ライフラインを教材に エネルギー教育の最初の一歩
8面記事主体的・対話的で深い学び
身近な生活の中から課題をとらえ、自ら解決策を見出す
2020年4月より小学校で新学習指導要領が全面実施されたが、新型コロナウイルスの感染拡大で教育現場は大きな混乱に陥り、新たな授業への移行が十分に行われていないのが現状だ。こういった状況下だからこそ、社会科は社会に目を向け、子どもに「主体的・対話的で深い学び」を実現させる工夫が必要であり、教師には具体的な指導が求められている。元文部省教科調査官で現在は学校教育アドバイザーである北俊夫氏と全国小学校社会科研究協議会(以後、全小社研)および東京都小学校社会科研究会(以後、都小社研)会長の吉藤玲子氏が語り合った。
北 俊夫 (一財)総合初等教育研究所 参与、学校教育アドバイザー
東京都公立小学校教員、東京都教育委員会指導主事、文部省(現文部科学省)初等中等教育局教科調査官、岐阜大学教授、国士館大学教授を歴任。近著『「ものの見方・考え方」とは何か:授業力向上の処方箋』(文渓堂)など著書多数。
吉藤 玲子 全国小学校社会科研究協議会会長
東京都公立小学校教員、東京都大田区立羽田小学校校長などを経て平成27年より東京都台東区立忍岡小学校校長を務める。令和2年5月より現職。東京都小学校社会科研究会会長も務める。
子どもから問いや疑問が出る授業展開を
「資質・能力」の3つの柱を総合的に育むために
アフターコロナの社会を生きる子どもに求められる力
北 2020年4月から学習指導要領が新しくなりましたが、コロナ禍で、思うように実践ができないと聞いています。一方で、教師の関心は指導目標や内容よりも、指導方法に向いていることが多く、新学習指導要領に示されている「主体的・対話的で深い学び」などの趣旨が十分に生かされていないように思います。また、今回の学習指導要領改訂のポイントの一つである「他の教科・学年と横断的に関連づけて指導計画を作成する」というカリキュラム・マネジメントはこれからの課題といえます。都小社研ではこの点をどのように進められているのでしょうか。
吉藤 現場では、安全・安心に留意した感染対策と授業数の確保に追われているのが現状です。社会科見学も校外学習もできなくなり、行動が制限されてしまっていますが、このような状況下だからこそ、子どもに身近な「地域」というキーワードでカリキュラム・マネジメントを試み、取り組んでいるところもあります。都小社研では「社会とつながり、未来を創る子供の育成」を目標として掲げています。社会的事象の見方・考え方を働かせて、主体的に問いをもち、学べる力を身につけることが、結果的にアフターコロナの社会を生きていける子どもを育てていくことにつながると考えています。
北 社会科は子どもが将来のために「今の社会と過去の社会」を学ぶ教科です。その中で、「主体的な学習をどう展開させたらいいのか」という質問をよく受けますが、大事なことは、子どもが課題や疑問を見いだす授業展開だと考えています。社会的事象を暗記させるのではなく、問題解決力を育て、地域社会の一員としての自覚を養うことが大切です。そのためにも一つの教科や一つの単元にとどまらず、他教科、他学年と関連づけた指導が重要になります。それが新学習指導要領の目指す「資質・能力」の3つの柱、すなわち「知識や技能の修得」「思考力・判断力・表現力等の育成」「学びに向かう力、人間性等の涵養」を総合的に実現させていくことにつながっていくのだと思います。
吉藤 先生主導で「○○を調べましょう」と取り組ませるような授業ばかりではなく、「AとBでは何が違うのだろう」という比較や分類、関連付けなどを駆使しながら物事を多角的に考えさせ、子どもから「なぜだろう」と自発的に問いが上がってくるような授業展開が重要ですよね。そこには国語力や道徳も関わってきます。
北 まさにカリキュラム・マネジメントだと言えますね。また、学習指導要領では「社会的な見方・考え方」を働かせた授業や地域の教育資源の活用も求めています。これにより、子どもは地域や国土をより深く理解できるようになります。
