臓器移植を通じて「いのち」を考える~道徳科の授業実践に向けて~
15面記事「臓器移植」を題材とした授業実践について考える「いのちの教育セミナー2020」(主催:日本教育新聞社、公益社団法人日本臓器移植ネットワーク(JOT)、後援:文部科学省)が、1月23日(土)、オンラインで開催された。現在、小・中学校では道徳が教科化され「いのちの教育」は重要性を増してきている。中でも「臓器移植」は、中学校の「特別の教科 道徳」(以下、道徳科)の教科書に、8社中7社で取り上げられるなど注目を集める題材だ。道徳教育についての講演、臓器移植についての情報提供に加えて、中学校での実践報告をもとに、登壇者が今後の「いのちの教育」のあり方について意見交換を行った。
登壇者
飯塚 秀彦 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官
栗原 未紀 公益社団法人 日本臓器移植ネットワーク
山元 洋 千葉県立東葛飾中学校教諭
佐藤 毅 東京学芸大学附属国際中等教育学校教諭
基調講演
~教師も生徒も共に生命の尊さを学ぶ~
道徳教育における生命尊重は、どのように位置付けられているのか―セミナーの冒頭、文部科学省初等中等教育局教育課程課の飯塚秀彦教科調査官が「生命を尊重する心を育てる」と題して、基調講演を行った。
中学校学習指導要領では、道徳教育の推進にあたっては、人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭、学校、その他社会における具体的な生活の中に生かすことが示されている。飯塚氏は、新型コロナウイルス感染症により多くの命が失われている現状や、子どもの自殺やいじめなどの課題を挙げ「生徒がいのちについて考え、議論する機会を、社会に開かれた形でつくることが重要だ」と述べた。
特に臓器移植のような、生命倫理にまつわる現代的な課題は、自分ごととして捉え、討論などを通して解決に向け考えようとする意欲や態度を育てることが重要だとし、特定の見方や考え方に偏った指導を行うことのないように留意すべきと強調した。
また、「生命の尊さは、大人である私たちにとっても切実な問題であり、考え続けていかねばならないこと。ぜひ、生徒と共に議論する授業を構想してほしい」と述べた。
臓器提供の4つの権利とは
続いて、臓器移植を題材として授業をする上で役立つ、臓器移植の現状と基礎知識について、公益社団法人日本臓器移植ネットワーク(JOT)の栗原未紀氏より情報が提供された。
臓器移植とは、病気や事故によって臓器が機能しなくなり、移植でしか治療できない人に、他者の健康な臓器を移植して機能を回復させる医療で、善意で臓器の提供がなければ成り立たないこと。
そして、「臓器を提供する」「臓器を提供しない」「移植を受ける」「移植を受けない」という「4つの権利」が公平・公正に扱われるよう、臓器提供・移植は厳格なルールと手続きに則って行われていることなども紹介された。
また、移植者のインタビュー映像では、授業を受ける生徒がより身近に感じられるよう、移植を受けてから後に授かったという同世代の子どものいる家族のエピソードを放映。当事者の気持ちに触れ、考える機会ともなった。
実践報告
~対話と相互理解を深める授業づくり~
臓器移植を題材とした「いのちの授業」の実践例として、2人の実践者が報告した。
千葉県立東葛飾中学校の山元洋教諭は、毎年、中学1年生を対象とした4時間の道徳科の授業を実施している。外部講師による2時間の出張授業を核に、事前学習および事後学習で生徒の考えを引き出し、意見の共有を図る流れを組み立てた。
事前授業では、いのちについて考える授業をすることや、「生」「死」という言葉が出てくるため、辛いときは退室し保健室で休んでも構わない、などの配慮を丁寧に伝えた。1学年全員の授業のため、学年の教師全員と事前準備から協働し、いのちの授業に取り組んだ。
出張授業を担当したのは、東京学芸大学附属国際中等教育学校の佐藤毅教諭だ。佐藤教諭は、高校保健や道徳科で臓器移植を含めた「いのちの授業」を2000年度から実践している。
出張授業では、臓器提供について、自分や家族がその立場になったらどうするかを考える、という流れで進めた。「4つの権利」は、まだ決め切れない生徒の気持ちも尊重できるように「まだわからない」を加えた「4つの権利+1」として紹介。その後、臓器移植に関する具体的な話に移り、家族と話し合う時間を持つ宿題を出して自らの役割を締めくくり、事後学習につなげる。事後学習では、各クラスで、自分や親の意見のシェアを行った。
佐藤教諭によると、臓器移植は、生と死の両方を取り上げることができ、生徒が自分や家族、法律、医療従事者など社会全体に視野を向けることができる題材だという。道徳科の内容項目にも合致し、教科横断的な広がりがあることも題材として薦める理由だという。
