を高める上で効果的だったことがうかがえる。
 文明開化について具体的にわかったこととしては、「ガス灯の明るさや利便性」の他、「ガス灯の導入による暮らしの変化」「ガス灯に対する当時の人々の気持ち」を挙げた児童が多かった。
 学校によっては、導入された時期や地域、主要な役割を果たした人物への関心も高く、渋沢栄一の業績との関連で「企業の誕生」や「近代経済の基礎づくり」といった点に目を向けた児童もいた。
 授業後のノートでは、「ガス灯を実際に体験してみて、昔の人が明るさに驚く理由がわかった」「文明開化で暮らしは以前より豊かになった」といった記述が見られた。
 一方で「近代化による暮らしの変化を当時の人々はプラスにもマイナスにも考えていることを知った」「急激な近代化についていけない人もいた」など、文明開化に対する人々の心情に思いを寄せる児童も多かった。

目で見て、体験!施設とコンテンツ

 東京ガスは「がすてなーに ガスの科学館」「ガスミュージアム がす資料館」の2つの企業館のほか、学習サイト「おどろき! なるほど! ガスワールド」の運営を行っている。企業館では明治時代のガス灯やガス管、LNGを運ぶタンカーの模型など、五感に訴えかける資料が満載。見て、体験しながら学習できる。

 がすてなーに ガスの科学館=https://www.gas-kagakukan.com/
 ガスミュージアム がす資料館=https://www.gasmuseum.jp/
 おどろき! なるほど! ガスワールド=https://www.tokyo-gas.co.jp/kids/

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