エネルギー・ライフラインに関する教育は、社会の現状や課題を、主として社会システムの視点から学ぶものです。それと同時に防災教育やキャリア教育といった生き方を考えることにもつながる広がりのある課題です。授業支援パッケージ(※下部参照)はこうした多様な観点から作成されたもので、新学習指導要領に基づく授業づくりに役立つよう工夫されています。
「見方・考え方」を駆使して社会的事象をとらえる
吉藤 4年生で学習する「飲料水」ですが、エネルギーやライフラインの必要性という視点にまで広げることで、自分たちの安全・安心な生活に、いかに多くの人が関わっているかということに気づかせることができます。東日本大震災の時に震度5以上になるとガスが自動的に止まることを私自身も体験して、生活に密接しているガスについて改めて考えさせられました。自然災害時に、エネルギー事業に関わる人が私たちの生活を守ってくれていることも理解できる教材だと思います。
北 エネルギー・ライフライン教育の視点を位置づけて実践するときに何より重要なことは、わが国のエネルギー事情を踏まえることです。わが国のエネルギー自給率はわずか10%程度にすぎません。エネルギー資源は多くを石炭や石油、天然ガスという化石燃料に依存しており、その約9割は外国からの輸入に依存しています。これを5年生の「貿易と運輸」の単元で扱うとき、輸入している相手国を調べるだけでなく、エネルギーの安定供給のためには、輸送にあたってさまざまな工夫をしていることや、これらの国への援助や友好関係の維持などが必要であることなどに気づかせるようにしたいものです。
吉藤 「貿易と運輸」の学習に、「飲料水・電気・ガス」といった生活に欠かせないエネルギーやライフラインの学習を関連づけることで、社会的な見方・考え方をより身近な視点から育てていくことができますね。
北 再生可能エネルギーにも注目が集まっていますが、将来自分たちはどのようなエネルギーのあり方を望むのか。こうした問いは、地球的な視野で考える「SDGs」などの国際社会としての目標をはじめ、どのような未来を作り、生きていきたいかという生き方教育にもつながります。「見方・考え方」という道具を駆使して、社会の課題を自分のこととしてとらえる視点こそが重要だと思います。授業支援パッケージは、こうした課題を踏まえて作成されているので、子どもにエネルギーやライフラインに関心をもたせ、社会科としてのねらいを実現させる授業づくりに、ぜひ活用いただきたいと思います。
新学習指導要領に準拠した授業支援パッケージ
写真や図表を豊富に収録
授業支援パッケージは、元文部省教科調査官の北俊夫氏が監修したオリジナル教材。より深い学びを通じて、「資質・能力」の3つの柱を総合的に身につけることが可能だ。エネルギー・ライフラインについて詳しい知識がなくても、充実した学習ツールで手軽に授業に活用することができる。例えば小4社会の単元「住みよいくらし」用に開発した授業支援パッケージでは、単元の導入にあたるオリエンテーション(1時間)の場面で、家庭でどのようなエネルギー・資源が使われているのかを子どもたちに考えさせ、飲料水・電気・ガスを概観する。その後の授業で、飲料水についてじっくり学び、その飲料水で獲得した「安全・安定供給」の概念を、エネルギーを取り扱う「発展学習」の場面(1~2時間)で生かすといった授業プランとしており、飲料水を選択しながらも、わずかな時間でエネルギーについても学ぶことが可能となっている。
授業支援パッケージとしては、その他に小4社会「自然災害からくらしを守る」小5社会「工業生産を支える『貿易と運輸』」も用意しており、電気やガスなどの身近なエネルギーをきっかけに、現代社会の仕組みや働きと人々の生活、自然災害への備えや資源の安定確保の工夫などを学ぶことで、未来を担う子どもたちに身につけてほしい資質・能力を育成できる。