「この授業に正解はなく、生徒の個々の考え方を大切に進めることができる。他者理解、相互理解を促す学級運営の観点から、年度当初に行うことを勧めたい」と、佐藤教諭。生徒が死生観について、考えるきっかけを与えたいとしている。
生と死に向き合うきっかけを作る
「いのちの授業」を受けた東葛飾中の生徒からは、「生きていて当たり前という考えから、生きていることは尊くて素晴らしいことだという考えに変わった」「今回初めて生命の終わりについての学習をして、始まりと同じぐらい大切なのだと考えた」などの感想が寄せられた。
実践報告を受け、飯塚教科調査官は「考え、議論する道徳科の授業を行ううえで非常に示唆に富むものだった。臓器移植を通していのちについて一緒に考えたい、という教師の明確な意図が見て取れた」と、高く評価した。道徳科の授業は、一つの主題を1時間で実施するだけでなく、複数時間の関連を図った指導を取り入れることができる。「学習指導要領記載の22の内容項目全てを扱ったうえで、どの内容項目を重点とするのかなどの観点から、生命の尊さを複数時間扱いで実施することも十分考えられる」と述べた。
また、道徳教育は学校の教育活動全体を通じて行うこととされている。2人の教諭が、普段から安心して議論できる学級、学年づくりにも力を注いでいる点が、臓器移植を題材とした授業が継続している要因とも指摘した。
「生や死について学校現場では取り上げにくいと感じている先生もいるかもしれないが、臓器移植も含めて生徒、そして他の先生方にとっていのちを考える重要な機会になる。道徳科でいのちに関する授業に、今後多くの先生が取り組んでほしい」とメッセージを送った。
事後学習の様子
パネルディスカッション
~臓器移植の題材化で必要な視点とは~
実践報告の後、飯塚教科調査官の進行のもと、パネルディスカッションが行われた。事前に参加者から寄せられた質問に、山元教諭、佐藤教諭、飯塚教科調査官が答える形式をとり、臓器移植を題材化するにあたっての留意点を示した。「臓器移植について生徒が安心して話せる配慮は」との質問には、「導入時にしっかり4つの権利+1を提示すること」と佐藤教諭。山元教諭も同じ考えで、クラスや学年で友人と共に学ぼうとする雰囲気づくりも、いのちの授業を充実させるコツだという。
続いて、「臓器移植は素晴らしい、で終わるのではなく、リスクを考え、生徒が葛藤できる授業にするには」との質問もあった。佐藤教諭によると、生徒が「臓器を提供する」意見に傾いてしまうことを心配する声もあるが、実践してみると、そのようなことはないという。ワークシートなどを工夫して多面的に考えられるようにすれば、生徒は友達や家族の考えを聞きながら、自分の意見を持てるようになるという。
「非常に繊細なテーマで扱う自信がない。題材化するメリットは?」と、不安の声も寄せられた。「いのちに関わる題材として踏み込むことで、意図する以上のことを生徒は考えられる」と山元教諭。佐藤教諭も「生きることと死ぬことの両面を同時に考えられ、生徒が多様な考えを持てる」と、生徒の成長が促されるとの見方を示した。
「義務教育9年間をかけて生命尊重を指導すると考えたとき、臓器移植を扱う際、指導の系統性をどのように描くのか」との質問には、飯塚教科調査官が答えた。「学習指導要領解説では、生命の尊さの指導の要点が発達の段階に沿って示されている。内容項目の系統性を踏まえた指導が重要」と、学習指導要領に立ち返って確認することを勧めた。
小学校での出張授業の経験も持つ佐藤教諭は、小学校では臓器移植に関わる医療従事者などにスポットを当て、キャリア教育の視点も交えて進めることもあるという。中学校では主に理科や家庭科等の教科と連携を深めて展開、高校では生命倫理、自己決定権といった概念を学べるよう他教科と連携することができるとした。
シンポジウムのまとめとして、飯塚教科調査官は「いのちの教育は、道徳科の目標や内容項目との関連を明確にしたうえで実践することが重要。生徒の実態をふまえ、先生方の自由な発想、多様な指導方法で、生徒と共に考える授業を展開してほしい」と、今後、臓器移植を題材に生命尊重の授業を実践したいと考える教師に、エールを送った。
パネルディスカッションの様子
大学入学共通テストで「臓器移植」について出題
2021年1月16日に実施された大学入学共通テスト「公民」の「現代社会」において、本人が書面による意思表示をしていない際に臓器提供する場合のドナー側の条件について出題された。
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https://www.jotnw.or.jp
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